【1134】 ◎ 小林 多喜二 『蟹工船・党生活者 (1953/06 新潮文庫) 《蟹工船 (1929/09 戦旗社)》 ★★★★☆ (○ 今井 正 「小林多喜二 (1974/02 多喜二プロダクション ) ★★★★)

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「ブルジョア作家」志賀直哉にリアリズム表現を学んだ小林多喜二。

映画「小林多喜二」.png蟹工船 1929.jpg蟹工船・党生活者 文庫旧版.jpg蟹工船、党生活者.jpg 小林多喜二 ≪HDニューマスター版≫.jpg
1929(昭和4)年9月戦旗社(ほるぷ出版・復刻版) 『蟹工船・党生活者 (新潮文庫)』 [旧版/'08年新装版]小林多喜二 ≪HDニューマスター版≫ [DVD]」['18年]
映画「小林多喜二」パンフレット(山本圭/中野良子)

『蟹工船・党生活者』.JPG 非正規雇用の増大とそれに伴うワーキングプア問題を背景に'08年は「『蟹工船』ブーム」の年となり、新潮文庫版だけで50万部以上のベストセラーになったとのことで、文庫出版の関係会社勤務の知人の話では、このブームのお陰で会社業績を持ち直したとか。自分も新潮文庫の新版を購入して久しぶりに読み直してみましたが、まず活字が大きくなっていることが目につき、かなり読み易くなったように思います。

 1929(昭和4)年発表の「蟹工船」は小林多喜二(1903‐1933/享年29)がプロレタリア文芸誌「戦旗」に発表したもので、カムチャッカ沖でのカニ操漁とその缶詰加工に携わる漁夫らの過酷な労働の実態および監督者に対する蜂起と挫折が描かれています。労働者のための啓蒙書、ストライキ活動(サボタージュ)のテキストのように読める面もある一方、蟹工船の航海や船内の模様が実に生き生きと描かれていてシズル感があり、その筆力は、画家を目指す漁師を描いた有島武郎の「生れ出づる悩み」('18年)や、船員経験のあった葉山嘉樹の「海に生くる人々」('26年)などのそれを凌駕しているように思いました。

志賀直哉 .jpg 小林多喜二はこの小説により発表の同年には勤務先の北海道拓殖銀行を辞め、翌'30年には不敬罪で逮捕・起訴され'31年には共産党に入党していますが、入党直後に志賀直哉(1883‐1971)の奈良の自邸を訪ね、創作の指導を仰いでいます。徳永直.png当時プロレタリア文学作家というのは結構な数がいて、「戦旗」で活躍した作家には徳永直(1899‐1958)などもいますが、今世紀になっても圧倒的に読まれ続けているのが、ブルジョア作家と言われた志賀直哉にリアリズム表現を学んだ小林多喜二であるというのが興味深いです(志賀直哉には労働者シンパだった時期があり、それが原因で資本家の父との間に確執が生じた)。

 小林多喜二は、「戦旗」の中心メンバーだった蔵原惟人(1902-1991)の「プロレタリア・レアリズム」の考えを最も忠実に具現化した作家であり、「真実」を愛する文学者は「前衛」(=共産党員)でなければならないという考え方を優等生的に実践したように思え、1932(昭和7)年発表の「党生活者」における党のための自らを犠牲にして生きる主人公は、その極致であるように思えます。

 エスピオナージ小説と似た感じでも読めるこの作品は、実際この小説の発表の翌年に小林多喜二が特高警察のスパイによって捕まり虐殺されているだけに緊迫感があり、一方で、仲間と連絡を取り合う際に"雑談"もせず事務的に事を済ますやり方に主人公が欲求不満になっているのは多喜二自身の心境だったのでしょう(もし多喜二が長生きすれば、当時の蔵原惟人の特異な思想から離れていったのではないか)。

「小林多喜二」.bmp「小林多喜二」映画1シーン.jpg  「党生活者」の内容は殆ど小林多喜二が自らが体験したことに基づくものと思われ(この小説は、小林多喜二が執筆過程において逮捕され虐殺死したため、前編で終わっている)、今井正(1912‐1991)監督の映画「小林多喜二」('74年/多喜二プロダクション)は、この「党生活者」をかなりの部分において下敷きにして作られていたように思います。

映画「小林多喜二」チラシ/スチール(山本圭/中野良子)


多喜二文学碑l.jpg 小説の中では特高警察の眼を逃れるため同志の女性の家に匿って貰っていたようになっていますが、映画では、通っていた廓の薄幸の酌婦・田口タキ(当時17歳)を足抜けさせて内縁の妻にした作りとなっていて、これは実際にあったことですが、但しその頃は多喜二はまだ拓銀に勤めていたわけであり、特高警察に本格マークされる前のことと思われます。映画は、室内シーンなどにおいて、周辺の照明を抑えスポットライトを当てたような映像で、時代のムードを旨く醸し出していた佳作でしたが、映画の最後に、小林多喜二の文学碑の建立に、思想的立場の全く異なる伊藤整が尽力したことが紹介されていました。伊藤整は小樽高商(現小樽商大)の1学年後輩でした。因みに、先に述べた志賀直哉も、多喜二の文学碑建立の発起人に名を連ねています。

「小林多喜二文学碑」(小樽市)

映画 蟹工船.jpg 尚、多喜二の生涯を描いた映像化作品では、池田博穂監督のドキュメンタリー映画「時代(とき)を撃て・多喜二」('08年)や、北海道放送のTVドキュメンタリー「いのちの記憶-小林多喜二・二十九年の人生」('08年)などがあり、また「蟹工船」そのものも、'53年に俳優の山村聡が監督している作品がある外、'09年に再度の映画化が予定されているようです。

映画「蟹工船」 ポスター(山村聡:監督)
 

小林 多喜二.jpg芥川龍之介.gif 小林多喜二は1930年に上京してからは、芥川龍之介(1892‐1927)を真似した髪形にしていたそうですが(前年に東大生だった宮本顕治が芥川龍之介を批判した「敗北の文学」を発表しているのだが)、女性にはかなりモテたようで、また、普段から冗談で周囲を笑わすことの多い人柄だったとのこと、この重い雰囲気の両作品にも、随所にユーモラスな表現が見受けられます。
小林多喜二(左)/芥川龍之介(右)

「小林多喜二」●制作年:1974年●監督:今井正●製作:伊藤武郎/内山義重●脚本:勝山俊介●撮影:中尾駿一郎●音楽:いずみたく●小林多喜二 映画.jpg今井正監督「小林多喜二」.jpg主題歌 屍をつみかさねなば  EP .jpg時間:119分●出演:山本圭/中野良子/森幹太/北林谷栄/南清貴/佐藤オリエ/森居利昭/富士真奈美/津田京子/杉山とく子/寺田誠/滝田裕介/長山藍子/下絛正巳/地井武男/鈴木瑞穂/悠木千帆(樹木希林)/横内正(ナレーター)●公開:1974/02●配給:多喜二プロダクション(評価:★★★★)
映画チラシ「小林多喜二」監督 今井正 出演 山本圭、中野良子/映画 小林多喜二 主題歌 横内正 [屍をつみかさねなば]
2018年DVD化
映画 小林多喜二.jpg

【1953年文庫化・2003年改版・2008年新装版[新潮文庫]/1954年再文庫化・1968年改版・2008年新装版[角川文庫]/1967年再文庫化・2003年改版[岩波文庫(『蟹工船、一九二八・三・一五』)]/1973年再文庫[講談社文庫]】

《読書MEMO》
●「蟹工船」...1929(昭和4)年 ★★★★☆
●「党生活者」...1932(昭和7)年 ★★★★

1 Comment

俳優・山本圭(やまもと・けい)2022年3月31日午前9時20分、肺炎のため死去。81歳。

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This page contains a single entry by wada published on 2009年3月28日 23:41.

【1133】 ○ 吉村 昭 『星への旅』 (1974/02 新潮文庫) 《『少女架刑』 (1963/07 南北社)》 ★★★★ was the previous entry in this blog.

【1135】 ○ 久坂部 羊 『廃用身』 (2003/05 幻冬舎) ★★★☆ is the next entry in this blog.

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