【970】 ○ 王 雲海 『日本の刑罰は重いか軽いか (2008/04 集英社新書) ★★★★

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「重くはない」ことが、必ずしも「軽い」ということにはならない。刑罰の背景にある社会特質。

日本の刑罰は重いか軽いか.jpg日本の刑罰は重いか軽いか.jpg   王 雲海.jpg 王 雲海 氏
日本の刑罰は重いか軽いか (集英社新書 438B)』['08年]

法廷.png 中国・米国・日本の刑罰制度を比較しており、冒頭、刑罰とは何か、なぜこの3国の制度を比較するのかなど、やや理屈っぽく感じられましたが、タイトルに呼応する、第3章の「日本の刑罰は重いのか」、第4章の「日本の刑罰は軽いのか」にきて、ぐっと興味を引かれました。

 経済犯罪について、米国の会社経営者の場合は終身刑の宣告もあり得て、中国だと死刑もあるのに対し、執行猶予付きで済むのが日本の経営陣(インサイダー取引きなども同様)、薬物犯罪だと、アヘン戦争の苦い経験を持つ中国は非常に厳しく、売買を仲介しただけで死刑になることもあり、米国も終身刑を辞さないが、日本は普通の刑罰で済んでしまう―こうして見ると、「日本の刑罰は軽い」ということになりそうですが、確かに「重くはない」が、「軽い」ということには必ずしもならないようです。

 と言うのは、軽犯罪については、中国法では「小さなこと」を相手にしないとのことで、刑法の中で犯罪として定められているのはあくまで「大きなこと」だけ。これに対し、小さなことも漏らさず網羅するのが日本法で、条例レベルだと、迷惑防止条例などがその例。一方、米国は、小さなことに関心を払ったり払わなかったり、時期や地域、事柄によってムラがあるそうです(米国が発祥のストーカー規制法やセクハラ規制法も、州によって設けていない州もある)。

 米国は、死刑適用だけでなく法執行全般に偶然さが伴う、所謂「撒餌式」の法執行で(「FOXクライムチャンネル」で婦人警官が売春婦に変装して男性を検挙しているのを放映していたけれど、ああした"囮捜査"などは「撒餌式」の典型。本書によれば、人件費のかかる割には効果が得られてないらしい)、一方、中国は「キャンペーン式」、一定の期間や地域において特定の犯罪に厳罰が適用されるということで、まるで、「交通安全強化月間」みたいだなあと(但し、たまたまその時期に引っかかると、死刑になったりするから怖い)。これに対し、日本は犯罪の適用が広範な、言わば「魚網式」の法執行であり、そういう意味では、日本の刑罰は決して「軽い」とは言えないと著者は言っています。

 結局、刑罰の背景にはそれぞれの社会特質があり、「権力社会」中国、「法律社会」米国、「文化社会」日本、という著者の分析は、スンナリ腑に落ちる結論でした。

 中国の人民陪審員として、死刑判決を言い渡された被告の様や、銃弾で脳の飛び散った処刑後の姿に立会い(中国は世界の死刑執行の8割を占めると言われる)、裁判官志望から法学研究者に進路を転じたという著者の述懐には、死刑制度について考えさえられる点もありました。

《読書MEMO》
●米国の刑事事件は90%が司法取引で処理され、公式な裁判にはならない。残り10%のうち、約5%は裁判官による裁判で審理され、陪審による裁判になる刑事事件はせいぜい約5%程度(86p)
●中国の死刑罪名の約半分は、経済や金銭のための死刑罪名(97p)
●今の日本では、国民の8割近くが死刑の存置に賛成しているが、これほど高い死刑支持率を保っているのは、日本の死刑執行は(中略)極めて密室的やり方で行われ、ごく少数の関係者以外には誰も死刑執行の場面や状況を見ることも知ることもできないからであろう。もし死刑囚に対する絞首の生々しい場面や過程を一般国民が見聞きできるようになったら、日本での死刑支持率はかなり下がるのではないか(220p)

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This page contains a single entry by wada published on 2008年8月18日 00:03.

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