【818】 ○ 氏家 幹人 『かたき討ち―復讐の作法』 (2007/02 中公新書) ★★★★ (○ 岡本 喜八 (原作:生田大作) 「助太刀屋助六 (2002/02 東宝) ★★★☆)

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「さし腹」という怖〜い復讐方法。討つ者と討たれる者の心の闇に迫る"意欲作"?

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かたき討ち―復讐の作法 (中公新書 1883)』「仇討/ Revenge (Adauchi)[北米版 DVD リージョン1] [Import]」「助太刀屋助六 [DVD]

 先妻が後妻に対し、時として女性だけの集団で討ち入る「うらなり打」、遺族が仇敵の処刑を執行する「太刀取」、男色の愛と絆の証として武士道の華と賞賛されたという「衆道敵打」等々、江戸時代の「かたき討ち」という復讐の諸相を、多くの事例を上げて紹介しています。

 一番ぞっとしたのが、切腹の際に仇敵を指名する「さし腹」で、指名された方は、やはり腹を切らなければならないケースが多かったとか。死ぬことが復讐の手段になっているという構図には、やや唖然...。

 「かたき討ち」が、手続さえ踏めば法的に認められていたのは、ベースに「喧嘩両成敗」という発想があり、またその方が後々に禍根を残さずに済んだ、つまり、個別紛争解決の有効な手段と考えられていたようです。
 しかし実際には、仇敵を打った者は、今度は逆に自らが追われる「敵持ち」の立場になったりもし、これではキリが無いなあ。

 「敵持ち」であることはツワモノの証拠であり、結構、武家屋敷で囲われたらしく、これが「囲い者」という言葉の始まりだそうです("愛妾"ではなく"食客"を指す言葉なのだ)。
 しかし、江戸中期以降、「かたき討ち」は次第に演劇化し、実際に行われればそれなりに賞賛されるけれども、一方で、こうした「敵持ち」に駆け込まれた場合の「お引取りいただくためのマニュアル」のようなものができてしまう―。
 江戸前期と、中・後期では、「かたき討ち」のポジショニングがかなり違ってきたようです。

 戦国時代にはさほど無かった「かたき討ち」が江戸初期に急増したのは、失われつつあった戦士のアイデンティティを取り戻そうとする反動形成だったと著者は当初考えていて、仇敵を野放しにしておくことに対する世間からの評価に武士の面子が耐えられないということもあったでしょうが、それにしても、意地だけでここまでやるかと...。
 そこで著者は更に考えを進め、畳の上での死ではなく非命の死こそが本来の"自然死"だという死生観が、当時まだ残っていたためではないかとしています(個人的には少し納得。そうとでも考えないと、命の重さが現在よりもあまりに軽すぎる)。

 一方、「かたき討ち」を行う武士の内的価値観というのは、多分に制度や法によって作られた部分があるのではないかとも思いました。
 その証拠に、父や兄の仇を討つのは認められていましたが、子や妻の仇を討つことは認められておらず、そうすると、実際に子や妻の仇を討った事例も少ない。

 仇の仇を討つなどという場合は、相手が直接的には自分とあまり関係ない人物だったりして、このあたりの、討つ者と討たれる者の心の闇は、著者の言うように、現代人には測り知れないものがある、本書は、そうした闇に迫ろうとした"意欲作"ですが、著者自身がまだ探究途上にあるという印象も。

中村錦之助「仇討(あだうち)」('64年/東映)v.png 検分役が立ち会うような格式ばった「かたき討ち」を描いた映画で思い出す作品に、今井正監督、橋本忍脚本、中村錦之助(萬屋錦之介)主演の「仇討(あだうち)」('64年/東映)がありますが、些細な諍いから起きた決闘で上役を殺してしまった下級武士が主人公で、封建社会における家名尊重の理不尽を描いた今井正監督ならではの作りになっています(昔ビデオ化されていたが、どういうわけかその後、国内ではDVD化されていない)。

 また、最近では、岡本喜八(1924-2005)原案・脚本・監督の「助太刀屋助六」('02年/東宝)が仇討ちの助太刀を生業とする若者を描いた作品で、原作は生田大作の『助太刀屋』であり、"生田大作"は岡本喜八のペンネームであって、漫画として「漫画読本」1969年助太刀屋助六0.jpg4月号(文藝春秋刊)に発表されたものを基に、1969年にオムニバスドラマの一編としてテレビドラマ化され、2002年に真田広之主演で映画化されたものです。同監督の「ジャズ大名」('86年/大映)の系譜と思えるコメディタッチの時代劇に仕上がっていました。仲代達矢が仇討の対象の片助太刀屋助六1.jpg倉梅太郎役で出てきて、検分役のはずの岸部一徳が鉄砲をぶっ放して仲代はあっさり討ち死してしまうというかなり乱暴な流れ。これはあくまで助六を演じた真田広之の映画だったのだなあ。梅太郎が生き別れた実父だったことを知った助六は親の「助太刀屋助六」岸部.jpg仇を討とうとしますが、岸部一徳が演じる御検分役曰く「仇討の仇討」は御法度であるということで、ならばこれは助太刀であるとの助六の言い分も強引。真田広之演じる助六が24歳、鈴木京香演じるお仙はそれより若い「おぼこ」の役という設定もかなりきついです。でも、まあ肩の凝らない娯楽作ではありました。
岸部一徳(榊原織部)

「助太刀屋助六」ド.jpg「助太刀屋助六」●制作年:2001年●監督:岡本喜八●製作:豊忠雄/宮内正喜●脚本:生田大作(岡本喜八)●撮影:加藤雄大●音楽:山下洋『助太刀屋助六』.jpg輔●原作:生田大作(岡本喜八)●時間:88分●出演:真田広之/鈴木京香/村田雄浩/鶴見辰吾/風間トオル/本田博太郎/友居達彦/山本奈々/岸部一徳/岸田今日子(ナレーションも)/小林桂樹/仲代達矢/竹中直人/宇仁貫三/嶋田久作/田村奈巳/長森雅人/滝藤賢一/伊佐山ひろ子/佐藤允/天本英世●公開:2002/02●配給:東宝(評価:★★★☆)
 
鈴木京香/岡本喜八/真田広之

題字・ポスターイラスト:山藤章二
助太刀屋助六 yamahuji.jpg 小林桂樹 棺桶や.jpg 小林桂樹(棺桶屋)

「助太刀屋助六」VHSジャケット
「助太刀屋助六」VHSジャケット.jpg

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This page contains a single entry by wada published on 2007年12月19日 00:17.

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