【1116】 ◎ こうの 史代 『夕凪の街 桜の国 (2004/10 双葉社) ★★★★☆

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被爆家族の3代を描く。約100ページしかないのに、長編小説を読み終えたような余韻。

『夕凪の街 桜の国』.jpg夕凪の街 桜の国 (双葉文庫).jpg  夕凪の街 桜の国2.jpg 夕凪の街桜の国1.jpg夕凪の街桜の国
夕凪の街 桜の国 (双葉文庫)

 広島に投下された原爆によって命運を左右された家族3世代を描いた作品で、'03(平成15)年発表の「夕凪の街」、'04(平成16)年発表の「桜の国(第1部)」と書き下ろしの「桜の国(第2部)」の合本ですが、刊行時の反響に違わず、'04(平成16)年度(第8回)文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第9回('05年)手塚治虫文化賞新生賞などを受賞し、'07年には映画化もされました。

 「夕凪の街」は、'55(昭和30)年の広島市の基町にあった原爆スラムを舞台に、少女の頃に被爆した平野皆実(みなみ)という23歳の女性の被爆10年後が描かれ、「桜の国」では、第1部が'87(昭和62)年の春、第2部が'04(平成16)年の夏の東京と広島を舞台に、皆実の弟・石川(旧姓平野)旭の子・七波(ななみ)の小学生時代と28歳のOLになってからの話が描かれています(映画では、「桜の国」第2部を'07年に年代変更して、田中麗奈、麻生久美子が主演)。

 「夕凪の街」の主人公・皆実は、原爆で父、姉、妹を失い、被災地で多くの遺体を乗り越えてきた経験のフラッシュバックとともに、自分は生きていてよいのだろうか、周囲からも死ねばいいと思われているのではないかという思いに悩まされ、優しい男性同僚との恋愛にも一歩踏み込めないでいる中、被爆後遺症が勃発し、離れて暮らしていた弟などが見舞いに来る頃には、既に眼も見えなくなっていますが、この最後の場面が視力を失った主人公に合わせて空白のコマになって内語だけが書かれており、「十年たったけど、原爆を落とした人はわたしを見て『やった!またひとり殺せた』とちゃんと思ってくれとる?」というその言葉は、平和な時代になっても原爆後遺症によってその命を奪われねばならなかった主人公の無念さを表していて痛切な響きがあります。

 「桜の国」の主人公・七波は野球好きの活発な少女ですが、広島出身の母・京花が自宅で血を吐いて倒れているのを発見し、それが母の最期となったという哀しい体験をしています。
 京花がまだ幼い頃の、学生だった七波の父・旭(「夕凪の街」の皆実の弟)との出会いも描かれていて、ああ、彼女も原爆後遺症だったのかなあと。
 その旭も今ではすっかり年をとり、時々家を抜け出て遠出しているようですが、それをボケの始まりではないかと疑った七波は、ある日、家を抜け出した父を尾行すると、彼は広島行きの長距離バスに乗り込んでいた―。

『夕凪の街 桜の国』.bmp 「桜の国」の主人公は七波ですが、その父・旭の負っているものも重い。それに加え、七波の親友であり、弟・凪夫に思いを寄せる利根東子。七波の父を追っての広島行きは、彼女に引っ張られてのことですが、彼女は被爆一家と付き合うことを親から禁じられていて、ここに1つ、被爆者に対する差別というのがテーマとして浮き彫りにされています。

 全体で約100ページしかありませんが、「夕凪の街」の約30ページの執筆だけで1年かけたとのことで、それだけ密度の濃い労作であると言えます。
 「桜の国」に入って登場人物の関係がやや錯綜しますが、注意して読むと「夕凪の街」との様々な相似形やリフレイン的な描写が見られ、単なる感動物語というだけでなく、全体としての緻密な構成の上に成り立っていて、但し、技法が目的化するのではなく(この物語には所謂"オチ"というものが無い-強いて言えば、七波の父・旭が何故広島通いをしていたのかとうのが"オチ"だが)、例えば、旭の娘・七波に対する思いが、姉・皆実へのレクイエムと重なっているというような重層的効果を持たせることで、長編小説を読み終えたような余韻を読者に与えることに繋がっているように思いました。

夕凪の街 桜の国 1.jpg夕凪の街 桜の国 2.jpg「夕凪の街 桜の国」('07年/「夕凪の街 桜の国」製作委員会)
監督・脚本: 佐々部清
出演:田中麗奈/麻生久美子/藤村志保/堺正章/吉沢悠/中越典子


 【2008年文庫化[双葉文庫]】

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