【998】 ○ 堤 未果 『ルポ貧困大国アメリカ (2008/01 岩波新書) ★★★★

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新自由主義政策の弊害を「民営化」という視点で。前半のリアルな着眼点と、後半のアプリオリな視座。

ルポ貧困大国アメリカ.jpg ルポ 貧困大国アメリカ.jpg 『ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版 1112)』 ['08年]

 '08(平成20)年度・第56回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作で、'08年上期のベストセラーとなった本('09(平成21)年度・第2回「新書大賞」も受賞)。

obesity_poverty.jpg 前半、第1章で、なぜアメリカの貧困児童に「肥満」児が多いかという問題を取材していて、公立小学校の給食のメニューが出ていますが、これは肥って当然だなあと言う中身。貧困地域ほど学校給食の普及率は高いとのことで、これを供給しているのは巨大ファーストフード・チェーンであり、同じく成人に関しても、貧困家庭へ配給される「フードスタンプ」はマクドナルドの食事チケットであったりして、結果として、肥満の人が州人口に占める比率が高いのは、ルイジアナ、ミシシッピなど低所得者の多い州ということになっているらしいです。

Illustration from geographyalltheway.com

 第3章で取り上げている「医療」の問題も切実で、国民の4人に1人は医療保険に加入しておらず、加えて病院は効率化経営を推し進めており、妊婦が出産したその日に退院させられるようなことが恒常化しているとのこと、こうした状況の背後には、巨大病院チェーンによる医療ビジネスの寡占化があるようです。

 中盤、第4章では、若者の進路が産業構造の変化や経済的事情で狭められている傾向にあることを取り上げていて、ここにつけ込んでいるのが国防総省のリクルーター活動であり、兵役との引き換え条件での学費補助や、第2章で取り上げている「移民」問題とも関係しますが、兵役との交換条件で(それがあれば就職に有利となる)選挙権を不法移民に与えるといったことが行われているとのこと。

 本書執筆のきっかけとなったのは、こうした学費補助の約束などが実態はかなりいい加減なものであることに対する著者の憤りからのようで、後半では、貧困労働者を殆ど詐欺まがいのような勧誘で雇い入れ、「民間人」として戦場に送り込む人材派遣会社のやり口の実態と、実際にイラクに行かされ放射能に汚染されて白血病になったトラック運転手の事例が描かれています。

 全体を通して、9.11以降アメリカ政府が推し進める「新自由主義政策」が生んだ弊害を、「民営化」というキーワードで捉え、ワーキングプアが「民営化された戦争」を支えているという第5章の結論へと導いているようですが、後半にいけばいくほど著者の(「岩波」の)リベラルなイデオロギーが強く出ていて(「あとがき」は特に)、「だから米国政府にとっては、格差社会である方が好都合なのだ」的な決めつけも感じられるのがやや気になりました(本書にある「世界個人情報機関」の職員の言葉がまさにそうであり、こうした見方さえ"結果論"的には成り立つという意味では、そのこと自体を個人的に否定はしないが)。

 著者は9.11テロ遭遇を転機にジャーナリストに転じた人ですが、本書が「○○ジャーナリスト賞」とか「○○ノンフィクション賞」とかでなく(まだこれから受賞する可能性もあるが)、その前に「エッセイスト・クラブ賞」を得たのは、文章の読み易さだけでなく、前半のリアルな着眼点と、後半のアプリオリな視座によるためではないかと。

《読書MEMO》
●「世界個人情報機関」スタッフ、パメラ・ディクソンの言葉
「もはや徴兵制など必要ないのです」「政府は格差を拡大する政策を次々に打ち出すだけでいいのです。経済的に追いつめられた国民は、黙っていてもイデオロギーのためではなく生活苦から戦争に行ってくれますから。ある者は兵士として、またある者は戦争請負会社の派遣社員として、巨大な利益を生み出す戦争ビジネスを支えてくれるのです。大企業は潤い、政府の中枢にいる人間たちをその資金力でバックアップする。これは国境を超えた巨大なゲームなのです」(177-178p)

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