【977】 ○ 江川 卓 『ドストエフスキー (1984/12 岩波新書) ★★★★

「●ドストエフスキー」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【978】 中村 健之介 『ドストエフスキーのおもしろさ
「●岩波新書」の インデックッスへ

ドストエフスキーが小説で使用する言葉の二重性・多義性を徹底分析。

ドストエフスキー 江川卓.gifドストエフスキー (岩波新書)』['84年] 謎解き「罪と罰」2.jpg謎とき『罪と罰』 (新潮選書)』['86年]

罪と罰.jpg 法学部出身、独学でロシア語を学び(但し、父親はロシア文学者、ロシアの収容所で亡くなっている)ドストエフスキー作品の第一級の翻訳者になったという江川卓(えがわ・たく、1927- 2001)の名が、ロシア文学者として一般に広く知られるようになったのは、'87年に読売文学書賞を受賞した『謎とき「罪と罰」』('86年/新潮選書)によると思われますが、優れた翻訳者ならではの独特の分析は、作品そのものがよりミステリアスな『カラマーゾフの兄弟』を論じた『謎とき「カラマーゾフの兄弟」』('91年/新潮選書)や、更に『謎とき「白痴」』('94年/新潮選書)でも遺憾なく発揮されています。
『罪と罰』(江川卓・訳)

 但し、これらに見られる作品構成の重層的な分析、或いは、ドストエフスキーが用いた言葉や登場人物のネーミングなどの持つ二重性・多義性の分析は、'84年に刊行された本書で既にある程度されていて、当時としては画期的だったと思われるのですが、タイトルが単なる"入門書"や"評伝"のような印象を一般に与えたのか、この時は、研究者の間ではともかく、巷では一部においてしか話題にならなかったようです。

カラマーゾフの兄弟.jpg 「カラマーゾフ」で言えば、"カラマーゾフ"の意味が「黒く塗る」であるといったような興味深い指摘から、アリョーシャが皇帝暗殺者になるというこの作品の続編の構想の推察まで、後に「謎とき」で述べられることは既に本書で触れられているわけですが、「謎とき」シリーズが3作品に関するもので終わったのに対し、本書では、『貧しき人びと』『悪霊』などその他の作品についても触れられていて、それらについても「謎とき」の手法が展開されているのが注目されます。
『カラマーゾフの兄弟』(原卓也・訳)

 個人的に特に興味深かったのは、初期の"ゴーゴリ的"ヒューマンな作品とされている『貧しき人びと』の中で、主人公である小官吏マカール・ジェーヴシキンに、ゴーゴリの『外套』に対しては、「ワーレンカ(主人公に本を送った薄幸の少女の名)。まるでもうインチキです」と憤慨させ、プーシキンの『駅長』に対しては、貧しき人びと.jpgジェーヴシキン自身の"誤読"に基づく好感を抱かせていることを指し、これはこの2人の作家の限界を示しているものだとしていることで、主人公に文学評論させるという「メタ文学」的手法を使って、自分は既に処女作においてゴーゴリもプーシキンも超えたとしている(より高次のヒューマンな世界に作品を導いている)という自負が見られると指摘している点には、ナルホドなあと。
『貧しき人びと 』(木村浩・訳)

 本書全体としては、やはり、ドストエフスキーが用いた言葉の持つ二重性・多義性についての専門家としての分析が優れていますが、作品世界の背後にある、当時の異端や分派も含めた宗教世界についても、専門的な知識を駆使した分析に基づいて、作家や作品に与えた影響が縦横に語られており、(「謎とき」もそうだが)タイトルから受ける"入門書"のイメージを、いい意味で大きく"逸脱"したものとなっています。

About this Entry

This page contains a single entry by wada published on 2008年8月27日 22:24.

【976】 ○ 加賀 乙彦 『ドストエフスキイ』 (1973/01 中公新書) ★★★★ was the previous entry in this blog.

【978】 ○ 中村 健之介 『ドストエフスキーのおもしろさ―ことば・作品・生涯』 (1988/03 岩波ジュニア新書) ★★★☆ is the next entry in this blog.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1