【1267】 ◎ 水波 誠 『昆虫―驚異の微小脳』 (2006/08 中公新書) ★★★★☆

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昆虫の「微小脳」の世界の奥の深さに、ただただ驚くばかり。

昆虫 驚異の微小脳.jpg 『昆虫―驚異の微小脳 (中公新書)』 ['06年]

 ヒトなどの哺乳類とは全く違う方向に進化し、「陸の王者」として人類と共に進化の双璧を成す昆虫―本書では、昆虫の小さな脳を「微小脳」と呼び、哺乳類の大きな脳「巨大脳」と対比させつつ、その1立方ミリメートルに満たない昆虫の脳の特徴や行動の秘密を解き明かそうとしていますが、着想から5年、執筆を始めてからでも3年をかけての上梓とのことで、並みの新書のレベルを超える充実した内容となっています。

 視覚(複眼・単眼)の仕組みから始まって、飛翔、嗅覚、記憶と学習、情報伝達、方向感覚などのメカニズムを、現代生物学の最先端の研究成果をもとに解説しており、著者の最初の研究テーマは昆虫の「視覚」であり、そこから「嗅覚」にいき、更に「記憶と学習」へと向かっていったようで、とりわけそれらについて詳しく解されていて、内容の専門性も高いように思われました。

 特にニューロンなど伝達系統の話には難解な箇所も少なくありませんでしたが、全体を通して書かれている内容がまさに「驚異」の連続であり、また、文章自体も一般向けに平易な表現を用い、更に重要なポイントは太字で示すなどの配慮もされているため、興味を途切れさせずに最後まで読めます。

 例えば、教科書によく出ていた(国語の教科書だったが)「ミツバチの8の字ダンス」の話なども詳しく解説されていて、餌場の在り処を仲間に伝えるメカニズムだけでなく、それでは方向や距離はどうやって記憶したのかといったことまで書かれていて、そうだよなあ、覚えていなければ伝えられないし、その覚えるということ自体が、「微小脳」のもと、どういうメカニズムが働いているのか不思議と言えば不思議。
 本書はそうした謎も解き明かしてくれ、ミツバチが「方向」を太陽の位置で見定めているのは知っていましたが、「距離」についてはビックリ(実験による検証方法も興味深い)、更に、太陽の位置だって時間と共に変わるだろうと疑問に思っていましたが、これに対する答えもビックリと、まさに"ビックリ"の連続でした。

 ヒトの脳をスーパーコンピュータに喩えれば、昆虫の脳はまさに超高機能の集積回路、どちらが優れているとは必ずしも言い切れないのだなあと。
 しかし、ゴキブリの脳手術をして、記憶をつかさどる部分がどこにあるのかテストするとか、何だか気の遠くなるような実験を繰り返してここまでいろいろなことが解り、それでもまだ解らないことが多くあるということで、昆虫の「微小脳」の世界の奥の深さには、ただただ驚くばかりでした。

《読書MEMO》
●複眼の視力はヒトの眼より何十分の1と劣るが、動いているものを捉える時間分解能は数倍も高い。蛍光灯が1秒間に100回点滅するのをヒトは気づかないが、ハエには蛍光灯が点滅して見える。映画のフィルムのつなぎ目にヒトは気づかないが、ハエには1コマ1コマ止まって見える(8p)
●解像力でみれば複眼は進化の失敗作(45p)
(但し)時間的解像度が高い(48p)
オプティカルフロー(画像の流れ)のパターンを捉えることで、高速アクロバット飛行の制御を実現している(66p)
ミツバチもヒトと同じ錯視を示す(69p)
単眼は空と大地の(明暗の)コントラストを検知している(76p)
●雄の蚕蛾は、嗅覚器官である触覚にわずか数分子が当たっただけで性フェロモンを検知できる(125p)
ゴキブリはヒトに匹敵するほどの優れた匂い識別能力をもつ(130p)
●ゴキブリにはゴールの周囲の景色を記憶する能力がある(163p)
●コオロギの匂い学習能力は、ラットやマウスなどの哺乳類の学習能力にひけを取らない(193p)
●(ミツバチの距離の把握は)オプティカルフロー(働きバチが経験した像の流れ)の量が距離の見積りに使われている(235p)、ミツバチは陳述記憶をもつ(239-241p)
●ハチやアリは、1日の時間を知り、その時刻の太陽の位置を覚えている(245p)

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