【1306】 ○ 上野 創 『がんと向き合って (2002/07 晶文社) ★★★★

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同じ苦しみを抱えた患者やその家族への(押付けがましさのない)「励ましの書」として読み得る。
がんと向き合って 上野創.jpg上野 創 『がんと向き合って』.jpg がんと向き合って 上野創 文庫.jpg 上野 創.jpg
がんと向き合って』['02年]『がんと向き合って (朝日文庫)』['07年] 上野 創 氏

 朝日新聞の若き記者のがん闘病記で、'03(平成15)年・第51回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作。著者は朝日新聞横浜支局勤務の'97年、26歳の時に睾丸腫瘍になり、肺にも数え切れないぐらいの転移があったということ、そうした告知を受けた時のショックがストレートに、且つ、記者らしく客観的な視点から綴られています。

 そして、同僚記者である恋人からの、彼ががんであることを知ったうえでのプロポーズと結婚、初めてのがん闘病生活と退院復帰、1年遅れで挙げた結婚式とがんの再発、そして再々発―。

 結局、こうした2度の再発と苛烈な苦痛を伴う抗がん治療を乗り越え、31歳を迎えたところで単行本('02年刊行)の方は終わっていますが、文庫版('07年刊行)で、記者としての社会人生活を続ける中、3度目の再発を怖れながらも自分なりの死生観を育みつつある様子が、飾らないトーンで語られています。

 冒頭から状況はかなり悲観的なものであるにも関わらず、強いなあ、この人と思いました。抗がん剤の副作用の苦しみの中で、自殺を考えたり、鬱状態にはなっていますが、そうした壁を乗り越えるたびに人間的に大きくなっていくような感じで、でも、自分がひとかどの人物であるような語り口ではなく、むしろ、周囲への感謝の念が深まっていくことで謙虚さを増しているような印象、その謙虚さは、自然や人間の生死に対する感じ方、考え方にも敷衍されているような印象を受けました。

 やはり、奥さんの「彼にとって死はいつも一人称だ。しかし、私が考える『死』はいつも二人称だ」という言葉からもわかるように、彼女の支えが大きいように思われ、文庫解説の鎌田實医師の「病気との闘いの中で彼女は夫の死を一・五人称ぐらいにした」という表現が、簡にして要を得ているように思います。

 がん闘病記は少なからず世にあるのに、本書が「日本エッセイスト・クラブ賞」を受賞したのは、文章が洗練されているからといった理由ではなく、同じ苦しみを抱えた患者やその家族への「励ましの書」として読み得るからでしょう(感動の"押付けがましさ"のようなものが感じられない点がいい)。

米原 万里(よねはらまり)エッセイスト・日ロ同時通訳.jpg絵門ゆう子.jpg 本書は、'00年秋の朝日新聞神奈川版での連載がベースになっていますが、エッセイストの絵門ゆう子氏(元NHKアナウンサー池田裕子氏)が、進行した乳がんと闘いながら、朝日新聞東京本社版に「がんとゆっくり日記」を連載していた際には、著者はその連載担当であったとのこと、絵門さんは帰らぬ人となりましたが('06年4月3日没/享年49)、以前、米原万里氏の書評エッセイで、免疫学者の多田富雄氏が脳梗塞で倒れたことを気にかけていたところ、米原さん自身が卵巣がんになり、絵門さんに続くように不帰の人となったことを思い出し('06年5月25日没/享年56)、人の運命とはわからないものだなあと(自分も含めて、そうなのだが)。
 
 【2007年文庫化[朝日文庫]】

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