【1289】 ○ ノーマン・マルコム (板坂 元:訳) 『ウィトゲンシュタイン―天才哲学者の思い出』 (1974/03 講談社現代新書) ★★★☆

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難解な著作の著者、孤高の哲学者というイメージとはまた違った、人間味ある人柄。

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ウィトゲンシュタイン―天才哲学者の思い出 (講談社現代新書)』['74年]『ウィトゲンシュタイン―天才哲学者の思い出 (平凡社ライブラリー)』['98年]

Ludwig Wittgenstein( 1889-1951).jpg 冷徹な分析的知能と炎のような情熱を併せ持ち、20世紀最大の哲学的天才と言われるルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein、1889‐1951)の評伝で、著者は、かつて彼の学生であり、後に公私にわたって彼と長く親交のあった米国の哲学者であり、評伝と言うより、サブタイトルにある「思い出」と言った方が確かにぴったりくる内容。

中央公論社・世界の名著第58巻.jpg ウィトゲンシュタインの著作でまともに完結しているのは『論理哲学論考』しかないそうですが(小学生向けの教科書を除いて―哲学研究に挫折して田舎で小学校の教師をしていた時期がある)、『論考』という本は、部分部分の考察は独創的でありながらも、全体を通してはかなり難解な論文であり、これ読んで分かる人がどれぐらいいるのかと思ったりもしました(評論家の立花隆氏は若い頃最も影響を受けた本として『論考』を挙げている)。

 その『論考』を未消化のまま読み終えた後で本書を読んで、むしろウィトゲンシュタインの"人柄"に興味を惹かれました。

世界の名著〈58〉ラッセル,ウィトゲンシュタイン,ホワイトヘッド (1971年)

 難しい顔した大学の先生風かと思いきや、(確かに難しそうな顔をしているのだが)アカデミズムの虚飾的な雰囲気を嫌い、英国や北欧の田舎で隠遁生活みたいな暮らしぶりをしていた時期もあり、統合失調質(ジゾイド)人格障害の典型例としてよくその名が挙がりますが、確かに「孤高の人」という感じはするものの、本書の著者をはじめ近しい人に対しては、その家族をも含め、思いやりを以って(どちらかと言うと他人にお世話されることの方が多かったので、"感謝の念を以って"と言った方が妥当かも)接していたことが分かります。

IMG_2858.JPG ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジでバートランド・ラッセルの学生であったこともあり、ラッセルが教えていて、生徒の中に自分より優秀な人間がいることが分かり教授を続けるのを辞めた、その「自分より優秀な学生」というのがウィトゲンシュタインだったというのを、別のところで読んだことがありますが、本書によれば、哲学だけでなく、美学・建築・音楽など様々な分野での才能があり、また、推理小説と映画が好きだったようです(映画を身る時、いつも最前列に座り、「こうして見ていると、シャワーを浴びているような感じがする」と著者に囁いたというエピソードには、個人的に共感した)。

 ウィトゲンシュタインが『論考』でテーゼとしているのは、「成立している事態の全体が世界である」ということであり、彼は、「世界」については、その世界を構成しているモノ(コト)以外のモノ(コト)で世界を語れるわけはない、言い換えれば、世界を構成するモノやコトを指し示す言葉によってしか語れないと言っているのですが、これは『論考』における第一段階の更に前段階ぐらいに過ぎず、更にどんどん深い《論理的‐哲学的》考察へと入っていき、しかも、後に、自ら『論考』自体を自己否定していて、過去の自分の業績に固執しない、と言うより、殆ど過去を振り返らない性質であったと言えます。
 常に思索の壁を突き破ろうと邁進するその姿勢は、俗っぽい表現の印象評価になってしまいますが、生涯を通じて「脳の壁」に挑戦し続けた人という感じがします。

板坂元.jpg 訳者は、ハーバード大学で日本文学・日本語を教えていた板坂元で、同著者(N・マルコム)による『回想のヴィトゲンシュタイン』('74年/教養選書)という似たタイトルの本(哲学者の藤本隆志の訳)がありますが、同じ元本を同時期に別々の訳者が訳した偶然の結果であるとのこと、哲学者ではない板坂元が本書を訳したのは、本書にも見られる、異国の地で苦悶しながらも真摯に学生と向き合う教育者としてのウィトゲンシュタインの姿への共感からではないかと思われます。
板坂 元 (1922-2004)

 【1998年・再新書化[平凡社ライブラリー]/(藤本隆志:訳)1974年[教養選書(『回想のヴィトゲンシュタイン』)]】

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This page contains a single entry by wada published on 2009年12月12日 00:35.

【1288】 △ 読売新聞科学部 『日本の科学者最前線―発見と創造の証言』 (2001/05 中公新書ラクレ) ★★★ was the previous entry in this blog.

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