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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「魂萌え!」)
シルバー世代のビルドゥングスロマン(教養小説)? 会話を通じての心理描写が秀逸。
『魂萌え !』 ['05年] /新潮文庫(上・下)/NHKエンタープライズ 「魂萌え! [DVD]]/ 『The COOL! 小説新潮別冊 桐野夏生スペシャル (Shincho mook)』
2005(平成17)年・第5回「婦人公論文芸賞」受賞作。
夫が定年を迎え、平凡ながらも平穏に生きていた専業主婦の主人公だが、その夫が心臓麻痺で急死したことで事態は一変、渡米していた息子は8年ぶりに日本に帰国したかと思うと夫婦での同居をせがみだし、葬儀後に女性から夫の携帯にかかってきた電話で、夫が生前に浮気をしていたことを知ることとなる―。
'04年に毎日新聞で連載した小説で'05年に単行本刊行、'06年にはNHKでTVドラマ化(土曜ドラマ・全3回/主演:高畑淳子)され、'07年には映画(主演:風吹ジュン)も公開されましたが何れも観ておらず('08年のドラマの再放送の第1話だけ少し観た)、殆ど先入観ナシで読み始め、一方で59歳の寡婦が主人公ということで、果たして感情移入できるかなという思いもありました。
しかし、読み始めてみると自然に惹き込まれ、これまでの著者の作品のようなミステリでもなければおどろおどろしい出来事や驚くべき結末があるわけでもないのに一気に読めてしまい、この作家(雑誌の表紙になってもカッコいいのだが)やはり力あるなあと思わされました。
遺産の法定相続を迫る息子の身勝手さ、夫の愛人だった蕎麦屋の女主人が見せる金銭への執着など、ああ、結局なんやかや言っても金なのかと。極めつけは、前半に出てくる、主人公が息子達の我儘に愛想をつかして家を飛び出し泊まった先のカプセルホテルで出会った老女で、自分の不幸な身の上を語ったと思ったら1万円を請求する―。いやあ、世の中いろんな人がいるから、これも何だか実話っぽく聞こえるし、後半にも、主人公の身の上話を親切に聞くフリをして、雑誌の原稿ネタにしている人がいたりして。
こうした人たちに遭遇しながら、主人公の社会や世間の人々に対する認識は変化し、それは、自分自身が強く生きなければという方向に働いているように思います(世間知らずから脱皮し成長を遂げるという点では、シルバー世代のビルドゥングスロマン(教養小説)といったところか)。
主人公を含めた4人組みの女友達のキャラクターの書き分け("ホセ様"の追っかけオバサンのちょっと壊れ気味のキャラがリアル)、蕎麦探訪のサークルの男達の描写(ロマンスグレーの実態?)、それらが混ざった蕎麦試食会の際の各人の言葉の遣り取りとその反応の裏に窺える心理描写は実に秀逸でした(著者みたいな観察眼の鋭い人が呑み会にいると酔えないだろうなあ)。
最後は、自分が期待するような完璧な友人や男友達はいないだろうとしながらも、それらを忌避せず受け容れる、まさに「人に期待せず、従って煩わされず、自分の気持ちだけに向き合って生きていく」という境地に主人公が達したこと窺え、小説としてのカタルシス効果が弱いとする向きもあるかもしれませんが、個人的にはイベント的なオチが無くても不満の残る終わり方ではなかったように思います。
NHKのドラマを、再放送も含め少ししか観なかったのは、時間の都合もありましたが、映像化すると結構どろどろした感じになって(あー、これから修羅場が始まるなあという感じ)、あまりお茶の間向けでないように思えたということもあったかも(そうしたドラマをやるところがNHKのいいところなのだが)。
「魂萌え!」●演出:吉川邦夫●制作:石丸彰彦●脚本:斉藤樹実子●原作:桐野夏生●出演:高畑淳子/高橋惠子/宇梶剛士/山本太郎/酒井美紀/小柳ルミ子/村井国夫/大和田伸也/猫背椿/杉浦太陽●放映:2006/10~11(全3回)●放送局:NHK
【2006年文庫化[新潮文庫(上・下)]】