【897】 △ 森 省二 『正常と異常のはざま―境界線上の精神病理』 (1989/04 講談社現代新書) ★★★

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若者の精神病理を示す"流行語"を再整理し、総括概念を提唱。過渡期的産物の本?

正常と異常のはざま.gif 『正常と異常のはざま―境界線上の精神病理 (講談社現代新書)』 ['89年]

正常と異常のはざま 境界線上の精神病理.jpg 精神医学者が、「正常と異常の間」を指す「境界線」の視点から、主に病める現代の青春群像を巡って語ったもので、"現代"と言っても本書の刊行は'89年ですが、この頃から既に、極端な精神病状を示す患者は減っていて、逆に、青春期危機、青い鳥症候群、登校拒否や家庭内暴力など、つまり、正常と異常の境界領域に位置する人が、とりわけ若者を中心に多くなってきていたことが窺えます。

 そうした、若者の精神病理を示す言葉として、その他にも青春期痩せ症(摂食障害)、リストカット・シンドローム、アパシー・シンドローム、ピーターパン・シンドロームなどの様々な病態、症候群が、若者特有のものとして注目されていた時期でもあり、著者は、こうした、あたかも流行語のように氾濫する言葉を、1つ1つ症例を挙げて丁寧に解説しています。

 その上で、これら若者特有の病理を総括的に捉える概念として「青春期境界線症候群」というものを提唱し、それは、子供から大人への過渡期に起きる心の病気で、人格形成の歪みを主因として常軌を逸脱するが、軽症から重症まで幅は広く、と言っても、重症でも生涯にわたって病院と縁が切れないといったものではなく、また、これは社会的不安や変化を背景として多発傾向にある「現代病」であるとしています。

 若者の間で蔓延する精神病態に対し、「現代病」という観点から着目した点は先駆的ですが、用語には現時点ではノスタルジーを感じるものもあり、今ならば、「引きこもり」などが入ってくるのかも(「引きこもる」という言葉自体は本書でも使われているが)。

ボーダーライン障害.jpg 精神医学上の「境界例」と「青春期境界線症候群」の各種との対応関係を整理していますが、この辺りからかなり専門的な話になってきて難しい。
 難しく感じるのは、「境界例」(ボーダーライン)というものの位置づけが、元々、'67年にカーンバークが神経症でも精神病でもないある種の人格障害として「境界線パーソナリティ構造」を提唱したまではともかく、「境界性パーソナリティ障害」としてDSM‐Ⅲ('80年)に組み入れられるに至って、問題行動を横断的に捉えた、単なる診断カテゴリーになってしまった(結果として、「境界」という言葉も、「当初は精神病と神経症の中間にあると考えられたから、そう呼ぶのであって、今では歴史的な意味しか持たない」と言う人もいる)からではないかという気がします。

 本書の中で著者は、発達論から見た「境界例」の発症メカニズムを探ろうとしていますが、実際には「境界例」は外見的な診断カテゴリーとして定着して、観察的基準においてのみその後も修正が行われてきたのであり、その意味では、本書は過渡期的な内容の本になってしまっている面もあります。
 「境界例」を社会における「境界の不鮮明化」とのアナロジーで論じている点も、ちょっとキツイかなあという感じがしましたが、治療に「育てなおし」という概念を入れ、健常な生活へと帰還する道しるべを提供している点は、評価されるべきものであるかと思います

《読書MEMO》
●躁うつ病については、近頃では躁・うつの病相が緩やかになり、典型的な躁病はほとんど見られなくなった。その反面、今日の高度に文明化した余裕のないストレスフルな社会状況を反映して、神経症的な不安や葛藤をはらむ「神経症性うつ病」や、心気症状や心身症状を呈する「仮面うつ病」が増えている。すなわち、(躁)うつ病の発病率は高くなっているが、その一方で正常と異常の中間的な軽症の病像へと変化を生じ、その大半がこれまでの「精神病」の範疇には入らなくなっているのである(17‐18p)
●最近の約30年間を顧みると、そこには、人間一人一人の力ではいかんともしがたい社会の大きなうねりがあり、怒濤のごとく押し寄せてきていることが指摘できる。その社会の大きなうねりは、要するに戦後の制度解体、高度な文明化、経済成長などによってもたらされたもので、生きる規範が不確かとなった"境界不鮮明"、強いていえば"境界喪失""の状態といえるだろう(24‐25p)
●最近の目まぐるしく変化する社会では、大人と子供、男性と女性、世代間の境界、社会的な役割、仕事と遊び、そして季節や昼夜など、ありとあらゆる面で"境界の不鮮明化"が起こり、正常と異常の区別がわからなくなっている。そのために、異常現象や心の病気が急激に増えているのである。こういう正常と異常のはざまについては、これまでにもたびたび論じられ、まさに20世紀後半における精神医学の中心テーマとなっていた。そこで、本書では、原点に戻って、現象的にも、病理的にも共通する「境界線」という視点を導入することで、正常と異常のはぎまを総括的に理解し、それぞれにある微妙な鑑別点や、本来の発達をベースとする治療的アプローチ、家族や周囲の者の留意点などについて述ベてみた(241‐242p)

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This page contains a single entry by wada published on 2008年5月 9日 00:03.

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