【914】 ○ 畔上 道雄 『推理小説を科学する―ポーから松本清張まで』 (1983/01 講談社ブルーバックス) ★★★★

「●科学一般・科学者」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【841】 I・アシモフ 『アシモフの雑学コレクション

トリックもさることながら、犯罪が成立するための心理的側面や人間の感性を重視。

推理小説を科学する.jpg  『推理小説を科学する―ポーから松本清張まで (ブルーバックス (B‐532))』['83年]

 推理小説の古典作品について、その要となるトリックが果たして科学的であるか否かを考察した本で、なかなか面白かったです。著者は、「生体情報学」という大脳生理学、電子工学、心理学などの学際領域を扱う学問が専門だそうですが(本書は1983年の刊行で、今で言う「生体情報学」とは少し違うのでは?)、この本の執筆中に体調を崩し、残念ながら、出版される前に亡くなっています。

 とり上げられている作品には本格派推理小説が多いのですが、多くが批判の対象になっていて、江戸川乱歩の『化人幻戯』や鮎川哲也の『準急ながら』、高木彬光の『刺青殺人事件』、松本清張の『点と線』など国内のものから、ガストン・ルルーの『黄色い部屋』やクロフツ『樽』など海外のものまで27作品が俎上に上っており、トリック自体に物理的に無理があるとしているものもありますが、むしろ、机上の計算では可能だが、人間の心理面や感性を考えたときに、あまりに不自然である、という見方をしているものが多いです。この点は、自分自身が推理小説を読んでいて、理屈はそうだが何となく現実離れしていると感じることがある部分を、見事に言い当ててくれているような気がしました。

ウィチャリー家の女.jpg ロス・マクドナルドの『ウィチャリー家の女』に対する評価もそうですが(この作品も、人間の直感力が看過されている点では批判されている)、作中の優れた心理的な綾(=言葉のトリック)の部分などは賞賛していて、必ずしも作品そのものも一緒に貶しているわけではなく、好感が持てます。
 但し、ヴァン・ダインの『カナリヤ殺人事件』のように、作中でいい加減な科学知識をふりまわしているものに対しては、科学者としての憤りを感じたのか、手厳しくこき下ろしています。

推理小説を科学する.jpg こうした中、坂口安吾の『不連続殺人事件』や夏樹静子の『天使が消えて行く』には、心理的トリックが素晴らしいとして最上級の評価を与えていて、トリック自体が科学的であるかどうかということよりも、やはり、犯罪が成立するための心理的側面を重視していることがわかります。
 となると、犯罪が成り立つかどうかは、きっちりした論理問題ではなく蓋然性の問題になってくると言えなくもないのですが、個人的には、著者のこうした人間心理重視のスタンスには、共感するものがありました。

  

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1