【1142】 ○ 桐野 夏生 『アンボス・ムンドス (2005/10 文藝春秋) ★★★★

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作者らしい"毒"に満ちた短篇集。表題作の他では「愛ランド」が印象的。

アンボス・ムンドス.jpg 『アンボス・ムンドス』 ['05年] アンボス・ムンドス 文庫.jpg 『アンボス・ムンドス―ふたつの世界 (文春文庫)』 ['08年]

 「植林」「ルビー」「怪物たちの夜会」「愛ランド」「浮島の森」「毒童」「アンボス・ムンドス」の7篇を所収。何れも作者らしい毒に満ちた短篇。

 表題作「アンボス・ムンドス」は、小説家が旅先で知り合った塾講師の女性から聞いたある事件にまつわる話で、それは、かつて小学校の女教師であった彼女が男性教頭と海外へ不倫旅行に出かけている間に、彼女の担任の5年生のクラスの女子児童が崖から転落して死亡したという事件だが、実はその事件の背後には意外な真相があった―。

 憎しみやコンプレックスなどの人間の負の感情が表に噴出した時にどういったことが起こるか、或いはそうしたものが抑制を解かれ暴走した際に人はどういったことを起こすかといったことをこれらの短篇は端的に描いていますが、その憎しみやコンプレックスの主がすべて女性であることがこの短篇集の特徴で、中でも最後に収められている「アンボス・ムンドス」(この不倫カップルが泊まったハバナのホテルの名で、「新旧ふたつの世界」という意味。"表裏""明暗"という意味にもとれる)は、小学校5年生の女子児童の間のどろどろした感情を描いている点と、憎しみによる報復が対教師と対同級生の二重構造になっている点が衝撃的と言えば衝撃的。

 女性としての自分に自信がなく、家でもバイト先でも居場所がない24歳の女性が小さな悪意に目覚める時を描いた「植林」や、妻子持ちの男との不倫の恋に破れた女性の常軌を逸した行動を描いた「怪物たちの夜会」など、何れもどろどろして暗いけれども、谷崎潤一郎と佐藤春夫の間にあった"細君譲渡事件"に材を得た「浮島の森」は文芸小説といった感じだし、「毒童」はオカルトっぽく、バラエティにも富んでいるように思いました。

 個人的に表題作と並んで印象深かったのは、仕事仲間である中年女性3人組が、海外旅行で訪れた上海で、手違いから変なマッサージを受けて変な気分になった勢いでそれぞれの過去の性体験を告白しあう「愛ランド」で、ポルノチックではあるけれども、モチーフ的にも"毒"という意味でも他の作品と少し異質かも。
 覗き見的な興味を満たす部分もありましたが、語り手である主人公が3人の中で一番凡庸で当り障りないキャラクターに思われることが、後の伏線として効いているように思いました(この作品のモチーフは、形を変えて『東京島』に引き継がれた?)。

 【2008年文庫化[文春文庫(『アンボス・ムンドス―ふたつの世界』)]】

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