【1019】 ○ ヴィクトル・ユーゴー (豊島与志雄:訳) 『死刑囚最後の日 (1950/01 岩波文庫) ★★★☆

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死刑制度の非道・不合理を訴えた「序」の方が、ストレートに響いた気もする。

死刑囚最後の日』.jpg死刑囚最後の日.gif 「死刑囚最後の日」.jpg 死刑囚最後の日 (光文社古典新訳文庫 ).jpg Victor Hugo.jpg
死刑囚最後の日 (岩波文庫 赤 531-8)』['82年改版]/ 電子書籍版 (グーテンベルク21/斎藤正直:訳)/死刑囚最後の日 (光文社古典新訳文庫 Aユ 1-1)』['18年](小倉孝誠:訳)/Victor Hugo(1802-1885)

LE DERNIER JOUR D'UN CONDAMNE.jpg 1829年2月に"著者名無し"で刊行されたヴィクトル・ユーゴー(1802-1885)の小説で、ある男が死刑判決を受け、それが執行されるまでの心境を、男の告白という形式でドキュメンタリー風に綴ったもの。文庫で170ページほどの薄い本ですが、内容はテーマ通りに重いものです。
 裁判の時は、男は弁護士が求めた終身刑になるぐらいなら死刑の方がマシだと考えていたのが、死刑執行が迫るにつれ終身刑でもいいからと赦免を望むようになり、ギロチン刑による処刑の直前には、僅か5分間の執行猶予さえ求めるようになる―。

 当時の監獄や徒刑囚、死刑執行の様子などがよくわかりますが、留置されている場所からパリ市中を通ってグレーブの刑場へ行き、そこで公開処刑されるというのは、日本の江戸時代の市中引き回しと似ていると思いました。

"Le dernier jour d'un condamné"

The Last Day of a Condemned Man.jpg 監獄で鎖に繋がれながらもインキと紙とペンを与えられ、それにより自らの精神的苦悶を記したという設定ですが、表題通り、処刑当日の朝から午後4時の執行までの男の心境が作品の大部を占め、この部分は「手記」としてではなく、小説としての「独白」でしか成立し得ないわけで、この点がちょっと引っ掛かりました。

 娘や家族との最後の別れに絶望したりしながらも、全体のトーンとしては、意外と男が冷静に周囲を観察し、また周囲の人と話しているような気がして、こんなに冷静でいられるものかなあとも(自分が、今日の夕方にはこの世からいなくなるということが実感できないでいる様子ともとれるが)。

 但し、この作品以前には、こうした死刑囚の心理に深く触れた文学というのは無かったわけで、ドストエフスキーなどもこの作品を自らの創作の参考にしたらしいです(尤も、ドストエフスキー自身が死刑宣告を受け、執行の直前までいった経験の持ち主だったわけだが)。

The Last Day of a Condemned Man

 ヴィクトル・ユーゴーはこの作品の執筆当時26歳で、この時既にロマン派の詩人・作家としての名声を得ていましたが、この作品には死刑廃止論(死刑慎重論)という彼の政治的・社会的思想が込められており、但し、その考え方が世論に受け入れられるかどうかを見るために、「文学」という形式をとり、且つ匿名で発表したとのこと。

 世評の支持を得たとして、本編刊行の3年後に、実名を公表して添えた長めの序文(本編の後に付されている)の方は、死刑執行の残虐さ・非道を事例でリアルに伝える一方で、「社会共同体からの排除」「社会的復讐」「見せしめ・訓育」などの死刑制度擁護論の論拠を理路整然と論破し、死刑制度の不合理を「切実」且つ「現実論的」に訴える政治・社会評論になっていて、こちらの方がむしろ個人的にはストレートに胸と頭に響きました。

 "現実論的"部分で興味深かったのは、「まず確信犯の死刑から廃止せよ」と段階的廃止を主張している点などです。現在の日本でも「連続企業爆破事件」「連合赤軍事件」「オウム真理教事件」の死刑囚は'08年現在、誰も死刑が執行されていないという実態はありますが...(日本政府はユーゴーの考え方に沿っているのか?)。(●「オウム真理教事件」の死刑囚は、2018(平成30)年7月6日に麻原元死刑囚をはじめ7人、26日に6人の計13人の刑が執行された。翌2019年5月1日、元号が平成から令和へと改元。)

宣告1.jpg 凶悪犯罪が目立つ昨今、死刑容認論が大勢を占めるようですが、このユーゴーの「序」と加賀乙彦『宣告』を読むと、かなりの人が死刑廃止論に傾くような気がするけれども、どうでしょうか。

加賀乙彦 『宣告 (上・中・下) (新潮文庫)』 


 【1950年文庫化・1982年改版[岩波文庫]/1971年再文庫化[潮文庫]/2018年再文庫化[光文社古典新訳文庫]】

《読書MEMO》
●「序」より
「死刑を廃止せよというのではなく、慎重に論議すべきである。すくなとも裁判官が陪審らに『被告は情熱によって行動したかまたは私欲によって行動したか』という問いかけをすることにし、『被告は情熱によって行動した』と陪審員らが答える場合には、死刑に処することのないようにしたい」

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