【1273】 ○ 吉村 達也 『その日本語が毒になる! (2008/05 PHP新書) ★★★☆

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面白く読めたが、いろいろな階層レベルの話を一緒に論じてしまっている印象も。

その日本語が毒になる!.jpg その日本語が毒になる!帯.jpgその日本語が毒になる! (PHP新書 521)』['08年]

 ベテランの量産型ミステリー作家が、日本語の使われ方についてそのモンダイな部分を指摘したもので、「何様のつもりだ」「おまえが言うな」「いかがなものか」「だから日本人は」「不正はなかったと信じたい」といった、言っても言われても心が傷つく言葉の数々を挙げ、その背後にある人間心理や日本人特有の文化的・社会的傾向を指摘しており、そうした意味では、日本語論と言うよりコミュニーケーション論的色合いが強く、さらに、日本人論・日本文化論的な要素もある本です。

 面白く読め、読んでいて、耳が痛くなるような指摘もあり、反省させられもしましたが、日本語の問題と言うよりその人の人間性の問題、また、その言葉をどのような状況で用いるかというTOPの問題ではないかと思われる部分もありました(実際、第2章のタイトルは「人間性を疑われる日本語」、第3章のタイトルは「普通なようで変な日本語」となっている)。

 「二度とこういうミスが起こらないようにしたい」といった定型表現が、いかに謝罪行為を形骸化してるかということを非難しており、確かに「訴状が届いていないのでコメントできない」という言い回しをいつも腹立たしい思いで聞いている人は多いのではないでしょうか(にも関わらず、使われ続けている)。一方で、ファミレスのレジで聞かれる「1万円からお預かりします」など、よくある"日本語の乱れを指摘した本"などでは批判の矛先となるような言い回しに対しては、「旧来の日本語にはない進化形」として寛容なのが興味深いです。

 後半に行けば行くほど、言葉の使われ方を通しての日本文化論、社会批判的な様相を呈してきて、「無口は美学」というのが昔はあったが、本来は「いちいち言わないとわからない」のが人間であると。但し、「おはようございます」に相当する適切な昼の言葉が無いということから始まって、「日本語の標準語は、構造上の欠陥から自然なコミュニケーションをやりずらくしている」とし、再び「日本語」そのものの問題に回帰しているのが、本書の特徴ではないかと。

ことばと文化.jpg 言語学者の鈴木孝夫氏は、日本の文化、日本人の心情には、「自己を対象に没入させ、自他の区別の超克をはかる傾向」があり、「日本語の構造の中に、これを裏付けする要素があるといえる」(『ことばと文化』('73年/岩波新書))としていますが、その趣旨に重なる部分を感じました。

日本人の論理構造.jpg 第4章のタイトルは「恐がりながら使う日本語」で、「伝統的に口数の少ない日本人は言葉というたんなる道具に過剰な恐怖を感じる民族」であり、「思ったことを言えず心に溜め込んではストレスとなり、言ったことが相手を傷つけてはいまいかとまたストレスになる」と言っていますが、日本語がそれ自体を発することの禁忌性を持つことについては、ハーバード大学で日本文学を教えていた故・板坂元が「芥川の言葉じゃないが、人生は一行のボードレールにもしかない」と、まさに芥川の言葉なのに、どうしてわざわざ「芥川の言葉じゃないが」と言う表現を用いるのか、という切り口で、同様の指摘しています(『日本人の論理構造』('71年/講談社現代新書))。

 日本語そのものの特質が、日本文化や日本人の性向と密接な繋がりがあることは疑う余地も無いところですが、本書からは、いろいろな階層レベルの話を一緒くたにして論じてしまっているとの印象も受けました。

 でも、会社のお偉方から「どうだ、メシでも食わんか」と言われて「美味しいごはんを食べながら、よくない話を聞くほど身体に悪いものはない」なんて、その気持ち、よくわかるなあ。相手も恐がっているわけか。

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This page contains a single entry by wada published on 2009年11月 9日 00:13.

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