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わかり易い。「スノーボールアース仮説」の検証過程をスリリングに解説。
田近 英一 氏 (経歴下記)
『凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語 (新潮選書)』['09年]「NHKスペシャル地球大進化 46億年・人類への旅 第2集 全球凍結 大型生物誕生の謎 [DVD]」 川上 紳一 『全地球凍結 (集英社新書)』 ['03年]
かつて地球の表面は完全に氷で覆われていたという「スノーボールアース仮説」(全球凍結仮説)は、'04年にNHKスペシャルとして放映された「地球大進化-46億年・人類への旅」の「全球凍結-大型生物誕生の謎」で広く知られるところとなったのではないでしょうか。本書は、この「スノーボールアース仮説」の成立とそれがもたらした地球史観を解り易く紹介した本です。
スノーボールアース仮説は、'92年にカリフォルニア工科大学のジョー・カーシュビンク教授がアイデアとして専門誌に発表し、その後は封印されていたのが、'98年にハーバード大学のポール・ホフマン教授が、ナミビアでの地質調査の結果をもとにこれを支持する論文を科学雑誌「サイエンス」に投稿したわけですが、本書は、その発表を見逃していた著者のもとに、ホフマン教授から当の「サイエンス」誌が送られてきたところから始まります。
そして、当初は"奇説"とも看做されていたこの仮説が、様々な反論を退けて、次第に有力な学説であると認知されるようになるまでを、本書は丹念に追っていますが、著者自身も、'99年のカーシュビンク、ホフマン両教授が企画した米国地質学会の特別セッションに参加するなどして、そうした論争の只中におり、そのため本書はシズル感のある内容であると共に、考えられる様々な反論に、緻密な論理構成で論駁を加えていく様はスリリングでもありました。
とりわけ、全球凍結が起こる原因となる、温室効果を生む大気中の二酸化炭素の量が変化する要因について詳しく解説されていて、火山活動や大陸の風化作用、海底堆積物の形成など、大気や海洋と固体地球との相互作用が、大気中の二酸化炭素の循環的な消費プロセスを形成していることが解ります。
生物の光合成作用もこの「炭素循環」に関与していて、光合成により大気中の二酸化炭素が取り込まれ有機化合物が形成され、その結果、植物プランクトンなどの死骸の一部は二酸化炭素を含んだ海底堆積物となり、それが海洋プレートと共に大陸の下に沈み込み、沈み込み帯の火山活動によって再びマグマと共に大気中に放出される―この「炭素循環」が、大気中の二酸化炭素量、ひいては大気温を調節し、生命にとってハビタブルな環境を生み出しているわけですが、普段"地震の原因"ぐらいにしか思われていないプレートテクトニクスが、我々の誕生に重要な役割を果たしているというのは、興味深い話ではないでしょうか。
全球凍結は、こうした温室効果バランスがずれる「気候のジャンプ」により起こり(全球凍結を1つの安定状態と看做すこともできるのだが)、判っているもので6億年前と22億年前に起きたとのことですが、「全球」凍結のもとで生命が生き延びてきたこと自体が、「全球」凍結説への反駁材料にもなっていて、本書では、この仮説にまた幾つかのパターンがあって(赤道部分は凍結していなかったとか)、その中での論争があること、その中で有力なものはどれかを考察しています。
著者の考えでは、現在の地球が全球凍結しても、地中海やメキシコ湾の一部は凍らないかもしれないとし、全球凍結状態においても、こうした生命の生存に寄与する「ホットスポット」があった可能性はあると。
終盤部分では、全球凍結が無ければ、地球上の生物はバクテリアのままだったかも知れないと、全球凍結が生物進化に多大の影響を及ぼしていることを解説すると共に、太陽系外の惑星にもスノーボールプラネット乃至オーシャンプラネットが存在する可能性を示唆しており、そうなると地球外生命の存在の可能性も考えられなくもなく、今後の研究の展開が楽しみでもあります。
本書を読んだのを契機に関連する本を探してみたら、本書にも登場する川上紳一岐阜大学教授の『全地球凍結』('03年/集英社新書)が6年前に刊行されていたのを知り、NHKスペシャル放映の前に、もうこのような一般書が出されていたのかと―(川上紳一氏は、毎日出版文化賞を受賞した女性サイエンスライターのガブリエル・ウォーカーの『スノーボール・アース』['04年/早川書房、'11年/ハヤカワ・ノンフィクション文庫]の邦訳監修者でもあった)。
川上氏の『全地球凍結』でも田近氏の本と同様、全球凍結を巡る論争の経緯をしっかり追っていますが、川上氏は'97年に南アフリカのナンビアで、ポール・ホフマン教授らと共に、全球凍結仮説を裏付ける氷河堆積物の地質調査のあたった人でもあり、それだけに地質学的な観点から記述が詳しく、その分、新書の割には少し難度が高いかも知れず、また、やや地味であるため目立たなかったのかなあ("全球凍結"と"スノーボールアース"の語感の差もあったかも)。
'03年刊行のこの本の段階で既に、全球凍結状態においても、「ホットスポット」があった可能性なども示唆されていて、内容的には田近氏と比べても古い感じはしないのですが、読み易さという点でいうと、やはり田近氏のものの方が読み易いと言えるかと思います。
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田近 英一
1963年4月 東京都出身
1982年3月 東京都立西高等学校卒業
1987年3月 東京大学理学部地球物理学科卒業
1989年3月 東京大学大学院理学系研究科地球物理学専攻修士課程修了
1992年3月 東京大学大学院理学系研究科地球物理学専攻博士課程修了
1992年4月 東京大学気候システム研究センターPD(日本学術振興会特別研究員)
1993年4月 東京大学大学院理学系研究科地質学専攻助手
2002年7月 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻助教授
2007年4月 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻准教授
2008年8月 文部科学省研究振興局学術調査官(併任)
受賞歴
2003年 山崎賞奨学会 第29回山崎賞
2007年 日本気象学会 堀内賞