「●き 桐野 夏生」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3083】 桐野 夏生 『ナニカアル』
社会問題的テーマが複数盛り込まれているが、一番心に残ったのは男同士の友情。
『メタボラ』['07年/朝日新聞社] 『メタボラ(上) (朝日文庫)』『メタボラ(下) (朝日文庫)』['10年]
沖縄本島と思われる密林で、(本土出身と思われる)記憶喪失青年が宮古島出身の少年・ジェイクこと昭光(アキンツ)と偶然に出会い(彼はある施設のようなものから逃げてきたらしい)、彼はアキンツと共に、これも偶然知り合ったコンビニ勤めの娘ミカの家に転がり込んで、2人から「磯村ギンジ」の名前を与えられる―。
'05年11月から'06年12月にかけて朝日新聞に連載された小説で、今回初めて読んだのですが、最初は話がどういう方向に進むのか見えなくて、そういう状況が続きいらいらさせられたものの、途中からぐんぐん面白くなってきました。
ギンジとアキンツは次第に親友の関係になっていきますが、それぞれ別々の仕事に就くものの共に挫折し転職、やがてギンジは勤務先のシェア住居「安楽ハウス」のオーナーの釜田に認められ、彼の選挙出馬の手伝いをするようになる一方、アキンツは勤務先のホストクラブ「ばびろん」で金と女性を巡るトラブルを起こす―。
ギンジが記憶を取り戻したところから、ギンジの"過去"の体験を通しての偽装請負によりに派遣される若者の劣悪な労働条件がクローズアップされていて、それまでギンジの話とアキンツの話が交互に現れていたのに、ここでバランスが一旦崩れる(但し、フリーターの職探しという点では、"今"の2人に通じるところもあるが)―そのことをどう見るかも、この作品の評価の分かれ目の1つでしょうか。
『グロテスク』('03年/文藝春秋)の際も途中で、「盲流」と呼ばれる中国の農村から都市部へ流れてきた若者の1人(彼が主人公を殺すことになる)の過去をクローズアップしていて、その話がとてもヘヴィであるため、小説全体の構成としてどうかという面は無きにしも非ずでしたが、今回は「聞きたくない人は、耳を塞いでくれ」と主人公に言わせたりしていて、作者自身、小説の中に"社会問題的リポート"が挿入されていると読者に捉えられることを充分自覚してやっている気がしました。
個人的にはこの挿入部分にあたる、地方にある携帯電話の基盤作りをする会社の奴隷工場のような実態の描写は大いに関心を引いたし、キャリアの面で挫折した若者が自殺や犯罪に走るケースは実際に少なからずあるわけで、全体整合性もとれているように思えました。
他にも、「安楽ハウス」に暮らす若者たちの"生態"や、オーナーの釜田が選挙のライバル候補でアキンツがそこを逃げ出して来た「独立塾」の主宰者・イズムとの間で論争を繰り広げる本土の人間の沖縄移住問題、生活能力の無い親の自分の子に対するネグレクトの問題やネット上で同志を募っての集団自殺など、内容は盛り沢山でしたが、やはりハート面で一番訴求力があったのは、何だか昔の「日活青春映画」を思わせるようなギンジとアキンツの友情関係の部分かな。
約600ページという長さは全体にもう少し短くてもよいと思うし(特に前半部)、これを新聞連載で読むのはキツイかなという気もしますが、新聞には水口理恵子氏の挿絵もあったから何とか持つのかも。
【2010年文庫化[朝日文庫(上・下)]/2011年再文庫化[文春文庫]】