【1108】 ◎ 青山 光二 『吾妹子(わぎもこ)哀し (2003/06 新潮社) ★★★★☆

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認知症の妻を介護する高齢作家の日常と、蘇る60年以上前の昭和初期の青春ロマン。

0吾妹子哀し.jpg吾妹子哀し.jpg 吾妹子(わぎもこ)哀し 新潮文庫.jpg 青山光二.jpg
吾妹子哀し』['03年] 『吾妹子哀し (新潮文庫)』['06年] 青山 光二 (1913‐2008/享年95/略歴下記)

 短編「吾妹子哀し」は、アルツハイマー型認知症のため記憶を失いつつある妻を介護する89歳の作家の日常を、66年前の若き日の妻との愛の記憶を蘇らせつつ淡々と描いたもので、2003(平成15)年・第29回「川端康成文学賞」受賞作ですが、作者・青山光二は1913年生まれで受賞時は90歳であり、この賞の受賞者では歴代最高齢であるとのこと。

 主人公の若き日の恋愛の真剣さが伝わってきて、かつて彼女(妻)を守って銃口の前に立てるかと自問し、「今また銃口の前に立っている。銃にこめられた弾丸はアルツハイマー型痴呆症だ」という作家の覚悟は、愛には責任が伴うという作家固有の精神性(信条)に裏打ちされているようですが、まさに究極の夫婦愛を描いたものと言えるかと思います。

 妻の失禁や徘徊に手を焼く様子を軽いユーモアを交えて描く一方、2人の間で交わされる"お医者さんごっこ"のようなセックスなども赤裸々に描かれていて、こうした事柄が何れも実体験に基づかなければ描けないものばかりであるだけに、認知症者の心の在処(ありか)や認知症者と共に歩むということはどういうことかを探るうえでも、考えさせられる面が多かったです。

 川端賞受賞後に書き下ろした併録の「無限回廊」は、妻との最後の旅行となると思われる神戸への墓参を話の枠組み(現在)として、その中で、昭和初期の妻との恋愛と結婚の成就(過去)が描かれていますが、これが意外と結構ドタバタ劇で、読んでいて面白かったです。

 三高→東大とインテリコースを歩みながらも無頼な生活を送る主人公は、経済的基盤の無い学生の身分のまま現在の妻との恋愛に陥りますが、一方で、押しかけ女房みたいな女性に翻弄され、その女性と愛の無い同棲生活みたいなことになっていて、しかもその女性がわざわざ本命の彼女のもとへ出向いて、今の関係を"ありのまま"喋ってしまうという―。

 こうした主人公の窮地を救うべく、同じく無頼の学友たちも奔走し、こうして読むと、旧制高校の掛値無しの友情もいいなあと。
 任侠小説で名を馳せた作者ですが(この作品もエンターテインメントとしても読める)、そうしたもののベースに、こうした無頼気質というか、男性同士の繋がりの世界が体験的にあるのかも。

 しかし、90歳にして凄い記憶力だなあと―。昭和初期の風俗や若者群像みたいなものが精緻かつ鮮烈に描かれています。
 一方で、ホテルに泊まりながら、ホテル内を徘徊する妻を連れ戻し、妻のオムツを換える今の自分があり、「吾妹子哀し」もそうですが、"青春のロマン"と"老年の現実"が妻という同一人物を介して1つの物語の中に納まっているという感じで、読んでいて、時間って何だろうとか、ちょっと哲学的に考えさせられたりもして。

認知症とは何か.jpg小澤 勲.jpg 「吾妹子哀し」という作品を知ったのは、「痴呆の世界」を探り続け、ガン宣告を受けながらも認知症問題について精力的に啓蒙活動をした京都の精神科医・小澤勲氏の著書『認知症とは何か』('05年/岩波新書)で紹介されていたからで、青山光二氏は昨年('08年)10月29日に95歳で逝去しましたが、小澤医師も翌月19日に肺がんのため70歳で亡くなっており、共にご冥福をお祈りしたい想いです。
小澤 勲 『認知症とは何か (岩波新書)』 ['05年]

 【2006年文庫化[新潮文庫]】
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青山光二 (あおやま・こうじ)
1913(大正2)年、神戸市生れ。東京大学文学部卒。旧制三高在学中から小説を書きはじめ、東大在学中の1935(昭和10)年、同人誌「海風」を創刊する。織田作之助、太宰治ら無頼派作家と厚い友誼を結んだ。戦後は「近代文学」等に拠って創作活動をつづけ、任侠小説の分野で新境地をひらいた。1980年『闘いの構図』で平林たい子文学賞受賞、2003(平成15)年「吾妹子哀し」で川端康成文学賞を受賞。主な作品に『修羅の人』『竹生島心中』『われらが風狂の師』『母なる海の声』『美よ永遠に』などがある。2008年10月没。

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