【1036】 ○ 葉山 嘉樹 『セメント樽の中の手紙』 (2008/09 角川文庫) 《「セメント樽の中の手紙」―『教科書で読む名作 セメント樽の中の手紙ほかプロレタリア文学』 (2017/03 ちくま文庫)》★★★☆

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「ホラー・メルヘン」みたいな感じ。時代が違えばホラー作家になっていたかも。

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  葉山嘉樹.jpg  セメント樽の中の手紙2.jpgセメント樽の中の手紙1.jpg
葉山嘉樹 (1894‐1945/享年51)/「DS文学全集」('07年/任天堂)
セメント樽の中の手紙 (角川文庫)』 ['08年]
葉山嘉樹短篇集 (岩波文庫) 』['21年]/『教科書で読む名作 セメント樽の中の手紙ほかプロレタリア文学 (ちくま文庫)』['17年]
葉山嘉樹短篇集 (岩波文庫).jpg『セメント樽の中の手紙ほかプロレタリア文学』.jpg 表題作は、1926(大正15)年1月にプロレタリア文芸誌「文芸戦線」に発表されたもので、「DS文学全集」('07年/任天堂)にも収められていますが、まさかこの作品が、この表題での文庫で読めるとは思いませんでした。やはり、昨今の世の中を反映して、「ワーキングプア問題」→「『蟹工船』(小林多喜二)ブーム」→「プロレタリア文学」という流れできているのか。

 彼がセメント製造の機械に巻き込まれ、形が無くなってしまったから、その愛人の彼女はそのセメントがどこで使われるか知りたいと思い、彼の血と骨の混ざったセメントの樽に手紙を入れ、セメント樽を空けた人に連絡してくれるよう書き記す―。

 資本主義の生産機構の人間蔑視を巧みに象徴化させていますが、実際に、葉山嘉樹(1894‐1945)は、名古屋のセメント工場勤務時代に、職工が防塵室に落ちて死亡した事故を契機に労働組合の結成を図り、そのセメント会社を首になっています(1921年)。

映画『ある女工記』.jpg映画『ある女工記』2.jpg とは言え、こうした形で作品化されると、何となく、「ホラー・メルヘン」みたいな感じになっているような気がしないでもなく、続く「淫売婦」なども、作り話っぽさが抜けきれないように思えました(「淫売婦」は2018年、児玉公広監督、「ある女工記」として映画化され、コルカタ国際短編映画祭特別賞、ニース国際映画祭主要5部門ノミネートなど国際映画祭で高い評価を得ている)

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 他に角川文庫に同録されている「労働者の居ない船」「牢獄の半日」「集浚渫船」などを読み進むにつれその傾向は強く感じられ、「死屍を食う男」などは、完全にホラー小説。中村光夫によれば、葉山嘉樹は新時代を代表する社会主義の使徒として文壇に迎えられましたが、その私生活は、どんな破滅型芸術家にも劣らぬほど「デーモニッシュ」であったとのこと(中村光夫『日本の現代小説』('68年/岩波新書))、時代が違えばホラー作家になっていたかも。

 「志賀直哉」一辺倒だった文学青年・小林多喜二が、プロレタリア文学へ大きく方向転換するほどに影響を受けた作家ですが、これに続いた多くのプロレタリア文学作家で、今もなお読まれているのが、ブルジョア作家「志賀直哉」を創作の師とした小林多喜二のみであることは皮肉なことです。

 一方の葉山嘉樹は、プロレタリア作家として小林多喜二の次に名前の挙がる作家の1人ですが、代表作と言えるのは、この「セメント樽の中の手紙」くらいしかないのでは(平野謙にその観念性を批判された長編「海に生くる人々」などもあるが)。

 「セメント樽の中の手紙」は文庫本で僅か5ページ強しかなく、国語の教科書にも収められたことがありますが、セメント樽を空けて手紙を見つけた男が、酒をあおるだけで何もアクションを起こさないところで終わっているのが却って余韻があっていいように思えます(学校でわざわざ「その時男はどう思ったのか」みたいな「読み方指導」などしない方がいいような気がする)。個人的には、抑制が効いた表題作だけ星4つで、あとの作品は星3つから3つ半かな。

木版漫画 「セメント樽の中の手紙01.jpg木版漫画 「セメント樽の中の手紙02.jpg 藤宮史 版画  「木版漫画 セメント樽の中の手紙」(原作:葉山嘉樹)[黒猫堂出版]

【2008年文庫化[角川文庫(『セメント樽の中の手紙』)]/2017年再文庫化[ちくま文庫(『教科書で読む名作 セメント樽の中の手紙ほかプロレタリア文学』)]/2021年再文庫化[岩波文庫(『葉山嘉樹短篇集』)]】

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