【1029】 ○ アーネスト・ヘミングウェイ (金原瑞人:訳) 『武器よさらば (上・下)』 (2007/08 光文社古典新訳文庫) ★★★☆ (○ (大久保康雄:訳) 『武器よさらば (1955/03 新潮文庫) ★★★★)

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金原瑞人の翻訳も悪くはないが、個人的には旧訳(大久保康雄)の方が好み。

武器よさらば 6.JPG武器よさらば (新潮文庫).jpg 武器よさらば(上).gif 武器よさらば(下).gif 『武器よさらば(上) (光文社古典新訳文庫)』『武器よさらば(下) (光文社古典新訳文庫)
武器よさらば (1955年) (新潮文庫)』(カバー画:向井潤吉)

 1929年に発表されたヘミングウェイの小説で、米国人イタリア兵フレデリック・ヘンリーと英国人看護婦キャサリン・バークレイとの恋を描いた小説(恋人をボートに乗せて湖を渡りスイスに逃れるなんて、かなりロマンチック)であるとともに、第一次世界大戦を背景にした戦争文学(閉塞状況のイタリア戦線が描かれている)として、同年に発表されたレマルクの『西部戦線異状なし』と並ぶものとされています。

武器よさらば 映画パンフ (1960年リバイバル公開時).jpg また、ロック・ハドソン、ジェニファー・ジョーンズ主演の映画化作品('57年/米)も、へミングウェイ原作のものでは、ゲーリー・クーパーとイングリッド・バーグマンの「誰が為に鐘は鳴る」('43年/米)ほどではないですがよく知られています(ゲーリー・クーパーは『武器よさらば』を原作とする「戦場よさらば」('32年、DVDタイトル「武器よさらば」)にも主演で出ている)。

ロック・ハドソン版「武器よさらば」('57年/米)映画パンフ(1960年リバイバル公開時)

 以前に読んだのは大久保康雄(1905‐1987/享年81)訳の新潮文庫のもの(向井潤吉のカバー画が何となく「風と共に去りぬ」みたいな感じなのだが...)で、ここのところ高見浩氏の新訳でヘミングウェイ作品を何冊か読んだので、この作品も高見訳で新潮文庫にあるものの、今度は、この20年間余りで300作以上もの翻訳をこなしてきているという金原瑞人氏の訳で読んでみました。そうしたら、金原訳、読みやすいことには読みやすいけれど、う〜ん、『武器よさらば』って、こんな文字がスカスカな感じだったかなあ。でも、今の若い読者には、この方が受け入れるのかもしれないけれど。

「翻訳文学のいま」金原瑞人氏・角田光代氏.jpg 作家の角田光代氏が金原瑞人氏との公開対談(21世紀活字文化プロジェクト・新!読書生活「翻訳文学のいま」)で、「大久保訳、高見訳とも主人公の一人称が〈ぼく〉であるのに、金原訳では〈おれ〉だったので、すごく印象的だった」と述べていましたが、金原瑞人氏は、俗で荒っぽい軍隊の中にいる主人公が〈ぼく〉では違和感があったため〈おれ〉にしたとのこと。続けて言うには、「ところが困ったことがあって、第1次世界大戦当時はある意味田舎だったアメリカ人の主人公が、世界に冠たる大英帝国の女性に恋をする。〈おれ〉とは言わないだろうなと。結局、この女性に対する時だけは主語はすべて削ってしまった」とのことです。

 なるほど、全体にハードボイルドな雰囲気で、一方、恋人同士の会話部分は、主語(〈おれ〉)及び「〜と言った」などという記述部分が略されていて、映画の字幕を読んでいるような感じも。

 角田光代氏に異議を唱えるわけではないですが、大久保康雄訳は、記述部分における一人称は〈私〉、会話部分では、軍隊仲間の間では〈おれ〉、初めて会う人には〈私〉、女性に対しては〈ぼく〉と使い分けていて、こうした使い分けは普通に行われるものであることからすれば、こっちの方がむしろ自然ではないだろうかという気も。軍隊言葉にちょっと古風な訳があったり、主人公の恋人の名前が「キャザリン」と濁っていたりしますが、個人的には大久保康雄訳の方が好きです。

『武器よさらば』_7843.JPG 翻訳の話になってしまいましたが、大久保康雄訳の新潮文庫解説では、主人公の軍隊からの離脱を、戦争一般とそこに生きる人々を支える抽象的大義を捨てた「単独講和」であるという捉え方をしていて、主人公は状況一般の中に生きる目的を発見する代わりに、血肉をそなえたただ一人の現実の人間を選んだのだとあります。

 金原瑞人訳も悪くないですが、やはり、大久保康雄訳の方が、こうした解釈に相応しい格調を備えているし、情感の描出でも優れているような気がします。あくまでも好みの問題ですが。

 【1955年文庫化[新潮文庫(大久保康雄:訳)]/1957年再文庫化[岩波文庫(上・下)]/1957年再文庫化[角川文庫]/1978年再文庫化[旺文社文庫]/2006再文庫化[新潮文庫(高見浩:訳)]/2007年再文庫化[光文社古典新訳文庫(上・下)(金原瑞人:訳)]】

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