2008年1月 Archives

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ニューヨークっ子作家が、その膨大な情報量をもって語る"ノスタルジアの首都"の歴史。

マンハッタンを歩く.jpgマンハッタンを歩く』['07年]ニューヨーク.jpg 亀井 俊介 『ニューヨーク (岩波新書)』['02年]
(表紙イラスト:和田 誠

manhattan map.gif ブルックリンに生まれて対岸の摩天楼を見ながら育ち、マンハッタンで新聞ジャーナリストとして活躍した経歴を持つ生粋のニューヨークっ子作家ピート・ハミル氏が、その故郷とも言えるマンハッタンの歴史を語ったエッセイ。
 マンハッタンにどのような人が住み着き、どのように開発され、どのような建物が建ち、それらがどのように変遷してきたかが、島南端のバッテリー・パークから始まって、ダウンタウンと呼ばれる島の南3分の1エリアを中心に、地域ごとに解説されています(本書原題は"Down Town")。

 ハミル氏は、新聞記者時代によく図書館でニューヨークの街の歴史を調べたそうですが、新聞紙面は日々の事件や出来事で占められ、結局それらの多くは記事にはならなかったとのこと。
 しかし、その時仕入れた知識が、作家・コラムニストに転じてから大いに役立っていて、とりわけ本書では、ニューヨークという街の各所に纏わる歴史や出来事がこと細かく記されており、その中でも新聞ジャーナリズムの歴史、ショービジネスの歴史、建造物の歴史などが特に詳しく書かれています。

 ニューヨークはハミル氏にとって"ノスタルジアの首都"であると冒頭で述べていますが、エッセイの筆致は、詩的表現も多く見られるものの個人感情を排し、基調としては冷静に事実記載を積み上げる歴史ジャーナリストのそれであるような―、と思いきや、最終章で、自分史と照合させる形でマンハッタンを改めて語っていて、ここに来てノスタルジー噴出といった感じ。

目撃アメリカ崩壊.jpg 本の大部分を占める、マンハッタン島南端からブロードウェイ沿いに北上しながらその歴史を手繰るというスタイルは、米文学者・亀井俊介氏のニューヨーク』('02年/岩波新書)もそうだったので、一瞬、亀井氏がハミル氏を真似たのかとも思いましたが、亀井氏が自著を書き終え校正しているときに「9.11テロ」が起きたのに対し、ハミル氏が本書を書く契機は「9.11テロ」にあった(この時のハミル夫妻の経験は、妻の青木冨貴子氏の目撃 アメリカ崩壊』('01年/文春新書)に詳しい)というから、真似はありえませんでした(失礼)。

 『ニューヨーク』も『マンハッタンを歩く』もニューヨークが好きな人には魅力満点の本ですが、自分には、ハミル氏のこの本を充分に味わうだけのニューヨーク体験が不足しているのが残念。本書の膨大な情報量が少しヘビィに感じられる人は、日本人とニューヨークっ子、新書と単行本の違い分だけ、情報の質と量は異なりますが、さらっと読みやすい亀井氏の本の方も一読されることをお薦めします(但し、どちらも観光案内ではありません。念のため)。
 
《読書MEMO》
●どうしょうもなくマンハッタンは上がっていった。最初は北方向にアップタウンへ。つぎに空へと。(101p)
●ブロードウェイは格子状の区画整理の言いなりにはならなかった。理由は単純だ。ブロードウェイはブロードウェイであり、都市計画プランナーたちはけっしていじってはならないとわかっていたからだ。(117p)

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著者と「同時代に同じ空気を吸っていた」先人たちの軌跡を通して、その「考える」スタイルを考察。

考える人.jpg 『考える人』 ['06年] 考える人 坪内祐三.jpg 「考える人 (新潮文庫)」 ['09年]

 '02年の季刊誌「考える人」創刊に際して、著者が編集者から「考える人」という連載を頼まれたというのが事の始まりで、以降5年間16回の連載を纏めたのが本書。

小林秀雄.jpg 著者が選んだ「考える人」16人は、小林秀雄、田中小実昌、中野重治、武田百合子、唐木順三、神谷美恵子、長谷川四郎、森有正、深代惇郎、幸田文、植草甚一、吉田健一、色川武大、吉行淳之介、須賀敦子、福田恆存となっていて(作家または文芸評論家ということになる)、著者なりに、これらの先人たちの軌跡を通して、彼らの「考える」スタイルを考察しているといったところでしょうか。

小林 秀雄 (1902-1983)

福田恆存.png 小林秀雄と福田恆存を最初と最後にもってきていることで、人選の性格づけがある程度窺える一方、中身はバラエティに富み、(植草甚一が「歩きながら考える人」であるというのは衆目の一致するところだが)武田百合子のような天性の人は、「見る人」であって「考える人」というイメージから外れるような気もしましたが、読んでみて納得、こうして見ると「考える」ということを既成の枠にとらわれず、むしろ自身の読書経験の流れにおいて、自らの思索と関わりの深かった人を取りあげているようでもあります。

福田 恆存 (1912-1994)

唐木順三.jpg それは、1958年生まれの著者が読書体験に嵌まった時分には在命していて、今は故人となっているというのが、もう1つの人選基準になっていることでも窺えますが(後書きには「同時代に同じ空気を吸っていた人たち」とある)、結構、そのころの受験国語で取りあげられていた人が多いのも興味深く、小林秀雄、唐木順三、深代惇郎(天声人語)などは、著者と同世代の人は何度かその書いたものに遭遇しているはずです(吉行淳之介にエッセイから入っていったなどというのも世代を感じる)。

唐木 順三 (1904-1980)

田中小実昌2.jpg色川武大.jpg 田中小実昌と色川武大の近似と相違など、誰か論じる人はいないかなあと思っていたのですが(著者は編集者時代にまさに生身のその2人とその場にいたわけなのだが)、見事にそれをやっているし、吉行淳之介と芥川龍之介の対比なども面白かったです(この中で三島由紀夫が「考えない人」に分類されているのも、ある意味当たっていると思った)。

田中小実昌 (1925-2000)/色川 武大 (1929-1989)

 季刊でありながら執筆に苦労したようで、締め切りギリギリまで作品を読みふけり、あとは思考の赴くまま筆を運んでいる感じもありますが、
 ―その軌跡そのものがすなわち「考えること」のあり方であり、私の好きな「考える人」たちは皆そのような意味で「考える人」であったはずなのだから
 とし、単行本化にあたって殆ど手直しはしなかったとのこと。こうした姿勢は好ましく思えました(時間が無かっただけかも知れないが)。

 【2009年文庫化[新潮文庫]】

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その書き方をしたときの作家の意識のありようを追うという方法論。

小説の読み書き.jpg 『小説の読み書き (岩波新書)』 ['06年]  考える人.jpg 坪内 祐三 『考える人』['06年]

 作家である著者が、岩波書店の月刊誌「図書」に'04年1月号から'05年12月号まで24回にわたって連載した「書く読書」というエッセイを新書に纏めたもの。

 編集者の方から持ち込まれた企画で、著者自身は、原則、自分が若い頃に好きで読んだ小説を、いま中年の目で読み返して何か書く、という大雑把なスタンスで臨んだらしいですが、とり上げている作品が、「雪国」「暗夜行路」「雁」「つゆのあとさき」「こころ」「銀の匙」...と続くので、何だか岩波文庫のロングセラー作品を追っているような感じも...(実際、「読者が選ぶ〈私の好きな岩波文庫〉」というアンケートを、途中、参照したりしている)。

 そこで、文庫本の後ろにある解説みたいなのが続くのかなと思って読んだら、確かに作品の読み解きではあるけれども、その方法論に一本筋が通っていて、なかなか面白かったです。

 作品の中の特徴的な文体にこだわり、作中の文章一節、短いものでは1行だけ抜き出して、そうした書き方をしたときの作家の意識のありようのようなものを執拗に追っていて、その時、書き手が大家であるということはとりあえず脇に置いといて、著者自身が作家として小説を書く作業に臨むときの意識と照らし合わせながら、どうしてその時代、その時々にそうした文章表現を作家たちが用いたのかを探っています。

 実際、新書の表紙見返しの概説でも、「近代日本文学の大家たちの作品を丹念に読み解きながら、『小説家の書き方』を小説家の視点から考える。読むことが書くことに近づき、小説の魅力が倍増するユニークな文章読本」とあったことに、後から気づいたのですが、確かに、こうした方法論が、別の視点からの小説の楽しみ方を教えてくれることに繋がっているかも。

 前後して、坪内祐三氏の作家・評論家論集『考える人』('06年/新潮社)を読みましたが、坪内氏が1958年生まれ、著者(佐藤正午氏)は'55年生まれと、比較的年齢が近く(とり上げている作家では、吉行淳之介、幸田文がダブっていた)、この2著の共通するところは、考えの赴くままに書いているという点でしょうか。

 とりわけ、この著者は、知ったかぶりせず、読書感想文に近いタッチで書いていて、むしろ、"知らなかったぶり"をしているのではないかと勘ぐりたくなるぐらいですが、実際、知識不足から誤読したものを読者に訂正されていて(本当に知らなかったということか)、それを明かしながらもそのまま新書に載せている、こうした姿勢は共感を持てました。

《読書MEMO》
●目次
川端康成 『雪国』
志賀直哉 『暗夜行路』
雁 新潮文庫.jpg森鴎外 『
永井荷風 『つゆのあとさき』
夏目漱石 『こころ』
銀の匙.jpg中勘助 『銀の匙
樋口一葉 『たけくらべ』
豊饒の海.jpg三島由紀夫 『豊饒の海
青べか物語1.jpg山本周五郎 『青ベか物語
林芙美子 『放浪記』
井伏鱒二 『山椒魚』
人間失格.jpg太宰治 『人間失格
横光利一 『機械』
織田作之助 『夫婦善哉』
羅生門・鼻 新潮文庫.jpg芥川龍之介 『
菊池寛 『形』
痴人の愛.jpg谷崎潤一郎 『痴人の愛
松本清張 『潜在光景』
武者小路実篤 『友情』
田山花袋 『蒲団』
幸田文 『流れる』
結城昌治 『夜の終る時』
開高健 『夏の闇』
吉行淳之介 『技巧的生活』
佐藤正午 『取り扱い注意』
あとがき

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どちらかというと大人になってからの「ボケ防止」にいいのでは?

ちびまる子ちゃんの音読暗誦教室.jpg  声に出して読みたい日本語.bmp  子ども版声に出して読みたい日本語.jpg
ちびまる子ちゃんの音読暗誦教室』 『声に出して読みたい日本語』『子ども版 声に出して読みたい日本語 1 どっどど どどうど 雨ニモマケズ/宮沢賢治

 齋藤孝氏の『声に出して読みたい日本語』('01年/草思社)(2002(平成14)年・第56回「毎日出版文化賞」特別賞受賞)がミリオンセラーとなって第5巻まで刊行され、それに続いた『子ども版 声に出して読みたい日本語』('04年/草思社)は12巻まで刊行、但し、版元の草思社は民事再生法を適用申請するに至り、出版社の経営が今いかに厳しいかということなのか、1つのヒットに頼りすぎるのはよろしくないということの教訓なのか...。

 本書は、『子ども版』シリーズの前に出たもので(版元は集英社)、「大人・子ども共用版」みたいな感じです。石川啄木、夏目漱石、宮沢賢治」、中原中也、太宰治、シェークスピア、ランボーから落語の寿限無、徒然草、枕草子までの多彩な名文を収録、引用文については大活字を使用していて、「齋藤メソッド」セミナーでは、本書がそのままテキストになっているそうです(三色ボールペン持参で受講するらしい)。

誤読日記.jpg斎藤美奈子.jpg 『声に出して読みたい日本語』に対し一部に疑問を投げかける人もいて、斎藤美奈子氏などは『誤読日記』('05年/朝日新聞社)の中で、「こんなのに束になって押し寄せられたら『参りました』というしかない」と認めつつ、「あえて因縁をつけてみたい」として、カール・ブッセのような翻訳詩の類がないことなどを挙げていました。しかし、『声に出して読みたい日本語2』にはしっかり収録されていて、本書にもありました―「山のあなた」が。コレ、『海潮音』所収ではなかったでしょうか。
     
陰山英男.jpg川島 隆太.jpg "音読"は多くの小学校でこぞって採用され、齋藤孝氏は、NHK教育の「にほんごであそぼう」の監修もしている―。ではホントに学習上の効果があるのかというと、その点では、東北大の川島隆太教授が、「音読や単純計算をしているときは脳が活性化している」ことを実験的に証明していて、これが、斎藤孝氏の"音読"と陰山英男氏の「百ます計算」の"科学的"根拠になっている?
     
 個人的には、私立・公立を問わず全ての学校が、誰かが提案したものを一斉に採り入れる、その風潮が、やや気味悪いなあと。効果のほどはよくわかりませんが、「子どもたちとすべての大人のために」と副題があり、齋藤孝氏自身、「小学校の時に名文を覚えておくと、七十や八十になって思い出した時、大きな楽しみになる」と本書に書いています。
 だとすれば、どちらかというと大人になってからの「ボケ防止」にいいのでは?

 斎藤美奈子氏は、棒読みでよし、とする齋藤式暗誦は、音声言語を平板化するのではないかとの疑問も呈していましたが、逆に、本書を読んで、小学唱歌「あおげば尊し」の歌詞の意味を一部誤解して覚えていたことに気づきました(「あおげば尊し」の場合、歌詞の教え方が"棒読み"的と言えるかも)。向田邦子のエッセイ集に「眠る盃」とか「夜中の薔薇」というのがありましたが、何れも「荒城の月」「野ばら」の歌詞を彼女が勘違いして覚えていたことからとったタイトルで、それとほぼ同じだなあ。

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手頃かつ感動的? 一葉に限らず、禿木、鷗外、露伴、緑雨も若かったのだと再認識。

ちびまる子ちゃんの樋口一葉2.jpg 『ちびまる子ちゃんの樋口一葉 (満点人物伝)』 〔'04年〕

一葉の四季.jpgトルコで私も考えた.jpg 漫画による樋口一葉の評伝で、冒頭や合間の解説にこのシリーズのキャラクターとしての「ちびまる子ちゃん」が登場しますが、メインである一葉の生涯のストーリー部分は、『トルコで私も考えた』高橋由佳利氏が描き、『一葉の四季』森まゆみ氏(作家・東京国際大教授)が全体の監修をしている、楽しみながら読めて一葉の生涯を辿るのに手頃な1冊。

 貧しい生活の中でも目標を失わず努力し、女性の職業選択の幅が狭かった時代に女流作家の道を切り拓いた彼女の真摯な生き様が、感動を以ってしっかり伝わってくるし、彼女をとりまく人たちの人物像も印象的でした。
 とりわけ、"なつ"(一葉)の才能を信じて地道に彼女を助ける妹"くに"の姉想いぶりや、一葉が病に倒れた際にその妹"くに"に斎藤緑雨が、お姉さんは「必ず歴史に名を残す」、だから万一の時も、書き残したものを捨てないようにと言うクダリはいいなあ。
 一葉の日記まで残っているのは、この2人の尽力の賜物かも(一葉が亡くなる前までに刊行されていた彼女の単行本は、生活費のために書いた手紙範例集『通俗書簡文』だけだった)。

 高橋氏の漫画は、『トルコで...』のような漫画家が自分の身近な話のときによく用いる"戯画調"(ああいうの、何と呼ぶのだろうか)ではなく、正統派に近い所謂"少女漫画風"で、一葉が思いを寄せた半井桃水が登場した場面では、「あんた、レオナルド・デカプリオか」と突っ込みを入れたくなる感じの美青年風の描き方。
 でも、「東京朝日新聞」の専属小説家として鳴らしていた桃水は当時31歳で、19歳の一葉から見ても、確かにその若さも含め魅力的だったのかも。

斎藤緑雨.jpg 他にも、一葉の周辺に主要人物が登場する度にその時の年齢が示されていて、「文学界」に書いて欲しいと平田禿木が一葉を勧誘したとき彼は20歳、「たけくらべ」が世に出て森鷗外や幸田露伴といった文壇の"重鎮"がそれを高く評価しますが、彼らにしてもその時はそれぞれ34歳と29歳、一葉文学の本質を「熱い涙のあとの冷笑」と見抜いた斎藤緑雨も当時29歳といったように、一葉だけでなく、その周辺の人たちも若かったのだなあと思いました。
斎藤緑雨 (1868-1904)

 緑雨は、森鴎外が創刊した文芸雑誌「めさまし草」の中で鴎外・露伴・緑雨の3人が評者として書いた合評欄「三人冗語」の中に、「(広い宇宙といっても間違いないものがふたつある)我が恋と、天気予報の『ところにより雨』」なんていう面白いフレーズがあったりする人ですが、この人も36歳で病のため早逝しています。

 "おさらい"のつもりに読んだ「学習漫画」でしたが、新たに気づかされた点が結構ありました。

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「画面分割できない」という"情報処理"の特質が、想像力の欠如の原因だとわかる。

自閉っ子におけるモンダイな想像力.jpg 『自閉っ子におけるモンダイな想像力』 俺ルール! 自閉は急に止まれ.jpg 『俺ルール!』 自閉っ子、こういう風にできてます!.jpg 『自閉っ子、こういう風にできてます!

 翻訳家で、幼い頃から周囲との違和感を抱きながら育ち、30代でアスペルガー症候群(知的・言語的遅れのない自閉症スペクトラム)と診断された著者は、"爆笑"エッセイや対談、講演などを通じて自閉の内面を語る活動を続けていて、対談『自閉っ子、こういう風にできてます!』('04年/花風社)では、「雨が刺すように痛いと感じる」といった自閉症独特の身体感覚などを取り上げ、エッセイ『俺ルール!-自閉は急に止まれない』('05年/花風社)では、1つの思い込みに囚われるとなかなかそこから抜け出せないという自閉症者の特質をユーモラスに解説していました。

 本書ではさらに、その「想像力の欠如」の問題をとり上げ、"自閉流の情報処理"の特質として、頭の中でものを考えるとき「画面分割できない」ということを訴えています。
 同時に複数の想像図を頭に描くことが出来ないため、時間交替して1つ1つ表示するしかない、ところが1つの想像図を描くのに時間がかかり、一旦イメージが表示されると今度は消すのが難しくて次に移れない、移れたとして、一旦消去されたイメージは今度は復活できない、従って、「AだからB、BだからC」というように単線的に思考を進めていくことが出来ても、「CだからD、DであればE、では、Cの次がDでなければどうなるか」といった遡及的な想像が苦手であるとのこと(その時点で始まりがAだったことも忘れている場合がある)。

 自閉児には、計算や漢字の読み書きは普通に出来るのに、文章題、文章読解になると滞ってしまうケースがよく見受けられますが、本書の説明がその裏付けになるのではないかと思わせます。
 また、本書にあるように、仮に、見比べやすいように複数の想像図を思い浮かべることが出来るまでに至っても、「実際の世の中ではどちらがありそうかを判断する力」や「なさそうと判断された想像図を頭からふり払う力」が弱かったりするのですね。

 専門書を敬遠しがちな読者にも入りやすいスタイルの本(それでいて奥は深い)ではありますが、自閉症者はたいへんなのだけれども他人にはわかってもらえないという被害者意識のようなものがやや先行しすぎているのと、文章が今ひとつ読みにくいような気がし(相性の問題?)、挿絵の漫画もごてごてしていて見づらく、コマ漫画は読む気がしない。
 このシリーズ、他にも何冊か刊行されていますが、体裁・挿絵は同じパターンが続いていて、個人の嗜好の問題かもしれませんが、より多くの人に読まれることを欲するならばもう少し見やすくして欲しい(文字だけは大きすぎるぐらい大きいのだが...)。

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フィールドリサーチの視点とともに、"肉体"に対する舐めつくすような視線を感じた。
ヌバ.jpg レニ・リーフェンシュタール.jpg Leni Riefenstahl nuba.jpg Nuba (1981年).jpg
ヌバ―遠い星の人びと』〔'86年/新潮文庫〕/『The Last of the Nuba』(邦訳タイトル『Nuba (1981年)』(30.8 x 23 x 2 cm))
nuba2.jpg '03年に101歳で亡くなった映画監督であり写真家でもあったレニ・リーフェンシュタール(独:Leni Riefenstahl、1902-2003)は、還暦を過ぎてから突如アフリカに赴き、スーダンの山岳地帯に住む、ヌバ族の中で最も文明の影響を受けていない部族を何年にもわたって取材し、'71年にそれを写真集として刊行、それは世界的なベストセラーになりました。 

石岡瑛子.jpg 本書はその写真を収めた新潮文庫の1冊で、ヌバ族の「無文字」文明の生活が、人類学的なフィールドリサーチの視点から文章でも記録されていますが、日本でもこの文庫に先行して、パルコの広告で知られる石岡瑛子(1938-2012/享年73)氏のアートディレクションのもと、写真集『NUBA』('80年/PARCO出版)として刊行されていて、ヌバの男女の肉体美や躍動美を捉えたショットの数々は、大いに話題になりました。
西武美術館『ヌバ』展(1980)
『ヌバ』展1.jpg 『ヌバ』展3.jpg 

リーフェンシュタール ヒトラー.jpg リーフェンシュタールはその後も、71歳でダイビング・ライセンスを取得し、100歳まで潜り続けて水中写真集を出すなど超人的な活動をしましたが、この人には、かつてヒトラーの援助のもと戦意高揚映画を撮り、また、ベルリン五輪の記録映画として撮った「オリンピア(民族の祭典/美の祭典)」('38年)も、芸術的水準は高いながらも、結果的にはナチ思想に国民を傾倒させるメッセージとなったという過去があり、結局、ナチ協力者という烙印は亡くなるまで消えなかったように思われます。

nuba3.jpg 本書の中で紹介されているヌバ族の、一夫多妻の婚姻形態や独特の死生観が色濃く滲む葬儀の模様は興味深いものでしたが、そうした彼らの習俗の中でも、男たちがその強さ競うレスリング大会のことが詳細に記されていて、また関連する写真も多く、未開の部族の人々の、生きることを通して鍛えられた"肉体"に対する彼女の舐めつくすような視線を感じました。

 これらの写真を見ると、彼女は本当にこうした"肉体"の美を撮ることに執着し、また、その部分においてその才能は最も発揮されたように思え、彼女が「オリンピア」を撮った際に自分の政治的立場を自覚していたかについて、それを疑問視する見方があるのも頷ける気がします(ただ純粋に美しい肉体を撮りたかった?)。但し、欧州では、そうした"無自覚"こそが批判の対象となるのも確かです。

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読んでいて面白いが、フロイト学派だとこうなってしまうのか、という印象も。

夢判断 外林大作2.bmp夢判断―あなたの知らないあなたの欲望.jpg夢判断.jpg夢判断―あなたの知らないあなたの欲望』〔'68年/カッパ・ブックス〕(カバーイラスト:辰巳四郎/推薦文:懸田克躬)

 フロイト学派(新フロイト派)の外林大作氏の書いた一般向けの夢解釈の本ですが、夢の中に現れる物や人物、行動が50音順に並んでいて、自分の夢の中で印象に残った事柄をそこから手繰れば、その夢の意味が解るという親しみやすい構成のため、かなり多くの人に読まれたのではないでしょうか。

Salvador Dali
Salvador Dali, Honey is Sweeter Than Blood.jpg 「死体」は"秘密"の象徴である(だから、夢に死体が現れる場合は、何とかしてそれを隠そうとしている場合が多い)とか、「トイレ」に行くことは"情事"を表す(どの戸を叩いても使用中だというのは、自分が知っている異性はみな結婚していたり恋人がいて、相手にしてくれないという失望感を表す)とか、結構、当時は面白いと思って読んだ部分がありました。

 夢に現れるものの殆どが性的願望の象徴として解釈されていて、「靴をはく夢は、婚約者や配偶者など、社会的に承認された特定の異性に対する性的願望です。なぜなら、足が男性、靴が女性を表わすものであり、また、靴はスリッパと違って自分の足に合った特定のものでなくては、はけないものだからです」とありますが、要するに、細長いものや棒状のものは全て男性器の象徴であり、丸いものや器状のものは全て女性器の象徴ということになっているので、読んでいて、読んでいて面白いことは面白いですが、だんだん本当かなあという気になってくる―。

精神分析入門.jpg フロイトの考えを要約すると、夢は、昼間の生活で満たされない願望を夜になって満たすという役目を果たしているということですが、宮城音弥精神分析入門』('59年/岩波新書)に、フロイトとユングの神話解釈の対比があり、フロイトは過去の願望から解釈し、ユングは将来の何かを示すために〈目的的〉に解釈したとあり、夢の解釈においてもそれは当て嵌まるでしょう(宮城音弥は、フロイトの説明は"後ろ向き"、ユングのは"前向き"とも言っている)。 
精神分析入門 (1959年) (岩波新書)

 一つの解釈方法に教条的にとらわれない方が良いとは思いますが、同じタイプの夢でも「学派」によって解釈が対極的に異なったりする点が、夢解釈を心理療法などにとり入れる際の難しい点ではないでしょうか。

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一葉研究の第一人者がわかりやすく解説。美登利が寝込んだ理由は...。

樋口一葉.jpg樋口一葉 (岩波ジュニア新書)』〔'04年〕 一葉の四季.jpg 森 まゆみ『一葉の四季 (岩波新書)

 森まゆみ氏の『一葉の四季』('01年/岩波新書)も、第1章が樋口一葉の生涯を解説したものでしたが、もう少し一葉のことを知りたく本書を手にしました。著者の関礼子氏は一葉研究の当代の第一人者で、その人が中高校生向けに書き下ろしたのが本書ですが、「薄幸」と「厚遇」という矛盾した評価が併存するこの作家のプロフィールを出来るだけ正確に描くこと、また、一葉が書いた日記・小説・手紙・和歌などを生き生きと読者に伝えることを趣意としています(関氏には『樋口一葉日記・書簡集』('05年/ちくま文庫)などの解説著書もあるが、本書はジュニア向けなので、極めてわかりやすく書かれている)。

 個人的には新たに知ったことが多くて面白く、森氏や関氏の著作を読む前は、森鷗外に認められて一躍有名になったと思っていたのですが、私塾「荻の舎」時代から先輩の田辺花圃に認められて激励され(花圃女史のことは森氏の本では一葉の才能に嫉妬していたように書かれていたが)、平田禿木から「文学界」グループに強く勧誘されこれがメディアデビューの契機となり、「にごりえ」を最も絶賛したのは内田魯庵だったということで、短い期間ながらもその間一応のステップを踏んでいるわけだ(ハナから鷗外が出てくるワケ無かったか)。

斎藤緑雨2.png 彼女をある意味最もバックアップしたのは、生前の彼女に対し厳しくその作品を批評した斎藤緑雨で、彼女の死後、全集の編集役として渾身の力を注いでいます(森氏は、一葉が結核で倒れなかったら、2人は一緒になってもおかしくなかった、と書いている)。

斎藤緑雨 (1868-1904/享年36)
                    
下谷龍泉寺町の住居であった二軒長屋.jpg 小学校を中退し、私塾で学んで、高等女学校卒の才媛作家たちを凌駕した一葉は、塾から出たスーパースターのような感じですが(森氏の本には、当時、公的教育より私塾の方がレベル高かったとある)、関氏が言うように、高等女学校に行っていたら逆に平凡な作家で終わっていたかも。
 短い期間ではありましたが、吉原の裏手・龍泉寺町で自ら店を切り盛りするなどの苦労をしたから、「たけくらべ」などの傑作を生み出せたのでしょう。

下谷龍泉寺町の住居だった二軒長屋(模型:一葉記念館)

 その「たけくらべ」は、関氏も一葉の作品の中で最も高く評価していますが、よく議論になる、美登利が寝込んで正太に対し不機嫌になる場面が「初潮」によるものなのか「初夜(水揚げ)」(遊女が初めて客と関係すること)によるものか、それとも「初店」(遊女として店に出て客をとること)のためかという点について、「初潮」と「初夜」を一続きのもの(つまり両方である?)と解釈した長谷川時雨の説をとっているのが注目されます(遊女として店に出られるのは16歳からで、数え14歳の彼女が公然と営業することは考えらないとのこと。だから、内密に...ということか)。
 これ、「ジュニア新書」だけれども、なかなか現代の感覚ではすぐに思いつかいない部分があります。

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一葉日記に現れた明治の季節感を通して味わいながら読める評伝。

一葉の四季.jpg 『一葉の四季 (岩波新書)』 〔'01年〕  樋口一葉p.png 樋口一葉 (1872-1896/享年24)

 地域雑誌「谷中・根津・千駄木」の編集人で作家・エッセイストでもある著者が、樋口一葉の日記や周囲の人の証言などから、彼女の人となりを、当時の東京の四季の情景と併せて浮かびあがらせたもので、全3章を通して1項目2ページの見開きで構成されていて、読みやすいものとなっています。

 第1章で、一葉が暮らした土地など東京の彼女の馴染みの地を巡ることでその生涯を振り返り、第2章で、彼女の日記から季節に関するテーマを拾って四季の順に並べ、折々に彼女が感じたり思ったりしたことを、当時の彼女の暮らしぶりや江戸情緒の残る季節風物と併せて取り上げています。
 この「明治の東京歳時記」と題された第2章がメインですが、3章では、一葉をとりまいた文人たちを取り上げて一葉との接点を探り、全体として、味わいながら読める一葉の評伝となっています。

 一葉の日記は死の直前まで書かれましたが(最初の記述は一葉15歳のときのもの)、本書では明治20年代半ば、彼女が二十歳前後の頃のものが多く取り上げられていて、季節風物に対する彼女の繊細な感興は、明治の時代に現れた和泉式部か清少納言かと言った感じ、但し、実際の彼女の暮らしぶりは、極貧とまではいかなくとも慎ましやかで、そうした雅の世界とは程遠かったようです。

 むしろ江戸時代の庶民のものからの連続した生活情景だった言えますが、近代化に向けた時代の変遷期でありながら、東京の下町にはまだまだ江戸情緒が多く残っていたようで、そうした中、彼女自身は、生活に埋没しそうになりながらも文学への志を常に保って研鑽を怠らず、また、新聞などをよく読み、時事的な話題への関心が高かったが窺えます。

半井桃水.jpg 一方で、半井桃水に対する女性らしい思慕が、桃水と会う際の浮き足立った様子などからよく伝わってくる。
 その桃水は、実は面食い男で(一葉もいい男好きなのだが)、一葉の求愛を素直に受け容れられなかったという証言が3章に記されていて、ちょっと一葉が可哀想になった―。

半井桃水(1860-1926/享年65)

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飽きずに読める雑学本。自然科学に限らず、歴史など多岐にわたるSF作家の好奇心。

『アシモフの雑学コレクション』.JPGアシモフの雑学コレクション.jpgIsaac Asimov's Book of Facts 3000 of the Most Entertaining, Interesting, Fascinating, Unusual and Fantastic Facts.jpg    世界史こぼれ話2三浦一郎.jpg
アシモフの雑学コレクション (新潮文庫)』 "Isaac Asimov's Book of Facts: 3,000 Of the Most Interesting, Entertaining, Fascinating, Unbelievable, Unusual and Fantastic Facts"(原著)三浦一郎 『世界史こぼれ話 2 (角川文庫)

星新一.jpgアイザック・アシモフ.jpg SF作家アイザック・アシモフ(1920‐1992)による原著には3,000 項目の雑学が収められていて、星新一(1926‐1997)がその中から抜粋して編訳していますが、スッキリした翻訳で楽しみながら読め、また、雑学に潜むアシモフの科学的視点というものも大切に扱っている気がしました。前半部分は自然科学系の雑学ですが、後半部分は歴史、文学、天才、人の死など様々な分野の雑学となっているのが、歴史本も書いているというアシモフらしく、SF作家としての作風が全く異なる星新一も、その好奇心の幅広さ、旺盛さの部分に呼応するものがあったのでしょう。

世界史こぼれ話.jpg世界史こぼれ話 1.2 三浦一郎.jpg 歴史系に限った雑学本では、故・三浦一郎(1914‐2006)の『世界史こぼれ話』('55年/学生社)も楽しい本でした(アシモフのこの本と、歴史に関する部分はトーンが似ている)。『世界史こぼれ話〈続〉 』('56年/学生社)と併せて'73年から角川文庫でシリーズ化され、今のところ自分の手元には2巻しか残っていませんが、全部で6巻まであり、これも、比較的飽きずに読める(もちろん暇潰しにはうってつけの)雑学本でした。

真鍋博.jpg 因みに『アシモフの雑学コレクション』のイラストは星新一のショートショート作品には欠かせない存在だった真鍋博(1932‐2000)、『世界史こぼれ話』(角川文庫)は、北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズのイラストなどで知られた佐々木侃司(1933‐2005)、何だか亡くなった人が多くて、少し寂しい。
真鍋 博

《読書MEMO》
●銀河系のなかで、太陽よりも大きい恒星は、5%しかない。5%といっても、50億個だが。(19p)
●冥王星に直接に行こうとすれば、47年かかる。しかし、木星経由だと、25年ですむ。宇宙船は木星の引力で加速され、より早く行けるのだ。(24p)
●1400年代の初期、世界で最もすぐれた天文学者は、モンゴルの王子だった。テムジン(ジンギスカン)の孫のベグ。サマルカンドに天文台を作り、正確な星図と惑星運行表を作成した。(29p)
●蚕はガの一種だが、長い養殖のため、人間の世話なしには生きられない。(53p)
●インフルエンザは、邪悪な星の「影響(インフルエンス)」のためとされ、この呼称となった。(83p)
●バクダッドに病院をたてる時、場所の選定にある方法を使った。各所に肉の塊をつり下げ、最もくさるのがおそかった地点を、最適とした。(84p)
●アルキメデスは入浴中、浮力の原理を発見し、わかったの意味の「ユリーカ」の叫びとともに、裸で街を走り回った。有名な話だが、古代ギリシャでは裸で運動するのが普通で、男の裸は珍しくなかった。(108p)
●(南北戦争時、)陸軍長官のカメロンは、反乱軍を指揮したリー将軍の家へのいやがらせに、その近くに兵士たちを埋葬した。のちに政府の所有となり、アーリントン軍用墓地となった。
●無名時代、ピカソは寒い時、自分の作品を燃やして、あたたかさを求めた。(177p)
●ゆり椅子の発明者は、ベンジャミン・フランクリン。(209p)
●ニュートンは十代の時、母に言われて学校を中退したことがある。農業がむいているのではないかと期待されて。(210p)

「●文学」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【910】 柴田 元幸 『アメリカ文学のレッスン
「●岩波新書」の インデックッスへ 「●た 太宰 治」の インデックッスへ

太宰"再入門"の試み。読み易く、作品の魅力、味わい処をよく示している。

太宰 治78.JPG太宰治3.jpg太宰治2.jpg     Dazai_Osamu.jpg 太宰 治(1909‐48/享年38)
太宰治 (岩波新書)』〔'98年初版/復刊版〕

 「再入門への招待」と帯にあったように、社会生活に追われ「今さら文学など」という大人のための、太宰文学に対する"再入門"の試みが本書のコンセプトで、個人的にも、「太宰は卒業するもの」という考えはおかしいのではという思いがあり、本書を読みました。

 前期・中期・後期の太宰作品(長編と主要な中・短篇)をかなりの数ととり上げ平易に解説していて、その分入門書にありがちな突っ込みの浅さを指摘する評を見かけたことがありましたが、個人的には必ずしもそう思わず、それぞれの作品の魅力、味わい処をよく示しているのではないかと(冒頭の『たづねびと』の解説などは秀逸)。

 「作品と作者を混同してはならない」とはよく言われることですが、著者はそれぞれの作品と、それを書いたときの太宰の状況を敢えて照合させようとしているようで、太宰の場合、意図的に作品の中に自分らしき人物を登場させたり、「自分」的なものを忍ばせていたりしているケースが多いので、そうした禁忌に囚われない著者のアプローチ方法で良いのではないかと思った次第です。

 後期の作品は、作者が心理的に追い詰められている重苦しいイメージが付きまといがちですが、実際読んでみるとユーモアに満ちた描写が多く、また、その背後に人間に対する鋭い洞察がある―、また、太宰自身が理想とした人間像のブレ(家庭に対する屈折した憧憬など)が本書で指摘されていますが、中村光夫なども「自負心・自己主張の弱さ」という言い方で同じような指摘をしていたなあ。

 但し、中村光夫は、太宰が「嘘」を書くことで逆説的に自信を獲得したとしながらも、晩年の作品は戦前の作品に及ばないものが大部分であるとしていましたが、著者は、晩年の作品も中期の作品と同等に評価しているようで、こちらの方が納得できました。

 太宰の"道化的"ユーモアを突き詰めていくと、対他存在・対自存在といった実存的なテーマになっていくのだろうけれど、そこまで踏み込んではいないのは(匂わせてはいるが)、やはり入門書であるための敢えてのことなのか。

「●精神医学」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1823】 岡田 尊司 『境界性パーソナリティ障害

「人間関係を築けないという障害」の特徴と治療について平易に解説。

自己愛性パーソナリティ障害のことがよくわかる本.jpg自己愛性パーソナリティ障害のことがよくわかる本 (健康ライブラリー イラスト版)』〔'07年〕

 イラストを交え平易に解説した一般向けガイドブックで、「健康ライブラリー」の1冊ですが、同じシリーズに「パーソナリティ障害のことがよくわかる本」がありながら、「自己愛性パーソナリティ障害」を別立てでフィーチャーしているところがミソ。
 この障害に絞って書かれた一般書が少ない中、いきなり専門知識ゼロでも読める本が出たのは、それだけ人間関係に悩んでいる人が多いということなのでしょうか(実際、価値観、家族関係などの社会的変化に伴って、患者数は増加傾向にあるという)。

 「自己愛性パーソナリティ障害」は健康な人間関係を築けないという障害であり、本書によれば、根本にあるのは「愛しているのは自分だけ」という思いで、タイプとしては、次の2つの両極端な現れ方をするとのこと。
 〈周囲を気にかけないタイプ〉 極端に自己中心的。他者から賞賛を求めるが、他者への配慮はなく、傲慢・不遜な態度が目立つ。
 〈周囲を過剰に気にするタイプ〉 気にしているのは他者の目に映った自分の姿。内気に見えるが、尊大な自己イメージを持っている。

 その外のパーソナリティ障害に比べ「自己愛性パーソナリティ障害」は中年層に多いらしく、治療は薬事療法によることもあるが、治療の柱となるのは精神療法で、家族ぐるみの対応が重要となり、批判や説教をすることはタブーであるとのこと。

 「境界例」などと言われる「境界性パーソナリティ障害」は、引き離されること、失うことに過剰反応し、他者に依存しがちであるというのが特徴ですが、自己中心的で、対人関係の問題から情緒不安を招くという点では「自己愛性」に似ているため、実際の区別は難しいとも書かれています。

人格障害かもしれない.jpg 「自己愛性」における〈周囲を気にかけないタイプ〉の代表例が、シェイクスピアの『リア王』のリア王で、〈周囲を過剰に気にするタイプ〉の代表例が、太宰治の『人間失格』の主人公・葉蔵だそうです。
 精神科医の磯部潮氏が『人格障害かもしれない』('03年/光文社新書)の中で、太宰自身を、「境界性人格障害+自己愛性人格障害」としていたのを思い出した―。

「●犯罪・事件」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1726】 池谷 孝司 『死刑でいいです

核心部分が曖昧なため中途半端な印象。被告は、「ひどい」と言うより「異常」なのでは。

秋田連続児童殺害事件 .jpg秋田連続児童殺害事件.jpg
秋田連続児童殺害事件―警察はなぜ事件を隠蔽したのか』(2007/10 草思社)

 '06年に起きた「秋田県連続児童殺人事件」を迫った本で、著者は元警察官のジャーナリスト。これまでにも、'99年の「栃木リンチ殺人事件」、'02年の「神戸大学院生リンチ殺人事件」などを取材し、警察の捜査ミスや事件の隠蔽工作を糾弾していて、その後、栃木の事件では、被害者遺族による国賠訴訟により、最高裁判決('06年)で警察の怠慢と不作為が全面的に認められるに至っています。

 秋田のこの事件では、畠山鈴香被告の特異な言動に注目が集まりましたが、著者は本書において、より問題なのは警察の事件への対応であり、とりわけ、畠山被告の長女・彩香ちゃんの死亡が最初は事故だと見られたことについて、意識的な捜査放置と事実の捏造があったと見ています。
 畠山被告がその過去において、風俗嬢だった、自宅で売春していた、長女を虐待していた等の噂が週刊誌等に載るようになったのも、噂の流出元は警察であり、初動ミスや捏造を隠蔽するための工作であったと―。

 では、なぜ警察はこうした隠蔽工作をしたのか? 畠山被告と警察との間に何か特別な繋がりがあったのではないかと著者は匂わせていますが、それが何であり、そのことを証拠づける証拠は何なのかという具体的記述が本書には無いため、結局は読者の想像に委ねるような形で終わってしまっていて、彩香ちゃん事件発生時に適正な捜査が為されていれば、米山豪憲君殺害事件は発生しなかったという著者の意見には同意できるものの、全体としては週刊誌的とも言える中途半端な印象。

 個人的に関心を抱いたのは「犯罪被害給付制度」について触れられている点で、自らが犯した長女殺害事件を敢えて蒸し返そうとした畠山容疑者の行為が給付金目当てであるとすれば、2件の殺人とも、稚拙ながらも"計画性"を持ったものだったのではと思った次第です。

 ここで思い当たるのは、コリン・ウィルソンが計画殺人を行う者について「彼らに欠けているのは、生命の価値への認識であるが、我々の全てがある程度それを欠いていて、殺人はその普遍的な欠乏の表明である」と述べていることで、長女殺害という罪を犯した後も給付金に固執し続けたとすれば、常人の域を脱した価値観の転倒が感じられます。

 公判で畠山被告は、豪憲君の殺害を認めていていますが、長女への殺意を否認し、弁護人を通じて極刑にして欲しい、たとえ死刑でも控訴しないと言っているとか。

 「ひどい事したのだから極刑は当然」というのが世論の趨勢だと思われますが、罪の償いと言うより、自らの命も含め人命に対する価値を見出せない被告の、"ひどい"と言うよりむしろ"異常な"人格をそこに感じてしまうのは自分だけなのか。

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検察官の仕事を如実に伝えるが、「国民の期待に応える」ということで考えさせられる点も。

ドキュメント検察官 揺れ動く「正義」.jpgドキュメント検察官―揺れ動く「正義」 (中公新書)』〔'06年〕東京地検特捜部.jpg

ドキュメント検察官 揺れ動く「正義」.jpg 「検察」と言えば政官界汚職事件などの不正に鋭く切り込んで脚光を浴びる"特捜部"をすぐイメージしがちですが、本書では、それだけでなく全国の地検などに取材し、我々が普段接することのない検察官の仕事の全貌を如実に伝えてくれています。

 そこには、"「秋霜烈日」の理想を胸に"と帯にあるように、犯罪被害者の代理人的立場で、彼らの無念を晴らそうと捜査に奔走する「正義」の実践者の姿もあれば、裁判員制度の施行に向けて、迅速で解りやすい審理のあり方を模索する姿、更には死刑執行の立会いにおいて(これも検察官の仕事)、これは国家による殺人ではないかと悩む姿などが見られます。捜査だけが彼らの仕事ではなく、選抜された幹部(候補)は、法務省において、法案の根回しといった国会対策や司法行政に絡む仕事もしているのです。

 検察が告訴した事件の99.9%が有罪となっていて、日本におけるこの数字は諸外国と比べても飛び抜けて高いとのことで、これは検察の優秀さ、確実に有罪であるとの見通しが無ければ告訴しないという慎重さの現れだと思いますが、一方で、裁判が始まると、あらかじめ想定した判決から遡及して事件を組み立ててしまう怖れもあるのではないかという気もしました。

 犯罪被害者が自らの無念を晴らそうとする際に、検事に期待するしかないという状況もあるかと思いますが、検事も被害者たちの期待に応えるべく奮闘するという図式がそこにはあり、その結果「遺族感情」と「正義」がダブってしまう―、このことが、政治的・社会的事件においても敷衍されていて、国民感情によって検察が積極的に動いたり、或いは消極的だったりすることがあるのではないかと、個人的には思いました(副題に"揺れ動く「正義」とあるが、これは、検察は今まで自らが信じてきた「正義」に則って行動してきたが、これからはそれだけでは国民の支持・理解は得られないのでは、という意味で使われているようだが...)。"

 中公新書の『ドキュメント弁護士』('00年)、『ドキュメント裁判官』('02年)に続く読売新聞連載シリーズの新書化で、前作から4年をぶりの刊行ということからも「検察」を取材することの大変さが窺えますが、1回に2,3の話を盛り込んだ連載をほぼ焼き写して新書化しているため、カバーしている領域は広いが、1冊の本として読んだ際に"細切れ感"が拭えないのが残念。

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問題の根は深く、児童相談所を責めるだけでは解決にはならないと知った。

児童虐待の相談件数.gif児童虐待 現場からの提言.gif 『児童虐待―現場からの提言 (岩波新書)』 〔'06年〕

 児童虐待事件が報じられる度に批判に晒されるのが児童相談所であり、自分自身も憤りを感じていたのですが、児童相談所に長く勤務し、児童福祉士(ソーシャルワーカー)として現場に携わっている著者による本書を読んで、問題の根は深く、児童相談所を責めるだけでは何ら問題の解決にはならないことを思い知りました。

 そもそも、何が「児童虐待」に該当するのか定義づけが難しく(アンケートでは、家庭での躾の一環としての体罰はやむ得ない場合があるとする親が半数を占めている)、「子どもの安全確保」のためにと言っても、体罰を含む「親の懲戒権」を全部認めないわけにもいかない―。ネグレクトにしても、『はじめてのおるすばん』('72年/岩崎書店)という3歳の子が1人で留守番をする話の絵本がありますが、カナダではこれはネグレクトに該当するので出版できないとか。日本ではそこまで言えないでしょう。

 最も難しい問題は、「子どもの安全確保」のための一時保護などに対し、「児童相談所が福祉警察になりつつある」という批判があることで、子どもを保護しても保護しなくてもそれぞれに批判されるならば、相談員は動きがとれないだろうなあと。'00年に成立した児童虐待防止法は、その後も「岸和田事件」など悲惨な事件が相次いだために、児童相談所の立ち入り権限を強化する方向で改正されていますが、司法(家裁)や警察は、それを認めたり援助したりするだけで、自ら率先しては動かず一歩引いたところにいるという感じ。

 虐待をしている母親自身が被害者であることも多く、児童相談所の仕事は家族カウンセリングの要素を多く含むが、カウンセリングしているところが立ち入り調査や子どもの強制的な一時保護をするとしたら、カウンセリングに必要な信頼関係を築くのは難しいという著者の指摘は尤も。

 本書では、相談員の質・量にわたる不足も指摘していますが、自治体職員として勤務している人は、ローテーション人事で児童相談所や自治体の窓口に居るだけで、まったくの素人みたいな人が多いのも事実。著者は、この問題にあたる人材の育成の必要性を力説していますが、大いに共感させられるとともに、国レベルでの対応の必要(相談所は都道府県の所管)を感じました。

《読書MEMO》
●その後の児童虐待相談件数の推移(平成29年度まで)
平成29年度の児童虐待.jpg

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一般向け「新書」としては、先駆けに位置する本。

児童虐待 ゆがんだ親子関係.jpg 『児童虐待―ゆがんだ親子関係 (中公新書)』 〔'87年〕

 本書は'87(昭和62)年刊行で、児童虐待について書かれた一般向け「新書」としては、先駆けに位置するものではないでしょうか。

 児童虐待が実際にどれぐらい起きているのかは、家庭内の密室でのことであり、表に出ている数字は氷山の一角であると言われていますが、統計数字そのものは、本書の昭和48年に行われた調査の結果などを見ても、既に相当数の報告があったことがわかります(この調査はわが国初の全国調査で、コインロッカーに赤ん坊を遺棄する事件が当時頻発したために行われたものとのこと)。

  本書では児童虐待の種類を、身体的虐待、性的虐待、ネグレクトに大別して、実際例を挙げて解説するとともに、虐待する親たちの事情や「継子いじめの神話」の実態を、統計数字等から慎重に分析しています(虐待した継母が被害者的立場にあったケースが多いことを示唆している)。

 また、被虐待児がどのような成人になるか、そのゆくえを追うのは難しいとしながらも、近年よく聞く「虐待の連鎖」の問題を既に取り上げています(海外の報告例を見ても、児童虐待との相関が最も高いのは、経済的困窮であり、親から虐待を受けたというのはずっと下位の相関になるが、それぞれの母集団が異なるので、結局比較する意味が薄いと言える)。

 本書を読むと、虐待する家族は様々な問題を含むが、まず、親自身が、"自分の病を知らない病人"であることがわかり、こうした親を救済する組織やネッヨワークの確立が、米国などに比べ日本は立ち遅れているということがわかり、この状況は今日まで続いているように思えました。

《読書MEMO》
●章立て
第1部 被虐待児症候群(児童虐待とは何か;児童虐待の歴史;児童虐待の現状)
第2部 虐げられる子どもたち(身体的虐待;性的虐待;ネグレクト--保護の怠慢・拒否;虐待は再発する)
第3部 親と子と(虐待する親たち;継子いじめの神話;虐待された子ら;被虐待児のゆくえ)
第4部 子どもたちを守るもの(治療と援助;児童虐待の法律;声なきマイノリティ・グループのために)

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臨床心理士が検証する「毒物宅配事件」。鬱病患者の心の苦しみに迫る。

Dr.キリコの贈り物.jpg 『Dr.キリコの贈り物』〔'99年〕 草壁の自宅を家宅捜索する捜査官.jpg「草壁」の自宅を家宅捜索する捜査官 [共同通信社]

 '98年12月に杉並区で起きた女性の自殺事件が、宅配便で送られてきた青酸カリを使用したものだったこと、送り主の札幌在住の「草壁竜次」と名乗る27歳の男性も自殺し、2人がインターネットの自殺志願者の集う掲示板で接点があったことなどが判明、当初は"自殺系サイト"で毒物を匿名販売する悪質なネット犯罪とされたが、この「毒物宅配事件」に対し、事件後「青酸カリはお守りだった」と新聞紙上で語った女性が現れ、マスコミの論調も変化する―。

 本書は、この木島彩子という女性の電子メールやネット掲示板への書き込みを中心にノンフィクション小説風に構成されていて、彼女が鬱を病み、自らホームページを開設して心中相手を探したこと、そして、草壁竜次が"自殺系サイト"に毒薬の専門知識を提供し「その量では死ねない」と書いて掲示板から追放されたのを知り、自身のサイトで「ドクター・キリコの診察室」という掲示板を任せた経緯などが書かれています。

 著者はジャーナリストではなく臨床心理士ですが、彩子自身と草壁竜次、更には彩子の心中相手として応募してきた家庭内暴力によるPTSDの女性とのやりとりも含め、3人の鬱病患者が自殺に惹かれるようになる経緯と、死に対するスタンスの違いや変化をリアルに浮き彫りにしています(守秘義務の遵守を小説風に描くという方法論に旨く転嫁させているともとれる)。

 彩子は自殺を敢行しようとするが、草壁はそれを止めることなく彩子に毒薬を贈る(但し、使用せず保管するに留めるという条件付きで)、そして、彩子が結局は自殺に至らなかったことを聞き大喜びする。毒薬が贈られてきた時点では、草壁の真意を測りかねていた彩子だったが―。

 著者は終章の事件分析において、Dr.キリコこと草壁竜次の行為が一種のセラピー的構造を持っていたという位置づけが可能であるとし、但し、そのリスクの大きさから心理療法としては評価できないとしていますが、それは当然の見解でしょう。

 すべての心理療法にはリスクの部分、賭けの要素が伴うことも著者は認めていますが、「お守りとしての青酸カリ」という草壁竜次の考えは、失敗した場合の「自死」という"責任"の取り方も含め、彼固有の観念に基づくもの。

 ただ、彼が毒薬を送ったのは、心療内科などに通院しても鬱が改善されない人に対してだけあり(彼自身がそうだった)、本書は、そうした鬱病患者の心の苦しみに十二分に迫る内容の本であることは間違いないと思います。

「●自閉症・アスペルガー症候群」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【846】 ニキ リンコ 『自閉っ子におけるモンダイな想像力

「自閉症研究の足跡を辿る旅」と「自閉症のわが息子の療育・成長ぶり」の"複合技"。

自閉症の君は世界一の息子だ.jpg 『自閉症の君は世界一の息子だ』 〔'07年〕 NOT EVEN WRONG.jpg  "Not Even Wrong: A Father's Journey Into The Lost History Of Autism" Paul Collins

 米文学研究者で古書関係のべストセラー著作もある著者は、画家である妻と訪れた息子の3歳児健診で、息子に発達障害があることを知らされますが、それ以前に何となく関心を抱いていた18世紀の「野生児ピーター」の、その事跡を追う英国取材旅行中に、"ピーター"が自閉症ではなかったかという記述に出会っていて、息子の存在が自分を「野生児ピーター」へ引き寄せたのではないかという思いにかられます。

 以降、著者の古文書を探る旅は、自閉症研究の足跡を辿る旅へと転じ、「自閉症」の命名者であるレオ・カナーや、自閉症児のサバン症候群(特定能力に秀でた特質)を確認していたがその所見は長く歴史に埋れていたハンス・アスペルガーらの'40年代の研究成果、更にはフロイトの旧居へと遡り、やがて現代に舞い戻って、英国の自閉症の権威バロン=コーへン博士のもとに辿り着きます。
 本書は、こうした自閉症研究を巡る知的な旅の部分と、自閉症であると判明した息子との日常での触れ合いやその療育・成長ぶりを描いた部分が字縄を綯うような構成になって、知識人作家が書いたものらしい内容となっています。

 バロン=コーへン博士の調査によれば、自閉症が発生する家系には工学者、芸術家などが多いとのことで、著者の家系がそれに当て嵌まるのですが、アスペルガー症候群だったと言われるニュートンなどの事例を引いているように、著者はそのことを前向きに捉えようとしているようです。
 マイクロソフト社にビル・ゲイツを訪ねて行っていることも(彼もアスペルガーであると言われている)その表われだと思いますが、確かに、著者の息子は、3歳になっても親の呼びかけに応えない一方で、2歳で既に文字を読み、自閉症者に特徴的な「能力の島」現象を呈している。但し、あまり、この「島」の部分に過剰な期待を寄せるのもどうかという気もしました。

 ただ、そうした取材過程においての興味深い話が多くあるのが本書の特長で、マイクロソフト社で自閉症者が働いていて、また、同社が自閉症センターを匿名出資して設立しているというのもそうですが、一方で、精神病院や刑務所に入れられている人たちの中に多くの自閉症者が含まれている可能性をも、過去の記録を引いて示唆しています。

 原題は"Not Even Wrong"(間違ってすらいない)で、物理学者パウリが論敵の論点のズレを指して言った言葉ですが、本書では、自閉症者のコミュニケーションの特徴(コミュニケーション不全)を表すものとして用いられています。
 それが邦訳では「感動したい症候群」に応えるようなタイトルになっていますが、息子との触れ合いにおいて、ちゃんとそうした場面は用意されています(ノンフィクションですが、やっぱり作家的だなあ、この著者)。

「●LD・ADHD」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【896】 柘植 雅義 『学習障害(LD)

専門家の意見を参照しつつ、ADHDの息子を育ててきた経験から、その対応を示唆。

『手のつけられない子 それはADHDのせいだった』.jpg手のつけられない子 それはADHDのせいだった.jpg  Maybe You Know My Kid.jpg
手のつけられない子 それはADHDのせいだった』 〔'99年〕 "Maybe You Know My Kid: A Parent's Guide to Identifying, Understanding, and Helping Your Child With Attention Deficit Hyperactivity Disorder"

 著者は、ADHD(注意欠陥多動性障害)である自分の息子を育ててきた経験から、ADHDを持つ子どもや大人を支援する団体のメンバーとして啓蒙活動をしている人。原著の初版は'90年とやや古いですが、その後何度か改版されていて、本書は'99年版(第4版)の訳書であり、医学情報や用語の定義なども'99年時のものに改定されています。

 自らの療育経験や専門家の意見をもとに、症状の発見や診断後の対処、実生活での適応のさせ方などがわかりやすく書かれていますが、とりわけ、ADHDの子どもの幼児期にみられる特徴について、1歳まで、1歳から3歳まで、3歳から5歳までに区分して事細かに記されています。

 著者は息子がかなり変った子どもであることに早くから気づいていましたが、医者にも相手にされなかったりして、ADHDであると診断されたのは5歳になってから(息子の幼児期が'80年代前半だったことを考えれば無理もないか)。
 気が散る、衝動的、落ち着きがない、というのがADHDの特徴ですが、こうした症状は3歳ぐらいから目立ち始め、それ以前においても充分見つけることが可能であることを、著者は示唆しています。

 成長の過程において本人の自尊心を大切にすることを強調する一方、就学問題や学校に入ってからの教育的配慮、青年期・成人期に入ってからの問題など、現実問題への具体的対応の仕方も書いてあり、障害児教育が進んでいるという米国でさえ、当時は教育機関などにADHDというものが理解されず苦労したことが窺えます。

 それでも米国では、当時からスクール・カウンセラーのような人がいて、現在ではその質もより向上していると思われます。
 一方、日本では、付録の「日本の事情」に18歳の子どもの3〜5%がADHDであると言われていると書かれているにも関わらず(「教室でじっとしていられない子」は学校現場では単に"わがままな子"として扱われている感じだが、その相当部分はADHDではないかと個人的には思う)、ADHDの相談に乗っている機関は、病院に限って言えば首都圏でも5つぐらいしかないという状況。

 ADHD児の受け入れや支援に関しては、先行している自治体も一部にはありますが、今後は、国・医療機関を含めたトータルな支援が求められるのではないかと思われます。

「●LD・ADHD」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【396】 司馬 理英子 『のび太・ジャイアン症候群〈2〉

多動のないADD(注意欠陥優勢型)にウェイトを置いて書かれた本2冊。

へんてこな贈り物.jpg 『へんてこな贈り物―誤解されやすいあなたに片づけられない女たち.jpg 『片づけられない女たち

 米国精神医学会の診断・統計マニュアル「DSM ‐Ⅲ」で「注意欠陥障害」(ADD)が定義されたのが'80年、その改訂版「DSM‐ⅢR」('87年)でADDは「注意欠陥・多動障害」(ADHD)と改められ、多動を伴わない注意欠陥障害は「分類不能の注意欠陥障害」とされましたが、「DSM‐Ⅳ」('94年)で、ADDのすべてのタイプはAD/HD(注意欠陥/多動性障害)に一元化され、多動のないADDは「注意欠陥/多動性障害・不注意優勢型」に位置づけられました。

 こうしたややこしい経緯を辿ったのは、多動性症候群が早くから認知されていたのに対し、「注意欠陥」というものが症状として認知されるのが遅かったためだと思われます。
 2人の医学博士による『へんてこな贈り物』(原題"Driven to Distraction ")の刊行は'94年、書かれたのは「DSM‐Ⅳ」刊行の直前頃だと思われますが、本書では、多動症状のある人、無い人を含めてADDという表現を用いていて、内容的には「注意欠陥」の方にウェイトが置かれています。

 著者の1人ハロウェル博士(米国)自身が、自らがADDであることに気づいたのが31歳の時で、その後彼はADDの専門医としての道を歩むことになりますが(この経歴は本書を翻訳した司馬理英子氏とよく似ている)、本書では、心理学者としての20年とその内のADD専門医としての10年のキャリアをベースに、ADDとは何か、子供のADD、大人のADD、夫婦や家族のADDについての対処の仕方と、薬物治療を含めた総括的な治療法が書かれています。

 ハロウェル博士は、ADDは多くの問題を引き起こしうるが、エネルギー・直感力・創造性・情熱という強みもあるとしています。
 また、正しい診断を受けることの重要性も説いていて、これは、同じく多動の無いADDについて書かれたサリ・ソルデン女史(米国)の『片づけられない女たち(Women With Attention Deficit Disorder)』('95年原著出版、'00年/ニキ・リンコ訳、WAVE出版)でも強調されていました。
 短期記憶に弱点のあるADDの人は、部屋が片づかずにトッ散らかってしまうことがあるのですが、周囲からは単にだらしの無い人と見られ、ADDであることに自分さえも気づかず悩むことが多いということです。

 両著とも成功体験の重要性を説いていて、それには周囲の理解と助けも必要なのですが、自己の特質に向き合い自分をコントロールできるようになれば、消極性が取り除かれ、その人の人生が良い意味で違ったものになってくるとしています。

 『へんてこな贈り物』の方がADDの人に対する周囲の人たちの対処・アドバイスの仕方中心、『片づけられない女たち』の方が、ADDの人(またはADDである可能性がある人)自身に対するセルフカウンセリング的・啓蒙的な内容となっています。

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