【860】 ○ 時実 利彦 『脳の話 (1962/08 岩波新書) ★★★★

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今でもそこそこにオーソドックスな入門書として読める。

脳の話16.JPG脳の話 岩波新書.jpg  時実利彦(1909-1973).gif 時実利彦(生理学者、1909-1973/享年63)
脳の話 (岩波新書)』['62年]

 1962(昭和37)年刊行という古さですが(1963年・第17回「毎日出版文化賞」受賞)、本論の最初で系統発生(脳の進化)と個体発生(脳の発達)、マクロ解剖の構造(脳の構造)を解説し、次にニューロンなどシステムの話(ネウロン)に入っていくという体系は、現代の専門教育におけるオーソドックスな講義の進め方と何ら変わらないものです。
 中盤は、大脳皮質の分業体制を示し、感覚、運動、感情、言語などのメカニズムを説き、後半では、記憶や学習、眠りと夢見、意識や行動などを、脳がどのように司っているかが書かれています。

 教科書的な並び方ですが、例えば「脳の重さ」についてだけでも、
 ・古代人類の脳の重さは現代人類の何歳のそれに相当するか(例えば北京原人は、3歳児ぐらいの脳の重さ)、
 ・偉人たちの脳の重さは普通の人より重かったのか(重い場合もあるが、必ずしもそうであるとは言えない)、
 ・脳の重さは高等動物の証しなのか(クジラの脳は7000gある)、
 ・では「脳重:体重」の比率が高等・下等を示しているのか(日本人の脳の重さの体重比は、スズメやテナガザル、シロネズミより小さい―だったらアメリカ人もフランス人もそうだろうが)、
 等々。
 そうなると、高等・下等を決めるのは、脳細胞の数か、皺の数か、はたまた細胞の絡み方か、と...読者の関心を引き込むような記述がなされています。

 図説も豊富ですが、著者は、実験脳生理学の手法を日本に導入した人であり、これまでの有名な海外での実験を紹介するだけでなく、自らの実験室で行ったマウス実験などを、写真と併せて紹介しているのが興味深く、電気生理学と分子生物学、とりわけ電気生理学の面での脳研究は、記憶の仕組みと海馬の役割などについても、この頃には既にここまでわかっていたのか、という思いにさせられます。

 「生の意欲」「生の創造」は前頭葉がその座であるとし、「生の創造」が人類滅亡の危機を抱かせることになった今日、「生の意欲」を達成するためには、シュバイツァーの説くところの「生への尊敬」が平和への唯一の道であり、脳の仕組みを凝視し、この心に徹してこそ豊かな実りが期待できると結んでいて、この頃の偉い先生って、思想と学問をきっちり結び付けていたのだなあという思いがしました。

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