【972】 ○ 田中 幹人 『iPS細胞 ヒトはどこまで再生できるか? (2008/05 日本実業出版社) ★★★★

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解説、ドキュメントともいい。日本は"名(ノーベル賞)を取り、実を失う"可能性が高いと指摘。

iPS細胞ヒトはどこまで再生できるか?.jpg 『iPS細胞 ヒトはどこまで再生できるか?』['08年] iPS細胞ができた!.jpgiPS細胞ができた!―ひろがる人類の夢』['08年]

ヒトiPS細胞の作製.jpg 先に読んだ山中教授と畑中正一・京大名誉教授の対談『iPS細胞ができた!-ひろがる人類の夢』('08年/集英社)が、"iPS入門"としては物足りなかったのに対し、本書は複数のサイエンス・ライターによって書かれたもので、ヒトiPS細胞とはいったい何か、iPS細胞ES細胞の違いは何かといったことが、冒頭で、主に、「DNAの初期化」という概念、及び「ジェネティックス(遺伝学)」と「エピジェネティックス(後成遺伝学)」の概念対比を用いて、比較的わかり易く解説されているように思えました。

 クローンには、「受精卵クローン」と「体細胞クローン」の2種類があることは知っていましたが、未受精卵の不思議な力を使って体細胞を「初期化」することで作る「クローンES細胞」は後者に該当する、但し、これとて、「本来生まれるはずの命を奪い、代わりに患者の細胞を作らせる」という点では「受精卵クローン」同様に倫理上の問題を孕んでいるわけで、これに対し、iPS細胞は、「エピジェネティックスなDNAの初期化を、人工的に行う」ことによって、この問題をクリアしたものであるとのこと。

from JST(科学技術振興機構)

 第2章では、ヒトiPS細胞の誕生までの道のりが時系列で辿られていて、その中で、iPS細胞についての更に突っ込んだ解説もなされており、一般向けにしては少し難しく感じられるところもあったぐらい(発表時に学会とマスコミで温度差があったのも、このわかりにくさのためか?)。
  
 ただ、研究開発にむけてのドキュメントは読んで面白く、また、直接、山中教授にも取材していて、「アップル社の音楽プレーヤー」を意識したネーミングであるとかいった面白い裏話も聞きだしています。

 第3章で、ヒトiPS細胞が再生医療にもたらす可能性を、比較的現実的に探っていますが、最も気になったのはiPS研究を取り巻く問題点や課題が書かれている第4章で、とりわけ、科学研究者をがんじがらめにしている日本の官僚制度の問題点を指摘しています(研究助成金の決定方法などは、どうしようもなく"お役所"的!)。

 本書によれば、「日本の省庁には長期的な研究戦略がない」とのことで、実際、本書刊行後の'08年7月に出された、政府の総合科学技術会議という作業部会が半年もかかってまとめた研究推進策というのが、現実の後追いに過ぎず、何の戦略性も無いということで非難を浴びています。

 山中氏の研究成果を追う海外勢(各国政府・医薬品メーカー・科学者)の勢いには凄まじいものがあり、このままだと、「山中はノーベル賞をとるかもしれないが、実際に再生医療がもたらす利益の多くはアメリカが持っていくことになりそう」、「日本は"名を取り、実を失う"可能性が高い」と本書にもあります。

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