【1263】 ◎ 河合 幹雄 『終身刑の死角 (2009/09 洋泉社新書y) ★★★★☆

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死刑と無期の間に終身刑があるのか? 新たな知識と様々な示唆に富む1冊。

終身刑の死角.jpg 『終身刑の死角 (新書y)』 ['09年]

 本書は、'08年5月に「量刑制度を考える超党派の会」(最高顧問:森喜朗、会長:加藤紘一、副会長:鳩山由紀夫/亀井静香/古賀誠/中川秀直/浜四津敏子)が発足し、「終身刑」の導入を法案化しようとする動きがあるのに対し、終身刑の導入に反対の立場をとる法社会学者が緊急執筆したもの。

 急遽の執筆とは言え、かっちりした内容で、第1章で凶悪犯罪の実態を(犯罪は増加も凶悪化もしていない)、第2章で日本の刑務所の基本姿勢(「なるべく入れない、できるだけ早く出す」)を、第3章で日本の死刑制度がどのように運用されてきたかを、第4章で無期刑囚の実態や仮釈放制度の運用状況などを解説し、前半3分の2をそれらに費やしたうえで、「仮釈放なしの終身刑」が抱える矛盾点を指摘し、持論を展開していますが、お陰で、死刑囚は刑務所ではなく拘置所に入れられるという基本的なことも含め、初めて知ったことが多かったです。

 第1章では、(これは前著『日本の殺人』('09年/ちくま新書)でも指摘されていたが)凶悪犯罪が、世間のイメージとは逆に、実は減少化傾向にあること併せて、犯罪の稚拙化を指摘しているのが興味深かったです(ひったくり犯罪は、鮮やかに遂行されれば窃盗だが、相手をケガさせてしまうと、強盗致傷になると)。

 第2章では、警察から検察庁への送検数は年間220万件もあるものの、このうち起訴されるのは14万件で、執行猶予なしの実刑判決により刑務所に入るのは3万人しかおらず、しかも、初めて入所するのはその半数、さらに、その半数が執行猶予中の再犯者で、純粋な初犯ではないという事実にへーっと。
 アメリカでは日本の60倍の200万人が刑務所に入っているとのことで、国土面積の違いもありますが、まず、経費が、受刑者1人当たり300万円かかり、長期刑になると1人1億円以上かかるというのが、「なるべく入れない、できるだけ早く出す」理由の1つであるようです。

 第3章では、死刑の執行の実態や何人殺したら死刑になるのかといったことが書かれていて、死刑に犯罪抑止効果はないとしつつ、「執行も含めて、ごく少数の死刑が存在する」という制度適用が望ましいと、死刑制度の存置意義は認めています。

 第4章では、無期囚の受刑生活を解説する一方、仮釈放は激減し、年間数人しかいないことから長期入所の無期刑囚が増え、刑務所が"福祉施設"化し、受刑者の死を看取るのが刑務官の仕事の1つになってしまっていると。
 死刑を免れて無期になった受刑者が獄中自殺したケースも紹介されていて、死刑と「仮釈放なしの終身刑」はどちらが厳しいなのか、簡単には結論が出せないともしています。

 そうしたことを踏まえて、「仮釈放なしの終身刑」というものを導入しようとしている政治家たちが、どれだけ刑務所や受刑者の実態を解ってそれを言っているのか、また、裁判員制度で死刑を回避する傾向が予測される、その受け皿として終身刑を設けることの非合理を指摘しています。

 著者は犯罪学が専門でもあり、「仮釈放なしの終身刑」が導入された場合、受刑者の更正やその扱いが非常に難しいものとなることを、「生きがい」や「目的」を失った受刑者心理の側面からも考察しており、また、刑務所内の秩序維持のためにそうした受刑者を厚遇するとなると、今度は、死刑に次ぐ重い刑罰のはずだったものが、実態は乖離したものになることも危惧されると。

 刑罰とは何かということを、被害者心理の多様性、時間的変化も含めて、或いは、伝統的な日本社会との関係性においても考察しており、心理的考察が入る分、個人的には100%著者の意見に賛成というわけではないですが、様々な示唆に富む1冊でした。

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