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項羽・劉邦よりずっと偉かった田王。歴史上の人物に対して様々な評価ができることを示す。
『香乱記〈上〉』『香乱記〈中〉』『香乱記〈下〉』['04年]
秦王朝末期、戦国時代の斉王・田氏の末裔である田儋(でんたん)・田栄・田王の3兄弟は、偶然助けた高名な人相見・許負から「3人とも将来王になる」と予言される―。
始皇帝の病没から陳勝呉広の乱を経て楚漢戦争(項羽と劉邦の争い)にかけての時代に、斉国の再建に命を賭け、不屈の反骨精神をもって秦にも項羽・劉邦の何れにも与せず義に生きた、斉の田王を主人公とした長編小説。
前半は田氏3兄弟と主従の堅い結束が快く、田王はいったんは始皇帝の太子・扶蘇の客となりますが、始皇帝没後の権力抗争で台頭した宦官・趙高の陰謀により扶蘇は自害させられ、暗愚な二世皇帝の暴政により中国全土に戦乱の嵐が吹き荒れる―、中盤は、こうした王朝の崩壊過程と、各地での諸王の抗争が中心に描かれています。
強大な中央集権国家が、愚帝と利己的な権力者によりまたたく間に衰亡していく様や、各地の群雄割拠ぶりは読んでいて面白く、また示唆するものも多いですが、そちら方の記述に追われて、その分田王の人柄などの描き方はやや浅くなったかなあと思いました。
しかし後半、「人を殺し続けて」台頭する項羽と劉邦に対し、それらの抵抗勢力として「人を生かし続けて」屹立する田王の生き様が、再びくっきり描かれるようになり、蘭林・岸当・展成・保衣といった様々経歴を持つ配下の異能ぶり・活躍ぶりも光っていて、彼らの田王への傾倒を通して、田王のリーダーシップと、名宰相・管仲にも匹敵する民心を集める求心力を窺い知ることができました。
特徴的なのは、劉邦を、項羽と同じく残忍で、あるいは項羽以上に狡猾な人物として描いていることで、田王への贔屓の引き倒しではないかとみる人もいるかも知れませんが、漢の高祖となった劉邦の評価が後世に増幅された可能性を考えると、劉邦は秦都・咸陽を無血開城したから殺戮者として咸陽に乗り込んだ項羽より偉かった、というような単純なものでもないのでしょう。
「背水の陣」で知られる韓信などの評価も低く、それらは著者なりの確信があってのものでしょうが、歴史上の人物に対して様々な見方ができることを示した物語でもあると思いました。
作者は、本書刊行の'04年に第52回「菊池寛」賞を受賞しています。
【2006年文庫化[新潮文庫(全4巻)]】