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行った場所(コスタリカ)が良かった? 写真が美しく、書き下ろしの文章も悪くない。
『熱帯の夢 (集英社新書ヴィジュアル版)』['09年]
著者と日高敏隆 氏 (撮影:中野義樹/本書より)
脳科学者である著者が、'08年夏、著者自身が碩学と尊敬する動物行動学者の日高敏隆氏らと共に、中米・コスタリカを11日間にわたって巡った旅の記録。
著者は子供の頃に昆虫採集に没頭し、熱帯への憧憬を抱いていたとのことですが、コスタリカには蝶だけでも1千種を超える種類が棲息していて、その他にも様々生物の多様性が見られるとのことで、本書の旅も、熱帯の昆虫などを著者自身の目で見ることが主目的の旅と言えるかと思います。
中野義樹氏の写真が素晴しく、珍しい生態で知られるハキリアリや、羽の美しいことで知られるモルフォチョウといった昆虫だけでなく、ハチドリやオオハシ、世界一美しいと言われるケツァールなどの鳥類も豊富に棲息し、何だか宝石箱をひっくり返したような国だなあ、コスタリカというのは。イグアナとかメガネカイマン(ワニ)、ナマケモノまでいる。
中米諸国の中においては、例外的に治安がいいというのがこの国の良い点で(1948年に世界で初めて憲法で軍隊を廃止した)、その分、野生生物の保護に国の施策が回るのだろうなあ。勿論、観光が国の重要な産業となっているということもあるでしょうが。
そうした土地を、コスタリカ政府から自然調査の許可を名目上は取り付けた動物学者らと10人前後で巡っているわけで、"探検"と言うより"自然観察ツアー"に近い趣きではありますが、部外者がこういう所へいきなり行くとすれば、こうしたグループに帯同するしかないのかも。
著者にしても、この本を書くこととのバーターの"お抱え旅行"とも取れなくもないですが、最近の著者の新書に見られる語り下ろしの「やっつけ仕事」ではなく、本書は書き下ろし(一部は集英社の文芸誌「すばる」に掲載)。
この人、ちゃんと"書き下ろし"たものは、"語り下ろし"の本とは随分トーンが異なるような(いい意味で)感じで、"語り下ろし"はテレビで喋っているまんま、という感じですが、本書を読むと、エッセイストとして一定の力量はあるのではないかと(コスタリカという"素材"や美しい写真の助けも大きいが)。
クオリア論はイマイチだけど(これも日高氏と同様に著者が尊敬する人であり、また、同じく昆虫好きの養老孟司氏から、クオリア論は「宗教の一種」って言われていた)、多才な人であることには違いないと思います。
もじゃもじゃ頭で捕虫網を持って熱帯に佇む様は、「ロココの天使」(と体型のことを指して友人に言われたらしい)みたいでもありますが。
日高敏隆(ひだか・としたか)動物行動学者 2009年11月14日、肺がんのため死去。79歳。