2009年3月 Archives

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インパクトのある問題作には違いないと思うが、主テーマの訴求力を自ら弱めている面も。

廃用身 単行本.jpg 『廃用身』['03年/幻冬舎] 廃用身 文庫.jpg 『廃用身 (幻冬舎文庫)』['05年]

 「廃用身」(脳梗塞などで麻痺して動かなくなり回復の見込みが無い手足等)を切断して介護負担を軽減させる「Aケア」という手法を、ある老人デイケア施設のクリニック医師が考案し、これを聞いたスタッフは一様に驚くが医師の説得力ある説明を聞くうちに切断手術に賛同するようになる。患者も不安のうちにも手術することを受け容れるが、Aケア手術を受けた患者は不自由な手や足が無くなって却って動きやすくなり、また苦痛や鬱な気分からも開放され元気になっていったため、クリニックでは同症状の患者にAケアを勧め、また患者からの希望もあったりして、Aケア手術が次々に行われていく―。

 前半部が悩みながらもAケア手術に踏み切った医師の手記の形式で、やがてこの医師は、Aケアのことを嗅ぎつけたマスコミから「悪魔の医師」と告発されるようになるのですが、後半は、それに抗するために手記(前半部分の)を発表するよう医師に勧めた出版社の編集者による、その後の事の推移を追ったルポルタージュの形式となっていて、その組み合わせで1冊の本を成すという形をとっており、医師と編集者の略歴が入った奥付まで用意されています(医師は自殺したことになっている)。

 前半部分は老人介護が抱える問題点を鋭く抉っていて、特に前の方は統計データなども出てくるため小説というよりレポートを読んでいる感じ。
 そのままAケアを採り入れた経緯に話が及ぶため、全てがノンフィクションであるような錯覚に陥りますが、それが作者の戦略なのでしょう。
 読む側としては、Aケアは暗黙の了解の裡に実際に行われていることなのか、それとも専門家から見ればバカバカしい話なのか、フィクションという体裁をとる限り知る術が無く、その部分で却って訴求力を欠いているような気も。

 後半部分は、マスコミのかなり論拠のいい加減な「告発」キャンペーンとそれによって破滅していく医師の様子が描かれており、小説としてみた場合は、作家としては素人である一医師が書いたとは思えないぐらいよく出来ていますが、テーマそのものはすり替わってしまった感じ。
 ラストは医師の家族まで巻き込んだ悲劇的なものとなっていますが、医師の個人的な嗜好(サディズムと言うか肢体フェチと言うか。最近読んだ吉村昭の短篇「透明標本」には"骨フェチ"の男が出てきたが...)に言及したことが良かったのかどうか、やや疑問が残りました。

 前半の「手記」そのものの事実に対する"信憑性""誠実性"を覆してしまうと、前半部分の問題提起も弱くなってしまうのではないでしょうか。

 ―と、粗探し的な評になってしまいましたが、前半部分の家族による介護老人の虐待の問題など読んでいて考えさせられることは多く(後半部分のマスコミの取材の在り方の問題は描き方がやや凡庸)、インパクトのある問題作には違いないと思います。
 主テーマのインパクトを自ら削いでいるように思える面があるのが残念(読者はどこに照準を合わせて読めばいいのか)。

 個人的には、仮にAケア(はっきり「廃用身」の切除と言った方が良いか)が患者に機能面・精神面での効果をもたらすとしても、家庭生活に戻った時や施設の外に出て人目に触れたときに、本人や周囲にどういった心理的影響があるかということまで予測するのは医師にとっても本人にとっても難しく、その不確実性を軽視して本人のその時点での同意のみで事を進めるのはどうかと思いました(あくまでもAケア-廃用身の切除-にそれなりの効果があるとしての話だが)。

 【2005年文庫化[幻冬舎文庫]】

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「ブルジョア作家」志賀直哉にリアリズム表現を学んだ小林多喜二。

映画「小林多喜二」.png蟹工船 1929.jpg  蟹工船・党生活者 文庫旧版.jpg蟹工船、党生活者.jpg
1929(昭和4)年9月戦旗社(ほるぷ出版・復刻版) 『蟹工船・党生活者 (新潮文庫)』 [旧版/'08年新装版]

映画「小林多喜二」 パンフレット (山本圭/中野良子)

『蟹工船・党生活者』.JPG 非正規雇用の増大とそれに伴うワーキングプア問題を背景に'08年は「『蟹工船』ブーム」の年となり、新潮文庫版だけで50万部以上のベストセラーになったとのことで、文庫出版の関係会社勤務の知人の話では、このブームのお陰で会社業績を持ち直したとか。自分も新潮文庫の新版を購入して久しぶりに読み直してみましたが、まず活字が大きくなっていることが目につき、かなり読み易くなったように思います。

 1929(昭和4)年発表の「蟹工船」は小林多喜二(1903‐1933/享年29)がプロレタリア文芸誌「戦旗」に発表したもので、カムチャッカ沖でのカニ操漁とその缶詰加工に携わる漁夫らの過酷な労働の実態および監督者に対する蜂起と挫折が描かれています。労働者のための啓蒙書、ストライキ活動(サボタージュ)のテキストのように読める面もある一方、蟹工船の航海や船内の模様が実に生き生きと描かれていてシズル感があり、その筆力は、画家を目指す漁師を描いた有島武郎の「生れ出づる悩み」('18年)や、船員経験のあった葉山嘉樹の「海に生くる人々」('26年)などのそれを凌駕しているように思いました。

志賀直哉 .jpg 小林多喜二はこの小説により発表の同年には勤務先の北海道拓殖銀行を辞め、翌'30年には不敬罪で逮捕・起訴され'31年には共産党に入党していますが、入党直後に志賀直哉(1883‐1971)の奈良の自邸を訪ね、創作の指導を仰いでいます。徳永直.png当時プロレタリア文学作家というのは結構な数がいて、「戦旗」で活躍した作家には徳永直(1899‐1958)などもいますが、今世紀になっても圧倒的に読まれ続けているのが、ブルジョア作家と言われた志賀直哉にリアリズム表現を学んだ小林多喜二であるというのが興味深いです(志賀直哉には労働者シンパだった時期があり、それが原因で資本家の父との間に確執が生じた)。

 小林多喜二は、「戦旗」の中心メンバーだった蔵原惟人(1902-1991)の「プロレタリア・レアリズム」の考えを最も忠実に具現化した作家であり、「真実」を愛する文学者は「前衛」(=共産党員)でなければならないという考え方を優等生的に実践したように思え、1932(昭和7)年発表の「党生活者」における党のための自らを犠牲にして生きる主人公は、その極致であるように思えます。

 エスピオナージ小説と似た感じでも読めるこの作品は、実際この小説の発表の翌年に小林多喜二が特高警察のスパイによって捕まり虐殺されているだけに緊迫感があり、一方で、仲間と連絡を取り合う際に"雑談"もせず事務的に事を済ますやり方に主人公が欲求不満になっているのは多喜二自身の心境だったのでしょう(もし多喜二が長生きすれば、当時の蔵原惟人の特異な思想から離れていったのではないか)。

「小林多喜二」.bmp「小林多喜二」映画1シーン.jpg  「党生活者」の内容は殆ど小林多喜二が自らが体験したことに基づくものと思われ(この小説は、小林多喜二が執筆過程において逮捕され虐殺死したため、前編で終わっている)、今井正(1912‐1991)監督の映画「小林多喜二」('74年/多喜二プロダクション)は、この「党生活者」をかなりの部分において下敷きにして作られていたように思います。

映画「小林多喜二」チラシ/スチール(山本圭/中野良子)


多喜二文学碑l.jpg 小説の中では特高警察の眼を逃れるため同志の女性の家に匿って貰っていたようになっていますが、映画では、通っていた廓の薄幸の酌婦・田口タキ(当時17歳)を足抜けさせて内縁の妻にした作りとなっていて、これは実際にあったことですが、但しその頃は多喜二はまだ拓銀に勤めていたわけであり、特高警察に本格マークされる前のことと思われます。映画は、室内シーンなどにおいて、周辺の照明を抑えスポットライトを当てたような映像で、時代のムードを旨く醸し出していた佳作でしたが、映画の最後に、小林多喜二の文学碑の建立に、思想的立場の全く異なる伊藤整が尽力したことが紹介されていました。伊藤整は小樽高商(現小樽商大)の1学年後輩でした。因みに、先に述べた志賀直哉も、多喜二の文学碑建立の発起人に名を連ねています。

「小林多喜二文学碑」(小樽市)

映画 蟹工船.jpg 尚、多喜二の生涯を描いた映像化作品では、池田博穂監督のドキュメンタリー映画「時代(とき)を撃て・多喜二」('08年)や、北海道放送のTVドキュメンタリー「いのちの記憶-小林多喜二・二十九年の人生」('08年)などがあり、また「蟹工船」そのものも、'53年に俳優の山村聡が監督している作品がある外、'09年に再度の映画化が予定されているようです。

映画「蟹工船」 ポスター(山村聡:監督)
 

小林 多喜二.jpg芥川龍之介.gif 小林多喜二は1930年に上京してからは、芥川龍之介(1892‐1927)を真似した髪形にしていたそうですが(前年に東大生だった宮本顕治が芥川龍之介を批判した「敗北の文学」を発表しているのだが)、女性にはかなりモテたようで、また、普段から冗談で周囲を笑わすことの多い人柄だったとのこと、この重い雰囲気の両作品にも、随所にユーモラスな表現が見受けられます。
小林多喜二(左)/芥川龍之介(右)

小林多喜二 映画.jpg「小林多喜二」●制作年:1974年●監督:今井正●製作:伊藤武郎/内山義今井正監督「小林多喜二」.jpg重●脚本:主題歌 屍をつみかさねなば  EP .jpg勝山俊介●撮影:中尾駿一郎●音楽:いずみたく●時間:119分●出演:山本圭/中野良子/森幹太/北林谷栄/南清貴/佐藤オリエ/森居利昭/富士真奈美/津田京子/杉山とく子/寺田誠/滝田裕介/長山藍子/下絛正巳/地井武男/鈴木瑞穂/悠木千帆(樹木希林)/横内正(ナレーター)●公開:1974/02●配給:多喜二プロダクション(評価:★★★★)
映画チラシ「小林多喜二」監督 今井正 出演 山本圭、中野良子/映画 小林多喜二 主題歌 横内正 [屍をつみかさねなば]
2018年DVD化
映画 小林多喜二.jpg

【1953年文庫化・2003年改版・2008年新装版[新潮文庫]/1954年再文庫化・1968年改版・2008年新装版[角川文庫]/1967年再文庫化・2003年改版[岩波文庫(『蟹工船、一九二八・三・一五』)]/1973年再文庫[講談社文庫]】

《読書MEMO》
●「蟹工船」...1929(昭和4)年 ★★★★☆
●「党生活者」...1932(昭和7)年 ★★★★

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「星への旅」「少女架刑」の瑞々しいリリシズム。拾い物だった「石の微笑」「透明標本」。

星への旅.jpg 吉村昭自選初期短篇集1.jpg 吉村昭自選初期短篇集2.jpg 吉村昭.jpg 吉村昭(1927‐2006/享年79)
星への旅 (新潮文庫)』['74年]/『少女架刑-吉村昭自選初期短篇集I (中公文庫)』『透明標本-吉村昭自選初期短篇集II (中公文庫)['18年]

 吉村昭がその創作活動の初期に発表した短編を集めたもので、「鉄橋」「少女架刑」「透明標本」「石の微笑」「星への旅」「白い道」の6篇を収録していますが、死をテーマにした純文学的な作品が多く、歴史小説作家、動物小説作家という既成のイメージとかなり違っていて、それがまた新鮮でもありました。

 「星への旅」('66(昭和41)年発表、太宰治賞受賞)は「集団自殺」を敢行する若者達を扱っていて、近年のネット上で自殺志願者を募って行われる類のもの(最近読んだ桐野夏生の『メタボラ』にもあったが)などと比較してみると興味深いのですが、この短篇に出てくる若者達には自殺するこれと言った理由などは特に無く、「自殺してみようか」といった遊戯的な感覚で死ぬことを思い立ち、幌付きのトラックで死に場所を探して移動し、お互いにどこまで本気なのかを探り合いながらも集団生活のようなものを送っている―その集団生活が続けば、自殺を思いとどまりそうな気もするのだが...。

 より初期の「少女架刑」('59(昭和34)年発表)は、急性肺炎で亡くなり、金銭目的で病院に献体された貧しい家の少女の遺体がどう扱われるかを、少女の意識が死後も依然在り続けるという設定のもと、少女の視点で描かれているというシュールな作品で、医学生の眼前で解剖され、焼かれて骨になるまではともかく、納骨堂に並べられる最後はちょっと怖かった...。

 暗い話ばかりみたいですが、タイトルの付け方からも察せられるようにその中に瑞々しいリリシズムが感じられ、20代の頃に川端康成や梶井基次郎に傾倒したという文学遍歴と符号するように思えました。一方で、大学病院に寄贈された遺体がどのように扱われるかといったことに関しては綿密な取材がなければ書けないはずで、この辺りの創作姿勢は後の記録文学と呼ばれる作品群に繋がるものを感じました。

透明標本―吉村昭自選短篇集.jpg 個人的には、墓場から石仏を集め売る友人と出戻りの姉との関係を描いた「石の微笑」('62(昭和37)年発表、第47回芥川賞候補作)がホラー・ミステリっぽくてよく出来ていたように思え(2人は失踪するが、実はこの男はあることに憑かれていた...)、人体骨格の透明標本を作ることに憑かれた男を描いた「透明標本」('62(昭和37)年発表、第46回芥川賞候補作)も結構ブラックユーモアっぽくて面白く、共に思わぬ拾い物でした。

 4回芥川賞候補になっているのに結局賞は貰えず、夫人の津村節子氏に先を超されてしまったのは、この"面白さ"が災いしたため?

透明標本―吉村昭自選短篇集』['90年/學藝書林](鉄橋、少女架刑、透明標本、石の微笑、煉瓦塀)

少女架刑  南北社.jpg少女架刑 成瀬書房.jpg 『星への旅』...【1974年文庫化〔新潮文庫(鉄橋、少女架刑、透明標本、石の微笑、星への旅、白い道)〕】
 『少女架刑』...【1963年単行本[南北社(少女架刑、白い道、星と葬礼、貝殻、墓地の賑い)]/1971年単行本[三笠書房]/1980年肉筆絵装[成瀬書房]/2018年文庫化[中公文庫『少女架刑―吉村昭自選初期短篇集I』(死体、青い骨、さよと僕たち、鉄橋、喪服の夏、少女架刑、星と葬礼)]】
 『透明標本』...【1990年単行本[學藝書林『透明標本―吉村昭自選短篇集』(鉄橋、少女架刑、透明標本、石の微笑、煉瓦塀)]/2018年文庫化[中公文庫『透明標本―吉村昭自選初期短篇集Ⅱ』(星への旅、透明標本など7編)]】

少女架刑 (1980年)』[成瀬書房]毛筆書名落款入(中之島紀子・油絵表紙装)
少女架刑 (1963年)』(少女架刑、白い道、星と葬礼、貝殻、墓地の賑い)

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社会問題的テーマが複数盛り込まれているが、一番心に残ったのは男同士の友情。

メタボラ.jpgメタボラ』['07年/朝日新聞社]メタボラ上.jpg メタボラ下.jpg 『メタボラ(上) (朝日文庫)』『メタボラ(下) (朝日文庫)』['10年]

 沖縄本島と思われる密林で、(本土出身と思われる)記憶喪失青年が宮古島出身の少年・ジェイクこと昭光(アキンツ)と偶然に出会い(彼はある施設のようなものから逃げてきたらしい)、彼はアキンツと共に、これも偶然知り合ったコンビニ勤めの娘ミカの家に転がり込んで、2人から「磯村ギンジ」の名前を与えられる―。

 '05年11月から'06年12月にかけて朝日新聞に連載された小説で、今回初めて読んだのですが、最初は話がどういう方向に進むのか見えなくて、そういう状況が続きいらいらさせられたものの、途中からぐんぐん面白くなってきました。

 ギンジとアキンツは次第に親友の関係になっていきますが、それぞれ別々の仕事に就くものの共に挫折し転職、やがてギンジは勤務先のシェア住居「安楽ハウス」のオーナーの釜田に認められ、彼の選挙出馬の手伝いをするようになる一方、アキンツは勤務先のホストクラブ「ばびろん」で金と女性を巡るトラブルを起こす―。

 ギンジが記憶を取り戻したところから、ギンジの"過去"の体験を通しての偽装請負によりに派遣される若者の劣悪な労働条件がクローズアップされていて、それまでギンジの話とアキンツの話が交互に現れていたのに、ここでバランスが一旦崩れる(但し、フリーターの職探しという点では、"今"の2人に通じるところもあるが)―そのことをどう見るかも、この作品の評価の分かれ目の1つでしょうか。

 『グロテスク』('03年/文藝春秋)の際も途中で、「盲流」と呼ばれる中国の農村から都市部へ流れてきた若者の1人(彼が主人公を殺すことになる)の過去をクローズアップしていて、その話がとてもヘヴィであるため、小説全体の構成としてどうかという面は無きにしも非ずでしたが、今回は「聞きたくない人は、耳を塞いでくれ」と主人公に言わせたりしていて、作者自身、小説の中に"社会問題的リポート"が挿入されていると読者に捉えられることを充分自覚してやっている気がしました。

 個人的にはこの挿入部分にあたる、地方にある携帯電話の基盤作りをする会社の奴隷工場のような実態の描写は大いに関心を引いたし、キャリアの面で挫折した若者が自殺や犯罪に走るケースは実際に少なからずあるわけで、全体整合性もとれているように思えました。

 他にも、「安楽ハウス」に暮らす若者たちの"生態"や、オーナーの釜田が選挙のライバル候補でアキンツがそこを逃げ出して来た「独立塾」の主宰者・イズムとの間で論争を繰り広げる本土の人間の沖縄移住問題、生活能力の無い親の自分の子に対するネグレクトの問題やネット上で同志を募っての集団自殺など、内容は盛り沢山でしたが、やはりハート面で一番訴求力があったのは、何だか昔の「日活青春映画」を思わせるようなギンジとアキンツの友情関係の部分かな。

 約600ページという長さは全体にもう少し短くてもよいと思うし(特に前半部)、これを新聞連載で読むのはキツイかなという気もしますが、新聞には水口理恵子氏の挿絵もあったから何とか持つのかも。

 【2010年文庫化[朝日文庫(上・下)]/2011年再文庫化[文春文庫]】

メタボラ.jpg    

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「魂萌え!」)

シルバー世代のビルドゥングスロマン(教養小説)? 会話を通じての心理描写が秀逸。

魂萌え!.jpg魂萌え!上.jpg魂萌え!下.jpg  魂萌え! [DVD].jpg 土曜ドラマ 魂萌え!.jpg  説新潮別冊 桐野夏生スペシャル.jpg
魂萌え !』 ['05年] /新潮文庫(上・下)/NHKエンタープライズ 「魂萌え! [DVD]]/ 『The COOL! 小説新潮別冊 桐野夏生スペシャル (Shincho mook)』 

『魂萌え!』.jpg  2005(平成17)年・第5回「婦人公論文芸賞」受賞作。

 夫が定年を迎え、平凡ながらも平穏に生きていた専業主婦の主人公だが、その夫が心臓麻痺で急死したことで事態は一変、渡米していた息子は8年ぶりに日本に帰国したかと思うと夫婦での同居をせがみだし、葬儀後に女性から夫の携帯にかかってきた電話で、夫が生前に浮気をしていたことを知ることとなる―。

 '04年に毎日新聞で連載した小説で'05年に単行本刊行、'06年にはNHKでTVドラマ化(土曜ドラマ・全3回/主演:高畑淳子)され、'07年には映画(主演:風吹ジュン)も公開されましたが何れも観ておらず('08年のドラマの再放送の第1話だけ少し観た)、殆ど先入観ナシで読み始め、一方で59歳の寡婦が主人公ということで、果たして感情移入できるかなという思いもありました。

 しかし、読み始めてみると自然に惹き込まれ、これまでの著者の作品のようなミステリでもなければおどろおどろしい出来事や驚くべき結末があるわけでもないのに一気に読めてしまい、この作家(雑誌の表紙になってもカッコいいのだが)やはり力あるなあと思わされました。

 遺産の法定相続を迫る息子の身勝手さ、夫の愛人だった蕎麦屋の女主人が見せる金銭への執着など、ああ、結局なんやかや言っても金なのかと。極めつけは、前半に出てくる、主人公が息子達の我儘に愛想をつかして家を飛び出し泊まった先のカプセルホテルで出会った老女で、自分の不幸な身の上を語ったと思ったら1万円を請求する―。いやあ、世の中いろんな人がいるから、これも何だか実話っぽく聞こえるし、後半にも、主人公の身の上話を親切に聞くフリをして、雑誌の原稿ネタにしている人がいたりして。

 こうした人たちに遭遇しながら、主人公の社会や世間の人々に対する認識は変化し、それは、自分自身が強く生きなければという方向に働いているように思います(世間知らずから脱皮し成長を遂げるという点では、シルバー世代のビルドゥングスロマン(教養小説)といったところか)。

 主人公を含めた4人組みの女友達のキャラクターの書き分け("ホセ様"の追っかけオバサンのちょっと壊れ気味のキャラがリアル)、蕎麦探訪のサークルの男達の描写(ロマンスグレーの実態?)、それらが混ざった蕎麦試食会の際の各人の言葉の遣り取りとその反応の裏に窺える心理描写は実に秀逸でした(著者みたいな観察眼の鋭い人が呑み会にいると酔えないだろうなあ)。

 最後は、自分が期待するような完璧な友人や男友達はいないだろうとしながらも、それらを忌避せず受け容れる、まさに「人に期待せず、従って煩わされず、自分の気持ちだけに向き合って生きていく」という境地に主人公が達したこと窺え、小説としてのカタルシス効果が弱いとする向きもあるかもしれませんが、個人的にはイベント的なオチが無くても不満の残る終わり方ではなかったように思います。

魂萌え ドラマ.jpg NHKのドラマを、再放送も含め少ししか観なかったのは、時間の都合もありましたが、映像化すると結構どろどろした感じになって(あー、これから修羅場が始まる魂萌え!5.jpgなあという感じ)、あまりお茶の間向けでないように思えたということもあったかも(そうしたドラマをやるところがNHKのいいところなのだが)。

「魂萌え!」●演出:吉川邦夫●制作:石丸彰彦●脚本:斉藤樹実子●原作:桐野夏生●出演:高畑淳子/高橋惠子/宇梶剛士/山本太郎/酒井美紀/小柳ルミ子/村井国夫/大和田伸也/猫背椿/杉浦太陽●放映:2006/10~11(全3回)●放送局:NHK

 【2006年文庫化[新潮文庫(上・下)]】

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"銀おやじ"の存在も含め殆ど事実? そう思うと前半部分の描写の怖さが増す。

熊嵐 吉村昭.jpg羆嵐(くまあらし).jpg  ヒグマの剥製と.jpg
羆嵐 (新潮文庫)』['82年] ヒグマの剥製(苫前町郷土資料館)と作者
羆嵐 (1977年)』(カバー絵:辰巳四郎)

苫前郷土資料館における「三毛別・羆事件」の再現
三毛別羆事件再現資料館.jpg '77年(昭和52)年に新潮社から刊行された吉村昭(1927‐2006)の小説。大正時代の初めに北海道の開拓村に1頭の巨大な羆(ヒグマ)が現れ、2日の間に幼子を含む6人の男女が犠牲となる。村落の住民は討伐隊を組んで警察もこれに加わるが、羆を見つけて倒すには至らず、区長は迷った末に人格的には問題があるとされている孤独な羆討ち(マタギ)の老人に助けを求める―。

 1915(大正4)年12月に北海道・苫前の三毛別川沿い〈六線沢〉の開拓村で実際に起きた死者6名(ケガの後遺症で亡くなった者も含めると7名、更に胎児も含めると8名)という日本獣害史上最大の惨劇を描いたもので、羆事件があったことは事実としても、50人を超える討伐隊が羆に翻弄され数日を無為に過ごす中、"銀おやじ"と呼ばれる1人の羆討ちが、多くがその実力を疑問視する中で登場して、翌日にはこの巨大な羆を射止めてしまうというのは、カッコ良すぎてハリウッド映画みたいな気もしました。

 そうしたこともあり、"銀おやじ"の活躍する部分は作者の創作だと長らく思っていましたが、その性格描写はともかくとして、"銀おやじ"に該当する人物が実在したことを最近知り、ちょっとビックリ。要するに、この小説に書かれている事件の始まりとその解決までは、かなり事実に忠実に沿っているようで(羆の体重なども記録の通りで誇張はない)、そう思うと前半部分の怖さが増します。

 1件目の家が襲われ、また同じ家に羆がやって来ますが、これは保存用食糧として成人女性の遺体を山へ持っていくためで、こうなると遺体回収するよりも羆をおびき寄せるため、乃至は山に留めておくための餌として、すぐの回収は諦めるしかないというから絶句。

 それでも羆はやって来て、しかも次に襲ったのは何と村人達が対策本部を置いた民家で、男達が出払った留守に妊婦など4人を襲い、男達が戻ってきても暗闇で踏み込めず、羆が人の骨を砕く音を聞くしかないという...更に絶句。

 最初に女性を襲うとその臭いを覚えて女性を食糧ターゲットにし、民家に押し入っても女物の着物などを漁っているというのが生々しく、結局、そうした羆の様々な特性を知らない人間50人がいくら動き回っても結果は得られないわけで、その点で"銀おやじ"は長年の経験と勘から効率良く動く―これはある種、情報戦なのだなあと。

 仕留めた羆の肉を皆で食するのが犠牲になった者への供養になるという、アイヌの風習に由来するものらしいですが、そうしたことを村人に諭す"銀おやじ"に死者への哀悼の念が感じられ、一方で、仕事が終わると羆の"胆"と報酬だけ手にしてさっさとどこか帰っていくのも、これはこれで味がありました。

 「三毛別・羆事件」に興味がある人には、そのドキュメント版である『慟哭の谷―The devil's valley』('97年/共同文化社)もお薦めです。著者の木村盛武は市井の人で、オリジナルは昭和36年に書かれていて、46年前の大正4年に起きたこの事件の関係者が当時まだ存命していたりして、非常にシズル感のある(言葉の使い方がおかしい?)内容となっています。

 【1982年文庫化〔新潮文庫〕】

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国策事業の中での男達の自然との戦い、土木会社の工事指揮者と人夫らの葛藤を描く。

高熱隧道(ずいどう).jpg 高熱隧道.jpg 『高熱隧道』   .jpg
高熱隧道 (新潮文庫)』旧カバー版

 労災保険料の料率は事業の種類によって異なり、仕事の危険度が高いほど保険料率は高くなります。平成21年4月からの料率は、「その他(一般)の事業」の場合0.3%ですが、「その他(一般)の建設事業」は1.9%、「その他(一般)の鉱業」の場合は2.4%、これに対し、建設事業の中でも、本書の題材となっている「水力発電施設、ずい道等新設事業」の保険料率は10.3%であり(つまり、賃金の10%以上の労災保険料がかかる)、これは通常の事業の34.3倍の高い料率で、2番目、3番目に料率の高い「金属鉱業,非金属鉱業又は石炭鉱業」の8.7%、「採石業」の7.0%を大きく上回っています。このことからも、「水力発電施設、ずい道等新設事業」における作業が、今もって多くの危険を孕んだものであるとが窺えるかと思います。

『高熱隧道』.jpg「高熱隧道」(阿曽原 - 仙人谷).jpg 本書は、1967年(昭和42年)に新潮社から刊行された吉村昭(1927-2006)による、昭和11年に着工し昭和15年に完成した黒部第三発電所の建設工事を描いた記録文学ですが、その中でも特に難航を極めた阿曾原谷側の軌道トンネル工事を背景に、トンネル工事期間1年4カ月における男達の自然との戦い、土木会社の工事指揮者と人夫らの葛藤を描いた、その作業内容の過酷さは実際に凄まじいものでした。
高熱隧道(阿曽原 - 仙人谷)

文庫新カバー版

 急峻な崖の続く黒部峡谷、加えて冬の豪雪、更には阿曾原谷が温泉脈に近いため、岩盤温度がトンネルの掘り始めで65℃、掘り進むと160℃を超え、高熱のため人夫たちの体力が持たないし、発破用のダイナマイトが自然発火して爆発する危険もあるという、今ならば完全に「労働安全衛生法」違反の作業環境であり、当時においてもあまりにも犠牲者が多い事から富山県警察部から再三に渡って工事中止命令が出されたとのことですが、日本がアジア・太平洋戦争に突き進んでいく中、電力供給を担った国策事業としてほぼ強行的に工事が行われていたという背景があります。

 但し、軍関係者が見ても作業をストップさせるかもしれないほどの危険な作業環境であり(彼ら視察に来ても、熱くて奥まで行けず、結局作業の実態は隠蔽され続けるのだが)、土木会社の中には人夫達が作業放棄したために工事そのものから撤退するところもある中、この小説の主人公である佐川組の男達は作業指揮を継続し、人夫らもそれについてくる―そこには(人夫達にはとっては高額の日当が魅力的であるということもあるにせよ)1つの事業をやり遂げようという気迫が感じられます。

 作業する人夫たちにホースで水を放水し、その放水している者に更に放水をするということを数珠繋ぎに繋げていくような作業環境の中、ついにダイナマイトの自然発火による爆発事故が起きてしまい8名の死者が出ますが、佐川組の工事事務所長の根津は、遺体を回収し、人夫達の目前で肉片となったそれを手にして繋ぎ合わせ、8体の遺体を形づくる―。
 凄まじい"葬送"の場面ですが、こうした彼の行為が人夫達の気持ちをひとつにし、トンネル工事は進められていきます。

 しかし今度は"泡(ほう)なだれ" という特殊な雪崩による事故が起きて84人もの死者が出てしまい、更に根津ら工事関係者は奔走しますが、坑道の切端が突き抜け工事が一区切りついたところで、人夫頭からダイナマイトが盗まれるなど不穏な動きがあることを知らされ、彼らは急遽山を下りることになります。

 人夫達の怨念のようなものは簡単に消せるものではなくむしろ累積していくものであり、「プロジェクトX」みたいなハッピーエンドの物語となっていないところに、こうした戦前の国策事業の特異な枠組みと実態の苛烈さが窺えます。

 登場人物は作者の創作ですが、所謂"昭和の大工事"とされた黒部川第四発電所建設での犠牲者が171名に対し、この第三発電所建設は全工区で300名以上の死者を出ており、小説の背景となった阿曾原谷側工事だけでも188名の死者が出ているというのは、記録に残る事実です。

 【1975年文庫化〔新潮文庫〕】

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三島なりの読み込み方。「武士道とは死ぬ事と見付けたり」の次段階にある享楽主義。

葉隠入門.png葉隠入門―武士道は生きている (カッパ・ブックス)葉隠入門 文庫.jpg葉隠入門 (新潮文庫)
(粟津 潔 装幀/横尾忠則 画)
1969.5.13 東京大学・全共闘学生とのティーチインにて
三島 由紀夫.jpg 1967年「カッパ・ブックス」(カッパ・ビブリア)の1冊として刊行されたもので、「武士道とは死ぬ事と見付けたり」という言葉で名高い「葉隠」は、佐賀鍋島藩に仕えた山本常朝が武士道における覚悟を説いた修養の書ですが、三島由紀夫はこれを戦争中から読み出していつも自分の周辺に置き、以後20年間折にふれて読み感銘を新たにした本は「葉隠」1冊であると本書で書いています。

男の嫉妬 武士道の論理と心理.jpg 「葉隠」については、歴史学者の山本博文氏が『男の嫉妬‐武士道の論理と心理』('05年/ ちくま新書)の中で、山本常朝は主君亡き後自らが出家したことを殉死したことと同じ価値があるとし、自らが藩で唯一の武士道の実践者であるという意識のもとに物を言っていて、これは裏返せば、戦乱の世が去り泰平の時代が続くと、大した論功も無い輩が抜擢人事の対象になったりする、そうしたことへの「嫉妬心」の表れであるとの批判がありますが、著作というものは概して、中身を超えて執筆動機まで探り始めるとキリがないような気もします。

 興味深いのは、三島のこの本が「武士道は生きている」というサブタイトル付きで光文社のカッパ・ブックスから刊行('67年)されていることで、当時の人は、丁度今はやりの「○○の品格」といった新書本と同じく、「軽佻浮薄の世情への批判」+「人生論的エッセイ」といったやや軽い感じで本書を読んだのではないでしょうか。ところが、本書刊行の3年後に三島は自決し、「武士道とは死ぬ事と見付けたり」というのを実践してしまったわけで、彼は本気で「葉隠」に傾倒していたのかとビックリした―。

 個人的には、三島が自身の内で育んだ美意識や死生観に相通じるものを、三島なりの方法で「葉隠」から読み取ったということであって、「葉隠」がアプリオリにあって三島がこれによって死に導かれたということではないと思います。

葉隠入門―武士道は生きている (カッパ・ブックス)2.jpg葉隠入門―武士道は生きている (カッパ・ブックス)4.jpg葉隠入門―武士道は生きている (カッパ・ブックス)3.jpg 三島が本書において「葉隠」を、「行動哲学」「恋愛哲学」「生きた哲学」という3つのフェーズで捉えていることも興味深く、「行動哲学」の帰結には死がありますが、「恋愛哲学」では女色より男色を上位に置き、それはそのまま忠義に転化するとしていて、更に「生きた哲学」とは、人間の一生は「誠に纔(わずか)の事」であるため、「好いた事をして暮らすべきなり」という理念が「葉隠」の「武士道とは死ぬ事と見付けたり」の次の段階としてあるとしており、三島独自の享楽主義(エピキュリアニズム)論が展開されています。
葉隠入門―武士道は生きている (1967年) (カッパ・ビブリア日本人の知恵〈2〉)

 「葉隠」ではまともな男女間の恋愛は説いていないのかというと、「忍ぶ恋」を至上のものとして説いており(但し、これは衆道の世界にも当てはまることなのだが)、その他にも酒席での心得や二日酔いの対処法、欠伸(あくび)のかみ殺し方まで説いていて至れり尽くせりですが、おおもとのところでは常に死生観に行き着き、それは一日一日を、一瞬一瞬を大切に生きよということであると同時に、一方で、その根底に人の生というものに対する透徹したニヒリズムがあることを三島は読み取っているように思われ、この辺りも、「葉隠」が三島の琴線にふれた所以ではないかと思います。

 本書後半は「葉隠」の抄訳になっているので、三島の捉え方とは別に、自分なりにこれを味わってみるのもいいかも知れません。

 【1983年文庫化[新潮文庫(『葉隠入門』)]】

《読書MEMO》
●朝毎に懈怠なく死して置くべし。
 (訳:毎朝、ゆるみなく、死んでおくべきである)
●意地は刀の身の如し。内にばかり納め置き候へば、錆もつき刃も鈍り、人が思ひこなしものなり。
 (訳:意地とは刀の抜き身のようなもので、内にばかり納めておくと錆がつき、刃も駄目になって、人が馬鹿にするものである)
●端的只今の一念より外はこれなく候。一念一念と重ねて一生なり。ここに覚え付き候へば、外に忙しき事もなく、求むることも無し。この一念を守って暮らすまでなり。
 (訳:結局のところ重要なのは、現在の一念、つまりひたすらな思いより外には何もないということである。一念、一念と積み重ねていって、つまりはそれが一生となるのである)
●人間一生誠に纔(わずか)の事なり。好いた事をして暮らすべきなり。夢の間の世の中に、好かぬ事ばかりして苦を見て暮らすは愚かなる事なり。
 (訳:人間の一生なんてみじかいものだ。とにかく、したいことをして暮らすべきである。つかの間ともいえるこの世にあって、いやなことばかりして苦しいめにあうのは愚かなことである)
●道すがら考ふれば、何とよくからくった人形でなきや。糸つけてもなきに、歩いたり、飛んだり、はねたり、言語(もの)迄も言ふは上手の細工なり。来年の盆には客にぞなるべき。さてもあだな世界かな。忘れてばかり居るぞと。
 (訳:道すがらに考えたのだが、人間とは、またなんとよくできた人形ではないか。糸をつけてもいないのに、歩いたり、飛んだり、跳ねたり、ものまでいうのはいかにも手のこんだ作り方である。けれど、来年の盆には、死んでお客さまにでもなってしまうだろう。さてもむなしい世の中ではないか。人々は、そうしたことは、とんと忘れてしまっているのだ)

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寺山色が薄まった「サード」、寺山と羽仁進とのコラボがうまくいっていない「初恋・地獄変」。

サード ちらし.jpgサード.jpg 帰らざる日々.jpg 桃尻娘 竹田かほり.jpg 初恋・地獄篇.jpg
サード [DVD]」/ 「帰らざる日々 [DVD]」/ 「ピンクヒップガール 桃尻娘 [DVD]」 /「初恋・地獄篇 [DVD]」ポスターデザイン:宇野亜喜良
「サード」チラシ

サード4.jpgサード 78.jpg 「サード」('78年3月/ATG)は、少年院にいる"サード"という少年の、大人達から浮ついた励ましの言葉をかけられたところで決して満たされることのない鬱々とした日々を描いた作品。彼は元々、「大きな町へ行く」ことを夢見る高校生男女の4人組の1人で、資金稼ぎに始めた売春がもとで事件を起こし少年院へ送られてきたのだった―。

サード3.jpgサード  .jpg 寺山修司(1935‐1983)の脚本で(原作は軒上泊の「九月の町」)ATG映画の中でも評価の高い作品ですが(第52回キネマ旬報ベスト・テン第1位)、その脚本をまた撮影段階で大幅に変更したとのことで、寺山修司自身が監督した作品と比べれば当然ですが、この作品単体で見ても寺山の色をあまり感じませんでした。

サード1.jpg ただ、"オシ"という無口な少年をはじめ、"トベチン"、"アキラ"、"漢字"、脱走を試みる"ⅡB"といった少年達は皆、自閉的ながらもユニークで、こういうキャラは寺山の半自伝的作品にもあったかも(そう言えば"短歌"と呼ばれている少年もいた)。

 野球少年だったサードはひたすらホームベースの見えないグランドをぐるぐる走り続ける―ちょっとアラン・シリトーの『長距離走者の孤独』を想い出しますが、少年院の大人達に対するサード達の抵抗は、教育会で講師が語っているときにオナラをしたり、褒め言葉に対して暴言で返したりする程度で、ボランティアで慰問に訪れた女の子を暴行するのは、彼らの夢想の世界でのことでしかなく、今観れば、ああ、ここにも70年代の"閉塞感"があるなあと...。

永島敏行ド.jpgサード2.jpg 永島敏行(1956年生まれ。現在、俳優兼「農業コンサルタント」?)は、この作品が映画初出演でしたが、演技はそれほど悪くないけれども良くもないと言うか、あまり陰が感じられず、同年に主演した藤田敏八(1932‐1997/享年65)監督の「帰らざる日々」('78年8月/日活)でのキャバレーのボーイをしながら作家を志している青年役の方が、まだ演技らしい演技だったかも。  

森下愛子.jpgサード1978年森下.jpg 「サード」は、主人公を演じた永島敏行よりも、主人公の女友達役の森下愛子(1958年生まれ、この作品が映画初出演)の陰のある演技が良く、「帰らざる日々」で主人公の青年が高校時代に思いを寄せた喫茶店のウェイトレス役の浅野真弓(1957年生まれ)や、中学時代の同級生役の竹田かほり(1958年生まれ、同年の「桃尻娘 ピンク・ヒップ・ガール」('78年4月/日活)が映画初主演)などの演技も良かったように思います(橋本治原作の「桃尻娘 ピンク・ヒップ・ガール」は思春期の女の子をヴィヴィッドに描いていて単純に面白かった)。
森下愛子(「サード」)            

森下愛子2.jpg サード 森下愛子.jpg   帰らざる日々2.jpg 浅野真弓.jpg
森下愛子(「サード」)                    浅野真弓(「帰らざる日々」)
帰らざる日々 竹田.jpg     竹田かほり.jpg 竹田かほり ピンク・ヒップ.jpg
竹田かほり(「帰らざる日々」)      竹田かほり(「桃尻娘 ピンク・ヒップ・ガール」)

「初恋・地獄篇」 ('68年/ATG)
初恋・地獄変2.png初恋・地獄変.gif 寺山修司は「サード」以前にも、羽仁進監督の「初恋・地獄変」('68年/ATG)の脚本を羽仁進と共同で書いていて、これは、救護院にいた少年が彫金師に引き取られて成長する様を、少年の過去と現在を交互に織り交ぜ、そこにインタビューや隠し撮りなどのドキュメンタリーの手法も入れて描いたものですが、こちらは「サード」と違って、寺山の色が薄いと言うより、どの部分が寺山修司でどの部分が(多分ゴダールの影響を受けたらしい)羽仁進の部分かということが、観ていて何となく分かってしまう―その点では、必ずしも成功したコラボだったようには思えませんでした。

 一方、「サード」の監督・東陽一の手掛けた初の劇映画は「やさしいにっぽん人」('71年/東プロ)でした(この作品は紀伊國屋ホールで観て、監督・出演者らの舞台挨拶があった)。沖縄で起きた集団自決から生き延びた赤ん坊が、そのことを何も覚えていないまま成長し、恋人や友人たちと一緒に真の「ことば」を求めて遍歴する姿を描く―という、今観るといかにも「70年代」といった感じの作品ですが、主人公・謝花(シャカ)の解放の道筋の合間に、育児ノイローゼの母親、ベトナム反戦デモなど当時の日本の世相が織り込まれ、出演陣も、河原崎長一郎、緑魔子、伊丹十三、伊藤惣一、石橋蓮司、蟹江敬三、渡辺美佐子と今観ると多彩で、「東京物語」('53年)のお婆さん・東山千栄子や、「ウルトラマン」('66-'67年)のフジ・アキコ隊員・桜井浩子も出演しています。
                
「やさしいにっぽん人」主題歌(詞:東陽一/曲:海老沼裕・田山雅光)
やさしいにっぽん人 dvd.jpg伊丹十三 .jpg 出演俳優の1人だった伊丹十三は、「このスタッフの無謀さに賭ける」という言葉を残していますが、当時の「時代の雰囲気」が出過ぎていて、遅れてきた世代には逆に中に入り込みにくいかも。そうしたの中で、別に説明的であるわけではなく、ただ存在として最も「時代の雰囲気」を分かり易く感じさせるのは、当時、石橋蓮司の内縁の妻だった緑魔子でしょうか(後に結婚)。東陽一監督は、「日本妖怪伝サトリ」('73年/青林舎)でも緑魔子を使っていました。 「やさしいにっぽん人 [DVD]」 2013年発売(販売元: 紀伊國屋書店)

やさしいにっぽん人7.jpgやさしいにっぽん人_o2.gif 日本妖怪伝 サトリ (1973).jpg日本妖怪伝サトリ [DVD]
「やさしいにっぽん人」映画チラシ/パンフレット表4


サード1978年.jpgサード atg.jpg「サード」●制作年:1978年●監督:東(ひがし)陽一●製作:前田勝弘●脚本:寺山修司●撮影:川上皓市●音楽:田中未知●原作:軒上泊「九月の町」●時間:103分●出演:永島敏行/吉田次昭/森下愛子/志方亜紀子/片桐夕子/峰岸徹/内藤武敏/島倉千代子/西塚肇/根飯田橋ギンレイホールes.jpgギンレイホール.jpg本豊/池田史比古/佐藤俊介●公開:1978/03●配給:ATG●最初に観た場所:飯田橋ギンレイホール(78-07-25)(評価:★★★)●併映:「祭りの準備」(黒木和雄) 飯田橋ギンレイホール 1974年1月3日オープン

江藤潤・永島敏行
「帰らざる日々」1978.jpg帰らざる日々00.jpg「帰らざる日々」●制作年:1978年●監督:藤田敏八●製作:岡田裕●脚本:藤田敏八/中岡京平●撮影:前田米造●音楽:アリス●原作:中岡京平●時間:99分●出演:江藤潤/永島敏行/朝丘雪路/根岸とし江(根岸季衣)/浅野真弓/竹田かほり/中村敦夫/中尾彬/吉行和子/小松方正/草薙幸二郎/丹波義隆/加山麗子/阿部敏郎/高品正広/深見博/日帰らざる日々takeda.jpg夏たより●公開:1978/08●配給:日活●最初に観た場所:飯田橋ギンレイホール(79-05-23)(評価:★★★☆)●併映:「八月の濡れた砂」/「赤い鳥逃げた?」(藤田敏八)

竹田かほり in「帰らざる日々」


桃尻娘 ピンク・ヒップ・ガールpf.jpg桃尻娘 ピンク・ヒップ・ガールvhs.jpg竹田かほり4.jpg「桃尻娘 ピンク・ヒップ・ガール」●制作年:1978年●監督:小原宏裕(おはらこうゆう)●製作:岡田裕●脚本:金子成人●撮影:森勝●音楽:長戸大幸●原作:橋本治「桃尻娘」●時間:87分●出演:竹田かほり/亜湖/高橋淳/野上祐二/桑崎晃男/森川麻美/清水国雄/佐々木梨里/片桐夕子/内田裕也/遠山牛/大竹智子/一谷伸江/関悦子/岸部シロー●公開:1978/04●配給:にっかつ●最初に観た場所:池袋文芸地下(79-06-03)(評価:★★★☆)●併映:「ふりむけば愛」(大林宣彦)

『初恋・地獄篇』(羽仁進監督)1.bmp『初恋・地獄篇』(羽仁進監督)2.bmp「初恋・地獄篇」●制作年:1968年●監督:羽仁進●脚本:脚本:寺山修司/羽仁進●撮影:奥村祐治●音楽:武満徹/矢代秋雄●時間:107分●出演:高橋章夫/石井くに子/満井幸治/福田知子/宮戸美佐子/湯浅実/額村喜美子/木村一郎/支那虎/湯浅春男●公開:1968/05●配給:ATG●最初に観た場所:有楽町・日劇文化(80-07-17)(評価:★★☆)●併映:「書を捨てよ町へ出よう」(寺山修司)

やさしいにっぽん人.jpgやさしいにっぽん人 vhd.jpg「やさしいにっぽん人」●制作年:1971年●監督:東陽一●製作:高木隆太郎●脚本:東陽一/前田勝弘●撮影:池田伝一●音楽:東陽一/田山雅光●時間:112分●出演:河原崎長一郎/緑魔子/伊丹十三/伊藤惣一/石橋蓮司/蟹江敬三/渡辺美佐子/寺田柾/横山リエ/大辻伺郎/平田守/東山千栄子/桜井浩子/秋浜悟史/陶隆司●公開:1971/03●配給:東プロ●最初に観た場所:●最初に観た場所:●最初に観た場所:新宿・紀伊國屋ホール(82-03-27)(評価:★★★☆)●併映:「日本妖怪伝サトリ」(東陽一)

竹田かほり in 探偵物語.jpg盲獣 midori .jpg 緑魔子 in「盲獣」('69年/東映)
竹田かほり in「探偵物語(TVドラマ)」(1979/09~1980/04(全27回)/TBS)

紀伊國屋書店.jpg紀伊国屋ホール.jpg紀伊國屋ホール 1964年、紀伊國屋書店本店4階にオープン。2003年、第51回菊池寛賞受賞。


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振り切ってきた過去へのノスタルジーに満ちた「祭りの準備」。大谷直子が鮮烈な「肉弾」。

祭りの準備.jpg 祭りの準備  タイトル.jpg  肉弾.jpg 肉弾 大谷直子3.jpg
祭りの準備 [DVD]」(監督:黒木和雄)          「肉弾 [DVD]」 (監督:岡本喜八)

黒木和雄.jpg中島丈博.jpg 「祭りの準備」('75年/ATG)は、昭和30年代の高知を舞台に、1人の青年がしがらみの多い土地の人間関係に圧迫されながらも巣立っていく姿を描いた青春映画で、主人公(江藤潤)が信用金庫に勤めながらシナリオライターになることを夢見ていることからも窺えるように、原作は中島丈博の自伝的小説であり、監督は'06年に亡くなった黒木和雄です。
祭りの準備 DVDカバー.jpg
黒木和雄(1930‐2006/享年75)/中島丈博

映画チラシ 黒木和雄「祭りの準備」.jpg 「青春映画」とは言え青春の真只中でこの作品を観ると、あまりにどろどろしていて結構キツいのではないかという気もしましたが、このどろどろ感が中島丈博の脚本の特色とも言えます。

 父親(ハナ肇)は女狂い、祖父(浜村純)はボケ老人、母親(馬渕晴子)は主人公の青年を溺愛し、彼は二十歳にしてそこから逃れられないでいて、心の恋人(竹下景子)も片思いの対象でしかなく、結局、男達の性欲の捌け口となっている狂った女(桂木梨江)と寝てしてしまうが、その女が妊娠したらしいことがわかる―。 映画チラシ 黒木和雄「祭りの準備」

祭りの準備00.jpg祭りの準備2.jpg 青年がシナリオを書くとセックス描写が頻出し、左翼かぶれの"心の恋人"に「労働者階級をもっときちんと描くべきで、どうしてセックスのことばかり書くの」となじられる始末。そのくせ、彼女はオルグの男性にフラれると、宿直中の青年に夜這いして来て、そこで小火(ボヤ)事件が起きてしまうという、青年同様に彼女自身、青春の混沌の中でちょっと取りとめが無い状態になっています。

祭りの準備図0.jpg こんな状況から脱したいという青年の気持ちがよく分かり、その旅立ちを駅のホームで列車に伴走しながら万歳して見送る、青年の隣家の泥棒一家「中島家」の次男で殺人の容疑をかけられ逃亡の身の男「中島利広」を演じているのが原田芳雄(1940-2011)で、冬物語2.gif役柄にしっくり嵌っていい味を出しています(この俳優を渋いなあと最初に思ったのは映画ではなくテレビで観た「冬物語」('72年~'73年/日本テレビ)というメロドラマだった。恋人役は浅丘ルリ子、ふられ役は大原麗子)。

「冬物語」('72年~'73年)浅丘ルリ子・原田芳雄

 創作の要素はあるとは言え、この「祭りの準備」という映画には、原作者(中島丈博)が過去に振り切ってきた諸々に対するノスタルジーが詰まっている感じがします(東京への"脱出"行を果たした江藤潤と、それが出来ないでいる原田芳雄という対比構造になっている)。
竹下景子 in 「祭りの準備」(1975)[下写真]
祭りの準備3.jpg 祭りの準備 竹下景子.jpg 祭りの準備 図1.jpg
竹下景子 (たけしたけいこ) 1953年9月15日生まれ.jpg 竹下景子(1953年生まれ、当時22歳)の映画デビュー2作目、主演級は初で、桂木梨江(1955年生まれ、当時20歳)も映画デビュー2作目。この作品は竹下景子のヌードシーンで話題になることがありますが、主人公の青年に夜這いした際の下着姿と引き続く火事の炎の向こうにチラッと見える全裸(半裸?)姿程度で(この頃の彼女は結構コロコロ体型、よく言えばグラマラスだった)、この後清純派で売り出し、"お嫁さんにしたい桂木梨江 祭りの準備.jpg女性No.1"などと言われたために以降全くスクリーン上では脱がなくなり(「天の花と実」('77年/テレビ朝日)ではヌードを拒否した)、そんな経緯もあって「祭りの準備」のこのシーンの付加価値が出たのかも? むしろ、この作品で大胆なヌードを見せたのは「中島家」の末娘で男達の性欲の捌け口となっている狂女を演じた桂木梨江の方で、彼女はこの演技で第18回ブルーリボン賞新人賞、第49回キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞にノミネートされています。
桂木梨江/原田芳雄 in 「祭りの準備」(1975)
映画「純」 横山博人 江藤潤 ポスター.jpg純 江藤潤DVD.jpg 主演の江藤潤(1951年生まれ)も、映画初主演の割には良い演技をしていたように思います。その後も、「帰らざる日々」('78年/日活)、「純」('80年/東映セントラルフィルム)などの作品に出演していますが、主演の「純」は東映出身の横山博人監督の第一回作品で、'78年4月に完成したものの国内公開の目途の立たぬまま翌年度のカンヌ映画祭に出品され、新人監督の登竜門「批評家週間」オープニング上映作品に選出され、以後、ロンドン映画祭、ロサンゼルス映画祭に招待されるなど高い評価を得ため、'80年に一般公開となったという作品。

 長崎の軍艦島から漫画家を志望して上京し、遊園地の修理工場で働いている主人公の二十歳の松岡純(江藤潤)は、恋人がいながらその手さえ握らず、通勤電車の中で痴漢行為に耽ける―漫画家を志望で軍艦島から東京に出てきたというところが、脚本家志望で高知・四万十から都会へ行こうとする「祭りの準備」の主人公と似ていますが、ラストまでのプロセスが観ていて気が滅入るくらい暗くて(痴漢行為に耽っているわけだから明るいはずはないが)、脇を固めている俳優陣は非常にリアリティのある演技をしていたものの、イマイチ自分の肌には合わなかったなあ(リアリティがあり過ぎて?)。江藤潤はやはり「祭りの準備」の彼が良かったように思います(「純」はどうして海外でウケたのだろう。外国人には痴漢が珍しいのかなあ。そんなことはないと思うが、クロード・ガニオン監督の「Keiko」('79年/ATG)でも冒頭に痴漢シーンがあった)。

大谷直子 in 「肉弾」(1968)[下写真]
『肉弾』(監督 岡本喜八)2.bmp 女優のデビュー時乃至デビュー間もない頃のスクリーン・ヌードという点では、「高校生ブルース」('70年/大映)の関根(高橋)惠子(1955年生まれ、当時15歳)、「旅の重さ」('72年/松竹)の高橋洋子(1953年生まれ、当時19歳)、「十六歳の戦争」('73年制作/'76年公開)の秋吉久美子(1954年生まれ、当時19歳)、「恋は緑の風の中」('74年/東宝)の原田美枝子(1958年生まれ、当時15歳)、「青春の門(筑豊篇)」('74年/東宝)の大竹しのぶ(1957年生まれ、当時16歳)、「はつ恋」('75年/東宝)の仁科明子(亜季子)(1953年生まれ、当時22歳)などがありますが(これらの中では、関根惠子と原田美枝子の15歳が一番若くて、仁科明子の22歳が竹下景子と並んで一番遅いということになる)、個人的には、'05年に亡くなった岡本喜八監督の「肉弾」('68年/ATG)の大谷直子(1950年生まれ、当時17歳)が鮮烈でした。

nikudann vhs.jpg肉弾3.jpg肉弾 寺田農.jpg この「肉弾」という作品は、特攻隊員(寺田農)を主人公に据え(「肉弾」とは「肉体によって銃弾の様に敵陣に飛び込む攻撃」のこと)、戦争の悲劇というテーマを扱っていながら、コミカルで悲壮感を(一応は)表に出していないという変わった映画で、映画肉弾 大谷直子4.jpg自体は、太平洋に漂流するドラム岳の中で魚雷を抱えている(ある意味、既に死んでいる)主人公の回想という形で進行し、主人公が1日だけの外出許可日に古本屋に行くつもりが思わず女郎屋に駆け込んでしまい、そこにいたセーラー服姿の肥溜めに咲いた一輪の白百合のような少女と防空壕の中で結ばれるという、その少女の役が映画初出演の大谷直子でした(その後、NHKの朝の連ドラ「信子とおばちゃん」('69年)でTVデビュー)。

 彼女が全裸で土砂降りの雨の中を走るシーンは衝撃的で、モノクロ映画ゆえに却ってその美しさは印象に残りましたが、かの特攻隊員は、そこで初めて自らが守るべきものを見出し、空襲で彼女が犠牲になったことで復讐心から戦闘意欲に燃え、魚雷と共に太平洋に出るという―これ、岡本喜八ならではのアイロニーなのですが、笑えるようでやっぱり岡本喜八.jpg笑えないなあ。岡本監督はその後も自らと同年代の戦中派の心境を独特のシニカルな視点で描き続けますが、「独立愚連隊」('59年)とこの「肉弾」は、そのルーツ的な作品でしょう。「日本のいちばん長い日」('67年)のようなオールスター大作を撮った後に、私費を投じてこのような自主製作映画のような作品を撮っているというのも凄いことだと思います。 
岡本喜八(1924- 2005/享年81) 下:「肉弾」大谷直子  寺田農/笠智衆
肉弾 大谷直子1.jpg 肉弾 大谷直子2.jpg 肉弾 笠智衆5.jpg 
 

祭りの準備ド.jpg祭りの準備 4.bmp「祭りの準備」●制作年:1975年●監督:黒木和雄●製作:大塚和/三浦波夫●脚本:中島丈博●撮影:鈴木達夫●音楽:松村禎三●原作:中島丈博●時間:117分●出演:江藤潤/馬渕晴子/ハナ肇/浜村純/竹下景子/原田芳雄/杉本美樹/桂木梨江/石山雄大/三戸部スエ/絵沢萠子/原知佐子/真山知子/阿藤海/森本レオ/斉藤真/芹明香/犬塚弘/湯沢勉/瀬畑佳代子/夏海千佳子/石津康祭りの準備 桂木梨江.jpg祭りの準備 竹下景子.jpg彦/下馬二五七/福谷強/中原鐘子/柿谷吉美●公開:1975/11●配給:ATG●最初に観た場所:飯田橋ギンレイホール(78-07-25)(評価:★★★☆)●併ギンレイホール.jpg飯田橋ギンレイホール内.jpg映:「サード」(東陽一)
飯田橋ギンレイホール 1974年1月3日オープン

「純」●制作年:1978年●監督・脚本:横山博人●製作:横山博人プロダクション●撮影:高田昭●音楽:一柳慧●時間:88分●出演:江藤潤/朝加真由美/中島ゆたか/榎本ちえ子/赤座美代子/山内恵美子/田島令子/橘麻紀/花柳幻舟/原良子/江波杏子/小松方正/深江章喜/大滝秀治/安倍徹/小坂一也/小鹿番/今井健二/森あき子/田中小実昌●公開:1980/12●配新宿昭和館2.jpg新宿昭和館3.jpg給:東映セントラルフィルム●最初に観た場所:新宿昭和館(83-05-05)(評価:★★☆)●併映:「聖獣学園」(鈴木則文/主演:多岐川裕美)
新宿昭和館 1951(昭和26)年7月13日新宿3丁目にオープン(前身は1932年開館の洋画上映館「新宿昭和館」)。1956年、昭和館地下劇場オープン。2002(平成14)年4月30日 建物老朽化により閉館。


肉弾 アートシアター.jpg肉弾 vhs2.jpg『肉弾』(監督 岡本喜八)1.bmp「肉弾」●制作年:1968年●監督・脚本:岡本喜八●撮影:村井博●音日劇文化.jpg楽:佐藤勝●時間:116分●出演:寺田農/大谷直子/天本英世/笠智衆/北林谷栄/三橋規子/今福正雄/春川ますみ/園田裕久/小沢昭一/菅井きん/三戸部スエ/頭師佳孝/雷門ケン坊/田中邦衛/中谷一郎/高橋悦史/伊藤雄之助/(ナレーター)仲代達矢●公開:1968/10●配給:ATG●最初に観た場所:有楽町・日劇文化(80-07-05)(評価:★★★★)●併映:「人間蒸発」(今村昌平)


冬物語.gif「冬物語」.jpg冬物語 ドラマタイトル.jpg「冬物語」2.bmp「冬物語」●演出:石橋冠●制作:銭谷功/早川恒夫●脚本:清水邦夫/林秀彦●音楽:坂田晃一(主題歌「冬物語」、作詞:阿久悠/作曲・編曲:坂田晃一/唄:フォー・クローバース)●出演:浅丘ルリ子/原田芳雄/津川雅彦/扇千景/大原麗子/高松英郎/原田大二郎/宝生あや子/南美江/荒谷公之/鳥居恵子/渡辺篤史/下元勉/潮万太郎/上野山功一/柿沼真二/下川清子/野々あさみ/渥美マリ●放映:1972/11~1973/04(全20回)●放送局:日本テレビ

原田芳雄/浅丘ルリ子/原田大二郎/津川雅彦/大原麗子
冬物語0d87.jpg冬物語31645_21.jpg冬物語 大原.jpg

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工藤夕貴の演技がいい「台風クラブ」。少女を撮るのが上手だった故・相米慎二監督。

Typhoon Club 1985.jpg 台風クラブ.jpg    逆噴射家族.jpg 逆噴射家族 1シーン.jpg 
「台風クラブ」ポスター「台風クラブ [DVD]」(相米慎二監督)「逆噴射家族 [DVD]」(石井聰互監督)ラストシーン

台風クラブ1.jpg 地方都市の女子中学生たちが、学校のプールに夜中に泳ぎにやってきて、先に来ていた男子生徒にイタズラをするが、度が過ぎて溺死寸前の状態に追い込んでしまう。翌朝、ニュースでは台風の接近を告げていた―。

台風クラブ2.bmp 「台風クラブ」('85年/東宝=ATG)は、'85(昭和60)年の第1回東京国際映画祭のグランプリ受賞作で、台風の接近に伴い、言いようのない感情の昂ぶりを見せ騒乱状態に陥る中学生たちを生々しく且つ瑞々しく描き出した作品。女子中学生役の工藤夕貴が、中学生の日常とそこに潜む思春期の生理的・精神的危うさを演じて台風クラブ22.jpg秀逸で、何か自分でそうしたものを観察でもしたかのような相米慎二監督の演出が際立っています。実際、女子中学生の私生活を「長回し」で写し撮っているような感じのシーンもあり、今ならば児童保護の名目で規制の対象になりそうな際どい場面もあって、更にストーリー的にも結構どろどろした出来事がありますが、そうしたことも含め、「観察対象」としての距離を置いて撮っているような感じもします。

 迫りくる台風に対する不安と非日常への漠たる期待、台風という非日常の中での狂騒、そして台風台風クラブ 図1.jpg一過、中学生たちは何事もなかったかのようにまた元気に学校に通い出す―でも実は、台風が来る前に比べぐっと大人に近づいているという、 "大人になるための出来事"を台風に絡めているところが旨く、また、女子中学生の方が男子よりも逞しく描かれているように思いました。人間の自律神経は気圧の変化には敏感で、酸素がたくさんある高気圧だと酸素ストレスで交感神経が緊張して体は興奮して元気になり、逆に雨や台風で低気圧が接近すると、副交感神経が優位に働いて、特に神経痛やリュウマチなどの持病がある人にとっては低気圧は不快感を増幅させるそうですが、思春期にある者の情緒不安定を引き起こすことについても何か科学的根拠があるんじゃないかなあ。

相米慎二.jpg 相米慎二(1948‐2001/享年53)監督は、薬師丸ひろ子(当時17歳)主演の「セーラー服と機関銃」('81年)の後に夏目雅子(当時25歳)主演の「魚影の群れ」('83年)や斉藤由貴(当時19歳)主演の「雪の断章‐情熱‐」('85年)などを撮り、そして工藤夕貴(当時14歳)主演のこの作品「台風クラブ」を撮っていますが、その内夏目雅子を除いて当時何れも二十歳未満で、斉藤由貴は映画初出演で主演、工藤夕貴もこの作品が初主演でした。何だか新人専門みたいですが、とりわけ未成年(少女)を撮るのが上手だった(?) 相米慎二監督はその後も、「東京上空いらっしゃいませ」('90年)で当時18歳の牧瀬里穂を、「お引越し」(93年)で当時11歳の新人・田畑智子を、それぞれ主役に据えた作品を撮っています。

台風クラブ 三浦友和 演.jpg 「台風クラブ」では三浦友和が不良っぽい教師役で出ていて、なかなか良かったです。三浦友和は、所謂「百恵・友和ゴールデンコンビ」と言われた作品群で1970年代に二枚目の俳優として10代に大変な人気がありましたが、その百恵・友和のゴールデン・コンビの第8作、大林宣彦監督、ジェームス三木脚本の「ふりむけば愛」('78年/東宝)を友達と観に行って、2人とも途中で眠くなりました。2本立てで小原宏裕監督の「桃尻娘 ピンク・ヒップ・ガール」('78年/日活)の後でしたが、大林宣彦監督はいい作品(尾道3部作など)も撮る一方で駄作も多い気がし、これもその1つ。百恵・友和コンビ作では、市川昆監督、川端康成原作の「古都」('80年)が山口百恵引退記念作品となり、三浦友和は村川透監督、勝目梓原作の「獣たちの熱い眠り」('81年/東映)でイメージチェンジを図りますが、風吹ジュンらとの激しいベッドシーンなどがあったものの、「三浦友和のイメチェン作」と言われている割にはイメチェンに成功しておらず、彼の後の演技の糧にはなったかもしれませんが、「友和クンにハードボイルドは似合わない」というのが当時の印象でした(この作品は過去にビデオあれておらず、'09年現在DVD化もされていない)。その三浦台風クラブ 三浦友和 演技.jpg友和が、この「台風クラブ」では、その無責任ゆえに生徒たちから反発を喰う教師役を演じていて、恋人(小林かおり)が台所で料理をしている隣りの部屋でだらしなく寝転がってる三浦友和が、近よってきた恋人に足を絡ませ倒して抱きつく長回しなど、ダメさ加減がよく出ていました(ハードボイルド風よりよりこっちの方がいい)。個人的には、この作品こそが彼のイメージチェンジ作ではないかなと思います(イメチェンって、ただこれまでと違う役をやればいいというものでもなく、新たなキャラを確立させなければならないだけに難しい)。三浦友和はこの作品で、第10回報知映画賞助演男優賞を受賞しています。
「NHKあさイチ~あさイチ・プレミアムトーク~」(2011.11.25)

「ふりむけば愛」('78年/東宝)、「獣たちの熱い眠り」('81年/東映)、「台風クラブ」('85年/東宝=ATG)
三浦友和1 ふりむけば愛.jpg 三浦友和2 獣たちの熱き眠り.jpg 三浦友和3 台風クラブ.jpg

逆噴射家族5.bmp 一方、工藤夕貴の映画初出演は、この作品の前年の石井聰互監督の「逆噴射家族」('84年/ATG)で(当時13歳)、真面目で小心者のサラリーマン(小林克也)が長期ローンでやっとマイホームを建て、家族4人でそれなりの幸せ気分でいたところに(この家族が変人揃いで皆それぞれ勝手気儘というかバラバラなのだが、その1人が工藤夕貴演じる娘)、郷里からまた変な祖父(植木等)が舞い込んで来て家の中がおかしくなりだし、更にある日、このサラリーマン氏が自宅でシロアリの群れを発見して、マイホームが朽ちるのではとの不安に駆られ、シロアリ駆除に向けて大暴走するというものです。

逆噴射家族6.bmp 小林よしのり氏(当時31歳)の原案だそうですが、映画としてはあくまでも石井聰互監督(当時27歳)の映画という感じで、DJ・小林克也の演技は役者並みだし、ちょっと狂い気味の妻役の倍賞美津子や、植木等の怪しい老人ぶりもいいです。

逆噴射家族7.bmp 更には工藤夕貴の兄を演じた有薗芳記の電脳オタクぶりも、映画初出演ながら凄かった―ということで、工藤夕貴のぶっ飛び感も、これらに比べるとちょっと弱かったかも知れません("緊縛シーン"(?)に象徴されるように、彼らの被害者的立場という色合いが強い役柄のせいもあったが)。
有薗芳記 in 「逆噴射家族」

逆噴射家族A.jpg 「逆噴射家族」は海外の映画祭でもグランプリなどを獲っている作品ですが、狂気を描くことが目的化してしまっている面も感じられ、むしろ異価値・異文化的な面で海外に受けたのではないかなあ。個人的には「台風台風クラブ07.jpgクラブ」の方がより好みでしょうか。

小林克也 in 「逆噴射家族」

工藤夕貴 in 「台風クラブ」
        
台風クラブes.jpg「台風クラブ」●制作年:1985年●監督:相米慎二●製作:宮坂進●脚本: 加藤裕司●撮影:伊藤昭裕●音楽:三枝成章●時間:85分●出演:工藤夕貴/三上祐一/大西結花台風クラブ  13.jpg三浦友和/佐藤充/寺田農/尾美としのり/鶴見辰吾/紅林茂/松永敏行/会沢朋子/小林かおり/きたむらあきこ/石井富/佐藤浩市(友情出演)●公開:1985/08●配給:東宝=ATG●最初に観た場所:有楽町スバル座(1985/8/31)●2回目:大井武蔵野館(1986/9/20)(評価:★★★★)●併映(2回目):「時代屋の女房」(森崎東) 
    
ふりむけば愛〈別冊近代映画〉.jpgふりむけば愛9.jpg「ふりむけば愛」●制作年:1978年●監督:大林宣彦●製作:堀威夫/笹井英男●脚本:ジェームス三木●撮影:萩原憲治●音楽:宮崎尚志(主題歌:三浦友和「ふりむけば愛 dvd.jpgふりむけば愛」(作詞・作曲:小椋佳 編曲:松任谷正隆))●時間:92分●出演:山口百恵/三浦友和/森次晃嗣/玉川伊佐男/奈良岡朋子/黒部幸英/神谷政浩/名倉良/高橋昌也/南田洋子/大内勇/藤木啓士/安西卓人/星野晶子/岡田英次●公開:1978/07●配給:東宝●最初に観た場所:池袋文芸坐(79-06-03)(評価:★★)●併映:「桃尻娘 ピンク・ヒップ・ガール」(小原宏裕)
ふりむけば愛 [DVD]

獣たちの熱い眠り .jpg獣たちの熱き眠り 00.jpg獣たちの熱い眠り 3.jpg三浦友和風吹ジュン宇佐美恵子「獣たちの熱い眠り」広告.jpg「獣たちの熱い眠り」●制作年:1981年●監督:村川透●脚本:永原秀一●撮影:仙元誠三●音楽:速水清司●原作:勝目梓●時間:111分●出演:三浦友和/風吹ジュン/なつきれい/宇佐美恵子/石橋蓮司/鹿内孝/峰岸徹/宮内洋/佐藤蛾次郎/阿藤海/安岡力也/草薙幸二郎/中丸忠雄/中尾彬/成田三樹夫/伊吹吾郎/(以下、特別出演)吉行和子/池波志乃/来栖アンナ●公開:1981/09●配給:東映●最初に観た場所:池袋文芸坐(82-03-21)(評価:★★)●併映:「吼えろ鉄拳」(鈴木則文)
[上]「映画チラシ 「獣たちの熱い眠り」監督 村川透 出演 三浦友和、なつきれい、宇佐美恵子」/[右]広告切抜き


逆噴射家族1.jpg逆噴射家族 2.png逆噴射家族 1.png「逆噴射家族」●制作年:1984年●監督:石井聰互●製作:長谷川和彦/山根豊次/佐々木史郎●脚本:石井聰逆噴射家族E-.jpg亙/小林よしのり/神波史男●撮影:田村正毅●時間:106分●出演:小林克也/倍賞美津子/植木等/工藤夕貴/有薗芳記/岸野一彦/小海とよ子/緒方明/林崎巌/郷守信廣/井上欣逆噴射家族   .jpg則/高橋佑奈/井手国弘/アレックス・アブラモフ●公開:1984/06●配給:ATG●最初に観た場所:池袋日勝文化劇場(85-11-04)(評価:★★★☆)●併映:「お葬式」(伊丹十三)

「逆噴射家族」スチール写真(左から有薗芳記/植木等/小林克也/倍賞美津子/工藤夕貴)
   
      
日勝文化2.jpg池袋.jpgビックカメラ池袋.jpg池袋日勝映画劇場・池袋日勝文化劇場・池袋スカラ座・池袋日勝地下劇場 (現・池袋東口ビックカメラ池袋本店付近) 1995(平成7)年6月25日閉館
池袋日勝 日勝文化3.jpg
③池袋東急 ④池袋スカラ座 ⑮池袋日勝地下劇場 ⑬池袋日勝映画劇場 ⑭池袋日勝文化劇場日勝文化705.jpg

・1937年 池袋日勝映画館オープン
・1946年10月 - 池袋日勝映画劇場として再オープン
・1951年12月 - 池袋日勝地下劇場オープン
・1960年前後 - 池袋日勝文化劇場、池袋松竹劇場オープン
・1963年 - 池袋松竹劇場を池袋スカラ座と改称
・1995年 - 4館ともすべて閉館
池袋日勝 日勝文化 6月25日.jpg池袋日勝 日勝文化2.jpg池袋スカラ座 池袋日勝 日勝文化 日勝地下 - コピー.jpg
菅野 正 写真展 「平成ラストショー hp」より


  

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すっかりハマってしまった「シコふんじゃった。」。取材がしっかりしている。
シコふんじゃった。.jpg シコふんじゃった 6.jpg Shall We ダンス?.jpg Shall We ダンス22.jpg
シコふんじゃった。 [DVD]」本木雅弘 「Shall We ダンス? [DVD]」役所広司/草刈民代

シコふんじゃった2.jpgシコふんじゃった.jpg 就職先も決まっていた教立大学4年の秋平(本木雅弘)は、ある日、卒論指導教授の穴山(柄本明)に呼び出され、授業に一度も出席しなかったことを理由に、卒業と引き換えに穴山が顧問をする相撲部の試合に出るよう頼まれる―。

 「シコふんじゃった。」('91年/東宝)は、ひょんなことから相撲部に入ることになった大学生の奮闘を描いたもので、スポ根モノとして良くできている"佳作"―と言うより、観ていてすっかり嵌ってしまった自分を振り返れば、個人的には"大傑作"だったということになるでしょうか(第70回キネマ旬報ベスト・テン第1位作品)。

シコふんじゃった8.jpgシコふんじゃった2.jpg 何故そんなに面白かったのかを考えるに、劇画チックではあるけれど、スポ根モノとしては極めてオーソドックな展開で、観る側に充分なカタルシス効果を与えると共に、きっちりした取材の跡が随所に窺えること、何よりもそのことが大きな理由ではないかと思いました。

 大学相撲部(それも弱小の)という特殊な世界に関して、その背景が細部までしっかり描き込まれているから、"8年生"部員を演じる竹中直人のオーバーアクション気味の演技も、線画のしっかりしたマンガのようにすっと受け容れることが出来、楽しめたのかも知れません。

Shall We ダンス.jpg 同じく周防監督の「Shall We ダンス?」('96年/東宝)も、充分な取材の跡が感じられ、内容的にみても、多くの賞を受賞し(第70回キネマ旬報ベスト・テン第1位作品)、ハリウッド映画としてリメイクされるぐらいですからそう悪くはないのですが、この監督のカタルシス効果の編成方法が大体見えてきてしまったというのはある...。

 それと、「シコふんじゃった。」で竹中直人が演じていたコミカルな部分を、今度は竹中直人と渡辺えり子(最近、美輪明宏の助言で「渡辺えり」に改名した)の2人が演じていて、片や役所広司と草刈民世のストイックなメインストーリーがあるにしても、2人分に増えたオーバーアクション(加えて竹中直人分は「シコふんじゃった。」の時より増幅されている)にはやや辟易させられました。

Shall We ダンス.jpg 但し、草刈民世を(演技的には無理させないで)キレイに撮っているなあという感じはして、外国の映画監督でもそうですが、ヒロインの女優が監督の恋愛対象となっている時は、女優自身の魅力をよく引き出しているということが言えるのでは。

 キャリアの初期に、ユニークで面白い、或いは骨太でパワフルな作品を撮っていた監督が、メジャーになってから、大作ながらもその人らしさの見えない、誰が監督しても同じようなつまらない作品ばかり撮っているというケースは多いけれども、この監督は、綿密な取材を通しての自分なりの映画づくりの路線を堅持するタイプに思え、引き続き期待が持てました。(渡辺えり子/竹中直人

Shall We ダンス 01.jpg 因みに「Shall we ダンス?」は、第20回「日本アカデミー賞」において史上最多の13冠を獲得しています。主要7部門に限っても、最優秀作品賞、 最優秀監督賞、 最優秀脚本賞(周防正行)、 最優秀主演男優賞(役所広司)、 最優秀主演女優賞(草刈民代)、 最優秀助演男優賞(竹中直人)、 最優秀助演女優賞(渡辺えり子)と、7冠全て独占して他の作品の共同受賞さえ許さなかったのは('09年現在)この作品だけです(残り6冠は、音楽・撮影・証明・美術・録音・編集。残るは新人賞や外国作品賞だから、実質完全制覇と言っていい)。

シコふんじゃった9.jpg「シコふんじゃった。」●制作年:1991年●監督・脚本:周防正行●撮影:栢野直樹●音楽:周防義和/おおたか静流●時間:105分●出演:本木雅弘/清水美砂/柄本明/竹中直人/水島かおり/田口浩正/六平直政/宝井誠明/ロバート・ホフマン/梅本律子/松田勝/宮坂ひろし/村上冬樹/桜むつ子/片岡五郎/佐藤恒治/みのすけ●公開:1992/01●配給:東宝(評価:★★★★☆

Shall We ダンスes.jpg「Shall We ダンス?」●制作年:1996年●監督・脚本:周防正行●製作:徳間康快●撮影:栢野直樹●音楽:周防義和/おおたか静流●時間:136分●出演:役所広司/草刈民代/竹中直人/田口浩正/徳井優/宝井誠明/渡辺えり子/柄本明/原日出子/草村礼子/森山周一郎/本木雅弘/清水美砂/上田耕一/宮坂ひろし/井田州彦/田中英和/峰野勝成/片岡五郎/大杉漣/石山雄大/本田博太郎/香川京子/田中陽子/東城亜美枝/中村綾乃/石井トミコ/川村真樹/松阪隆子/馬渕英俚可●公開:1996/01●配給:大映(評価:★★★☆)

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荒削りだが骨太感がある崔洋一監督のデビュー作「十階のモスキート」。

十階のモスキート パンフ.jpg 十階のモスキート.jpg    月はどっちに出ているL.jpg 月はどっちに出ている.jpg
パンフレット/「十階のモスキート [DVD]」/「月はどっちに出ている [VHS]」「月はどっちに出ている [DVD]

十階のモスキートt.jpg十階のモスキート チラシ.jpg 出世の見込みも無く、妻にも離婚された警察官の男は、原宿のロックンロール族に狂って家を出た娘がたまに金をせびりに男の住まう団地の十階を訪ねた時だけは甘い父親になるが、それ以外では酒とギャンブルとセックスに浸る虚無的で堕落し切った暮らしぶりで、元妻への慰謝料や毎月の養育費、バーのツケやギャンブルの借金に追われ、ついには昇進試験の勉強のためにサラ金から借金して購入したパソコンを団地の窓から放り投げ、そのまま郵便局へ駆け込み強盗を図る―。

「十階のモスキート」チラシ(内田裕也/中村れい子)

十階のモスキート_0.jpg十階のモスキート2.jpg 「十階のモスキート」('83年/ATG)は崔洋一監督のデビュー作で、映画としての作りは粗く、主人公の警察官の短絡行動にはただ呆れるばかりであるはずであるのに、何か観ていて身につまされるようなリアルな痛々しさを感じるのはなぜでしょうか。

十階のモスキート 小泉今日子.jpg 若松孝二監督の「水のないプール」('82年/東映セントラル)などで既に俳優としても注目されていた内田裕也が、経済的に追い詰められることで徐々に精神的にも追い詰められていく主人公を好演していて、最後はちょっとシュールな感じですが、こうした現実感覚を喪失しているようなヤケクソ気味の犯罪は、最近はたまにあったりするのではないでしょうか。(内田裕也小泉今日子(映画デビュー作))

十階のモスキート ビートたけし.jpg十階のモスキート 横山.jpg デビュー間もない小泉今日子が、内田裕也の娘の女子高校生役で登場するほか(この映画が上映される少し前に流行っていた"竹の子族"の少女役)、漫才師の横山やすし(1944-1996)が競艇場の観客役でカメオ出演し、更にはビートたけしがこれもチョイ役ながら競艇の予想屋の役で出てきますが、ビートたけしは存在感充分でした(この人、役者としては"脇"で出た方がいいような...)。
  
月はどっちに出ている (1993/日).jpg「月はどっちに出ている」.png 後に「月はどっちに出ている」('93年/シネカノン)で国内の映画賞を総なめにする月はどっちに出ている1.jpg崔監督ですが(「月はどっちに出ている」は第67回キネマ旬報ベスト・テンの第1位にもなった)、在日コリアンのタクシー運転手とフィリピーナの恋を軸に描いたこの作品は、在日外国人の日常をコミカルに描いていて細部の描写も冴えていたように思います(原作は梁月はどっちに出ている モレノ.jpg石日の自伝的小説『タクシー狂騒曲』)。また、岸谷五朗や絵沢萠子をはじめ役者陣も良く、有薗芳記の「ホソ」は特に秀逸、ルビー・モレノも多くの演技賞を受賞しましたが、これは監督の演出力のお陰だったのではないかと。(岸谷五朗ルビー・モレノ

 「月はどっちに出ている」の方が完成度では勝るように思いますが、ただ、こういう映画を撮るのだという骨太感ではこのデビュー作も劣っていないように思います(メジャーになると、だんだんそうしたものが失われることが往々にしてあるが)。 

小泉今日子(1966- )
十階のモスキート0.jpg小泉今日子.jpg十階のモスキート1.jpg「十階のモスキート」●制作年:1983年●監督:崔洋一●製作:結城良煕●脚本:内田裕也/崔洋一●撮影:森勝●音楽:大野克夫●時間:108分●出演:内田裕也/アン・ルイス/吉行和子/中村れい子/小泉今日子/ビートたけし/宮下順子/小林稔侍/風祭ゆき/阿藤海/安岡力也/横山やすし/清水宏/下元史朗/ 鶴田忍/梅津栄/佐藤慶/仲野茂/高橋大井ロマン.jpg大井武蔵野館.jpg明/草薙良一/庄司三郎/浅見小四郎/飯田浩幾/伊藤公子●公開:1983/07●配給:ATG●最初に観た場所:大井ロマン(83-11-20)(評価:★★★☆)●併映:「シャッフル」(石井聰互)

大井ロマン(大井武蔵野館) 1999(平成11)年1月31日閉館
 

絵沢萠子
「月はどっちに出ている」2.png月はどっちに出ている 絵沢萌子.jpg「月はどっちに出ている」●制作年:1993年●監督:崔洋一●製作:李鳳宇/青木勝彦●脚本:内田裕也/崔洋一●撮影:藤澤順一●音楽:佐久間正英●原作/梁石日「タクシー狂操曲」●時間:108分●出演:岸谷五朗/ルビー・モレノ/絵沢萠子/小木茂光/遠藤憲一/有薗芳記/麿赤児/國村隼/芹沢正和/金田明夫/内藤陳/古尾谷雅人/萩原聖人●公開:1993/11●配給:シネカノン(評価:★★★☆)

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石橋蓮司主演2作。時代の空疎感伝える「あらかじめ...」と中上文学を再現した佳作「赫い髪の女」。

あらかじめ失われた恋人たちよ(ポスター).jpg あらかじめ失われた恋人たちよ プレス.jpg  「赫い髪の女」.jpg 赫い髪の女.jpg
あらかじめ失われた恋人たちよ」 DVD/チラシ 「赫い髪の女 [DVD]」(監督:神代辰巳)

arakajime.jpgあらかじめ失われた恋人たちよド.jpg 棒高跳びでのオリンピック出場の夢を断たれて自棄になり、強盗を働きながら日本中を放浪していたあらかじめ失われた恋人たちよ.jpg青年(石橋蓮司)はある日、日本海のある街のスーパーの開店イベントで、全身に金粉を塗ってパフォーマンスをする聾唖者の男女(加納典明・桃井かおり)の姿に目を奪われ、彼らにつきまとい始める―。(加納典明桃井かおり石橋蓮司

「アートシアター 90 あらかじめ失われた恋人たちよ」より
あらかじめ失われた恋人たちよ0.JPG 「あらかじめ失われた恋人たちよ」('71年/ATG)は、劇作家の清水邦夫と当時「東京12チャンネル」のディレクターだった田原総一朗(この人、最初は岩波映画でカメラ助手をやっていた)の共同脚本・共同監督作品で、桃井かおりの実質的なデビュー作であり(桃井かおりは藤田敏八監督の「赤い鳥逃げた?」('73年/東宝)でも、シロクロ・ショーをしながら旅する女という役だった)、今は写真家になっている加納典明なども出ている映画ですが、今の田原総一郎、加納典明とこの映画とは、自分の中では長い間リンクしなかったような気がします。

 ストーリーはあるものの、多少前衛がかっていて(加納典明・桃井かおりが喋らないので石橋蓮司の独白で話は進む)、地下演劇的なムードもあるかも(田舎でやるシロクロ・ショーなどは何となく土俗的)。加えて、タイトルもしゃれているし何だか難しそうですが、少なくとも「あらかじめ失われた」ものが第一義的には「言葉」であることは、容易にわかるのではないでしょうか(だから、言葉を駆使している評論家・田原総一郎、カメラマン・加納典明とリンクしない?)。 

内灘夫人.jpg 後半の主要舞台は金沢郊外の内灘砂丘ですが、かつてここで米軍の試射場設置に対する反対闘争があったわけで、この作品にも試写場の廃墟が出てきます。五木寛之が60年安保の余韻を伝える作品『内灘夫人』を発表したのが'68年、しかしながらこの映画の公開は'71年で、もう既に70年安保という"政治の季節"が終わってしまったようなムードが、作品の中にもどことなくあります。

 というわけで、面白いと言うよりもどちらかと言えば一時代の記念碑的な作品ですが、石橋蓮司のパフォーマンス的な演技がその時代の空疎感、閉塞感をよく伝えていて、神代(くましろ)辰巳監督の「赫い髪の女」といいこの作品といい、70年代の石橋蓮司っていいなあと思います。

赫い髪の女35.jpg「赫い髪の女」英語版.jpg赫い髪の女 poster.jpg 「赫い髪の女」('79年/にっかつ)は中上健次の原作で、ダンプ運転手(石橋蓮司)といきずりの女(宮下順子)の愛欲の生活をリアルに描いた作品ですが、雨のジトジト降る日に狭いアパートの一室で、セックスの合間にインスタントラーメンを音をたてて啜る2人が、どういうわけか個人的にはすごく印象的でした。この作品も時代の閉塞を表していると言えるかも知れません。DVD化されているので、再見しようと赫い髪の女3.jpg赫い髪の女2.jpg思えばいつでも観ることができるのですが、出来れば劇場で観たい作品です(自分がこの作品を最初に観た「銀座並木座」は閉館してしまったが)。中上健次の原作のムードを損なわずに丁寧に撮られた佳作だったと思います。
石橋蓮司宮下順子山口美也子 
 
映画・あらかじめ失われた恋人たちよ.jpgあらかじめ失われた恋人たちよ4.png「あらかじめ失われた恋人たちよ」●制作年:1971年●監督・脚本:清水邦夫/田原総一郎●企画:葛井欣士郎●撮影:奥村祐治●音楽:成毛滋●時間:123分●出演:石橋蓮司/桃井かおり/加納典明/岩淵達治/内田ゆき/正城睦子/緑魔子/カルメン・マキ/蟹江敬三/豊田紀雄/井上博一/吉田潔/竹之内弾/秋浜悟史/井田邦明/キムカンザ/佐藤重臣/大文芸坐休館.jpg池袋文芸地下 地図.jpg文芸坐.jpg森直人/蜷川幸雄/佐々倉英雄●公開:1971/11●配給:ATG●最初に観た場所:池袋文芸地下 (79-11-25)(評価:★★★★)●併映:「エロスは甘き香り」(藤田敏八)
池袋・文芸地下 1997(平成9)年3月6日閉館。
 
『赫い髪の女』.bmp「赫い髪の女」●制作年:1979年●監督:神代辰巳●製作:三浦朗●脚本:荒井晴彦●撮影:前田米造●音楽:憂歌団●原作/中上健次「赫髪」●時間:75分●出演:宮下順子/石橋蓮司/亜湖/阿藤海/三谷昇/山口美也子/絵沢萠子/山谷初男/石堂洋子/高橋明/庄司三郎/佐藤了一●公開:1979/02●配給並木座.jpg並木座閉館.jpg:にっかつ●最初に観た場所:銀座並木座 (79-06-03)(評価:★★★★)●併映:「女教師」(田中登)
銀座並木座  1953年オープン。1998(平成10)年9月22日閉館。

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現代劇にもぴったりハマった市川雷蔵の「ある殺し屋」。カルト的珍品?「初春狸御殿」。

ある殺し屋 poster.jpgある殺し屋 dvd2.jpg ある殺し屋の鍵 dvd.jpg  初春狸御殿.jpg
ある殺し屋 [DVD]」「ある殺し屋の鍵 [DVD]」「初春狸御殿 [DVD]」(市川雷蔵/若尾文子/勝新太郎)

ある殺し屋2.jpg 「ある殺し屋」('67年/大映)は、普段は一杯飲屋の主人で刺身魚を自ら捌いたりしているというありきたりの市井の男だが、実はその裏の正体は、大物ヤクザの親分の暗殺なある殺し屋 title.jpgどの仕事を大金で請け負い、それがどんな困難なものであっても完遂するプロの殺し屋(武器としても用いるのは太い針)―という主人公「新田」の役どころを、市川雷蔵(1931-1969/享年37)がニヒルかつスマートに演じている作品で、続編が1作だけ作られています。
     
「ある殺し屋」1.jpg「ある殺し屋」2.bmp 助けてやった女(野川由美子)に付きまとわれてもそれを一向に相手にせず、仲間のフリをして寄ってくるヤクザ(成田三樹夫)に裏切られても、全て織り込みで既に手は打ってある―「ある殺し屋」.jpgあまりにストイックかつクールで、ストーリーだけで見ると非現実的なB級(C級とでも言うか)作品になりそうなものですが、市川ある殺し屋dvd.jpg雷蔵が演じると、殺し屋稼業をしている時でも何だかサラリーマン風にも見えたりして、そうしたステレオタイプのハードボイルド・ヒーローとのギャップ感がなかなかいいリアリティを醸していて、時にはそれが却って凄みになったりもしています。ある殺し屋.jpg 口数は少ないが男気も秘めており、結局、女よりもむしろ男が惚れる男というのはこういうものかと納得させられる(勿論、新田の場合は女性にもモテるのだが)、心地よいハードボイルド作品となっています。
ある殺し屋 [DVD]

「ある殺し屋の鍵」チラシ/「ある殺し屋の鍵 [DVD]
ある殺し屋の鍵 チラシ.jpgある殺し屋の鍵 dvd.jpg 因みに、同年12月に公開された同じく藤原審爾原作・森一生監督の「ある殺し屋の鍵」('67年/大映)では、市川雷蔵が演じる主人公の新田の表向きの職業は、一杯飲屋の主人から日本舞踊の師匠に替わっており(新田は、流れ包丁だったのか? それにしてもビックリの職替え)、脱税王(内田朝雄)とか建設会社の社長(西村晃)とか政財界の黒幕(山形勲)とか色々出できて話はスケールアップしていますが(3人とも新田に殺される役!)、新田のニヒルでスマートな様は変わっていません。原ある殺し屋の鍵 title.jpgある殺し屋の鍵 1シーン.jpg作ストーリーもしっかりしていますが、ストーリーもさることながら、演じている「市川雷蔵」そのものを楽しめる作品ではないかと思います (両作品とも撮影は宮川一夫)。
「ある殺し屋の鍵」市川雷蔵/佐藤友美

「ある殺し屋」1.bmp 市川雷蔵は映画史上最高の時代劇スターと謳われた名優で、映画も「眠狂四郎シリーズ」や「大菩薩峠シリーズ」など数的には時代劇の方の出演が主なのですが、現代劇でもこんなにしっくり来る歌舞伎界出身の俳優は少ないのではないかと思われ、37歳でガンのため夭折したことが惜しまれます(それでも160本近い映画に出演したのだが)。現代劇に出ている時は歌舞伎役者的なニオイがキレイさっぱり無くなるタイプで、そうした系統では、同じく眠狂四郎を演じた片岡孝男(現・片岡仁左衛門)などがいましたが(田村正和も演じていたなあ)、ちょっとそれらと比較にならないかも(早逝したことも、イメージが損なわれないという意味ではプラスに働いているが)。

木村 恵吾 「初春狸御殿」.jpg初春狸御殿 poster.jpg この人の時代劇の方は劇場ではあまり観ていないのですが、木村恵吾監督の「初春狸御殿」('59年/大映)というのは"珍品"。所謂"マゲものミュージカル"という類で、時代劇なのに若尾文子が演じるお姫様が着物にネックレスをしているというのが可笑しく、市川雷蔵と比較されることの多い、あの勝新太郎が、完璧な二枚目役者として出ています。木村恵吾監督はこれ以前にも「狸御殿」「歌う狸御殿」「春爛漫狸祭」「花くらべ狸御殿」を撮っていて(「初春狸御殿」はシリーズ最終作)、50年代にこうした陽気な大衆映画が受けた時期があったことを知っている人がどれぐらいいるか分かりませんが、今の若い人にとってはある種のカルトムービー的位置づけになるのかも。
勝新太郎 in「初春狸御殿」
初春狸御殿bb.jpg 初春狸御殿77.jpg
市川雷蔵 in「ある殺し屋」
「ある殺し屋」森一生 1967.jpgある殺し屋3.jpg「ある殺し屋」●制作年:1967年●監督:森一生●脚本:増村小林幸子 3.jpg保造/石松愛弘●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:藤原審爾「前夜」●時間:82分●出演:市川雷蔵/野川由美子/成田三樹夫/渚まゆみ/ある殺し屋小林幸子.jpg小林幸子(当時13歳)/小池朝雄/千波丈太郎/松下達夫/伊達三郎/「ある殺し屋」4.bmp「ある殺し屋」3.bmp浜田雄史●公開:1967/04●配給:大映●最初に観た場所:大井ロマン(87-10-31)(評価:★★★★)●併映:「ある殺し屋の鍵」(森一生)
市川雷蔵/佐藤友美 in「ある殺し屋の鍵」
「ある殺し屋の鍵」森一生 1967.jpg「ある殺し屋の鍵」●制作年:1967年●監督:森一生●構成:増村保造●脚本:小滝光郎●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:藤原審爾「消される男」●時間:82分●出演:市川雷蔵/西村晃/佐藤友美/山形勲/中谷一郎/金内吉男/ 伊達三郎/伊東光一/内田朝雄/玉置一恵/森内一夫/伊東義高/志賀明●公開:1967/12●配給:大映●最初に観た場所:大井ロマン(87-10-31)(評価:★★★★)●併映:「ある殺し屋」(森一生)
若尾文子/市川雷蔵 in「初春狸御殿」
初春狸御殿_3.jpg木村 恵吾 「初春狸御殿」2.jpg「初春狸御殿」●制作年:1959年●監督・脚本:木村恵吾●製作:三浦信夫●撮影:今井ひろし●音楽:吉田正●時間:95分●出演:市川雷蔵/若尾文子/若尾文子 市川雷蔵 初春狸御殿a.jpg大井武蔵野館 1989.jpg勝新太郎/中村玉緒/金田一敦子/仁木多鶴子/水谷良重/中村雁治郎/真城千都世/近藤美恵子/楠トシエ/トニー・谷/菅初春狸御殿20.jpg井一郎/江戸屋猫八/三遊亭小金馬/左卜全/藤本二三代/神楽坂浮子/松尾和子/小浜奈々子/岸正子/美川純子/大和七海路/小町瑠美子/毛利郁子/嵐三右衛門●公開:1959/12●配給:大映●最初に観た場所:大井武蔵野館 (86-11-15)(評価:★★★?)●併映:「真田風雲録」(加藤泰)

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清張作品は、少年期から壮年期までの彼自身が"社会"から受けたことへの"復讐"だった。

半生の記2.jpg半生の記 (1966年)半生の記.jpg半生の記 (新潮文庫)』(カバー絵:岸田劉生「道路と土手と塀」)

松本 清張 『半生の記』.jpg 今年('09年)は松本清張の生誕100周年で、1909年生まれということは太宰治と同じですが、41歳での作家デビューは、太宰の死の2年後のことだったのだなあと思うと、何となく感慨深いものがあります。

 本書は松本清張が50代半ば過ぎに書いた自伝で、以前に、著者の推理小説を立て続けに読んでいた頃、その狭間に本書を読み、特に面白いわけでもなく、何だか暗くてパッとしなかったなあという印象に終わりました。
 あとがきにも、自伝を書かないかと雑誌『文藝』から勧められて「つい、筆をとったが、連載の終わったところで読み返してみて、やはり気に入らなかった。書くのではなかったと後悔した。自分の半生がいかに面白くなかったが分った。変化がないのである」とあります。
 ところが、今回読み直してみて、確かに暗いことには暗いが、内容的には興味深く読めました。

 作家デビューするまでを書いてくれと編集者から言われたそうですが、『西郷札』でデビューして『或る「小倉日記」伝』で芥川賞を獲った話はあとがきで少し触れているだけで、本文中にも一応は、若い頃に芥川龍之介に傾倒して、志賀直哉などは面白いとは思わなかったなどという文学遍歴話も多少はあるものの、殆どは、家庭の極度の貧困による苦労や無学歴のために受けた差別、更に朝日新聞社勤務時代に入っても続いた正社員でないことで受ける差別や生活苦のことが主に綴られており(副業で箒の販売をやって凌いだ)、サクセスストーリーにならないまま終わっています。

 松本清張は小倉に生まれ(但し、本書では「私は広島で生まれたと聞かされた」とある)、高等小学校を出た後は川北電機に勤めるも会社が倒産し、その次に印刷屋で版下づくりに携わり、色々勤め先を変わって、最終的には朝日新聞社が西部本社を開設した際に、正社員ではなく雇員としてそこの広告部に入るのですが(結局、戦争を挟んで朝日新聞には20年勤務することになる)、広告デザイナー(と言っても派手なものでなく、地元広告主の新聞突出広告の版下を作る程度のものだが)としての仕事は性に合っていたみたいです。
 個人的には、自分自身も学生時代に本書を読み、後に広告会社に就職したこともあって、書いてあることが身近に感じられました。

 衛生兵として朝鮮で終戦を迎えた時、玉音放送が雑音で聞き取れず、「未曾有の戦局に一致して当たれということだ」と参謀長が訓示したという体験談なども単純に面白かったです。

 しかし今回読み直して興味深く読めた大きな理由は、松岡正剛氏が「おそらくは清張が決して言わなかったことがあったはずである。それは、清張の作品のすべてが、少年期から壮年期までの松本清張自身が"社会"からうけてきたあることに関する"復讐"だったということである」(『松岡正剛の千夜千冊』-松本清張『砂の器』)と書いていたことが念頭にあったためで、そのことに照らして本書を読むと、『砂の器』の和賀英良にしろ『黒革の手帳』の原口元子にしろ、どれも作者自身が投影されている面があることが本書を読んでよくわかる気がし、また、それは否定できないことであるように思えたからです(清張自身は、松岡氏が言うように、作品の登場人物と自身との関係に関するそうした捉え方を、最後まで否定し続けたが)。
 
 【1966年単行本・1992年新装版[河出書房新社]/1970年文庫化[新潮文庫]】

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犯人決めつけ的な導入を"お約束事"として諒解してしまえば、『点と線』同様に楽しめるかも。

時間の習俗 カッパノベルズ.jpg 時間の習俗 新潮文庫.jpg 時間の習俗2.jpg 点と線.png 松本清張スペシャル 時間の習俗2.jpg松本清張スペシャル 時間の習俗.jpg
時間の習俗 (1962年) (カッパ・ノベルス)』『時間の習俗 (新潮文庫)』 [旧版/新版])『点と線―長編推理小説 (カッパ・ノベルス (11-4))』 「時間の習俗」(1982年、TBS)内野聖陽/津川雅彦
関門海峡を望む和布刈神社/旧正月の和布刈神事 [共同通信社]
Mekari Shrine.jpg和布刈神事.jpg 神奈川県・相模湖畔で運送業の業界紙の社長が、女性とカップルで旅館を訪れた後に死体で発見されるが、同伴の女性の行方は杳として知れず、容疑者であるタクシー会社の専務には、丁度その時刻、北九州・門司の和布刈神社で毎年旧正月深夜に行われる「和布刈神事」を参観し、その様子をカメラに収めているという完璧なアリバイがあった―。

 『点と線』('57(昭和32)年発表)が掲載されたのと同じ「旅」誌の'61(昭和36)年5月号から翌年11号にかけて連載された作品で、『点と線』と同じように東京の三原警部補と博多の鳥飼刑事のコンビが、容疑者の完璧なアリバイに臨むもの。因みに、松本清張の残した膨大な作品の中で、「シリーズもの」の小説はこの作品だけと言われています(むしろ「姉妹作」と呼ぶべきか)。

『時間の習俗』.JPG 『点と線』は『ゼロの焦点』と並ぶ作者の代表作ですが、社会派的色彩の強い『ゼロの焦点』に比べ、『点と線』の方が謎解きのウェイトが高いように思え、それでも『点と線』もまた犯人の動機から「社会派推理小説」と呼ばれるわけですが、その続編とも言うべきこの作品は(事件自体は全く別物)、完全にアリバイ崩しに焦点を合わせた純粋ミステリになっています。

 三原警部補の頭の中が完全に「点と線」モードになっていて、一番完璧なアリバイを持っているように見える、考えられる容疑者の中で事件から最も遠そうな人物に最初からターゲットを絞り込んでおり(殆ど「刑事コロンボ」のような倒叙法に近いと言える)、この点が不自然と言えば不自然かも知れませんが、その分アリバイ崩しに"効率良く"没頭することが出来、結果として、"完璧過ぎる"アリバイや崩しても崩しても現れる新たなアリバイに、ここまで周到にやるからには犯人はこいつしかないと誰もが思うだろうと...途中から納得。

 終盤の畳み掛けるようなアリバイ崩しの展開がテンポ良く、作家の力量を窺わせますが、「犯人決めつけ」的な導入を"お約束事"として諒解してしまえば、トータルで見て『点と線』と同様に楽しめるのではないかとも思いました(写真トリック等には時代を感じるが、それも昭和ノスタルジーとして味わえばいいか)。

時間の習俗(TBS).jpg と言いつつ、何十年ぶりかの再読で相当に中身を忘れてしまっていて、幸か不幸か殆ど初読のような感じで読めましたが、こうした「推理」主体のものは、時々読み返したり映画化されたりしたものを観たりしないと、結構どんな話だったか忘れるなあと思った次第です(この作品は映画化はされていないが、下記の通り2度ばかりドラマ化はされている)。
 •1963年「時間の習俗(NHK)」大木実・冨田浩太郎・中村栄二
 •1982年「時間の習俗(TBS)」萩原健一・藤真利子・井川比佐志

「時間の習俗」(1982年、TBS)

 【1962年ノベルズ版[光文社]/1972年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
●2014年再ドラマ化 【感想】 原作の精緻なトリックは端折って、サイドストーリーをBL小説風に拡大した感じか。三原警部補のキャラクターも原作のクールな印象からかなり粗野な感じに改変されていた。3度目のドラマ化なので何か新味を持たせようとしたのだろうが、32年ぶりのドラマ化でもあり、原作通りでいって欲しかった。

時間の習俗 フジテレビ0.jpg時間の習俗 フジテレビ2.jpg時間の習俗 フジテレビ3.jpg「松本清張スペシャル 時間の習俗~フジテレビ開局55周年特別番組」●演出:光野道夫●脚本:浅野妙子●原作:松本清張●出演:内野聖陽/津川雅彦/加藤雅也/木南晴夏/田村亮/片岡信和/橋本じゅん/酒井若菜/千葉雄大/梅沢昌代/小須田康人/伊藤正之/井上肇/やべけんじ/山地健仁●放映:2014/04/10(全1回)●放送局:フジテレビ

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平沢無罪説を先駆的に展開。GHQの関与については"隔靴掻痒の感"は否めないが。

小説帝銀事件.jpg小説帝銀事件 (1959年)松本 清張 『小説 帝銀事件』.jpg 小説 帝銀事件.jpg小説帝銀事件 (角川文庫)
昭和23年9月28日毎日新聞
帝銀事件02.jpg帝銀事件.jpg '59(昭和34)年に雑誌「文藝春秋」に発表された松本清張の「昭和史発掘シリーズ」に先立つ昭和の事件モノで、「昭和史発掘シリーズ」の中でも'48(昭和23)年という占領時代に起きたこの「帝銀事件」は取り上げられていますが、「小説」と頭に付くのは、捜査に疑念を抱いた新聞社の論説委員の視点からこれを描いているのと、事件の部分がセミドキュメンタリータッチで再現されているためでしょうか。

 12人が死亡した凶悪事件と平沢貞通画伯が犯人に祭り上げられていく過程もさることながら、個人的には本書によって初めて、関東軍細菌戦部隊(731部隊)の生き残り関係者の事件への関与が疑われること、彼らはGHQの保護下にあったことなどを知り、そっちの方の衝撃も大きかったです。

 731部隊がいかに残虐の限りを尽くしたか、また、その戦犯行為の当事者らが人体実験を含む研究データを渡す代わりに戦争犯罪に問われないと言う約束をGHQに取り付け免責されたという事実については、森村誠一氏の『悪魔の飽食―「関東軍細菌戦部隊」恐怖の全貌!長編ドキュメント』('81年/カッパノベルズ)があるし(この本は後に記述や写真の誤謬を多く指摘された)、太田昌克氏の『731 免責の系譜―細菌戦部隊と秘蔵のファイル』('99年/日本評論社)青木富貴子氏の『731-石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』('05年/新潮社)では "免責問題"をより深く追及していますが、「小説帝銀事件」の発表は『悪魔の飽食』と比べても、それより20年以上早いことになります。

 いま読み直してみると、最初に挙がった何人かの容疑者の中に平沢の名前があり、一旦それが消えて軍関係者へ嫌疑が向けられるも、そちら方面の捜査が打ち切られて再び平沢の名が浮上したという経緯や、面通しの結果誰も平沢を犯人だとする人がいなかったこと、彼の病的な虚言癖などについては細かく書かれている一方で、GHQの関与については"隔靴掻痒の感"は否めず、このことは、平沢は無実の罪に問われたということが公然の事実のようになっている今と違い(歴代の法務大臣が誰も死刑執行のハンコを押さなかったわけだし)、「事件は解決済み」とする風潮がまだ根強かった当時としては、米軍から情報を得られない限りは、平沢を犯人とする根拠の脆弱さに的を絞って、そこから平沢無実説を導き出すことを主眼とするしかなかったためと思われます。

帝銀事件01.jpg平沢貞通.bmp 平沢が疑われることになった原因の1つに、所持金の出処の曖昧さの問題がありましたが、「春画を描いたと自分の口から白状すれば、彼の画家的な生命は消滅するのである」とし、「肉体的な死刑よりも、芸術的生命の処刑を重しとした」と、その精神的内面まで踏み込んで"推理"している点も作家らしく、またこれも、タイトルに「小説」と付くことの所以の1つであると思います。    
平沢貞通 (1892-1987/享年95)

犯人の行動を再現させられる平沢(Wikipediaより)

 因みに、横溝正史の『悪魔が来りて笛を吹く』(雑誌「宝石」1951年11月号 - 1953年11月号に発表)は、この帝銀事件をモチーフに書かれたと言われています(作中では「天銀堂事件」となっており、ストーリーは事件の後日譚となっている)。悪魔が来りて笛を吹く 1979.jpg原作は読んでいませんが、西田敏行が金田一耕助を演じた映画「悪魔が来りて笛を吹く」('79年/東映)を観ました(角川春樹製作、監督は「太陽にほえろ」「俺たちの旅」などのTVシリーズを手掛けた斎藤光正)。青酸カリも事件に絡んで出てきますが、メインのモチーフは近親相姦と言えるでしょうか。謎解きの部分で複雑な家系図が出てきますが、映画ではそれが分かりにくいのが難でした(「読んでから観る」タイプの映画だったかも)。歴代の横溝正史原作の映画化作品の中ではまあまあの評価のようですが、そのわりには西田敏行が金田一耕助を演じたのはこの1回きりでした。まあ、映画で金田一耕助を1度演じただけという俳優は、西田敏行以前には池部良、高倉健、中尾彬、渥美清などがいて、西田敏行以降も古谷一行、鹿賀丈史、豊川悦司などがいるわけですが(石坂浩二と並んで金田一耕助役のイメージが強い古谷一行は映画では1度きりだが、MBSテレビの「横溝正史シリーズ」('77-'78年)、TBSの「名探偵・金田一耕助シリーズ」('83-'05年)でそれぞれ金田一耕助役を演じている)。

悪魔が来りて笛を吹く 1979 ポスター.jpg悪魔が来りて笛を吹く 1979 vhs.jpg悪魔が来りて笛を吹く 1979 ちらし.jpg悪魔が来りて笛を吹く【DVD】「悪魔が来りて笛を吹く」●制作年:1979年●監督:斎藤光正●製作:角川春樹●脚本:野上龍雄 ●撮影:伊佐山巌 音楽:山本邦山/今井裕●原作:横溝正史●時間:136分●出演:西田敏行/夏木勲(夏八木勲)/仲谷昇/鰐淵晴子/斎藤とも悪魔が来りて笛を吹くs.jpg悪魔が来りて笛を吹く jidojpeg.jpeg子/村松英子/石浜朗/小沢栄太郎/池波志乃/原知佐子/山本麟一/宮内淳/二木てるみ/梅宮辰夫/浜木綿子/北林早苗/中村玉緒/加藤嘉/京唄子/村田知栄子/藤巻潤/三谷昇/熱田一久/住吉道博/村田知栄子/藤巻潤/三谷昇/金子信雄/中村雅俊/秋野太作/横溝正史/角川春樹●公開:1979/01●配給:東映●最初に池袋東映-2.jpg観た場所:池袋東映 (79-01-13)(評価:★★☆)
池袋東映 池袋東口2分60階通り(地下に池袋名画座) 1985年頃閉館 

 【1961年文庫化・2009年新装版[角川文庫]/1980年再文庫化[講談社文庫]】

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森田作品は出来にムラあり(?)。80年代前半の松田優作と秋吉久美子がいい。

家族ゲーム(ポスター).jpg 家族ゲーム.jpg   森田 芳光 「それから」.jpg  の・ようなもの.jpg   ウィークエンド・シャッフル.png
「家族ゲーム」チラシ/「家族ゲーム [DVD]」「それから [DVD]」 「の・ようなもの [DVD]」「映画パンフレット 「ウィークエンド・シャッフル」監督 中村幻児 出演 秋吉久美子/泉しげる/風間舞子/池波志乃/秋川リサ/渡辺えり子

家族ゲーム1.jpg「家族ゲーム」2.jpg「家族ゲーム」1.jpg 森田芳光(1950-2011)監督・脚本の「家族ゲーム」('83年/ATG)は、家族が食卓に横一列に並んで食事するシーンなど凝ったカットの多い作品でしたが、個人的には、川沿いの団地へ松田優作(1949‐1989/享年40)が演じる家庭教師が小舟に乗って赴く冒頭シーンと、教え子が無事に志望校に合格した後の家族全員の食事の席で、その家庭教師が食卓をぐちゃぐちゃにしてしまうラストが印象的でした。

 冒頭シーンはアクション映画のパロディ(?)。ラストはかなり唐突な気もしましたが、おそらく家Kazoku gêmu (1983) .jpg族が一緒に後かたずけをすることを余儀なくされ、その結果初めて家族が一体となる―という、ある意味、カタストロフィではなくハッピーエンドと見るべきなのかもしれません。全体を通して、松田優作のぼそぼそっと小声で早口で話す演技は、映画の家庭教師の特異なキャラクターとよくマッチしていたように思います(第57回キネマ旬報ベスト・テン第1位作品)。
Kazoku gêmu (1983)

探偵物語 松田優作.jpg 松田優作は、翻訳家でハードボイルド作家でもある小鷹信光(1936-2015)の原案によるNTV系ドラマ「探偵物語」や、作家赤川次郎薬師丸ひろ子のために書き下ろした小説探偵物語 パンフレット.jpg探偵物語.jpgが原作である根岸吉太郎監督の映画「探偵物語」('83年/角川春樹事務所)で見せたような、コミカルな面のある軽めのキャラクターがハマっていたように思い、また彼自身、自然体でそうした役柄を演じているように感じました。
    
探偵物語 松田優作 薬師丸ひろ子1.pngtantei-thumb-240x131-836.jpg TV版に比べて映画の方のストーリーはイマイチで(TV版「探偵物語」とは全く別物の話。先にも述べたように、テレビはミステリ翻訳者の小鷹信光(1936-2015)が原案者、映画は赤川次郎原作なので違って当然だが)、恋愛ドラマ的要素が入る分、薬師丸ひろ子の演技力不足が痛いし(澤井信一郎監督の 「Wの悲劇」('84年/角川春樹事務所)より前の彼女の演技は素人並Wの悲劇.jpgみか。「セーラー服と機関銃」('82年/角川春樹事務所)では相米慎二(1948-2001)監督の魔術的演出に救われていたが)、「探偵物語」では(岸田今日子のような演技達者を起用して脇を固めようとしてはいるものの)そんな演技未熟の薬師丸ひろ子を相手に演技している松田優作がやや気の毒に思えました。玉川大学文学部就学のため一時芸能活動を休止していた薬師丸ひろ子の復帰第一弾を角川事務所が企画した作品であり、あくまでも薬師丸ひろ子が主人公の探偵(ごっこ)物語であって、脇だけ固めても主役があまりに未熟では...。松田優作に関して言えば、TV版の方がハードボイルド・ヒーローでありながらずっこけたような面があるという点で、より"優作らしい"演技だったと言えるかも。

Wの悲劇 薬師丸 三田.jpg 薬師丸ひろ子が舞台女優を目指す劇団員を演じた「Wの悲劇」は、夏樹静子(1938- 2016)の原作は劇中劇として用いられているだけで、ストーリーは別物です("原作者"の夏樹静子氏は、劇場にこの作品を観に行って初めてそのことを知り、唖然としたという)。劇団の演出家蜷川幸雄.jpg役で蜷川幸雄(1935-2016)が出演し、実際に劇中劇の演出も担当しています。三田佳子がベテランらしい渋い演技を見せ(日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞)、薬師丸ひろ子もそれに触発されwの悲劇 高木美保.jpg演技開眼したのか、そう悪くない演技でした(高木美保の映画デビュー作でもあり、主人公を陥れようとする敵役だった)。夏樹静子の原作は、その後、テレビドラマとしてそれそれアレンジされながら繰り返し作られることとなります('83年TBS(秋吉久美子主演)、'86年フジテレビ(高峰三枝子主演)、'01年テレビ東京(名取裕子主演)、'10年TBS(菅野美穂主演)、'12年テレビ朝日(武井咲主演))。

時をかける少女 1983 併映.jpg 因みに、「探偵物語」と「Wの悲劇」の併映作品はそれぞれ「時をかける少女」('83年/角川春樹事務時をかける少女 1983 2.jpg所)、「天国にいちばん近い島」('84年/角川春樹事務所)でした。共に大林宣彦監督、原田知世主演で、「時をかける少女」は、原作は筒井康隆が学習研究社の「中三コース」1965(昭和40)年11月号にて連載開始し、「高一コース」1966(昭和41)年5月号まで全7回掲載したものであり、原田知世の映画デビュー作でした。配役の時点では原田知世は当時圧倒的人気を誇っていた薬師丸ひろ子のアテ馬的存在でしたが、「時をかける少女」一作で薬師丸ひろ子と共に角川映画の二枚看板の一つになっていきます。「時をかける少女」は筒井康隆の原作の舞台を尾道に移して、大林監督の「尾道三部作」(他の2作は「転校生」「さびしんぼう」)の第2作目という位置づけになっていますが、原田知世の可憐さだけでもっている感じの映画になってしまった転校生 1982.jpg印象があり、「尾道三部作」の中では秀「転校生」('82年/松竹)に比べるとやや落ちるか(「転校生」は田中小実昌 .jpg田中小実昌(1925-2000)が「喜劇映画ベスト10」に選んでいたことがある)。それでも当時ヒットし、角川は'97年に白黒映画で、'02年にアニメでそれぞれリメイク作品を作っています('10年に更に実写版のリメイクが作られ(主演はアニメ版の主人公の声を務めた仲里依紗)、'16年に日本テレビでテレビドラマ化された(主演は黒島結菜)。テレビドラマ化はこれが5回目になる)
「時をかける少女」主題歌作詞・作曲:松任谷由実

天国にいちばん近い島 Wの悲劇s.jpg天国に一番近い島 2.jpg 「天国にいちばん近い島」は個人的にはイマイチもの足りない映画でしたがこれもヒットし、舞台となったニューカレドニアに初森村桂.jpgめてリゾート・ホテルが建ったとか(バブルの頃で、日本人観光客がわっと押しかけた)。原作者・森村桂(1940-2004)が行った頃はリゾート・ホテルなど無かったようです。舞台は美しいけれど、バブルは崩壊したし、原作者が自殺したということもあって、今となってはちょっと侘しいイメージもつきまとってしまいます(森村桂の自殺の原因はうつ病とされている)。

それから 松田優作/小林薫.jpg 「家族ゲーム」の後、松田優作が森田芳光監督と再び組んだ「それから」('85年/東映)は、評論家の評価は高かったですが(松田優作は、「家族ゲーム」「探偵物語」の前年、鈴木清順監督の「陽炎座」('81年/日本ヘラルド映画)で文芸作品デビューを果たし、既に高い評価を得ていた)、個人的にはミスキャストだったように思え(何だか肩に力入り過ぎ)、松田優作や小林薫のロボットのような独特のエロキューションもちょっと違和感が感じられたし、作品自体も漱石の原作のイメージ(勝手に自分が抱いているイメージだが)とやや食い違ったものになってしまったような気がします。
「それから」松田優作/小林薫

「の・ようなもの」(1981 ヘラルド).jpgの・ようなもの1.jpg 森田芳光監督には、「の・ようなもの」('81年/N.E.W.S.コーポレーション)というある若手の落語家の日常と恋を描いた劇場用映画デビュー作があり、映画のつくりそのものはやや荒削りな面もありましたが、落語家の世界の描写に関しては丹念な取材の跡がみてとれ(森田監督は日大落研出身)、落語家志望の青年に扮する伊藤克信のとぼけた個性もいいし、彼が通うソープ嬢エリザベス役の秋吉久美子も"軽め"のしっとりした演技で好演しています。

愛と平成の色男/.jpg愛と平成の色男.png 愛と平成の色男/バカヤロー2.jpg「愛と平成の色男/バカヤロー!2 幸せになりたい。」
財前直見 写真集「とってもいいよ!」.jpg武田久美子 1989 .bmp 結局、森田芳光という監督の演出力はよくわかりません。監督の力量なのか役者のお陰なのか...。「愛と平成の色男」('89年/松竹)などは、ストーリーもどうしょうもないし(石田純一にぴったりとも言えるが)、役者もみんな下手くそなのに、結果として、当時はグラビアアイドルで、役者としては殆ど新人に近かった鈴木保奈美、財前直美、鈴木京香、武田久美子の4人を女優としていっぺんに発掘したことになっているし...鈴木京香などはこの映画の出演を機にNHKの朝の連ドラに抜擢されています。
とってもいいよ!―財前直見写真集』(1988/11)/『マイディア ステファニー―武田久美子写真集』(1989/09)
鈴木京香2.jpg 鈴木保奈美はカネボウのCMモデル、財前直美は東亜国内航空の沖縄キャンペーンガール、鈴木京香はカネボウの水着キャンペーンガール出身。少女モデルから歌手になった武田久美子は、「東大生が選んだアイドル」として一時人気を博したもののやがてマイナーに。それが、昭和が終わったこの年に刊行された"貝殻ビキニ"の写真集が売れに売れて人気復活。広告会社にいた経験から言うと、この頃は、CMもグラビアも撮影と言えば3泊4日でハワイでというのが当たり前のバブル期でした。時の流れを感じますが、武田久美子だけ今もって肉体派路線を継続中?
鈴木京香

 因みに、「愛と平成の色男」と併映の「バカヤロー!2 幸せになりたい。」('89年/松竹)は、森田監督の製作総指揮・脚本による4人の若手監督によるオムニバスで、岩松了監督(第3話)のチェッカーズの藤井郁弥が、山のようなレコードを抱え、CD全盛の世に取り残された男に扮する「新しさについていけない」と、成田裕介バカヤロー2 幸せになりたい 新しさについていけない.jpgバカヤロー2 幸せになりたい 女だけがトシとるなんて.jpg監督(第4話)の山田邦子が再就職に苦戦するハイミスに扮した「女だけがトシとるなんて」が良かったように思います。あとの2話は、本田昌広監督(第1話)の小バカヤロー2 幸せになりたい 小林.jpg林稔侍が家族のためにとったニューカレドニア旅行のチケットを会社から顧客に回すように言われた旅行代店社員を演じた「パパの立場もわかれ」と、堤真一が深夜のバカヤロー!2 堤.jpgコンビニでバイトしてお客の扱いで頭を悩ますうちに妄想ノイローゼになっていく男を演じた鈴木元監督(第二話)の「こわいお客様がイヤだ」(堤真一にとっては初主演映画。他に爆笑問題の太田光・田中裕二が映画初出演、太田光は後に「バカヤロー!4」('91年)の第1話を監督している)でした。

ウィークエンド・シャッフル 秋吉久美子.jpgウィークエンド・シャッフル(1982) ぴあ.gif 秋吉久美子は柳町光男監督の「さらば愛しき大地」('82年/プロダクション群狼)のような重い作品でその演技力を見せつける一方、ピンク映画出身の中村幻児監督の「ウィークエンド・シャッフル」('82年/幻児プロ=らんだむはうす)では、「の・ようなもの」以上に軽いノリで演じています。強盗(泉谷しげる)が主婦らに児童誘拐犯と間違えられ、さらに主婦(秋吉久美子)の偽夫の役回りを演じさせられるというハチャメチャなストーリーの原作は筒井康隆で、秋吉久美子、池波志乃、秋川リサら女ウィークエンド・シャッフル 秋吉久美子 泉谷しげる.jpgウィークエンド・シャッフル スチール.jpg優陣が惜しげもなく脱いでいますが、スラップスティク・コメディ調であるためにベタベタした現実感がなく、さらっと乾いた感じの作品に仕上がっています。秋吉久美子って「70年代」というイメージのある女優ですが、80年代の作品を観ても、演技の幅が広かったなあと、改めて思わされます。
「ウィークエンド・シャッフル」('82年/幻児プロ=らんだむはうす)(秋吉久美子/泉谷しげる) 

 
「家族ゲーム」12.jpg「家族ゲーム」●制作年:1983年●監督・脚本:森田芳光●製作:佐々木志郎/岡田裕/佐々木史朗●撮影:前田米造●原作:本間洋平「家族ゲーム」●時間:106分●出演:松田優作/伊丹十三/由紀さおり/宮川一朗太/辻田順一/松金よね子/岡本かおり/鶴田忍/戸川純/白川和子/佐々木志郎/伊藤克信/加藤善博/土井浩一郎/植村拓也/前川麻子/渡辺知美/松野真由子/中森いづみ/佐藤真弓/小川隆宏●公開:1983/06●配吉祥寺パーキングプラザ.jpgテアトル吉祥寺.jpg吉祥寺ピカデリー.jpg給:ATG●最初に観た場所:テアトル吉祥寺 (84-02-11)(評価:★★★☆)●併映:「転校生」(大林宣彦)
テアトル吉祥寺 (1999年〜吉祥寺ピカデリー) 1979年、吉祥寺パーキングプラザ(右写真・現)地下1階にオープン。2000(平成12)年5月22日閉館

探偵物語38.jpg探偵物語 松田優作 dvd.jpg「探偵物語」(TVドラマ)●演出:村川透/西村潔/澤田幸弘/長谷部安春/加藤彰/小澤啓一/小池要之助●制作:伊藤亮爾/紫垣達郎/山口剛●脚本:丸山昇一/那須探偵物語 松田優作2.jpg真知子/佐治乾/柏原寛司/宮田雪●音楽:鈴木清司●原案:小鷹信光●出演:松田優作/成田三樹夫/山西道広/竹田かほり/ナンシー・チェニー/平田弘美/橘雪子/重松収/倍賞美津子/佐藤蛾次郎/中島ゆたか/片桐竜次/草薙幸二郎/清水宏/広京子/川村京子/三原玲奈/真辺了子/戸浦六宏●放映:1979/09~1980/04(全27回)●放送局:日本テレビ
左から竹田かほり、倍賞美津子、松田優作、ナンシー・チェニー

岸田今日子
探偵物語 .jpg探偵物語 松田優作 薬師丸ひろ子ru1.jpg探偵物語 長谷沼君江/岸田今日子1.jpg 「探偵物語」●制作年:1983年●監督:根岸吉太郎●製作:角川春樹●脚本:鎌田敏夫●撮影:仙元誠三●音楽:加藤和彦●原作:赤川次郎●時間:106分●出演:薬師丸ひろ子/松田優作/秋川リサ/岸田今日子/北詰友樹/坂上味和/藤田進/中村晃子/鹿内孝/荒井注/蟹江敬三/財津一郎/三谷昇/林家木久蔵/ストロング金剛/山西道広/清水昭博/草薙良一/清水宏●公開:1983/07●配給:角川春樹事務所●最初に観た場所:東急名画座 (83甦れ!東急名画座3.jpg甦れ!東急名画座1.jpg東急文化会館.jpg東急名画座 1.jpg-07-17)(評価:★★☆)●併映:「時をかける少女」(大林宣彦) 東急名画座 (東急文化会館6F、1986年〜渋谷東急2) 2003(平成15)年6月30日閉館


高木美保 Wの悲劇.jpgWの悲劇 [DVD].jpg「Wの悲劇」●制作年:1984年●監督:澤井信一郎●製作:角川春樹●脚本:荒井晴彦/澤井信一郎●撮影:仙元誠三●音楽:久石譲●原作:夏樹静子●時間:108分●出演:薬師丸ひろ子/三田佳子/世良公則/三田新宿 武蔵野館(1936年).jpg新宿武蔵野館.jpg村邦彦/仲谷昇/高木美保/蜷川幸雄/清水浩治/内田稔/草薙二郎/南美江/絵沢萠子/藤原釜足/香野百合子/志方亜紀子/幸日野道夫/西田健/堀越大史/渕野俊太/渡瀬ゆき●公開:1984/12●配給:東映/角川春樹事務所●最初に観た場所:新宿武蔵野館 (85-01-15)(評価:★★★★)●併映:「天国にいちばん近い島」(大林宣彦)
新宿武蔵野館42.JPG旧・新宿武蔵野館 (1920年武蔵野館オープン、1928年に現在の「新宿武蔵野館」の地に新築移転(上左写真:新宿 武蔵野館(1936年))。1968年、武蔵野ビルを改装し7階に「新宿武蔵野館」として再オープン。1994年には同一ビルの3階にミニシアターとして「シネマ・カリテ(中黒あり)1・2・3」がオープン。2002年「新宿武蔵野館」を「新宿武蔵野館1」に改称し、同時に「シネマ・カリテ1・2・3」を「新宿武蔵野館2・3・4」に改称。2003(平成15)年9月30日「新宿武蔵野館1」閉館。それに伴い3階の「新宿武蔵野館2・3・4」を「新宿武蔵野館1・2・3」に改称し4館体制から3館体制となる。(2012年12月22日、武蔵野興業により新宿NOWAビル地下1階に2スクリーンの「シネマカリテ」がオープン)

新宿武蔵野館(2019(令和元)年5月)

時をかける少女 原田c47.jpg「時をかける少女」●制作年:1983年●監督:大林宣彦●製作:角川春樹●脚本:剣持亘●撮影:前田米造●音楽:松任谷正隆(主題歌作詞・作曲:松任谷由実)●原作:筒井康隆●時間:104分●出演:原田時をかける少女 dvd.jpg時をかける少女 1983 3.jpg知世/高柳良一/尾美としのり/津田ゆかり/岸部一徳/根岸季衣/内藤誠/入江若葉/高林陽一/きたむらあきこ/上原謙/入江たか子●公開:1983/07●配給:東映●最初に観た場所:東急名画座 (83-07-17)(評価:★★★)●併映:「探偵物語」(根岸吉太郎)
時をかける少女 [DVD]
転校生 [DVD]
転校生 1982 .jpg転校生 1982ド.jpg転校生 1982 01.jpg「転校生」●制作年:1982年●監督:大林宣彦●製作:森岡道夫/大林恭子/多賀祥介●脚本:剣持亘●撮影:阪本善尚●原作:山中恒「おれがあいつであいつがおれで」●時間:112分●出演:尾美としのり/小林聡美/佐藤允/樹木希林/宍戸錠/入江若葉/中川勝彦/井上浩一/岩本宗規/大転校生 1982 02.jpg山大介/斎藤孝弘/柿崎澄子/山中康仁/林優枝/早乙女朋子/秋田真貴/石橋小百合/伊藤美穂子/加藤春哉/鴨志田和夫/鶴田忍/人見きよし/志穂美悦子●公開:1982/04●配給:松竹●最初に観た場所:大井武蔵野舘 (83-07-17)●2回目:テアトル吉祥寺 (84-02-11)(評価:★★★★)●併映(1回目):「の・ようなもの」(森田芳光)/「ウィークエンド・シャッフル」(中村幻児)●併映(2回目):「家族ゲーム」(森田芳光)

天国に一番近い島 lp.jpg天国に一番近い島 dvd.jpg「天国にいちばん近い島」●制作年:1984年●監督:大林宣彦●製作:角川春樹●脚本:剣持亘●撮影:阪本善尚●音楽:朝川朋之●原作:森村桂●時間:102分●出演:原田知世/高柳良一/朝川朋之/赤座美代子/泉谷しげる/高橋幸宏/小林稔侍/小河麻衣子/入江若葉/室田日出男/松尾嘉代/乙羽信子●公開:1984/12●配給:東映●最初に観た場所:新宿武蔵野館 (85-01-15)(評価:★★☆)●併映:「Wの悲劇」(澤井信一郎) 「天国にいちばん近い島 デジタル・リマスター版 [DVD]

藤谷美和子 それから.jpgそれから 笠智衆.jpegそれから.jpg「それから」●制作年:1985年●監督:森田芳光●製作:黒沢満/藤峰貞利樹●脚本:筒井ともみ●撮影:前田米造●音楽:梅林茂●原作:夏目漱石●時間:130分●出演:松田優作藤谷美和子/小林薫/笠智衆/中村嘉葎雄/草笛光子/風間杜夫/美保純/イッセー尾形/森尾由美/羽賀研二/川上麻衣子/遠藤京子/泉じゅん/一の宮あつ子/小林勝彦/佐原健二/加藤和夫/水島弘/小林トシエ/佐藤恒治/伊藤洋三郎●公開:1985/07●配給:東映●最初に観た場所:新宿ミラノ座 (85-11-17)(評価:★★☆)

の・ようなもの3.gifの・ようなもの2.jpg 「の・ようなもの」●制作年:1981年●監督・脚本:森田芳光●製作:鈴木光●撮影:渡部眞●音楽:塩村宰●原作:本間洋平●時間:103分●出演:秋吉久美子/伊藤克信/尾藤イサオ/でんでん/小林まさひろ/大野貴保/麻生えりか/五十嵐知子/風間かおる/直井理奈/入船亭扇橋/内海好江/鷲尾真知子/吉沢由起/小宮久美子/三遊亭楽太郎/芹沢博文/加藤治子/春風亭柳朝/黒木まや●公開:1981/09●配給:N.E.W.S.コーポレーション=日本へラルド映画●最初に観た場所:大井武蔵野館 (83-03-13)(評価:★★★☆)●併映:「転校生」(大林宣彦)/「ウィークエンド・シャッフル」(中村幻児)大井武蔵野館 閉館日2.jpg「大井武蔵野館」ぼうすの小部屋 - おでかけ写真展より
大井武蔵野館2.jpg大井武蔵野館.jpg大井武蔵野館 1999(平成11)年1月31日閉館。

                                         
鈴木保奈美/財前直見/武田久美子/鈴木京香
鈴木保奈美.jpg財前直美.jpg武田久美子.jpg鈴木京香.jpg「愛と平成の色男」●制作年:1989年●監督・脚本:森田芳光●製作:鈴木光●撮影:仙元誠三●音楽:野力奏一●時間:96分●出演:石田純一/鈴木保奈美/財前直見/武田久美子/鈴木京香/久保京子/桂三木助/佐藤恒治●公開:1989/07●配給:松竹●最初に観た場所:渋谷松竹(89-07-15)(評価:★☆)●併映:「バカヤロー!2」(本田昌広/鈴木元/岩松了/成田裕介、製作総指揮・脚本:森田芳光)
渋谷松竹1.jpg渋谷松竹sibuyatoei1.jpg渋谷東映・松竹・全線座shibuya.jpg渋谷松竹 1938年、前身の松竹系「東京映画劇場」オープン。1990(平成2)年9月16日、隣接の「渋谷東映」と共に開館 (1985年道玄坂「ザ・プライム」6Fにオープンしていた渋谷松竹セントラル(2003年~「渋谷ピカデリー」)が後継館となる(2009(平成21)年1月30日「渋谷ピカデリー」閉館))(⑦渋谷東映/⑨渋谷松竹/⑬全線座(1977年閉館))

堤真一(第2話「こわいお客様がイヤだ」)
バカヤロー2 幸せになりたい こわいお客様がイヤだ.jpg「バカヤロー!2 幸せになりたい。」●制作年:1989年●製作総指揮・脚本:森田芳光●監督:本田昌広(第1話「パパの立場もわかれ」)/鈴木元(第2話「こわいお客様がイヤだ」)/岩松了(第3話「新しさについていけない」)/成田裕介(第4話「女だけがトシとるなんて」)●製作:鈴木光●撮影:栢原直樹/浜田毅●音楽:土方隆行●時間:98分●出演:(第1話)小林稔侍/風吹ジュン/高橋祐子/橋爪功/(第2話堤真一/金子美香/イッセー尾形/太田光/田中裕二/金田明夫/(第3話)藤井郁弥/荻野目慶子/尾美としのり/柄本明/佐藤恒治/竹中直人/(第4話)山田邦子/香坂みゆき/辻村真人/水野久美/加藤善博/桜金造●公開:1989/07●配給:松竹●最初に観た場所:渋谷松竹(89-07-15)(評価:★★★)●併映:「愛と平成の色男」(森田芳光)

池波志乃/秋川リサ/渡辺えり子/泉谷しげる
「ウィークエンド・シャッフル」スチール.jpgウィークエンド・シャッフル ビデオカバー.jpg「ウィークエンド・シャッフル」●制作年:1982年●監督:中村幻児●製作:渡辺正憲●脚本:中村幻児/吉本昌弘●撮影:鈴木史郎●音楽:山下洋輔●主題歌:ジューシィ・フルーツ●原作:筒井康隆「ウィークエンド・シャッフル」●時間:104分●出演:秋吉久美子/伊大井武蔵野館 閉館日.jpg大井武蔵野館.jpg武雅刀/泉谷しげる/池波志乃/渡辺えり子/秋川リサ/新井康弘/村上不二夫/尾口康生/永井英里/野上正義/芦川誠/春風亭小朝/美保純●公開:1982/10●配給:幻児プロ=らんだむはうす●最初に観た場所:大井武蔵野館 (83-03-13)(評価:★★★)●併映:「転校生」(大林宣彦)/「の・ようなもの」(森田芳光) 大井武蔵野館 閉館日(1999(平成11)年1月31日)
 
さらば愛しき大地3.jpgさらば愛しき大地 poster.jpg「さらば愛しき大地」●制作年:1982年●監督:柳町光男●製作:柳町光男/池田哲也/池田道彦●脚本:柳町光男/中上健次●撮影:田村正毅●音楽:横田年昭●時間:120分●出演:根津甚八/秋吉久美子/矢吹二朗/山口美也子/蟹江敬三/松山政路/奥村公延/草薙幸二郎/小林稔侍/中島葵/白川和子/佐々木すみ江/岡本麗/志方亜紀子/日高シネマスクエアとうきゅうMILANO2L.jpgシネマスクエアとうきゆう.jpgシネマスクウエアとうきゅう 内部.jpg澄子●公開:1982/04●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:シネマスクウェア東急(82-07-10)(評価:★★★★)
シネマスクエアとうきゅう 1981年12月、歌舞伎町「東急ミラノビル」3Fにオープン。2014年12月31日閉館。

《読書MEMO》
田中小実昌 .jpg田中小実昌(作家・翻訳家,1925-2000)の推す喜劇映画ベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
○丹下左膳餘話 百萬兩の壺('35年、山中貞雄)
○赤西蠣太('36年、伊丹万作)
○エノケンのちゃっきり金太('37年、山本嘉次郎)
○暢気眼鏡('40年、島耕二)
○カルメン故郷に帰る('51年、木下恵介)
○満員電車('57年、市川昆)
○幕末太陽傳('57年、川島雄三)
転校生('82年、大林宣彦)
○お葬式('84年、伊丹十三)
○怪盗ルビイ('88年、和田誠)

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被爆家族の3代を描く。約100ページしかないのに、長編小説を読み終えたような余韻。

『夕凪の街 桜の国』.jpg夕凪の街 桜の国 (双葉文庫).jpg    夕凪の街 桜の国2.jpg 夕凪の街桜の国1.jpg  
             『夕凪の街桜の国』(2004/10 双葉社)
夕凪の街 桜の国 (双葉文庫)

 広島に投下された原爆によって命運を左右された家族3世代を描いた作品で、'03(平成15)年発表の「夕凪の街」、'04(平成16)年発表の「桜の国(第1部)」と書き下ろしの「桜の国(第2部)」の合本ですが、刊行時の反響に違わず、'04(平成16)年度(第8回)文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第9回('05年)手塚治虫文化賞新生賞などを受賞し、'07年には映画化もされました。

 「夕凪の街」は、'55(昭和30)年の広島市の基町にあった原爆スラムを舞台に、少女の頃に被爆した平野皆実(みなみ)という23歳の女性の被爆10年後が描かれ、「桜の国」では、第1部が'87(昭和62)年の春、第2部が'04(平成16)年の夏の東京と広島を舞台に、皆実の弟・石川(旧姓平野)旭の子・七波(ななみ)の小学生時代と28歳のOLになってからの話が描かれています(映画では、「桜の国」第2部を'07年に年代変更して、田中麗奈、麻生久美子が主演)。

 「夕凪の街」の主人公・皆実は、原爆で父、姉、妹を失い、被災地で多くの遺体を乗り越えてきた経験のフラッシュバックとともに、自分は生きていてよいのだろうか、周囲からも死ねばいいと思われているのではないかという思いに悩まされ、優しい男性同僚との恋愛にも一歩踏み込めないでいる中、被爆後遺症が勃発し、離れて暮らしていた弟などが見舞いに来る頃には、既に眼も見えなくなっていますが、この最後の場面が視力を失った主人公に合わせて空白のコマになって内語だけが書かれており、「十年たったけど、原爆を落とした人はわたしを見て『やった!またひとり殺せた』とちゃんと思ってくれとる?」というその言葉は、平和な時代になっても原爆後遺症によってその命を奪われねばならなかった主人公の無念さを表していて痛切な響きがあります。

 「桜の国」の主人公・七波は野球好きの活発な少女ですが、広島出身の母・京花が自宅で血を吐いて倒れているのを発見し、それが母の最期となったという哀しい体験をしています。
 京花がまだ幼い頃の、学生だった七波の父・旭(「夕凪の街」の皆実の弟)との出会いも描かれていて、ああ、彼女も原爆後遺症だったのかなあと。
 その旭も今ではすっかり年をとり、時々家を抜け出て遠出しているようですが、それをボケの始まりではないかと疑った七波は、ある日、家を抜け出した父を尾行すると、彼は広島行きの長距離バスに乗り込んでいた―。

『夕凪の街 桜の国』.bmp 「桜の国」の主人公は七波ですが、その父・旭の負っているものも重い。それに加え、七波の親友であり、弟・凪夫に思いを寄せる利根東子。七波の父を追っての広島行きは、彼女に引っ張られてのことですが、彼女は被爆一家と付き合うことを親から禁じられていて、ここに1つ、被爆者に対する差別というのがテーマとして浮き彫りにされています。

 全体で約100ページしかありませんが、「夕凪の街」の約30ページの執筆だけで1年かけたとのことで、それだけ密度の濃い労作であると言えます。
 「桜の国」に入って登場人物の関係がやや錯綜しますが、注意して読むと「夕凪の街」との様々な相似形やリフレイン的な描写が見られ、単なる感動物語というだけでなく、全体としての緻密な構成の上に成り立っていて、但し、技法が目的化するのではなく(この物語には所謂"オチ"というものが無い-強いて言えば、七波の父・旭が何故広島通いをしていたのかとうのが"オチ"だが)、例えば、旭の娘・七波に対する思いが、姉・皆実へのレクイエムと重なっているというような重層的効果を持たせることで、長編小説を読み終えたような余韻を読者に与えることに繋がっているように思いました。

夕凪の街 桜の国 1.jpg夕凪の街 桜の国 2.jpg「夕凪の街 桜の国」('07年/「夕凪の街 桜の国」製作委員会)
監督・脚本: 佐々部清
出演:田中麗奈/麻生久美子/藤村志保/堺正章/吉沢悠/中越典子


 【2008年文庫化[双葉文庫]】

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計算されたリリシズムとカットバック構成。ファンタジックな中にも、独特の凄みがある。

『火垂るの墓』.JPGアメリカひじき・火垂るの墓1.jpg  アメリカひじき・火垂るの墓.jpg 火垂るの墓1.jpgアメリカひじき・火垂るの墓2.jpg
アメリカひじき,火垂るの墓』『アメリカひじき・火垂るの墓 (新潮文庫)

 親を亡くした幼い兄妹が終戦前後の混乱の中を必死で生きようとする姿を描いた「火垂るの墓」は、作者自身の体験が反映されているというだけあって、最初に読んだ時は、細部に渡る悲惨な描写がリアルで強烈だったため、アニメ化されると知った時にはやや違和感を覚えましたが、再読しみると、確かにリリシズムに満ちたファンタジー的要素のある作品でした。清太の腹巻にあったドロップ缶を、三宮駅の駅員が夏草の繁みに放り投げると、「落ちた拍子にそのふたがとれて、ちいさい骨のかけらが三つころげ、草に宿っていた蛍おどろいて二、三十あわただしく点滅しながらとびかい、やがて静まる」などいう描写は、確かにファンタジックでもあるなあと(このファンタジーは、独特の"凄み"を孕んでいるが)。

 こうした叙情性は予め計算され尽くしたものあるかのような感じもして、そのことは構成にも言えるかと思います。昭和20年9月22日に三宮駅構内で栄養失調のため亡くなった浮浪児の少年・清太が、亡くなる前日に、同じく栄養失調で亡くなった妹・節子の小骨を持っていたことが示され、そして、まだ生きている清太の視点から、節子を背負って戦火の中を彷徨した6月から8月にかけてのことが描かれて、死者の目から見たカットバックというのはなかなか考えられた手法だと思うのですが、節子が防空壕の中で8月22日に息を引き取り、1カ月後に清太も亡くなるまでを、結局は作品の冒頭から全く章分けせずに、独特のねちっこい文体で一気に描いています(普通だったらカットバックやエピローグ部分で行間ぐらい空けるところを、それをせずにびっしり書いているところが特徴的)。

 作者はこの作品に自身の体験を反映させながらも、妹のことについては多くの虚構を交えて描いており、そのことで後ろ暗さのようなものを感じていて、この作品が「アメリカひじき」と併せて'77(昭和42)年下半期直木賞を受賞したことにより却ってその思いは強まり、一時は自暴自棄にまでなったということは作者自らが語っていることですが、小説なのだから虚構でいいのではという気もし、多少穿った見方をすれば、そうした"後ろ暗さ"という私的感情を公言するところに、作家の演技性のようなものを感じなくもありません(太宰みたいだなあ)。

 戦争孤児で当時こうした亡くなり方をした子供たちは、数多くいたのではないでしょうか。一般的には、作者の妹に対するレクイエムと解されていますが、個人的には、そうした全ての子供たちへのレクイエムとして敷衍化してよいのではと思い、別に作者が虚構云々で思い悩まなくてもいいと思うのですが...。

 単行本及び新潮文庫版では、「アメリカひじき」「ラ・クンパルシータ」など6編を収録、文庫版は当初『アメリカひじき・火垂るの墓』というタイトルでしたが、映画化されてからアニメ絵によるカバーになり『火垂るの墓』というタイトルに(但し、背表紙・本体表紙・奥付などは『アメリカひじき・火垂るの墓』のまま)。

アニメ映画「火垂るの墓」.jpg 公開時には宮崎駿監督の「となりのトトロ」との併映だった‎:高畑勲(1935-2018)監督のアニメ映画「火垂るの墓」('88年/東宝)は、個人的には結局未だに観ておらず('08年には"実写"映画版も製作されたがこちらも未見)、高畑勲監督は"反戦"ではなく"兄妹愛"を主テーマとしたとのことですが、NPOや図書館で自主上映される際には、大体"反戦映画"という前提のもとで公開されているような気がします。

 【1972年文庫化[新潮文庫]】

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差別される側の集団が互いに集団間で差別し合うという、やるせない構図を浮き彫りに。

地の群れ atg.bmp地の群れ ポスター.jpg  地の群れ2.jpg  地の群れ.jpg  
「地の群れ」パンフレット/「地の群れ [VHS]」 ['87年]
                                 
地の群れ スチール.jpg 佐世保の開業医・宇南(鈴木瑞穂)は、被爆者が寄り集まった海塔新田、またの名を"ピカドン部落"と呼ばれる地域で原爆症と思われる少女を診療するが、母親(奈良岡朋子)は、被爆者が受けていた差別を思い頑強に否定する。
 一方、海塔新田出身の少年・信夫(寺田誠)は原爆病で死んだ母親似のマリア像を盗んだことで大人たちに折檻されて以来すさんだ性格になり、被差別部落の少女・徳子(紀比呂子)が強姦される事件があった際に、彼女と顔見知りであったことから警察に呼び出される。
 犯人の体にケロイドがあったという徳子の証言から、信夫は海塔新田に住む真犯人の真(岡倉俊彦)を突き止めて父親(宇野重吉)の前で自分の無実を訴え、更に、徳子の母親(北林谷栄)が信夫の手引きで真の家を訪ね父親と言い争いになるが、思わず被爆者を罵る言葉を吐いたため、海塔新田の住人たちから投石を浴び、投げつけられたトタン板の破片で喉を切られたのが致命傷となって死に、信夫も仲間を売ったとして海塔新田を追放され、逃げ込んだ徳子の部落でも敵として追われる―。        

 被爆者、被差別部落、朝鮮人という差別される側の3つの集団が互いに集団間で差別し合うという、極めてやるせない構図(それは、差別というものが醸成されるメカニズムを示唆しているとも言える)がリアルな出来事を通して描かれていて、この物語の語り部的存在である医師・宇南も、被差別部落の関係者であり、それだけではなく、妊娠させた朝鮮人の娘を自殺に追い込んだという過去があり、更には、原爆投下直後の長崎において父親を探して歩き回った経験から今も原爆症に怯えているという、3つの差別の要素の全てに関与しているというのが、この映画の重さを象徴しています(だからこそ、宇南は、この物語の「語り部」たり得るのかも知れないが)。

モデルとなった長崎県・崎戸の昭和44年頃の情景/映画「地の群れ」(1970)より

熊井啓監督「地の群れ」1.jpg熊井啓監督「地の群れ」2.jpg 鶏を食い殺した大量のネズミが炎でメラメラと焼かれていくタイトルバックはショッキングですが、映画の中での人間の所為は、そうした映像に符号してしまう残酷さを孕んでおり、とりわけ徳子の母親(北林谷栄)が石を投げつけられるシーンと、それを庇おうとする娘・徳子(紀比呂子)の悲痛な表情は、強く印象に残るものでした。

熊井啓.jpg 熊井啓(1930‐2007/享年77)監督が「黒部の太陽」('68年)の後、日活を辞めて独立系プロダクションで撮った作品で、製作に際して「黒部の太陽」が予算約4億円だったのに対し、この作品の予算は1千万円しかなかったとのこと。
 何れにせよ、「黒部の太陽」もこの「地の群れ」もDVD化されていないのが残念です(「黒部の太陽」は2013年にDVD化された)

地の群れ   (1970年).jpg 監督自らが発掘した紀比呂子は、周囲のベテラン演技陣に支えられながらも、その瑞々しい演技で注目を浴び、この作品出演後、テレビドラマ「アテンションプリーズ」の主役に抜擢されていますが、女優・三條美紀(黒澤明監督の「静かなる決闘」などに出演)の娘であり、役者の血は争えないといったところでしょうか(テレビドラマ「アテンションプリーズ」は'06年に上戸彩主演で36年ぶりにリメイクされた)。

熊井啓 日活DVD-BOX」(「帝銀事件 死刑囚」「日本列島」「愛する」「日本の黒い夏 冤罪」所収)

全身小説家.png この骨太と言っていい作品の原作は井上光晴(1926‐1992/享年66)の同名小説『地の群れ』。井上光晴は、安部公房(1924‐1993)、埴谷雄高(1909‐1997)らと並ぶ純文学作家で、「ゆきゆきて、神軍」の映画監督・原一男が癌に冒されたその晩年を取材したドキュメンタリー映画「全身小説家」('94年)でも知られています。

地の群れ 紀比呂子.jpg「地の群れ」●制作年:1970年●監督:熊井啓●製作:大塚和/高島幸夫●脚本:熊井啓/井上光晴●撮影:墨谷尚之●音楽:松村禎三●原作:井上光晴「地の群れ」●時間:127分●出演:鈴木瑞穂/寺田誠/紀比呂子/宇野重吉/松本典子/北林谷栄/奈良岡朋子/佐野浅夫/水原英子/小川吉信●公開:1970/01●配給:ATG●最初に観た場所:有楽町・日劇文化(80-07-01)(評価:★★★★★)●併日劇文化.jpg日劇文化入口.jpg映:「絞死刑」(大島渚)  
日劇文化劇場 1935年12月30日日劇ビル地下にオープン、1955年8月12日改装/ATG映画専門上映館)。日劇ビルの再開発による解体工事のため、1981(昭和56)年2月22日閉館。/「日本劇場」(左写真:「銀座百点」624号より(1980年当時))[右下「日劇文化劇場」地下入口]/「日劇文化劇場」地下入口(右写真:「音楽・映画・生活雑筆」より)
 

アテンションプリーズ1.jpgアテンションプリーズ2.jpg「ATTENTION PLEASE アテンションプリーズ」●演出:金谷稔/竹林進●制作:黒田正司●脚本: 竹林進/上條逸雄●音楽:三沢郷(作詞:岩谷時子)●出演: 紀比呂子/佐原健二/皆川妙子/范文雀/高橋厚子/関口昭子/黒沢のり子/麻衣ルリ子/山内賢/竜雷太/ナレーション:納谷悟朗●放映:1970/08~1971/03(全32回)●放送局:TBS
アテンションプリーズ主題歌:ザ・バーズ「アテンションプリーズ」(作詞:岩谷時子、作曲・編曲:三沢郷)

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敵討への思いもわかるが、これだけの犠牲を払ってまでもやる価値があるかどうかも考えさせられる。
吉村昭 「敵討」.jpg敵討』['01年]吉村昭 「敵討」 新潮文庫.jpg 『敵討 (新潮文庫)』['03年]吉村昭-歴史の記録者.png吉村昭---総特集 歴史の記録者 (文藝別冊)』['08年]

かたき討ち―復讐の作法.jpg 表題作「敵討(かたきうち)」と「最後の仇討(あだうち)」の中篇2編を収録しており、何れも実際にあった敵討に材を得ていますが、この本を知ったのは、歴史学者・氏家幹人氏が『かたき討ち-復讐の作法』('07年/中公新書)の中で、敵討というものの大変さを示す事例として紹介していたためです(江戸期、仇討には藩の許可と幕府への届出を要し、敵を追う間は脱藩して浪人になる)。

 「敵討」('00(平成12)年発表)は、伊予松山藩士の「熊倉伝十郎」が、自分の伯父を何者かに殺され、更にその仇を討とうと旅に出た父も返り討ちにあったと思われるがため、父と伯父の復讐をしようと敵を求めて自らも旅に出るという復讐劇で、24歳で伯父の被災を知り、25歳から諸国を巡ってやっと敵を探し当て、念願成就したのは彼が33歳のとき(8年越し!)。
 それでも伝十郎はまだ最後に敵を討てたから良かったものの、そのまま徒労に終わって、浪人のまま人生を棒に振ってしまう場合も少なくなかったようです。

 作者は歴史小説を指向する作家として、それまでは個人史的要素の大きい敵討は小説の素材として扱ってこなかったようですが、この敵討の敵役である「本庄茂平次」という男が、天保の改革をやった老中・水野忠邦に対する"抵抗勢力"の手先として暗躍・出世した人物らしいことを文献で知り、水野忠邦の失脚と復活(老中再任)という歴史の流れに合わせるかのように彼自身も浮沈したということに関心を持ったためのようです。
 伝十郎が茂平次を見つけた時、茂平次は沙汰待ちの囚われ人だったために伝十郎は手が出せなかったのですが、その状況で伝十郎がどう出るかというのが、当時の刑罰の実施スタイルと併せて大変興味深く読めました。

 「最後の仇討」('01(平成13)年発表)は、歴史の流れに翻弄されたという意味ではもっと極端で、主人公の「臼井六郎」が政争における父の対抗グループに両親を殺されたのが10歳の時で、その直後に大政奉還があり、六郎が父を直接手にかけた人物を突き止めたのが明治9年、19歳の時。敵である「一瀬直久」なる男は新政府での裁判所判事になっていたという...。
 しかしそれでも、その4年後に彼は復讐を果たすのですが(通算13年越し!!)、明治6年に既に「仇討禁止令」が発布されていて、この復讐事件は単たる殺人事件でしかないわけで、六郎は死罪に処せられる可能性さえある―。

 要するに、敵を討とうと思ったら仇討という"制度"は無くなっていて、それでも、仇討の精神的残滓はあったということでしょうか。
 こちらの敵討は、このタイトル通り「最後の仇討」として有名ですが、「敵討」の伝十郎が、敵をなかなか見つけられないでいる苛立ちを紛らわせるために行った遊郭で貰ってしまった病気で亡くなったのに比べると、「最後の仇討」の六郎は、後半生は商人として平穏に人生をまっとうしたようで、何となくホッとさせられました。

 敵討というのがいかに大変なものであったか。それに寄せる思いもわかるけれども、これだけの犠牲を払ってまでもやる価値があるかどうか―。

 【2003年文庫化[新潮文庫]】

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手軽に読め、面白くて興味深い「護持院原の敵討」と「安井夫人」。

護持院ヶ原の敵討 他二篇.jpg護持院原の敵討―他二篇 森鴎外著.png 『護持院原の敵討―他二篇 岩波文庫
(1933年岩波文庫/1996年改版)

 1833(天保4)年、姫路城主の江戸藩邸において、奉行・山本三右衛門が邸の小使に突然斬りつけられ、犯人は逃亡し三右衛門は絶命、三右衛門の息子・宇平とその姉りよは、叔父・九郎右衛門の助太刀を得、藩主からも敵討の許可を得るが、九郎右衛門は女は連れていけないとりよを諭し、男2人には犯人の顔を見知っている文吉という男が付き添う―。

 1913(大正2)年10月発表の表題作「護持院原(ごじいんがはら)の敵討」は「阿部一族」などと同じく鷗外の史実モノですが、文章も締まっていて且つ読み易くいものでした。
 その史実とは、1846(弘化3)年、神田護持院ヶ原で幕臣・井上伝兵衛と松山藩士・熊倉伝之丞の兄弟を殺害した本庄辰輔(茂平次)を、伝兵衛の剣術の弟子・小松典膳と伝之丞の子・伝十郎とが仇討を果たした事件ですだそうです(鷗外はかなり改変している?)。

 敵(かたき)を求めて江戸を発ち、北関東、甲信越から北陸、中部、近畿、中国四国、九州と巡る旅、大変だなあと(昔の人はよく歩いたものだ)。これ、長編小説の素材ではないかなと思いつつも、実際には文庫で50ページ程度であるため、読む側からすれば手軽に読めてしまうという逸品(?)。

 淡々とした記述の中にも鷗外の敵討に対する肯定、賛美の念が窺えますが、大願成就の場に居合わせたのは、九郎右衛門とりよと文吉で、肝心の宇平は途中でドロップアウトしてしまっており、"100%の美談"になっていない点が興味深いです(この部分は史実に近いらしい)。

 宮崎ケーブルTV 2003.03 放映
儒学者・息軒の残したもの-安井息軒」より
安井息軒1.jpg 併録2篇のうち「安井夫人」は江戸時代の大儒・安井仲平(息軒)の人生を辿ったもので、貧しい儒者の家に生まれ、幼少時から真面目な勉強家でありながらも、仲間から「猿が本を読む」と蔑まれるほどの不男(ぶおとこ)であるために、三十路を控えて嫁話が無かった彼に、それを気にした周囲が知人の姉妹のうち器量十人並みの姉の方に話を持ちかけるも、彼女にさえも、「仲平さんはえらい方だと思つてゐますが、御亭主にするのは嫌でございます」と冷たく断られたところ、何とその妹で「岡の小町」と言われるほどの評判の美人だった16歳のお佐代の方が、思いもかけず自らの意思で嫁に来たという...。

 結局2人は子も何人かもうけ、息子の夭折や貧しい暮らしぶりが続いたりしながらも、妻が夫を助ける良き夫婦であり、仲平は学者として後に幕府の要職にも登用されたりし、また陸奥宗光など多くの門下を育てます。

安井息軒.jpg 数え78歳まで生きた仲平に対しお佐代は51歳で亡くなり、仲平に"投資"した彼女がその分の回収をみないうちに亡くなってしまったともとれますが、鷗外はそうは解釈せず、常にお佐代は未来に望みを託しており、自分の死の不幸すら感じる余裕が無かったのではと、こちらは鷗外のお佐代に対する好感とその人生への肯定が、直截に表されています。

 仲平と役人仲間との会話で、
 「御新造様は學問をなさりましたか。」
 「いゝや。學問と云うほどのことはしてをりませぬ。」
 「して見ますと、御新造様の方が先生の學問以上の御見識でござりますな。」
 「なぜ。」
 「でもあれ程の美人でお出になつて、先生の夫人におなりなされた所を見ますと。」
 などといったのも、なかなか楽しい記述です。

 【1933年文庫化・1955年・1996年改版[岩波文庫]】

《読書MEMO》
●「護持院原の敵討」...1913(大正2)年10月発表★★★★
● 「安井夫人」...1914(大正3)年4月発表★★★★

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色々な形でこれまでの「宮部流」がミックスされている感じ。その分、既知感も。

宮部 みゆき 『おそろし』.jpg おそろし.jpg  おそろし 文庫.bmp 
おそろし 三島屋変調百物語事始』『おそろし 三島屋変調百物語事始 (角川文庫)【2012年文庫化[角川文庫]】

 江戸・神田三島町に店を構える袋物屋の三島屋。17歳のおちかは、その店の主人である叔父夫婦に理由があって預けられ、店で働いていたが、ある日、叔父・伊兵衛から、店の「黒白の間」でそこを訪れる客から「変わり百物語」を聞くよう言いつけられ、人々の不思議で怪しい話を聞いてゆく―。

ぼんくら.jpg 『ぼんくら』('00年/講談社)以来、現代物より時代物の方が面白いような気がする宮部氏ですが、相変わらず読みやすいなあ、この人の時代物。
 それでいて、人間の持つ心の闇や悔いても悔い切れない想い、更にはそこからの解き放ちを、時代風俗や市井の人々の人情を絡めて情感たっぷりに描いていて、依然、魅せる作家、飽きさせない作家の1人であることには違いないと、今回また思いました。

あかんべえ.jpg 個人的には第1話の「曼珠沙華」から結構惹きつけられましたが(これが最も新味があっ天狗風.jpgて完成度も高い)、「凶宅」「邪恋」「魔鏡」と読み進めていくうちに、この作品は、系譜的には『あかんべえ』('02年/PHP研究所)に近いかもと思うようになりました。
 但し、おちかの年齢が17歳というのは、その前の『震える岩』('93年/新人物往来社)と同じだなあと思ったりして、そして、最後の「家鳴り」に至って、同じく「霊験お初シリーズ」の『天狗風』('97年/新人物往来社)を想わせる面がありました。

 この最後の「家鳴り」で、それまでの話をインテグレイトしていて、但し、その持って行き方には、「なるほど」とか「やや荒唐無稽ではないか」などの賛否両論あるかも知れませんが、個人的には、もう「宮部流」ということで納得してしまっている部分もあるせいか、すんなり受け容れられました。

 ただただ話を並べていくだけという方法もあったかと思われますが、それらを束ねることで、重層的効果と言うか、物語に立体感が出たように思います(結果的に5話で一旦完結したかのようになったが、続編はあるのかな。「事始」とあるから、あるのかも)。

 いくつかの物語を1つの大きなストーリーに組み込んでいくというのは、その点においては『ぼんくら』の系譜であり、この1冊に色々な形でこれまでの「宮部流」がミックスされている感じ。
 安定感がある一方で、強いて難を言えば、状況設定こそ風変わりであるものの、「凶宅」以下の話は、何となく既知感のある展開のようにも思えたことでしょうか。

 【2010年ノベルズ版[新人物ノベルズ]/2012年文庫化[角川文庫]】

おそろし~三島屋変調百物語png.jpgNHK BSプレミアム「おそろし〜三島屋変調百物語」(2014年8月30日から9月27日まで全5回放送)。出演:波瑠/佐野史郎/かとうかず子/宮崎美子/麿赤兒

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