【1135】 ○ 久坂部 羊 『廃用身 (2003/05 幻冬舎) ★★★☆

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インパクトのある問題作には違いないと思うが、主テーマの訴求力を自ら弱めている面も。

廃用身 単行本.jpg 『廃用身』['03年/幻冬舎] 廃用身 文庫.jpg 『廃用身 (幻冬舎文庫)』['05年]

 「廃用身」(脳梗塞などで麻痺して動かなくなり回復の見込みが無い手足等)を切断して介護負担を軽減させる「Aケア」という手法を、ある老人デイケア施設のクリニック医師が考案し、これを聞いたスタッフは一様に驚くが医師の説得力ある説明を聞くうちに切断手術に賛同するようになる。患者も不安のうちにも手術することを受け容れるが、Aケア手術を受けた患者は不自由な手や足が無くなって却って動きやすくなり、また苦痛や鬱な気分からも開放され元気になっていったため、クリニックでは同症状の患者にAケアを勧め、また患者からの希望もあったりして、Aケア手術が次々に行われていく―。

 前半部が悩みながらもAケア手術に踏み切った医師の手記の形式で、やがてこの医師は、Aケアのことを嗅ぎつけたマスコミから「悪魔の医師」と告発されるようになるのですが、後半は、それに抗するために手記(前半部分の)を発表するよう医師に勧めた出版社の編集者による、その後の事の推移を追ったルポルタージュの形式となっていて、その組み合わせで1冊の本を成すという形をとっており、医師と編集者の略歴が入った奥付まで用意されています(医師は自殺したことになっている)。

 前半部分は老人介護が抱える問題点を鋭く抉っていて、特に前の方は統計データなども出てくるため小説というよりレポートを読んでいる感じ。
 そのままAケアを採り入れた経緯に話が及ぶため、全てがノンフィクションであるような錯覚に陥りますが、それが作者の戦略なのでしょう。
 読む側としては、Aケアは暗黙の了解の裡に実際に行われていることなのか、それとも専門家から見ればバカバカしい話なのか、フィクションという体裁をとる限り知る術が無く、その部分で却って訴求力を欠いているような気も。

 後半部分は、マスコミのかなり論拠のいい加減な「告発」キャンペーンとそれによって破滅していく医師の様子が描かれており、小説としてみた場合は、作家としては素人である一医師が書いたとは思えないぐらいよく出来ていますが、テーマそのものはすり替わってしまった感じ。
 ラストは医師の家族まで巻き込んだ悲劇的なものとなっていますが、医師の個人的な嗜好(サディズムと言うか肢体フェチと言うか。最近読んだ吉村昭の短篇「透明標本」には"骨フェチ"の男が出てきたが...)に言及したことが良かったのかどうか、やや疑問が残りました。

 前半の「手記」そのものの事実に対する"信憑性""誠実性"を覆してしまうと、前半部分の問題提起も弱くなってしまうのではないでしょうか。

 ―と、粗探し的な評になってしまいましたが、前半部分の家族による介護老人の虐待の問題など読んでいて考えさせられることは多く(後半部分のマスコミの取材の在り方の問題は描き方がやや凡庸)、インパクトのある問題作には違いないと思います。
 主テーマのインパクトを自ら削いでいるように思える面があるのが残念(読者はどこに照準を合わせて読めばいいのか)。

 個人的には、仮にAケア(はっきり「廃用身」の切除と言った方が良いか)が患者に機能面・精神面での効果をもたらすとしても、家庭生活に戻った時や施設の外に出て人目に触れたときに、本人や周囲にどういった心理的影響があるかということまで予測するのは医師にとっても本人にとっても難しく、その不確実性を軽視して本人のその時点での同意のみで事を進めるのはどうかと思いました(あくまでもAケア-廃用身の切除-にそれなりの効果があるとしての話だが)。

 【2005年文庫化[幻冬舎文庫]】

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