【951】 ◎ 芝 健介 『ホロコースト―ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌』 (2008/04 中公新書) ★★★★☆

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「ゲットー」→「強制収容所」→「絶滅収容所」という流れと痕跡を消された収容所。

ホロコースト―ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌.jpg  ロシア・ウクライナ・1942.jpg ナチ部隊のウクライナでの虐殺行為(1942年)(トルーマン大統領図書館)
ホロコースト―ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌 (中公新書 (1943))』 ['08年]

 ヒトラー政権下でナチ・ドイツにより行われたユダヤ人大量虐殺=ホロコーストの全貌を、広範な史料をもとに、丹念に時間軸に沿って検証した労作。

 本書を読むと、ナチ・ドイツはポーランド占領('39年)までは、ユダヤ人の「追放」を考え、それまでの過渡期として「ゲットー」(ユダヤ人強制居住区)に彼らを押し込め、将来の移送先としてソ連を想定していたのことです(当初は"マダガスカル"という案もあったが)。

 それが、独ソ戦において一旦はレニングラードまで侵攻したしたものの(この間にも、バルト3国やロシアでは多くのユダヤ人や共産主義者がナチにより射殺されている(右写真=本書より))、このロシア戦線が膠着状態に入ると、「最終解決策」として強制収容所のユダヤ人を虐殺することに方針転換していったことがわかります(最後まで「追放」を主張したナチ将校もいた)。 

ベルゲン=ベルゼン(Bergen-Belsen)強制収容所の死体埋立て場の一つ(トルーマン大統領図書館 Truman Library,Acc.jpg また、「強制収容所」とは建前はユダヤ人を強制労働させるものであったものですが、それでも、ベルゲン・ベルゼンなど基幹13収容所だけで100万人近くものユダヤ人が病気などで命を落としたとのこと。
ベルゲン・ベルゼン強制収容所の死体埋立場 (トルーマン大統領図書館)

 一方、大量殺戮に方針転換してからヘウムノに最初に設けられた('41年)「絶滅収容所」は、まさにユダヤ人の殺害のみを目的としたもので、こうした「絶滅収容所」としては、犠牲者110万人と見積もられるアウシュヴィッツが有名ですが、アウシュヴィッツと同時期に設けられたベウジェッツ、ソビブル、トレブリンカの3つ「絶滅収容所」の犠牲者数の合計は175万名とアウシュヴィッツでの犠牲者数を上回っていること、これら3収容所は、ナチがユダヤ人労務者に解体させ、最後に彼らも殺害したため、ほとんど痕跡が消されてしまっていること、こうした収容所の多くは現在のポーランドにあり、ドイツ系ではなくポーランド系のユダヤ人が最も多く犠牲になったことなどを初めて知りました(3つの「絶滅収容所」を設けたラインハルト計画は、記録映画「SHOAH」('85年)で世に知られるようになった)。

 ナチの政策史だけでなく、ナチの個々の将校や収容所長などの施策の違いや、収容所内での人々の様子、大量殺戮の模様なども、戦犯裁判などの史料や生存者の証言などをもとに丹念に調べていて、努めて冷静に事実のみを追っている分、逆に一気に読ませるものがあるとともに、繰り返される虐殺の犠牲者数の多さには、「一人の死は悲劇だが、数百人の死は統計でしかない」という言葉さえも思い出されました。

アドルフ・アイヒマン.jpg 最後にホロコーストの研究史が概説されていて、ユダヤ人を大量殺戮することがいつどのように決定されたのか、ホロコーストを推進した中心は何だったのかについてのこれまでの論議の歴史的推移が紹介されており、後者の問題については、ヒトラー個人のイデオロギーに帰する「意図派」と、当時のナチ体制の機能・構造から大量殺戮がユダヤ人問題の「最終解決」になったとする「機能派・構造派」が元々あったのが、後に、ナチ体制の官僚制を、組織や規律の下での課題解決に専念することに傾斜する近代技術官僚的な「絶滅機構」だったとする捉え方が有力視されるようになったとのこと。
アドルフ・アイヒマン (1906-1962)

 個人的には、この見方を最も体現したのが、戦後アルゼンチンに脱走し、'60年にモサドに捕まり、イェルサレム裁判で死刑判決を受けたアイヒマンではなかったかと思いました。先の「一人の死は...」はアイヒマンの言葉。彼は、典型的なテクノラート(言い換えれば「有能な官吏」)だったと言われているとのことです。 

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