2009年7月 Archives

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マスメディア企業への「生き残り戦略」についてのプレゼンのような中身。

グーグルに勝つ広告モデル.jpg 『グーグルに勝つ広告モデル (光文社新書)』 ['08年]

 冒頭のヤフーとグーグルの違いで、ヤフーがアテンションを集めて卸売りしているのに対し、グーグルはインタレストを集めて売っているのだという指摘は明快で、アテンションの総量は増えないのにアテンションを奪い合う競合の数は増えているというゼロサムゲーム状態が今あると分析し、マスメディアが獲得できるアテンションの総量が減少しこそすれ、増加させるのは非常に困難な状態において、広告媒体としてのマスメディアが生き残るにはどうしたらよいかという問い掛けをし、それに答えるかたちの内容になっています(ということは、アテンションの世界の話だから、「ヤフーを超える」ならまだしも「グーグルを超える」というタイトルは少し内容と合わない気がするが)。

 テレビ・ラジオ・新聞・雑誌のマス4媒体とインターネットの広告特性を対比し、インターネットに対してマス4媒体がどのようなポジションを取り得るかを概説すると共に、各4媒体の今後の生き残り策を提言していますが、つまりは、テレビ局や新聞社が広告メディアとして生き残るにはどうしたらよいかという、言わばマスメディア企業へのプレゼンテーションのような中身で、一般向け新書としてどうなのかなあという印象もありました。
 (ミスリード気味のタイトルがアイキャッチとしての“作為”にも思え、ついつい見方がシビアになってしまう。)

 著者は、国内大手広告代理店にてメディアマーケティング、ネット事業立ち上げを担当した後、大手外資系コンサルティングファームに参加し、主にメディア企業、エンターテインメント企業に対しての企業変革、ビジネスモデル改革に関する提言活動に従事した後、独立したという経歴の持ち主だそうですが(実在の人物なの?)、実在の人物かどうかは別として、本の内容はまさにこの経歴に沿ったものでした。

 テレビに求められるオンデマンド性、ターゲットメディアとしてのラジオ、宅配ネットワークをどう生かすかが課題の新聞、ネットとの代替性が低い情報でネットとの差別化を図る雑誌、といった具合に、それぞれの提言は比較的絞り込まれたものになっていて分り易く、話は、プレーヤー(媒体情報を乗せる機器)の問題、マスメディアそのものの要不要論(ここがサブタイトルに呼応)、コンテンツの現状と課題にまで広がり、最後に、メディアやマーケッターに情報テクノラートとして特権を振りかざすだけではこれからはやっていけないよと言っているような感じ。

 言い換えれば、プロダクトアウト(乃至メディアアウト)からマーケットインへと言っているに過ぎないともとれるのですが…(だから、マーケティング会社やコンサルティングファームにご相談くださいということか)。

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ブランド資産、ブランド育成といったものを理解する上では、纏まっていて読み易いテキスト。

企業を高めるブランド戦略2.jpg企業を高めるブランド戦略.jpg企業を高めるブランド戦略 (講談社現代新書)』['02年]

 かつて電通に勤務し、現在は大学でマーケティングを教える著者が、ブランド戦略について書いた入門書で、新書でありながらもかっちりした内容となっています。

 ブランドは企業の資産であるという考え方をベースに、「ブランド」とは何か、「ブランドマネジメント」とはどいったことを言うのか、消費者にとってのブランドの意味は何かといったことから説き起こした上で、本題であるブランド戦略に関して、新たなブランドの創造、成熟ブランドの活性化、企業ブランドのマネジメント、ブランドコミュニケーションについてを解説し、更に、企業戦略とブランド戦略の関係について述べています。

 ブランド資産、ブランド育成といった概念は、本書刊行時には既に日本においても、それぞれブランド・エクイティ、ブランディングという原語のまま定着していたように思われ、そうした意味では、これまでの潮流も含めて解説したインナー向けの教科書的な内容という感じもしないでも無いですが、カタカナをズラズラ並べるのではなく、ちゃんと自分の言葉にして書かれている感じがして、それが全体としての読み易さに繋がっているのかも(一方で、新書1冊にしては詰め込みすぎで、説明がやや簡潔すぎたり、尻切れトンボになっているきらいも)。終わりの方にあるブランドの効果を巡っての院生と行った実験の結果や、各企業に取材したブランド育成戦略の中身についても、なかなか興味深いものでした。

キッコーマン/リーフレット「新酒 2003」
キッコーマン/リーフレット「新酒 2003」.jpg 著者によれば、日本は企業ブランド社会であるとのこと、だから醤油メーカーのキッコーマンが70年代に初めてワインを発売した当初、「キッコーマンのワインは醤油が入っているような気がする」と関係者に言われ、「マンズワイン」というブランドを作ることで企業ブランドの使用を避けたとのこと。

ネスレマギーブイヨン.jpg 一方、ネスレの調味料マギーのように、ネスレというブランドがマギーという当初はあまり認知されていなかったブランドの「保証マーク」として働く場合もあるわけで、この辺り、単一製品をイメージさせるブランドなのか、製品より(食品ならば食品全般にわたる)技術水準をイメージさせるブランドなのかの違いは大きいなあ(後者の方が汎用性が高い)。

スターバックッス ロゴ.jpg また、「スター・バックス」の日本での成功例などに見られるように、今日ではブランドを短期的に育成し活用していくような経営・マーケティング戦略が競争優位をもたらす市場状況が出現しているという指摘も興味深いものでした(デル・コンピュータなどもそうだが、サービスプロバイダー型のブランドにとりわけ見られる特色とも言えるが)。

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ブランド構築論よりも、コピーライターの視点から見た広告表現論が面白かった。

ブランド広告 光文社新書.jpgブランド広告 (光文社新書)』['02年]  Pepsi Michael.jpg "Pepsi Michael"

 著者は電通出身のコピーライターで、大学でメディア表現について教えている人。本書では、定義上のブランドについてではなく、消費者が呼ぶところのブランドについて、つまり、どうすれば消費者にブランドと呼んでもらえるか(名前を聞いて良いイメージが喚起されるか)、ブランドを築く広告表現とはどのようなものであるかということについてを、広告キャンペーンのあり方を通して解説並びに考察しています。

 途中にアカウント・プランニング(広告に消費者の価値観や心理を積極的に反映させる考え方)やIMC(Integrated Marketing Communications=企業が発信するマーケティング・コミュニケーション活動の戦略的な統合)理論の話が入りますが、実地面においてどの程度浸透しているかは別として、本書刊行時('02年)においては、こうした概念は日本の広告業界に既に定着していたように思うし、終盤にに出てくるクロスメディアという手法も、今や中堅クラス以上の総合広告代理店ならば、そうした課題を専門に扱う事業部や部門を持っており、そうした意味で目新しさはないかも。

 むしろ、それら教科書的な話より、クリエーターの視点から、ブランド構築に繋がる広告表現というものを内外の数多くの具体例を挙げて考察しているのが興味深く、文章も読み易いため、最後まで面白く読めました(著者の言わんとしていることは、継続性、一貫性、繰り返しが大事であるということに帰結するだけの話なのだが)。

 コカ・コーラの新ヴァージョン「ニュー・コーク」の失敗と、先月('09年6月)亡くなったマイケル・ジャクソン(1958‐2009)を使った「新しい世代が選ぶぺプシ」の広告の成功(マイケルの真似をしてストリートで踊っていた子が誰かにぶつかって、見上げたら本物のマイケルだったというCMは有名)などのケーススタディは定番ですが、バドワイザーやナイキなど海外のブランド広告の解説は興味深いものでした。

wii-girl.jpg それにしても、この著者、ソニーを随分高く買っているなあ(反対にパナソニックには厳しい評価)。結局、ディズニーのようなバリューチェーン・カンパニーを目指したソニーのコンテンツビジネス志向は上手くいかなかったけれど、まあ、確かに今でもブランド価値評価はパナソニックよりは高いし、海外などで見る広告はSonyの方がPanasonicよりも断然垢抜けている...。
"Will-Girl"Sony Will (米国)

Death Row 2002.jpg ベネトンのクリエーターのオリビエロ・トスカーニが刑の執行を待つ死刑囚を広告に起用して消費者や死刑囚の遺族の反発を受け、ベネトンは以前からのエイズ撲滅などのメセナ広告(と言っても、これらも一筋縄ではない表現方法なのだが)に路線を戻したという話については著者の思い入れたっぷりで、思想(この場合、「死刑廃止」)や芸術を志向して商売を忘れてしまったというのは、かつてのサントリー・ローヤルのCM「ランボー」にも通じるところがあるなあと思った次第です。
TBS (2002.12放映) 「CBSドキュメント〜死刑囚広告の波紋」より
 桃屋のCMの三木のり平の声は、息子の小林のり一がやっていたのかとか、一応、全ての話が「継続性・一貫性の大切さ」という趣旨とリンクはしているのですが、その辺りあまり教科書っぽくなく、1つ1つの話そのものを面白く読みながら理解できるのが、本書の特長でしょうか。

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「ブランド」とは何かを分り易く解説。入門書ながらも多角的(ポストモダン的)視点。

ブランド―価値の創造.jpg 『ブランド―価値の創造 (岩波新書)』 ['99年]

 現代資本主義経済の特徴となっている「ブランド」(「消費資本主義社会」の特徴となっていると言ってもいいが)―その「ブランド」とは一体何かということになると、自分自身は広告会社に勤めていた経験があるのに、それでいて永らく漠としたイメージしか持ち得なかったのですが、その「ブランド」というものについて分り易く解説したのが本書で、入門書でありながらも多角的かつ深く抉った内容となっています。

ポッキー1966.jpg 所謂「ブランド商品」の話から始まり、グリコの「ポッキー」の誕生秘話を通してのブランドがいかに生成され、どのような過程を経て定着していくかの解説は、入り込み易くて分り易いものでした(ポッキーは最初はプリッツ系の位置づけだったのか、とか)。
 続いて、日清食品のカップ麺、袋麺のブランド戦略を通して、ブランドと製品の違いをより明らかにし、競合商品の逆を行った戦略で成功した花王の「アタック」の事例を通して、ブランドの生成期においてはブランド・マーケッターの果たす役割が大きいこと、そして、これら全てを通して、ロングセラー商品は偶然では生まれないことを示しています。

コカ・コーラ.jpg そして、日本企業が得意とする新製品マーケティングのティピカルなものを紹介し、「ベンツ」と「トヨタ」のブランド戦略の違いを通して、内外のブランド戦略の違いを明らかにし、更に「無印商品」というブランドを通して、ブランドの本質を更に深く考察(「無印商品」というブランドは具体的な商品としては何も示していないが、固有の意味的世界を持つと言う意味では、極めてブランドらしいブランドであると)、常に自己否定し1つのスタイルに固着しないことがそのブランドが市場で生き続ける秘訣であることを「イッセイ・ミヤケ」に見て取り、そして、ああ、やっぱり出ました「コカ・コーラ」、スタイルや機能を超えた「ブランド価値」という話になると、絶対出てくるなあ。

 ブランドの創造的側面を記号論的に解き明かし(このポストモダン的視点が著者の本領)、この辺りからやや難しく感じる人もいるかと思いますが、常に実際の商品やブランドを事例に挙げて解説を進める姿勢がここでも貫かれていて、お陰で最後まで興味深く読めるものとなっています。

 著者は、経営学、マーケティングが専門の学者で、広告代理店出身者が書いた類書などに比べて視野が広く、最後はやはり、消費社会、消費欲望とブランドとの関係についての論に向かうわけですが、この辺りはポストモダン風の社会学的論調となっているように思えました(著者自身は、「ブランド=共同幻想」論を否定し、再生し続ける商品群との相互関係において、それは実態としてあるものと見ている)。

 著者によれば、ブランドの選択とライフスタイルの選択はどちらが先かは微妙だが、あるブランドを選んだ時点で、それはその人のライフスタイルに影響を及ぼしていることは間違いないと...。
 そうだなあ、スポーツの練習が終わった後、蛇口から出る水を一気に飲む爽快感―ってイメージは、もう今は、ポカリスエットやアクエリアスを飲むCMのイメージに置き換えられ、若い人たちは実際に後者の体験しかないんだろうなあ。

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ある意味、丸々1冊、コピー的な手法で書かれた「発想法」の本。

 コピーライターの発想IMG_0593.jpgコピーライターの発想IMG_0594.jpg 土屋耕一全仕事.jpg
コピーライターの発想 (講談社現代新書 (724))』['74年]/『土屋耕一全仕事』['84年/マドラ出版]/「A面で恋をして」資生堂CM['81年](アーティスト:ナイアガラ・トライアングル(大滝詠一、佐野元春、杉真理))

コピーライターの発想s.jpg '09年3月に亡くなったコピーライター・土屋耕一(1930-2009/享年78)の本で、'74年刊行ですから、40歳代半ば頃の著作ということになります。

戻っておいで・私の時間.jpg 伊勢丹とか資生堂の広告コピーは、一時この人の独壇場だったなあ。竹内まりやのデビューシングルにもなった伊勢丹の「戻っておいで・私の時間」、アリスの堀内孝雄によりヒットした資生堂の「君のひとみは10000ボルト」など、CMソングがヒットチャートの上位を占める現象のハシリもこの人の作品でした。

「戻っておいで・私の時間」(竹内まりや/伊勢丹'78年CMテーマソング)

 大瀧永一(1948-2013/享年65))の「A面で恋をして」も、この人のコピー(コマーシャル・テーマを歌っている「ナイアガラ・トライアングル」(大滝詠一、佐野元春、杉真理)はまだ全然売れておらず、大瀧永一は逆にCMソングが自分たちの代表曲になってしまうことを危惧して作曲を断ろうとしたが、コピーが"A面で恋をして"で言われたとき曲が「パッとできちゃった」そうな。結局、代表曲になったわけだが)。著者は「軽い機敏な仔猫何匹いるか」などの回文作家としても知られていました(そう言えば、「でっかいどお。北海道。」のコピーライター・眞木準も亡くなった(1948-2009/享年60))。

 コピーライターという職業が脚光を浴び始めつつも、1行文章を書いてたんまり報酬を貰うナンダカ羨ましい職業だなあという偏見や誤解が勝っていたような時代に、コピーライターというのが実際にはどういった仕事の仕方をしているのか、その発想はどのようにして生まれるかを(これが結構たいへんな作業)わかり易く、また楽しく書いたものだと言えますが、そうした意味では、コピーライターや広告業界志望者へのガイドブックにとどまらず、「発想術」「ひらめき術」の本とも言え、広くビジネスに応用が利くのでは。

君のひとみは10000ボルト.jpg "ひらめき"と"思いつき"はやはり違うわけで、本書によれば、「唐突に、頭の中の風にやってくるものは、浜べに打ち寄せられる、あの、とりとめのない浮遊物と同じであって、すべては単なる思いつきのたぐいにすぎないのだ」と。

「君のひとみは10000ボルト」(堀内孝雄/資生堂'78年秋のキャンペーンソング)

 「ひらめきだって結局は頭の中に、ぱっとやってくることは、やってくるのだ。ただ、その現われたものが、ほかの浮遊物とちがうところは、それの到着をこちら側で待ちのぞんでいたものがやってくる、という、このところでありますね。ひらめきとは、じつに、『待っていた人』なのである」とのこと。何となく分る気がします。

 口語調に近い文体で書かれているのも、この頃の新書としては珍しかったのではないでしょうか。でも、こうした柔らかい感じで文章を書くというのは、本当は結構難しいのだろうなあと、読み返した今は、そのように思われました。それと、やはり"比喩"表現の豊富さ! ある意味、丸々1冊、コピー的な手法で書かれた「発想法」の本とも言えるかも知れません。

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会社組織の日本的特質に関する考察は鋭いが、タイトルがちょっと...。
法律より怖い「会社の掟」.jpg 法律より怖い「会社の掟」,200_.jpg
法律より怖い「会社の掟」―不祥事が続く5つの理由 (講談社現代新書 1939)』 ['08年]

 本書は全3章の構成で、第1章で、企業不祥事が無くならないのは何故かということについて、日本人の法意識や自我の問題、日本人によって構成される組織の原理と行動について分析し、日本人は伝統的な徳目など「見えない規範」によって行動するが、そこにはキリスト教の聖書やイスラム教のコーランのような絶対的契約文書が存在しないため、その時々で禁忌される行動が変わってしまうという深刻な問題を孕んでおり、共同体的な組織は共同体の存続、対面を保つための「会社の掟」が不文律として浸透しがちで、組織の構成員は無意識的にそれに従ってしまう傾向があるのが、不祥事が無くならない理由であるとしています。
 この部分は明快な文化論、日本人論にもなっているようにも思えました。

 第2章では、企業不祥事を、「不正利得獲得」傾向が強い不祥事と、「共同体維持」傾向が強い不祥事に大別し、多くの事例を挙げてそれらを細分化し(この部分が本書のユニークポイントであり白眉かも)、第3章では、近江商人の「三方よし」という理念とその根底にある経済活動の社会性や共生・協働、勤勉・努力を尊ぶ考え方に着目して、それが今で言うCSR(企業の社会的責任)に近似することを指摘し、そこから、企業不祥事が無くすにはどうすれば良いかを考察しています。
 個人的には、やはり、「共同体維持」傾向が強い不祥事に日本人組織の特質を感じました(「不正利得獲得」傾向が強い不祥事と言うのは、エンロン事件とか海外でも多くあったのでは)。

 全体に鋭い考察と含蓄に富む指摘の詰まった内容ですが、読みながらずっと心に引っ掛かったのは、「会社の掟」をネガティブな意味合いで捉えていることで、それはそれで論旨の流れの上ではいいのですが、そうであるならば「法律より怖い『会社の掟』」という表題は、ミスリードを生じさせやすいのではないかと(日本企業の"現状"であって、"あるべき状態"へ向けてのベクトルが無いタイトル)。

 テキサス・インスツルメント社の「エシックス(倫理)・カード」が紹介されていますが、IBMのBCG(ビジネス・コンダクト・ガイドライン)などは、これの比ではないスゴさでしょう(ウェブで公開されているので、多くの人に見て欲しい)。
 こうした独自に倫理基準を持っている外資系企業では、抜群に高い業績を上げ、いずれは役員になること間違いなしと言われていた人が、いつの間にか急にいなくなっていたりする―その殆どは、こうした「社内の倫理基準」に反する行為がどこかであったためであり、刑事訴追されるわけでもなければ懲戒発令されるわけでもない、でも、もうその人はその会社にはいない―これこそ、「法律より怖い『会社の掟』」であり、また、そうあるべきだろうと思った次第です。

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ワンマンの害悪より、「株式会社」とは何たるかを知る上で大いに勉強になった。

死に至る会社の病.jpg       『ウォール街』(1987) 2.jpg 映画「ウォール街」(1987)
法律より怖い「会社の掟」―不祥事が続く5つの理由 (講談社現代新書 1939)』 ['07年]

 タイトル及びサブタイトルから「ワンマン経営」が企業統治の上でいかに害悪をもたらすかを書いた本だと思ったのですが、趣意はその通りであるにしても、配分上はかなりのページ数を割いて、「株式会社」制度の今とその起源及び歴史を解説していて、加えて、アダム・スミス、マルクス、ウエーバーの「株式会社」観にまで言及されており、「株式会社」とは何たるかを知る上で大いに勉強になりました(あとがきに「ワンマン経営者」を横糸、「株式会社の過去、現在、未来」を縦糸にして、株式会社のどこに欠陥があり、その欠陥を克服できるのかを考察した本であると書いてあった)。

 米国や英国などの"企業統治先進国"が、現在のそうした統治体制に至るまでの経緯を、近現代に起こった企業不祥事や経済事件との関係において示しており、これはこれで各国の企業統治のあり方を、シズル感をもって理解することができ、また、読んでいても飽きさせないものだったと思います(著者は日本経済新聞社の記者だった人で、今は系列のシンクタンクに所属)。

 もちろん米国だって、全ての制度が旨く機能したわけではなく、本書にある通り、会長とCEOの兼務を認めていることにより権力が一個人に集中し、「独立取締役会」が形骸化してエンロン、ワールドコム事件のようなことが起きているわけだし(英国は会長とCEOの兼務が認められていない)、更にはアンダーセンといった監査法人もグルだったりした―そうした事件を契機に「独立取締役会」の成員条件や機能を強化し、SOX法などが定められ、企業に対する情報開示要請や内部監査機能は日本よりずっと厳格なものにはなっていることがわかります(こうして見ると日本の内部監査は遅れているというか迷走している)。

『ウォール街』(1987).jpg 本書で多く紹介されている敵対的企業買収の事例なども、企業の情報開示の弱い部分、株主の目の行き届かない部分を突いており、それでも、オリバー・ストーン監督の映画「ウォール街」('87年/米)のゲッコー氏のモデルとなった米国の投資家アイバン・ボウスキー(本書160ページに登場、「ジョニ黒」を作っている会社の買収争奪戦で、英国ギネス社の株価を釣り上げるためにギネス社と結託して暗躍した)のような人物は、この先も出てくるのだろうなあ(インサイダー取引で逮捕されたこの人について書かれたジェームズ・B・ステュアートの『ウォール街・悪の巣窟』はピューリッツァー賞を獲得している)。 

1987 Best Actor Oscar Winner Michael Douglas for Wall Street.jpgウォール街 パンフ.jpg 因みに、映画「ウォール街」の方は、ゲッコー氏を演じたマイケル・ダグラスにアカデミー主演男優賞をもたらしましたが、ストーリー的にもややご都合主義的かなとも思える部分はあったもののまあまあ面白く、個人的には、マーティン&チャーリー・シーンの親子共演が印象的でした。

1987 Best Actor Oscar Winner Michael Douglas for "Wall Street"

 チャーリー・シーンがゲッコーに憧れる駆け出しの証券マンを演じ、その父親役のマーティン・シーンは、今や買収されそうな飛行機工場に働く組会活動に熱心な労働者という役どころで(この映画は80年代日本がバブル景気で浮かれていた頃アメリカはどうだったかを知ることが出来る映画でもある)、マーティン・シーンは「地獄の黙示録」('79年/米)かザ・ホワイトハウス.jpgら8年、随分老けたなあという感じがしました。当時マーティン・シーンは出演作に恵まれておらず、それが何となく役柄と重なってしまうWALLSTREET 1987  MARTIN SHEEN, CHARLIE SHEEN.jpgのですが、後にテレビドラマ「ザ・ホワイトハウス」('99年-'06年)の合衆国大統領役で復活し、エミー賞主演男優賞を獲得しています(「ザ・ホワイトハウス」は、シーズン1の第1話が一番面白い)。
WALLSTREET 1987 MARTIN SHEEN, CHARLIE SHEEN

「ウォール街」●原題:WALLSTREET●制作年:1987年●制作国:アメリカ●監督:オリバー・ストーン●製作:エドワード・R・プレスマン●脚本:スタンリー・ワイザー/オリバー・ストーン●撮影:ロバート・リチャードソン●音楽:スチュワート・コープランド●時間:128分●出演:マイケル・ダグラス/チャーリー・シーン/ダリル・ハンナ/マーチン・シーン/ハル・ホルブルック/テレンス・スタンプ/ショーン・ヤング/ジェームズ・スペイダー●日本公開 二子東急.jpg:1988/04●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:二子東急(88-09-18)(評価:★★★☆)●併映:「ブロードキャスト・ニュース」(ジェイムズ・L・ブルックス)

ザ・ホワイトハウス1.jpgThe West Wing (NBC)ホワイトハウス.jpg「ザ・ホワイトハウス」The West Wing (NBC 1999/09~2006)○日本での放映チャネル:NHK-BS2(2002~2006 シーズン1~4)/スーパー!ドラマTV(2008~2009 シーズン5~7)

《読書MEMO》
映画に学ぶ経営管理論2.jpg●松山 一紀『映画に学ぶ経営管理論<第2版>』['17年/中央経済社]
目次
第1章 「ノーマ・レイ」と「スーパーの女」に学ぶ経営管理の原則
第2章 「モダン・タイムス」と「陽はまた昇る」に学ぶモチベーション論
第3章 「踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」に学ぶリーダーシップ論
第4章 「生きる」に学ぶ経営組織論
第5章 「メッセンジャー」に学ぶ経営戦略論
第6章 「集団左遷」に学ぶフォロワーシップ論
第7章 「ウォール街」と「金融腐蝕列島"呪縛"」に学ぶ企業統治・倫理論

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所謂「タイトル過剰」気味。中身はオーソドックス乃至は古典的。

新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか3.jpg新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか2.jpg  若者が3年で辞めない会社の法則.jpg
新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか (光文社新書)』['09年]『若者が3年で辞めない会社の法則 (PHP新書)』['08年]

 日本ヒューレット・パッカードの人事出身で、採用コンサルタントの樋口弘和氏(1958年生まれ)が書いた『新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか』('09年/光文社新書)は、タイトルに何となくムムッと惹きつけられて買ってしまいましたが、中身的には、サブタイトルの「失敗しないための採用・面接・育成」というのが順当で、要するに、新卒採用が「期待はずれ」のものとならないように予防するには、面接において留意すべき点は何かということ。

 内容は比較的オーソドックスで、強いてユニークなところを挙げれば、本来の「お見合い形式」の面接を改めて「雑談形式」面接で本来の素質を見抜くというのは、時間的余裕があれば採り入れてもいいかなあと思いました(これが「模擬討論」みたいな硬いものになると、却って人材の質の見極めが難しくなるけれども、多くの企業ではその難しい方のやり方でやっている)。

 志望動機とかキャリアビジョンとかを語らせても、仕事というのは将来性志向だけでは空回りするものであり、今まで何をしてきたか、どんな役割だったかを、掘り下げて雑談風に聞くのが良いというのは、著者がヒューレット・パッカードの米国本社でのキャリア採用の現場を見て体験的に学んだことのようですが、この辺りの日米の採用面接のやり方の違いは、興味深いものでした。

 但し、そうした考えに基づく実際の面接の進め方の例も出ていていますが、これはこれで、面接する側に相当のヒューマンスキルが求められるような気も。

 前半部分ではリテンション(人材引止め)についても触れられており、「OJTは放置プレイ」と言い切っていて人材育成の重要性を説いていますが、この辺りは本田有明氏の『若者が3年で辞めない会社の法則』('08年/PHP新書)においても強調されていました。

 本田有明氏は1952年生まれのベテランの人事教育コンサルタント。この人の書いたものは月刊「人事マネジメント」などの人事専門誌でも今まで読んできただけに、リテンション戦略の中心にメンター制度を含めた社内教育制度を据えるというのは、読む前から大体予測がつき、実際、そうした内容の本でした(「辞めない法則」ではなく「辞めさせない制度施策」、人材確保というより人材教育そのものの話)。

 組織風土の問題を語るのに"厚化粧がこうじた挙句の「仮面会社」"とか"仕切っているのは「レンタル社員」"とか "制度はそろっているのに「機能不全」"といった表現がぽんぽん出てくるのも手慣れた感じですが、「トリンプ・インターナショナル・ジャパン」や「未来工業」の事例も使い回し感があり、書かれていることに正面切って異論は無いのですが、樋口氏よりやや年齢が上であるということもあるのか、「仕事の面白さやロマンを堂々と語れる浪花節的上司たれ」みたいな結論になっているのが、ホントにこれで大丈夫かなあと。

 あまりに古典的ではないかと。実際、若手社員の意識は昔とそう変わらないということなのかも知れませんが。
 樋口氏の本より"啓蒙書"度が高いように思われ(微妙な年齢差のせい?)、何れにせよ、両著とも、タイトルから受ける印象ほどの目新しさやパンチ力は感じられませんでした(所謂「タイトル過剰」気味)。

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