2007年12月 Archives

「●地誌・紀行」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1299】 島田 誠/森栗 茂一 『カラー版 神戸
「●集英社新書」の インデックッスへ「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ(秋本 治)

路地・家屋に情緒があり、橋の袂・鉄橋下からの目線がペン画のタッチと相俟って新鮮。

両さんと歩く下町.jpg 『両さんと歩く下町―『こち亀』の扉絵で綴る東京情景 (集英社新書)』 秋本 治.jpg 秋本 治 氏

 1976(昭和51)年から週刊少年ジャンプ(集英社)に連載され、単行本で150巻を超える「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(通称"こち亀")の作者・秋本治氏が、東京の下町を背景とした"こち亀"の扉絵(連載の各回の冒頭にくる絵)を集め、下町の情景とその変遷を、まさに歩きながら語ったようなガイドブックで、併せて、作品の中でどのように用いられたかが語られているので、下町の情景を楽しみたい人にも、"こち亀"ファンにも楽しめるものとなっています。

 秋本氏は、亀有の生まれで昭和30年代から東京の下町を見続けてきた人、亀有・千住・浅草・神田・上野・谷中、隅田川に架かる橋の数々などを訪ね歩き、撮った写真から描き起こしたペン画にマンガの主人公たちを配したものを扉絵にしていますが、もともとはマンガの本編の背景だったものが、通常の背景のコマでは大きさなどに制限があるため、扉絵で使ったところ、読者の反響が大きく、いつの間にか扉絵だけで下町情景シリーズのようになったとのこと。

両さんと歩く下町2.jpg 新書見開きの左ページが全部それらの扉絵になっていますが、絵1枚1枚に作者の極私的な思い入れが感じられます。下町と言えば狭い路地や商店街、古い家屋に情緒があり、そうした風景を描いたものも多く含まれていますが、橋の袂(たもと)や鉄橋の下などからの目線で描いた絵も多く、ペン画のタッチと相俟って新鮮な印象を受けました(マンガとして読んでいる時は、扉絵や背景画をじっくり味わうということはあまりなかったからなあ)。

 本書は2004年の刊行で、実際に下町に住んで感じるのは、どんどん街が変わっていくということ(本書の中でも定点観察的に同じ場所から見た昔と最近の風景を描いたものがあるあが)、亀有にも'06年には都内最大級のショッピングセンター「アリオ亀有」がオープンしています。外から見れば、昔の雰囲気を失わない街であってほしいと思っても、そこで住んでいる人にしてみれば、自分たちの生活が便利になることの方が優先課題かも。但し、アサヒビール本社ビルでも大川端リバーシティ21でも、出来てしまえば何となく時間と共に下町の風景に馴染んでくるのが不思議です(隅田川や中川が変わらずにあるというのが1つのポイントだと思う)。

 巻末に著者と山田洋次監督との下町をめぐる対談があり、「寅さんシリーズ」の秘話などを知ることが出来るのも、楽しめるオマケでした。

秋本治 菊池寛賞.jpg 秋本治氏(第64回(2016年)菊池寛賞受賞)(C)ORICON NewS inc.

「●自閉症・アスペルガー症候群」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【388】 ローナ・ウィング 『自閉症スペクトル

基本入門書の"新古典"。科学的関心から興味を持つ人にも手に取りやすい。

自閉症入門 親のためのガイドブック.jpg自閉症入門5.JPG Professor Simon Baron-Cohen.jpg Simon Baron-Cohen
自閉症入門―親のためのガイドブック』〔'97年〕

自閉症スペクトル.jpg 自閉症について書かれた本で「入門書の古典」とされてきたのは、'71年原著出版のローナ・ウィング(英国)の『自閉症児―親のためのガイドブック』('83年/川島書店)で、その全面改訂版にあたる'96年刊行の『自閉症スペクトル―親と専門家のためのガイドブック』('98年/東京書籍)は、現在でも自閉症入門書としてはベストの部類のものであると思われます。

 一方、本書『自閉症入門―親のためのガイドブック』('97年/中央法規出版)は、ウィングの改訂版出版に先駆けて'93年に原著刊行されたもので、それまでの紆余曲折があった研究成果を総括した基本入門書ですが(原題は"Autism: The Facts")、やや大部な『自閉症スペクトル』(邦訳で342ページ)に比べると167ページと半分程度のボリュームで、易しく書かれていて図版も多く、手に取りやすい入門書という点では一押しです。

サリーとアンの実験.gif 「自閉症は家族に遺伝するか」といった自閉症に関する疑問についての科学的解説や、教育によって何ができるか、自閉症の子どもが大きくなったときどうなるかといった現実問題への対処方法を噛み砕いて説明していて、推薦図書リストや用語集なども付されています。

 著者のバロン=コーエン(英国)は、「サリーとアンの実験」として知られる有名な「心の理論」の提唱者で、これが自閉症にのみ当てはまる特徴なのかということについては議論があるようですが、「他人が考えていること理解することが苦手」ということを例証するものとしては画期的な成果で、その後も多くの本で彼の理論は引用されています(但し本書では、自らの理論を「心理的な問題」の1つについての解説として用いているだけで、自閉症について多面的かつコンパクトに纏めるという狙いのもと、全体の記述バランスに配慮がされている)。

 自閉症の子どもが時に見せる得意な能力(著者はこれを「能力の島」と呼んでいる)についても紹介されていて、3歳の少女ナディアの描いた躍動感溢れる馬の素描(本書表紙に使われているのはナディア5歳の時に描いた絵)や、ウィルシャー(Stephen Wiltshire )という少年の1度見た記憶だけを頼りに描いた精緻な風景画は、脳の神秘を扱った日本のテレビ番組やナショナル・ジオグラフィック・チャンルなどで見た人も多いのでは。
 「親のためのガイド」という副題がついていますが、一般の人が科学的関心から読んでも、充分に期待に応える内容だと思われます。

 London-based artist Stephen Wiltshire travels to Tokyo where he views the city
from above and below and draws the buildings and skyscrapers in 7 days, all from
memory.
Stephen_in_Tokyo.jpg
《読書MEMO》
●自閉症の子どもに見られる特徴
  ①社会的関係と社会性の発達に障害
  ②通常の対人コミュニケーションの発達が見られない
  ③関心と行動が、柔軟性や想像力に乏しく、限定的かつ反復的
●自閉症の人の脳に高値に存する化学物質「セロトニン」(69p)
●アンとサリーの実験『心の理論』(78p)

「●社会問題・記録・ルポ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1757】 鎌田 慧 『ドキュメント屠場
「●は行の外国映画の監督②」の インデックッスへ「●「カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリ」受賞作」の インデックッスへ(「カスパー・ハウザーの謎」) 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

27歳まで「言葉」というものの存在を知らなかった聾者に手話で言葉を教えた記録。

0言葉のない世界に生きた男.jpg言葉のない世界に生きた男 シャラー.jpg A MAN WITHOUT WORDS〈Schaller, Susan〉.jpg カスパー・ハウザーの謎es.jpg
言葉のない世界に生きた男』(1993/07 晶文社) "A MAN WITHOUT WORDS" 〈Schaller, Susan〉映画「カスパー・ハウザーの謎」('74年/西独)

 聾者のため手話通訳者だった本書の著者スーザン・シャラーが、27歳になるまで言葉を喋れないどころか「言葉」というものの存在を知らなかった聾者のメキシコ青年イルデフォンソと出会い、彼に手話で言葉を教えていった記録。

 イルデフォンソは、ものに名前があるということを知らず、のっけから彼女は大苦闘しますが、彼が最初の1語(それは「ネコ」という名詞だった)を理解する場面は、ヘレン・ケラーがサリバンの導きで「水」という言葉を獲得した場面のように感動的、但し、ヘレンが歓びにうち震えたのに対し、イルデフォンソは、今までの自らの無知を想ってさめざめと泣く―。

 同じ名詞でも抽象名詞を教えるのは難しく、名詞や形容詞は何とか理解できても、動詞、前置詞、構文、時制と学習が進むにつれ、大きな壁が立ちはだかり、彼女は、知恵遅れの男性を薬で天才にしたが最終的にまた元に戻ってしまうというダニエル・キースの『アルジャーノンに花束を』の話に、自らの行為を重ねてしまう―。

カスパー・ハウザーの謎.jpg野性の少年.jpg でも、努力家で且つ研究熱心な彼女は、「アヴェロンの野生児」や「カスパー・ハウザー」といった先駆的研究資料を調べ、状況打開の糸口を見出そうとしますが、これらは、フランソワ・トリュフォー監督の「野生の少年」('69年/仏)や、「小人の饗宴」('70年/西独)のヴェルナー・ヘルツォーク監督の、カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリ及び国際映画批評家連盟賞を受賞した「カスパー・ハウザーの謎」('77年/西独)でもよく知られているケースで、18・19世紀には"野生児"の発見が話題になり大いに研究されたものの、その後、こうした事例が少ないこともあって、米国などでも、こうした特殊環境で成人した聾者への対処方法を記したものが殆ど無かったことが窺えます。

カスパー・ハウザーの謎」.jpg 因みに「カスパー・ハウザーの謎」は、19世紀初頭のドイツで、親に捨てられ地下室に閉じ込められ、外界との接触を断たれていた若者が、十数年を経て発見され、周囲の努力で知性を回復していく様を、事実に基づき記録映画風に描いた作品ですが(知性を獲得することで世間の人々の自分に対する偏見を肌身に感じるようになる点が悲劇的)、但し、彼が本当に野生児であったのかどうかはこの映画でははっきりしないように思えました(実際には現代においても、親に虐待され、結果として言語教育を全く受ける機会が無かったというケースは、米国などでは珍しいことではないらしいが、そうした状態イコール"野生児"と言えるかどうか)。

カスパー・ハウザーの謎     .jpgカスパー・ハウザーの謎 poster.jpg 映画でカスパー・ハウザーを演じたブルーノ・S は、幼い頃から精神病院に入れられ、何度も脱走を繰り返し、26歳で退院して世間に出たという特異な人物で、実人生が若干カスパー・ハウザーの人生に被るところもあって、演技していうというより素のままぽくって、それでいてリアリティがありました。

「カスパー・ハウザーの謎」輸入版ポスター

lカスパー・ハウザーの謎b85bk3.jpg「カスパー・ハウザーの謎」●原題:JEDER FUR SICH UND COTT GEGEN ALLE●制作年:1974年●制作国:西ドイツ●監督・製作・脚本:ヴェルナー・ヘルツォーク●撮影:: ヨルグ・シュミット・ライトワイン/クラウス・ウィボニー●音楽:パッヘベル/オルランド・ディ・ラッソ/アルビノーニ/ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト●時間:110分●出演:ブルーノ・S/ワルター・ラーデンガスト/ブリジット・ミラ/ハンス・ムゼウス●日本公開:1977/01●配給:欧日協会●最初に観た場所:青山・ドイツ文化センター (84-10-07)(評価:★★★☆)●併映:「ノスフェラトゥ」「ヴォイツェック」(ヴェルナー・ヘルツォーク)

 本書の後半において、スーザンの超人的な努力により手話をマスターしたイルデフォンソでしたが、彼女によるカリキュラムを終えた後、一旦は音信が絶えてしまいます。
 しかし、その後も研究を続ける彼女が、暫くしてイルデフォンソを探し出し、聾者のコミュニティにいる彼を訪ねてみると、そこには聾者同士マイム(身振り)でコミュニケーションをとり合う彼の姿があった―。

 その姿に、言葉を獲得する以前の人類社会のコミュニティをスーザンは重ね合わせてみるのですが、言語学研究という観点から見ると道半ばという印象もやや受けました。
 しかし、もともと学者では無くパートの手話通訳者であった彼女がイルデフォンソをここまで導いたということだけで既に感動的なヒューマン・ドキュメントであることは確かで、『レナードの朝』で知られるオリバー・サックス博士が、彼女の努力と成果に多大の関心を寄せ、本書に序文を寄せています。

「●犯罪・事件」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【918】C・ストール『カッコウはコンピュータに卵を産む

殺人者研究は我々自身を知ることに繋がる...とは言え、あまりに強烈な殺人鬼たち。

『殺人百科』6.JPG殺人百科.jpg コリン・ウィルソンのすべて.jpg 
殺人百科』(1963/06 彌生書房)/自伝『コリン・ウィルソンのすべて』(上・下)

 切り裂きジャック、少女を煮て食べる変態男、棺のコレクションを楽しむ女、若妻の乗った飛行機を爆破した男、夫を募集しては斧でバッサリ殺る女、恐怖の人間ゴリラ(?)、死体を売る夫婦...etc. 古今のショッキングな殺人事件のオンパレードで、これを著したのが、25歳で『アウトサイダー』を世に出し実存主義に対する独自の観点で一世を風靡した鬼才であることを知らず、且つ、「殺人の研究」と題された哲学・社会学的論文が本書に無ければ、単なる殺人記録の蒐集マニアが書いたと思われるかも知れません。

 実際、著者はこれを「読み物」として書いたと言ってますが、それは各事件への考察において彼自身の思想を持ち込むことを避け、出来るだけ真実を的確に表していると思われる記録を記述するように努めたということではないでしょうか。

 冒頭の「殺人の研究」においては(この中でも、ジェイムズ・エルロイのセミ・ノンフィクション小説で知られるブラック・ダリア事件など多くの殺人事件が紹介されている)、殺人者を研究することは我々自身を知ることに繋がるとしていますが、本書で紹介されている殺人は、実際の殺人事件の大部分を占める酒場での喧嘩に端を発したような偶発的殺人ではなく、殺人鬼と呼ぶに値する者による「計画殺人」です。

 彼らは単に異常者であり、我々とは別次元の人間なのか? 著者によれば、殺人者に欠けているのは、生命の価値への認識であるが、我々の全てがある程度それを欠いていて、殺人はその普遍的な欠乏の表明であると(著者は死刑廃止論者でもある)。

 訳本では、300もの殺人事件が載っている原著の5分の1ほどしか拾っていませんが、古典的に有名な殺人犯はよく網羅していて(映画「陽の当たるあたる場所」や「殺人狂時代」のモデルになった殺人犯から、果てはアル・カポネやナチのアイヒマンまで出てくるが)、圧巻は、デュッセルドルフの「怪物」と言われたペーター・キュルテンで、平凡そうな日常生活の裏側で為された猟奇的な犯行の数々は、精神鑑定にあたったベルク教授をして「変質者の王」と言わしめ(故に教授は彼の死刑に反対したが)、死刑執行が凍結されていた当時(1931年)のドイツにおいて執行を再開する契機となりました。

ペーター・キュルテンの記録.jpg ペーター・キュルテンは処刑の日の朝の様子は、「彼は、朝食―カツレツ、ポテトチップス、白ブドー酒―をおいしそうに食べ、お代わりを要求した。そしてベルク教授に向かい、最後の望みは、自分の血がしたたり落ちる音を聞くことであると言った。彼はギロチンにかけられたが、首が胴体を離れる時間まで愉快そうに見えた」ということです。漫画家・手塚治虫は、キュルテンの事件を題材にした短編「ペーター・キュルテンの記録」を1973(昭和48)年に発表しています(『時計仕掛けのりんご-The best 5 stories by Osamu Tezuka 』('94年/秋田文庫)所収)。

「漫画サンデー」(実業之日本社)

 【1963年単行本・1993年改訂増補版[彌生書房]】

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シリーズ中では充実した内容。回答者のコメントが楽しい。中上級編の注目は「十三人の刺客」。

大アンケートによる日本映画ベスト150 0_.jpg 七人の侍 志村喬.jpg  洋・邦名画ベスト1501.JPG
大アンケートによる日本映画ベスト150 (文春文庫―ビジュアル版)』/「七人の侍」/『洋・邦名画ベスト150〈中・上級篇〉』 (表紙イラスト:共に安西水丸

 『大アンケートによる日本映画ベスト150』は、同じ「文春文庫ビジュアル版」の『大アンケートによる洋画ベスト150』('88年)の続編で、この映画シリーズはこの後、

大アンケートによるわが青春のアイドル女優ベスト150  .jpg ◆『大アンケートによるわが青春のアイドル女優ベスト150』 〔'90年〕
 ◆『洋画・邦画ラブシーンベスト150』 〔'90年〕
 ◆『大アンケートによるミステリー・サスペンス洋画ベスト150』 〔'91年〕
 ◆『ビデオが大好き!365夜―映画カレンダー』 〔'91年〕
 ◆『洋・邦名画ベスト150 中・上級篇』 〔'92年〕
 ◆『大アンケートによる男優ベスト150』 〔'93年〕
 ◆『戦後生まれが選ぶ洋画ベスト100』 〔'95年〕

映画イヤーブック1994.jpgと続いています。これらの内の何冊かは、'90年代に毎年刊行されていた現代教養文庫(版元の社会思想社は倒産)の『映画イヤーブック』と共に愛読・活用させてもらいました。角川文庫にも『日本映画ベスト200』('90年)などのアンケート・シリーズがありますが、「ビジュアル版」と謳っている文春文庫のシリーズの方が、掲載されているスチール、ポートレート、ポスターの量と質で、角川文庫のものを上回っています。

Shichinin no samurai(1954).jpg七人の侍 パンフ.jpg7samurai.jpg 本書『邦画ベスト150』には、赤瀬川順・長部日出雄・藤子不二雄A氏らの座談会や、映画通が選んだジャンル別のマイベスト、井上ひさしの「たったひとりでベスト100選出に挑戦する!」といった興味深い企画もありますが、メインの「ベスト150」は、1位が「七人の侍」で、以井上ひさしs.jpg下「東京物語」「生きる」「羅生門」「浮雲」と続く"まともな"ラインアップとなっています。また、井上ひさしの「たったひとりでベスト100選出に挑戦する!」も、第1位が「七人の侍」で、あと「天国と地獄」「生きる」と黒澤作品が続きます(因みに「七人の侍」は、1954年度「キネマ旬報ベストテン」第3位だったが、本書の10年後発表の「キネマ旬報オールタイムベスト・ベスト100日本映画編(1999年版)」では第1位(下段参照))
Shichinin no samurai(1954)  「七人の侍」('63年/東宝)

七人の侍 1954.jpg「七人の侍」.jpg 「七人の侍」の「1位」には、個人的にもほぼ異論を挟む余地が無いという気がします。先にジョン・スタージェス監督の「荒野の七人」('60年/米)を観てオリジナルであるこの作品も早く観たいと思っていたですが、観るのなら絶対に劇場でと思い、リヴァイバル上映を待ちに待って、結局'90年代にニュープリント、リニューアル・サウンドの完全オリジナル版が15年ぶりに公開されたのを機にやっと観ました。渋谷のロードショーシアターへ、休日の昼間ではおそらく行列に並ぶことになるだろうと思い、冬の日の朝一番なら多少すいているかもしれないと思って観にいったら、観客多数のため上映館が急遽変更されていて、渋谷の街中(まちなか)を走った思い出があります。

『七人の侍』(1954) .jpg 「荒野の七人」もいい映画ではあるものの、やはりオリジナルは遥かにそれを七人の侍n.jpg凌ぐレベルの作品だったことを実感しました。アクション映画としても傑作ですが、脚本面でも思想性という面でも優れた作品だと思います。

三船敏郎(菊千代)/土屋嘉男(利吉)

日本映画 洋・邦名画ベストベスト150.JPG 『洋画ベスト150』もそうですが、映画通と言われる特定の映画にこだわりを持った人々からアンケートをとっても、それらを全部を集計してしまうと、一般の映画ファンのアンケート結果とそう変わらないものになるということ、「人目にふれにくい傑作」にテーマを絞った『洋・邦名画ベスト150 中・上級篇』が企画されたのは「むべなるかな」という感じがします。
Jûsan-nin no shikaku (1963)「十三人の刺客」
Jûsan-nin no shikaku (1963).jpg十三人の刺客.jpg 『中・上級篇』の方では、「日本映画ベスト44」の1位が工藤栄一(1929‐2000)監督の「十三人の刺客」、「外国映画ベスト109」の1位は「マダムと泥棒」となっていて、「七人の侍」は前述の通り個人的にも大傑作だと思いますが、「七人の侍」がこれほど賞賛されるならば「十三人の刺客」ももっと注目されるべきであるし、ヒッチコック(個人的は好きな監督)の作品に人気が集まるならば、「マダムと泥棒」も見て!という印象は確か受けます。

十三人の刺客 1963ド.jpg十三人の刺客 1963 片岡 内田.jpg 「十三人の刺客」は、将軍の弟である明石藩主というのが実は異常性格気味の暴君で、事情を知らない将軍が彼を老中に抜擢する話が持ち上がったために、筆頭老中が暴君排除を決意し、暗殺の密命を旗本島田新左衛門に下すというもの。
片岡千恵蔵(島田新左衛門)/内田良平(鬼頭半兵衛)

「十三人の刺客」 ('63年/東映)
十三人の刺客s.jpg十三人の刺客dvd.jpg 片岡千恵蔵演ずる島田新左衛門が集めた刺客は12人で、参勤交代の道中の藩主を襲うが、対する明石藩士は53名。この、2勢力の武士が、何か2匹の生き物のように画面狭しと動き回って、時代劇というよりまさにアクション映画。そうした点では「七人の侍」と見比べると、また違った味があります(脚本の「池上金男」は今年['07年]5月に亡くなった、後に『四十七人の刺客』で新田次郎文学賞を受賞する池宮彰一郎(1923-2007/享年83)。音楽は「ゴジラ」の伊福部昭!)。
十三人の刺客 [DVD]

十三人の刺客 工藤栄一.jpg 本書にもあるように、アクション映画は、シチュエーションを単純にしてディテールに凝ったほうが面白いと言うその典型で、ラストの30分にわたるリアルな決戦シーンとそこに至るまでの作戦の積み重ねは、「早すぎた傑作」と呼ばれるにふさわしく、公開当時はあまり評価されなかったとのこと。大体、時代物に疎く、かなり後になってビデオで観たのですが、劇場で観たかったです(オールド・プリントで、ちょっと画面が暗い。DVDの方はどうなのだろうか(2019年にNHK-BSプレミアムで放映されたものを観たが、クリアな画像だった))。

木村功・土屋嘉男・志村喬       宮口精二           加東大介
「七人の侍」 志村喬 土屋嘉男 木村功.jpg宮口精二 七人の侍2.jpg七人の侍 加東大介.jpg「七人の侍」●制作年:1963年●監督:黒澤明●製作:本木莊二郎●脚本:黒澤明/橋本忍/小国英雄●撮影:中井朝一●音楽:早坂文雄●時間:207分●出演: 志村喬/三船敏郎/木村功/稲葉義男七人の侍 仲代達矢ekisutora .jpg加東大介/千秋実/宮口精二/藤原釜足/津島恵子/土屋嘉男/小杉義男/左卜全/高堂国典/東野英治郎/島崎雪子/山形勲/渡辺篤/千石規子/堺左千夫/千葉一郎/本間文子/安芸津広/多々良七人の侍f.jpg純/小川虎之/熊谷二良/上田吉二郎/谷晃/中島春雄/(以下、エキストラ出演)仲代達矢(右写真)/宇津井健/加藤武●公開:1954/04●配給:東宝 ●最初に観た場所:渋谷東宝(渋東シネタワー4)(91-12-01)(評価:★★★★★
東野英治郎(百姓の子供を人質にとって小屋に立て籠った盗人)

Shibutoh_Cine_Tower.JPG渋東シネタワービル(シネタワー1・2・3・4)

渋東シネタワー 1991(平成3)年7月6日、「渋谷東宝会館」を「渋東シネタワー」と改称し、4スTOHOCINEMAS_Shibuya.JPGクリーンに増設して再オープン。シネタワー1(606席)、シネタワー2(790席)、シネタワー3(342席)、シネタワー4(248席)。2011(平成23)年、上層TOHOシネマズ渋谷 .jpg階にあったシネタワー1と2を閉鎖・改装し、同年7月15日、TOHOシネマズ渋谷スクリーン1・2・3・4がオープン。次いで下層階のシネタワー3・4を改装し、同年11月30日にTOHOシネマズ渋谷スクリーン5・6がオープン。


片岡千恵蔵 in「十三人の刺客」
十三人の刺客 片岡.jpg十三人の刺客 嵐.jpg十三人の刺客 西村.jpg「十三人の刺客」●制作年:1963年●監督:工藤栄一●製作:東映京都撮影所●脚本:池上金男●撮影:鈴木重平●音楽:伊福部昭●時間:125分●出演:片岡千恵蔵/里見浩太朗/嵐寛寿郎/阿部九州男/加賀邦男/汐路章/春日俊二/片岡栄二郎/和崎俊哉/西村晃/内田良平/山城十三人の刺客 里見.jpg十三人の刺客 丹波.jpg月形龍之介.jpg新伍/丹波哲郎/月形龍之介/菅貫太郎/水島道太郎/沢村精四郎/丘さとみ/藤純子/河原崎長一郎/三島ゆり子/高松錦之助/神木真寿雄●公開:1963/12●配給:東映 (評価:★★★★☆)

丹波哲郎/月形龍之介


●キネマ旬報オールタイムベスト・ベスト100日本映画編(1999年版)
1七人の侍 黒澤明

2浮雲 成瀬巳喜男
3飢餓海峡 内田吐夢
3東京物語 小津安二郎
5幕末太陽伝 川島雄三
5羅生門 黒澤明
7赤い殺意 今村昌平
8仁義なき戦い 深作欣二
8二十四の瞳 木下恵介
10雨月物語 溝口健二
11生きる 黒澤明
11西鶴一代女 溝口健二
13真空地帯 山本薩夫
13切腹 小林正樹
13太陽を盗んだ男 長谷川和彦
13となりのトトロ 宮崎駿
13泥の河 小栗康平
18人情紙風船 山中貞雄
18無法松の一生 稲垣浩
18用心棒 黒澤明
21蒲田行進曲 深作欣二
21少年 大島渚
21月はどっちに出ている 崔洋一
21麦秋 小津安二郎
21復讐するは我にあり 今村昌平
26家族ゲーム 森田芳光
26砂の器 野村芳太郎
26青春残酷物語 大島渚
26人間の条件 小林正樹
26また逢う日まで 今井正
31一条さゆり 濡れた欲情 神代辰巳
31キューポラのある街 浦山桐郎
31けんかえれじい 鈴木清順
31幸せの黄色いハンカチ 山田洋次
31Shall we ダンス? 周防正行
31にっぽん昆虫記 今村昌平
31夫婦善哉 豊田四郎
38愛を乞うひと 平山秀幸
38赫い髪の女 神代辰巳
38遠雷 根岸吉太郎
38仁義の墓場 深作欣二
38ソナチネ 北野武
38天国と地獄 黒澤明
38日本のいちばん長い日 岡本喜八
38日本の夜と霧 大島渚
38野良犬 黒澤明
38ゆきゆきて、神軍 原一男
38竜二 川島透
49安城家の舞踏会(未見) 吉村公三郎
49おとうと 市川崑
49隠し砦の三悪人 黒澤明
49十三人の刺客 工藤栄一
49近松物語 溝口健二
49もののけ姫 宮崎駿
55青い山脈 今井正
55神々の深き欲望 今村昌平
55キッズ・リターン 北野武
55櫻の園 中原俊
55青春の殺人者 長谷川和彦
55台風クラブ 相米慎二
55丹下左膳余話・百万両の壷 山中貞雄
55天使のはらわた 赤い教室(未見) 曾根中生
55楢山節考 木下恵介
55野菊のごとき君なりき 木下恵介
55宮本武蔵 五部作 内田吐夢
55竜馬暗殺 黒木和雄
67赤線地帯 溝口健二
67赤ひげ 黒澤明
67駅・STATION 降旗康男
67恋人たちは濡れた 神代辰巳
67サード 東陽一
67細雪 市川崑
67三里塚 辺田部落(未見) 小川紳介
67青春の蹉跌(未見) 神代辰巳
67日本の悲劇 木下恵介
67の・ようなもの 森田芳光
67裸の島 新藤兼人
67張り込み 野村芳太郎
67乱れ雲 成瀬巳喜男
67約束 斎藤耕一
67野獣の死すべし 村川透
82愛のコリーダ 大島渚
82赤ちょうちん 藤田敏八
82赤西蠣太 伊丹万作
82悪魔の手鞠唄 市川崑
82稲妻 成瀬巳喜男
82鴛鴦歌合戦 マキノ正博
82お葬式 伊丹十三
82影武者 黒澤明
82火宅の人 深作欣二
82カルメン故郷に帰る 木下恵介
82きけわだつみの声(未見) 関川秀雄
82CURE 黒沢清
82沓掛時次郎 遊侠一匹 加藤泰
82蜘蛛巣城 黒澤明
82狂った果実 中平康
82午後の遺言状 新藤兼人
82秋刀魚の味 小津安二郎
82次郎長三国志 マキノ雅弘
82新宿泥棒日記 大島渚
82砂の女 勅使河原宏
82素晴らしき日曜日 黒澤明
82戦場のメリークリスマス 大島渚
82Wの悲劇 澤井信一郎
82忠次旅日記・全三部(未見) 伊藤大輔
82ツィゴイネルワイゼン 鈴木清順
82椿三十郎 黒澤明
82東海道四谷怪談 中川信夫
82どついたるねん 阪本順治
82肉弾 岡本喜八
82日本春歌考 大島渚
82人間蒸発 今村昌平
82八月の濡れた砂 藤田敏八
82笛吹川 木下恵介
82豚と軍艦 今村昌平
82真昼の暗黒 今井正
82めし 成瀬巳喜男
82酔いどれ天使 黒澤明
82私が棄てた女 浦山桐郎

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スチールが豊富でレイアウトがダイナミック。

昭和外国映画史0.JPG昭和外国映画史.jpg 昭和外国映画史2.jpg
昭和外国映画史―「月世界探検」から「スター・ウォーズ」まで (1978年)

 「1億人の昭和史」という毎日新聞社の雑誌の別冊シリーズ(今で言う"ムック")として刊行されたものです。

「月世界探検」(1902)
月世界探検.jpg 一応「昭和」とタイトルにありますが、1908(明治41)年公開の「月世界探検(月世界旅行)」('02年/仏)から取り上げていて(これ、8mmフィルムで観たことがあるが、"大掛かりな学芸会"みたいな作品だった)、日本で公開された外国映画をスチールで紹介する「全史」となっています。10年単位で均等に作品を取り上げているため、20世紀初期の多くの無声映画が紹介されているなど、類書に比べ相対的に古典的作品が詳しく紹介されていることになっています。

IMG_2849.JPG 本書自体が'78(昭和53)年の刊行なので、昭和を10年残したところで終わっていますが、掲載されているスチールの総数は千枚近いのではないかと思われます。大胆でダイナミックなレイアウトにより、外国映画の持つスケールと迫力、豊かな情感が伝わってきて、まだ観ていない映画も見たくなってきます。

 1枚のスチール写真で1ページ、更には見開きページを使っている作品もあり、因みに見開き掲載となっているのは、「未完成交響曲」(昭和10年公開)、「駅馬車」(昭和15年公開)、「風とともに去りぬ」(昭和27年公開)、「スター誕生」、「旅情」(共に昭和30年公開)、「荒野の七人」(昭和36年公開)、「ゴッドファーザー」(昭和47年公開)等々。

IMG_2848.JPG あくまでも日本での公開順に昭和を10年単位で区切り(「戦艦ポチョムキン」('25年/ソ連)などは昭和40年代のグループにある)、併せて時代風潮と映画業界の動向を総括していますが、例えば、昭和30年代の冒頭には、日本初の"シネラマ劇場"「テアトル東京」の写真があり、当時1日1万人近い観客が押しかけたのこと(現在の京橋駅近くの「ル・テアトル銀座」の場所にあった)。

 自分も'81年の閉館直前の頃ですが、ここで「地獄の黙示録」「天国の門」などを観た思い出があり、その頃にはもうガラガラに空いていましたが(ロードの終わりの頃だったのかなあ)、初体験の2チャンネル・サウンドや湾曲したスクリーンの記憶は消えません。

「風と共に去りぬ」」パンフレット(1975年リバイバル公開版)
風と共に去りぬ パンフ00.JPG オールド・ムービーについて知る手引きとして楽しませてもらい、今も手元に置いていますが、「1枚のスチールは10の解説よりも雄弁」という思いを強く抱かされます。

 「風とともに去りぬ」('39年/米)が本書のちょうど真ん中にくるぐらいでしょうか(前の方には、自分の知らない古典的作品がいっぱいある)。
  1930年代に「風と共に去りぬ」のようなスケールの大きな映画がアメリカで作られ、それを日本人が1950年代になって初めて観て驚き、こんな映画を作った国と戦争しても勝てるはずがなかったのだと改めて思ったわけだなあ(小津安二郎や徳川夢声は戦時中に日本軍の被占領地(シンガポール)でこの映画を観ている)。

風と共に去りぬ パンフ01.JPG アカデミー賞の作品賞・監督賞・主演女優賞・助演女優賞・脚色賞・撮影賞・室内装置賞・編集賞・制作賞・特別賞受賞(主演女優賞のヴィヴィアン・リーは、1939年(第5回)ニューヨーク映画批評家協会賞の主演女優賞も受賞)。アメリカ国内での興行収入は、チケット価格のインフレ調整計算すると歴代1位になり、日本でも高度成長期を中心に10回以上リバイバル上映され、今日も世界中のどこかの映画館で必ず上映されていると言われるスゴイ映画です。因みに、世界で初めてテレビ放映されたのも日本においてです(1975年/日本テレビ系列)。

風と共に去りぬ パンフ02.JPG「風と共に去りぬ」●原題:GONE WITH THE WIND●制作年:1939年●制作国:アメリカ●監督:ビクター・フレミング●製作:デヴィッド・O・セルズニック●脚本:シドニー・ハワード●撮影:アーネスト・ホーラー/レイ・レナハン●音楽:マックス・スタイナー●原作:マーガレット・ミッチェル●時間:231分●出演:ヴィヴィアン・リー/クラーク・ゲーブル/レスリー・ハワード/オリヴィア・デ・ハヴィランド/トーマス・ミッチェル/バーバラ・オニール/ハティ・マクダニエル/イヴリン・キース/アン・ラザフォード/ハリー・ダベンボート/ローラ・ホープ・クルーズ/キャロル・ナイ/オナ・マンスン/カミー・キング●日本公開:1952/09●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:池袋文芸坐(78-06-03)(評価:★★★★)

月世界旅行 dvd.jpg月世界旅行1.jpg月世界旅行2.jpg 「月世界旅行」(げつせかいりょこう)●原題:THE TRIP TO THE MOON(Le Voyage dans la Lune)●制作年:1902年●制作国:フランス●監督・製作・脚本:ジョルジュ・メリエス●原作:ジュール・ヴェルヌ/H・G・ウェルズ●時間:14分●出演:ジョルジュ・メリエス/ブリュエット・ベルノン/ ジュアンヌ・ダルシー/ヴィクター・アンドレ/アンリ・デラヌー●日本公開:1905/08●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:杉本保男氏邸(81-01-31)(評価:★★★?)
月世界旅行&メリエスの素晴らしき映画魔術 Blu-ray」['12年] 2010年彩色版

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「男道」の伝統は武士から駕籠かきを経由してヤクザに引き継がれた?

サムライとヤクザ.png 『サムライとヤクザ―「男」の来た道 (ちくま新書 681)』 〔'07年〕

 本書によれば、戦国時代が終わり江戸時代にかけて、「男道」は次第に武士のものではなくなり、「かぶき者」と言われた男たちが戦国時代の余熱のような男気を見せていたのも一時のことで、「武士道」そのものは形式的な役人の作法のようなものに変質していったとのことです。

 では、誰が「男道」を継承したのかと言うと、藩邸が雇い入れた"駕籠かき"など町の男たちだったそうで("火消し"がそうであるというのはよく言われるが、著者は"駕籠かき"の男気を強調している)、こうした男たちの任侠的気質や勇猛果敢ぶりに、かつて武士のものであった「男道」を見出し、密かに賞賛を贈る人が武士階級にもいたようです。

 また、同様の観点から、鼠小僧次郎吉が捕えられた際の堂々とした態度に、平戸藩主・松浦(まつら)静山が『甲子(かっし)夜話』で賛辞を贈っているとも(松浦静山に限らず、同様の例は他にもある)。

 江戸初期に武士の間に流行った「衆道」(男色)の実態(多くがプラトニックラブだったらしいが、生々しい記録もある)についてや、17世紀後期には幕臣も藩士も殆どが、一生の間に抜刀して戦うことなく死を迎えたという話、松宮観山が書いた、"泰平ボケ"した武士のための非常時マニュアル『武備睫毛』とか、興味深い話が盛り沢山。

江戸藩邸物語―戦場から街角へ.jpg 但し、武士の「非戦闘化」、「役人化」を解説した点では、『江戸藩邸物語―戦場から街角へ』('88年/中公新書)の続きを読んでいるようで、本書のテーマはナンだったかなあと思ったところへ、最後の章で、ヤクザの歴史が出てきました。

 江戸史に限らずこちらでも、著者は歴史資料の読み解きに冴えを見せますが、なぜ今の世において政治家も企業家もヤクザに引け目を感じるのかを、松浦静山の鼠小僧次郎吉に対する賛辞のアナロジーで論じているということのようです、要するに。

 「男道」は武士から駕籠かきを経由してヤクザに引き継がれていたということで、政治家や企業家が彼らを利用するのは、武士が武威を他者に肩代わりさせてきたという歴史的素地があるためとする著者の考察は、面白い視点ではあるけれど、素人の感覚としては、やや強引な導き方という印象も。
 この考察をどう見るかで、本書の評価は分かれるのではないでしょうか。

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CGがいいか、筆画がいいか。研究成果とともに変遷する恐竜画(像)。

寺越慶司の恐竜.jpg 『寺越慶司の恐竜』 恐竜.jpg 『恐竜 (小学館の図鑑NEO)
( 25.6 x 24.8 x 2 cm)

小田隆.jpg 「小学館の図鑑NEO」シリ-ズの第1期全16巻が5年がかりで出揃いましたが、その殆どを買い揃え、NEO版『恐竜』('02年)も当然購入済み。この『恐竜』に最も多く「恐竜画」を提供しているのが、市川章三、小田隆の両画家で、背景画も含めた迫力ある恐竜画などは、挿絵と言うより絵画作品に近いものがあります(時々、署名が入っているものがありますが、その気持ちワカル)。
小田 隆 氏 (古生物アーティスト)

寺越慶司.jpg  NEO版『恐竜』の両氏の絵は、筆を用いて描かれてた油彩乃至アクリル画だと思われますが、一方、この寺越慶司氏はCGによる恐竜画の第一人者で、本書『寺越慶司の恐竜』に描かれた恐竜は、目の輝きや皮膚の質感は、CGならではのリアルさです(「図鑑」と言うより「CG画集」の趣き)。
寺越 慶司 氏 (CGアーティスト)

 どちらが良いかはその人の好みの問題だと思いますが、皮膚の彩色では、市川氏や小田氏が筆で描いたものの方が凝った感じで、恐竜の大きさをイメージさせる遠近感も出ているかも(但し、皮膚の色については、皆さん想像で描いているわけですが)。

一般書店向けのチラシ.jpg 一方、皮膚の質感や光沢は、寺越氏のCGの方がより本物に近く見せていて(何となく既視感を感じるのは、これが映画「ジュラシック・パーク」などの恐竜とダブるため?)、本書前半部分では闘う・反撃する・追う・追われる・吠える・育てるといったテーマごとに恐竜たちを描いていますが、精緻さが絵をよりダイナミックなものにしています。

 本書では、図鑑形式をとりながらも、その恐竜画を描いた際の経緯や工夫・研究した点が所々記されていて、著者のそれぞれの恐竜に対する思い入れが感じられます。
 興味深いのは、同種の恐竜が時代とともに描き方が変遷していることを、自らの作品において示していることです。

 市川、小田両氏もそうですが、寺越氏も、最新の古生物学の研究情報を基に描画していて、この世界、どんどん新たな恐竜の化石の発見や、定説を覆すような研究成果の発表があるらしく、そうした動きに対応していこうとするならば、今後は、描き直しが難しい筆画よりもCG画の方がアドバンテージは高いということになるのでしょうか。
 ただし、寺越氏の描画工程が本書に紹介されていますが、これ見ると、CGも決して楽ではないことがよくわかります。

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イラクの政治・宗教・経済・市民生活などを知る上ではわかりやすい入門書。

イラク.jpg 『イラク (光文社新書)』〔'03年〕 タリバン.jpg 『タリバン (光文社新書 (003))』〔'01年〕

 イラク戦争開戦('03年)直前のイラクの政治・宗教・経済・市民生活などを知る上では、わかりやすく書かれた本で、ペルシャ帝国来のイラクの歴史についても触れられていて、今読んでも充分参考になります。

 著者の田中宇(たなか さかい)氏は元共同通信者記者でフリーの国際ジャーナリスト、同じ光文社新書では、創刊ラインアップの1冊として『タリバン』を「9.11同時多発テロ」の翌月に上梓していますが(内容的にはタリバン自体よりもアフガン情勢が主)、本書『イラク』の刊行は、イラク戦争におけるアメリカの爆撃開始直前でした(実際、戦争を予想して本書は書かれている)。

 田中氏は、ウェブ上の海外サイトで情報収集し、自らのニュースサイトに記事を書き、更に解説メールの配信を行うことを中心に活動していますが、『仕組まれた9.11』('02年/PHP研究所)など、ネット情報のどの部分を拾ってきたの?といった内容の本もあり、但し、この『タリバン』と『イラク』については現地取材をしていて、とりわけ、インターネットとは逆の"地を這うような"目線で書かれた部分が多い本書『イラク』は、日本人の知らないイラクの人々の一面が描かれていて興味深いものでした。

 小学校の取材では、独裁政権下でスローガンを連呼する小学生が何となくラテン的だったり、クルド人の生徒が拍手で紹介されるようなヤラセっぽい演出があったり、また、バクダッド市内には、日本の秋葉原や六本木とよく似た雰囲気の街があり、そこで働く若手事業家は...といった具合で、この辺りの淡々としたルポルタージュ感覚がいい。

 僅か2週間の滞在で、しかも、当局が用意した"取材ツアー"の枠内での取材が多かったようですが、劣化ウラン弾に汚染された街なども取材して、白血病・癌などの子供が多く入院する病院とその近くにある子供専用墓地が痛ましいです。

 政情分析についても、湾岸戦争後の経済制裁でフセイン政権への求心力が強まり、その後の制裁緩和で求心力が失われたとか、「戦争が近い」という状況がアメリカ側・イラク側両方の政権にとって好都合なものであるといった分析は、あながちハズレではないのでは(あまり強調しすぎると「仕組まれた9.11」のような論調になってしまうのだろうけれど)。

 前段の歴史解説の部分で、中近東の宗教的対峙が、オスマン帝国を解体しようとした西欧列強に起因することはおおよそ知識としてありましたが、「シーア派」の教義は被征服国ペルシャの宗教をコーランに当て嵌めたもので、偶像崇拝的な面があるというのは初めて知り、聖地の廟を訪れる人たちの様は「浅草詣」っぽく、廟の金具を触ったり額をくっつけたりするのは、柱に触ると縁起がいいという「善光寺詣」に似ているのが、個人的には興味深かったです。

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「無脳症」の赤ん坊の写真に衝撃。劣化ウラン弾による核被害の深刻さが重く伝わってくる。

イラク湾岸戦争の子どもたち 劣化ウラン弾は何をもたらしたか.jpg      湾岸戦争の子供たち (森住卓写真集) - 英語.gif       森住 卓.bmp  森住 卓 氏(1951年生まれ)
イラク・湾岸戦争の子どもたち―劣化ウラン弾は何をもたらしたか』/英語版 『湾岸戦争の子供たち』

 フォトジャーナリストである著者が、'98年から'01年にかけてイラクを4回訪れ取材したものを、写真集として纏めたもので、タイトル通り殆どがイラクの子どもたちを撮った写真ですが、当時の経済制裁下の貧困の中、何とか明るく生きようとしている子どもたちの逞しさが伝わってくる一方、栄養失調や白血病のため入院・治療生活を送っている子たちの写真も多く含まれていて心が痛みます。

米原 万里(よねはらまり)エッセイスト・日ロ同時通訳.jpg 本書のことは、ロシア語通訳の故・米原万里氏が以前に書評で取り上げていて知りました。
 著者にとっては、旧ソ連の核実験場周辺に住む人々の生活と核による被害状況を5年間に渡り取材した『セミパラチンスク-草原の民・核汚染の50年』('99年/高文研)を上梓した(多分、この本で米原氏は著者の仕事に関心を寄せたのだろう)次の仕事で、最初はイラクは危険な国ということで敬遠していたようですが、「湾岸戦争」に従軍した米兵を親として生まれてきた子に癌や先天性障害が見られたという話は以前から聞いていたとのことで、イラクで医療支援をしている伊藤政子氏の講演会でイラクの核被害状況の話を聞き、いてもたってもいられなくなってイラクへ入ったとのことで、結局この仕事も4年間に及ぶ長期取材となりました。

イラク・湾岸戦争の子どもたち.jpg 写真は殆どがモノクローム、ルポルタージュとしてのトーンも抑制されていて、それだけに却って、現地の核被害の深刻さが重く伝わって来ます。

 「湾岸戦争」時に使われた劣化ウラン弾により、イラクの大地には広島に投下された原爆の1万4千倍から3万6千倍の放射能がばらまかれたとのこと、実際、栄養失調と併せて、劣化ウラン弾の影響による白血病や癌で亡くなる子が非常に多いということで、病院で、生まれたばかりの健康な赤ん坊が眠る隣で、「無脳症」で生まれ、迫り来る死と戦っている赤ん坊の写真にはショックを受けました。

 当時('02年初頭)イラクを「悪の枢軸」の1つと見做し、攻撃をちらつかせる米国ブッシュ大統領に対し、「この写真を見た上で、それでもなおかつ爆撃を強行するとしたら...私は言うべき言葉を知らない」と著者は結んでいますが、1年後には本当に戦争を始めてしまった...。しかも、その「イラク戦争」においても、劣化ウラン弾が使用されたという...。

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"打ちのめされるような"凄い姿勢。最初で最後の書評集になってしまったのが残念。

打ちのめされるようなすごい本.jpg 『打ちのめされるようなすごい本』 〔'06年〕 米原 万里(よねはらまり)エッセイスト・日ロ同時通訳.jpg 米原 万里 (エッセイスト・日ロ同時通訳、1950-2006/享年56)

 '06年5月に癌で亡くなった著者の書評集で、「週刊文春」連載の読書日記の'01年1月から'06年5月までの掲載分ほか、読売新聞の書評欄など他メディアに掲載した書評を収録しています。
 著者の本を読むのは初めてで、文春の連載は"見て"いましたが、こうして纏まったものをじっくり読んでみると、何かと収穫が多かったです。

 個人的には実質星5つですが、この人はエッセイ・小説でも賞を受賞している凄い人なので、そちらを読んでみてからということで星半個分出し惜しみしたかも(昔の体操かフィギアスケートの採点みたいだなあ)。
 文春書評欄で、"知の巨人"と呼ぶ人もいる立花隆氏や、仏文学者でビブリオマニアに近いと思われる鹿島茂氏らに堂々伍して書いているのも凄いし(もともと文筆家じゃなくてロシア語通訳が本職だったわけだから)、また、癌に侵されても「癌治療本を我が身を以って検証」する一方(それらに振り回されたような結果になったのが残念)、継続して広範囲の分野の本を紹介し続け、知識吸収意欲は萎えるどころか昂進している感じで、そのことも凄い、とにかく書評以前に、著者自身の姿勢に感服させられてしまったという思いもあります。

 一般に読みやすい本、入手しやすい本も多く含まれていて、立花隆氏の書評と比べると、読者にこの本を是非とも読んでほしいという気持ちが強く伝わってくる内容だと思います。
 但し、ロシア関係の本は小説・ノンフィクションを問わず、さすがに専門的なものが含まれていますが(鹿島茂氏が、他所で『知られざるスターリン』や『真説ラスプーチン』をとり上げていたのは、もしかして著者の影響ではないか)、一国の近現代史に通暁しているということが、そのまま、チェチェン、アフガニスタン、その他中東・アジア諸国などの周辺民族・諸国の動向を分析する眼力となっていることを、また通訳経験などを通して培われた、権力者分析などにおける透徹した視線を感じました。

 立花隆氏との共通項で一番に思いつくことは、ネコに関する本をとり上げていることかな。

 【2009年文庫化[文春文庫]】

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"本探し"ではなくこの書評集自体を楽しむ気持ちで読めば...。

ぼくが読んだ面白い本・ダメな本そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術.jpgぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術.jpg 『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』 〔'01年/文春文庫'03年〕

 『ぼくはこんな本を読んできた-立花式読書論、読書術、書斎論』('95年/文藝春秋)に続く読書論・書評集で、書評部分は、「週刊文春」連載の「私の読書日記」の、前著が'92年8月から'95年10月までの3年分を収録していたのに対し、本書は、'95年11月から'01年2月までの5年分を収録、前著は書評部分が本全体の半分弱だったのに対し、本書は8割が書評で、書評を楽しみたければこっちの方がいいかも。

 前著を読んだ時は、書庫(兼仕事場)として地上3階、地下1階の「ねこビル」を建てたという話の印象が強く、また圧倒され、書評の方は難しくて高価な本が多くてあまり楽しめませんでしたが、本書には、著者の「書評」を書く際のスタンスが(前著にも一応あったのだが)よりわかり易く記されていて、お陰で楽しめました(選んでいる本の難易度も価格帯の高さも相変わらずなのだが)。

 著者が書評で取り上げるのは、原則として自身の仕事とは関係ない本で、雑誌の原稿締切り近くに書店に行って見つけてきた所謂"旬の本"から選んだものであるとのこと(大書店に行かないと無い本が結構多いように思うが)、但し、通常の「書評らしい書評」、または「ヒマ人用の趣味的な書評」として書いているのではなく、そうしたヒマ人が一生手に取ることのないような、しかし本として価値があるものを、敢えて紹介しているとのこと。

 個人的には、以前は、読むべき本を探す気持ちがどこかにあって、逆にこの人の書評を楽しめない面があったかも...。著者の意図に反するかも知れませんが、この書評集自体を楽しむ気持ちで読めば、難しくて高価な本から、面白いところだけ抜き出して見せてくれているのは、有り難いことであるとも言えます。
 著者自身、意識していることですが、「奇書」の含まれている比率が高いと言うか、この人、何でも極端な話が好きみたい(その部分だけだと面白いけれど、何千円も払って本そのものを購入する人の比率は少ないのではないか)。

 「最後まで読まなければならない本」(推理小説など)、「速読してはいけない本」(文学作品など)は含まれておらず、そうした本は著者にとっては「タイムコンシューマー」(時間浪費)であり、要するに小説は著者のこの書評シリーズには含まれていません。
 この割り切りも、スッキリしていて良いと思えてきました。

 【2003年文庫化[文春文庫]】

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「さし腹」という怖〜い復讐方法。討つ者と討たれる者の心の闇に迫る"意欲作"?

かたき討ち―復讐の作法.jpg 『かたき討ち―復讐の作法 (中公新書 1883)

 先妻が後妻に対し、時として女性だけの集団で討ち入る「うらなり打」、遺族が仇敵の処刑を執行する「太刀取」、男色の愛と絆の証として武士道の華と賞賛されたという「衆道敵打」等々、江戸時代の「かたき討ち」という復讐の諸相を、多くの事例を上げて紹介しています。

 一番ぞっとしたのが、切腹の際に仇敵を指名する「さし腹」で、指名された方は、やはり腹を切らなければならないケースが多かったとか。死ぬことが復讐の手段になっているという構図には、やや唖然...。

 「かたき討ち」が、手続さえ踏めば法的に認められていたのは、ベースに「喧嘩両成敗」という発想があり、またその方が後々に禍根を残さずに済んだ、つまり、個別紛争解決の有効な手段と考えられていたようです。
 しかし実際には、仇敵を打った者は、今度は逆に自らが追われる「敵持ち」の立場になったりもし、これではキリが無いなあ。

 「敵持ち」であることはツワモノの証拠であり、結構、武家屋敷で囲われたらしく、これが「囲い者」という言葉の始まりだそうです("愛妾"ではなく"食客"を指す言葉なのだ)。
 しかし、江戸中期以降、「かたき討ち」は次第に演劇化し、実際に行われればそれなりに賞賛されるけれども、一方で、こうした「敵持ち」に駆け込まれた場合の「お引取りいただくためのマニュアル」のようなものができてしまう―。
 江戸前期と、中・後期では、「かたき討ち」のポジショニングがかなり違ってきたようです。

 戦国時代にはさほど無かった「かたき討ち」が江戸初期に急増したのは、失われつつあった戦士のアイデンティティを取り戻そうとする反動形成だったと著者は当初考えていて、仇敵を野放しにしておくことに対する世間からの評価に武士の面子が耐えられないということもあったでしょうが、それにしても、意地だけでここまでやるかと...。
 そこで著者は更に考えを進め、畳の上での死ではなく非命の死こそが本来の"自然死"だという死生観が、当時まだ残っていたためではないかとしています(個人的には少し納得。そうとでも考えないと、命の重さが現在よりもあまりに軽すぎる)。

 一方、「かたき討ち」を行う武士の内的価値観というのは、多分に制度や法によって作られた部分があるのではないかとも思いました。
 その証拠に、父や兄の仇を討つのは認められていましたが、子や妻の仇を討つことは認められておらず、そうすると、実際に子や妻の仇を討った事例も少ない。

 仇の仇を討つなどという場合は、相手が直接的には自分とあまり関係ない人物だったりして、このあたりの、討つ者と討たれる者の心の闇は、著者の言うように、現代人には測り知れないものがある、本書は、そうした闇に迫ろうとした"意欲作"ですが、著者自身がまだ探究途上にあるという印象も。

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武士道のを説く者の裏側にある嫉妬心。男の嫉妬は、屁理屈を伴う?

男の嫉妬 武士道の論理と心理.jpg 男の嫉妬 武士道の論理と心理2.jpg 山本 博文氏.jpg 山本博文 東京大学史料編纂所教授/略歴下記)
男の嫉妬 武士道の論理と心理 (ちくま新書)』〔'05年〕

 江戸時代のエリート階層であった武士がその価値観・倫理観の拠り所とした武士道ですが、その実践や評価をめぐっては、背後に「男の嫉妬」の心理が働いていたことを、多くの史料を読み解きながら明かしています。

 例えば、江戸初期の辛口御意見番・大久保彦左衛門が、「崩れ口の武辺」(退却する敵を追って仕留めた武勲)で出世した者を貶しているのは、自らが戦国時代に激戦を生き抜いたプライドがあるためで、中途半端な「武辺」で出世する輩を批判する背後には、著者の言うように、ある種の嫉妬心もあったのかも。

 著者によれば、「男の嫉妬」とは彦左衛門の例のように、かくあるべきというそれぞれの正義感や自負心に裏打ちされたものだったということで、そのため多少理不尽であってもある面では理屈が通っているため、容認され続けてきたということです。

 和田秀樹氏の『嫉妬学』('03年/日経BP社)を引き、「男の嫉妬」には、「あいつに負けてなるか」と相手を乗り越えようとする積極的動機付けに繋がる「ジェラシー型」の嫉妬と、ただ相手を羨み足を引っぱろうとする「エンビー型」の嫉妬があり、"鬼平"こと長谷川平蔵の後任だった森山孝盛の、人気者だった平蔵に対する批判などは、「エンビー型」であると。

 本書で一番こてんぱにやられているのが、『葉隠』の山本常朝で、主君亡き後自らが出家したことを殉死したことと同じ価値があるとし、自らが藩で唯一の武士道の実践者であるという意識のもとに物言っていて、これも裏返せば「嫉妬心」の表れであると。

 戦乱の世が去り、泰平の時代が続くと、まったく身分の違う者の出世は気にならないが、同格者同士がそれまで年功序列で処遇されていた中で、誰か1人だけ抜擢人事の対象になったりすると、「エンビー型」嫉妬が噴出したようで、この辺りは、今の日本のサラリーマン社会と変わりません。

 江戸武士の武士道意識の話と、階層社会での出世と周囲の感情という現代に通じる話が相俟って、サラリーマンが通勤途上で読むにはちょうどよいぐらいの内容と読みやすさですが、個人的には、著者の今までの本とネタがかなり被っていて、新味に乏しかった...。
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山本 博文 (東京大学史料編纂所 教授)
1990年、『幕藩制の成立と日本近世の国制』(校倉書房)により、東京大学より文学博士の学位を授与。1991年、『江戸お留守居役の日記』(読売新聞社)により第40回日本エッセイストクラブ賞受賞。
江戸幕府の残した史料の外、日本国内の大名家史料を調査することによって、幕府政治の動きや外交政策における為政者の意図を明らかにしてきた。近年は、殉死や敵討ちなどを素材に武士身分に属する者たちの心性(mentality)の究明を主な課題としている。
主な著書に、『徳川将軍と天皇』(中央公論新社)、『切腹』(光文社)、『江戸時代の国家・法・社会』(校倉書房)、『男の嫉妬』(筑摩書房)、『徳川将軍家の結婚』(文藝春秋社)『日本史の一級史料』(光文社)などがある。

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鼠小僧次郎吉の年収は人気作家・滝沢馬琴の10倍!

江戸の盗賊 知られざる  江戸の盗賊,200_.jpg
江戸の盗賊―知られざる"闇の記録"に迫る (プレイブックス・インテリジェンス)』〔'05年〕
「豊国漫画図絵 日本左衛門」
「豊国漫画図絵 日本左衛門」.jpg 石川五右衛門に始まり、江戸中期の日本左衛門(にほんざえもん)や後期の鼠小僧次郎吉など江戸時代の盗賊には、後世に歌舞伎などで脚色されて、その実像と一般のイメージにズレが出てしまっているものがあり、本書では、できるだけ信頼しうる史料により、本来の彼らの行状や素顔がどのようなものであったかを解明しようとしています。

 また、彼らがどのように捕縛され、どういった吟味を経て(これらの点で一番多くその活躍がとりあげられているのが"鬼平"こと長谷川平蔵)、どのような刑罰に処されたか迄の"後フォロー"がしっかりされていて、江戸時代の刑罰のあり方がざっと理解できるのも本書の特長であり、個人的には、「拷問」が"容疑者の権利"だったともとれるというのが興味深かったです。

 つまり、当時は自白が最も有力な証拠であり、自白がない限りは処罰されず、そのため、木鼠吉五郎という盗人は、たった1両の盗みのために、3年間にわたり石抱や釣責など27回もの拷問に耐えたとのこと。著者は、吉五郎にとって拷問がエクスタシーとなっていたのではないかと推察していますが、全編を通じては、著者のこうした個人的な想像部分はむしろ少なく、こつこつ丹念に史料分析しているという感じ。

鼠小僧次郎吉.jpg そうした中で、鼠小僧次郎吉が9年間の盗人稼業で得た総収入から平均年収を算定すると、当代の人気作家・滝沢馬琴の稼ぎの10倍ぐらいになるという試算が面白かったです。

 鼠小僧次郎吉が貧しい者に金を与える"義賊"であったなどという確証はどこにも無いそうで(大名屋敷など大邸宅を中心に狙うとか、或いは、忍び先でちょっとした悪戯をしてくるといった遊び心はあったらしいが)、後に、盗人たちが浄瑠璃や歌舞伎でヒーローとして描かれたのは、盗賊と江戸庶民が共生関係にあり(盗まれる金品も少ない長屋住まいでは、むしろ盗賊が同じ長屋に住んでいた方が安全であるという逆説的認識もあった)、その"活躍"が庶民の日ごろの不平・不満の捌け口になっていたためであると、後書きで考察しています。

 銭湯で衣服を盗む手口として、2人組で粗末な服と上等な服で銭湯に行き、粗末な服の方が他人の上等な服を盗んで着て、もし見咎められたら、間違えたと言って、相方のもっと上等な服に着替えるので疑われなかったといった、いろいろな盗っ人の手口が紹介されているのも面白い。
 但し、全体としては大学の先生が書いたような真面目な筆致で(著者はフリーの文筆家)、最近は大学の先生の方が、むしろ自由な発想や文体で一般向けの本を書いているような気もしますが、本書は本書で、江戸の犯罪と警察機構を読み解くうえで参考になりました。

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史料から浮かび上がる武士道の本質。武士こそ最も「世間」に左右されていた。

武士と世間 なぜ死に急ぐのか.jpg 『武士と世間 なぜ死に急ぐのか 中公新書 1703』 〔'03年〕  武士道.jpg 新渡戸稲造 『武士道 (岩波文庫)』 (矢内原忠雄訳)

 新渡戸稲造(1862-1933)の『武士道』に「サムライはなぜ、これほど強い精神力をもてたのか?」という副題をつけたのは歴史家の奈良本辰也(1913-2001)ですが、本書の著者によれば、『武士道』は、武士道の理想を語ることに偏りすぎているためその「?」に答えるものとなってはおらず、武士の高い倫理性や無私の精神は、実は「内面的な倫理観」よりもむしろ「武士の世間」からの強い圧力によって形成されたものであると―。本書では、多くの史料からそのことを明らかにしています。

 武士にとって戦場で手柄をあげることも討ち死にすることも同等に名誉なことであり、そのために、死ぬとわかって戦に臨むケースもあり、また、主君が亡くなったときに殉死するのは「名誉ある死」のチャンスであり、強く制止されたにも関わらず追い腹を切った下級武士も多くいたようです。

 赤穂浪士の例を見ても、少なくとも討ち入りメンバーに加わり最後まで残った志士たちは、死ぬことを当然と思い切っていたようですが、その根底においては、この場を逃れた場合は、家の面目は潰れ、自分も武士として生きていくことは出来ないという、忠誠心よりむしろ世間に対し面目を立てることの方が動機付けとなっていたことが窺えます。

 殉死すべきと思われる人物が殉死しなかった場合、世間から冷ややかな眼でみられたということで、武士というのもたいへんだなあという印象を受け、これでは、武士の「義理」ではなく世間体のために死ぬようなものではないかとも思いましたが、こうした感想も現代人の感覚に基づくものらしく、「義理」や「武士の一分」は内的な倫理意識としてあり、それが「世間」の評価と一致していたのだと。
 井原西鶴の小説に描かれる武士などを見ても、個人のメンタリティとしては、「武士としての義理」と「世間に対する義理」は未分化だったようです。

 「武士の一分」というのは、主従関係から離れた個人の面子みたいなものですが、やはり名誉意識であるには違いなく、面白いのは、西鶴の『武家義理物語』の中に、同じ内面的倫理観である「一分」と「義理」とが相克する仇討物があり、ここでは「義理」が上に格付けされているようです。

 赤穂の義士たちも、幕府の裁定に従うという「義理」に反して自らの「一分」を貫いたために切腹せざるを得なかったともとれますが、「義理」にしろ「一分」にしろ、「世間」の眼が背後にあったと本書は結論づけていて、強固な意志で自らの行動を律していたと思われる武士こそが、最も「世間」に左右されていたという本書の指摘は、ある意味刺激的なものでした。

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世間に人気のあった平蔵がなぜ町奉行になれなかったのかを解明。

鬼平と出世 旗本たちの昇進競争.jpg 『鬼平と出世―旗本たちの昇進競争 (講談社現代新書)』〔'02年〕 旗本たちの昇進競争 鬼平と出世.jpg 『旗本たちの昇進競争―鬼平と出世 (角川ソフィア文庫 337 シリーズ江戸学)』〔'07年〕

 池波正太郎が「鬼平犯科帳」シリーズのモデルとした旗本の長谷川平蔵(1745-1795)は、1787年から8年間、火付盗賊改を務めていますが、当時の噂話を集めた『よしの冊子』をもとに、彼の仕事ぶりや世間の評判、上司の評価などを読み解き、世間に人気のあった彼がなぜ町奉行になれなかったのかを解き明かしています。

 本書によれば、実際に彼には実力があり、また、不正には厳しく部下や弱者には慈悲深いその姿勢は、周囲や世間から歓迎されたようですが、一方で、前科者を目明しとして使用したり、スタンドプレイが多いことで、一部に反感も買っていたようです。

 何よりも、田沼意次失脚後に権力者となった松平定信が、平蔵の功績は認めたものの「山師」的人物というふうに彼を見ていて、平蔵本人は、出世して私腹を肥やそうというのではなく、世に貢献したいという気持ちで出世を強く望んでいましたが、上司とそりが合わなくてはどうしようもなく、頭打ちになってしまったようです。

 まあ世にライバルは多くいたようで、本書後半でスポットが当てられている平蔵の後任の、平蔵とは異なる知性派タイプの森山孝盛も、猟官活動を熱心にやったにも関わらず、町奉行になれないで終わっています(平蔵とは逆に、その杓子定規な性格が評価面で災いしたとも言える)。

 田沼時代に森山の同僚が、同格者に対する接待の席でブランド羊羹の1つ格下の羊羹を出して後で詮索された話などは、人望獲得を巡る悲喜劇と言え、江戸時代の"サラリーマン"も、出世しようとするならば、なかなか大変だったのだなあと。

サラリーマン武士道 江戸のカネ・女・出世.jpg 『サラリーマン武士道』('01年/講談社現代新書)に続く週刊誌連載コラムの新書化で、内容と共に黒鉄ヒロシの絵も楽しめ、また本書では、長谷川平蔵と森山孝盛の2人に焦点を絞っているために、コラムとコラムの繋がりがスムーズで一気に読めます。

 現代のサラリーマン生活との類似による身近さ、読みやすさのためか、'07年には、『旗本たちの昇進競争』(角川ソフィア文庫)として文庫化されています。

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花のお江戸には死体がいっぱい!? 刀剣試し斬りの"専門職"の仕事ぶりを紹介。

大江戸死体考.jpg 『大江戸死体考―人斬り浅右衛門の時代 (平凡社新書 (016))』〔'99年〕増補 大江戸死体考.jpg 増補 大江戸死体考 (平凡社ライブラリー)』〔'16年〕

 本書によると、江戸の町では人の死体というものが生活に身近にあったらしく、町中ではしばしば行き倒れの死体が見られ、水辺には水死体が漂着するなどし、汐入あたりでは水死体を見つけても隅田川の流れに戻してやれば、とりあえず目付に届けなくてもよかったとか。小塚原の刑場に行けば、処刑後の死体が野晒しになっていたようですが、本書では、こうした水死・首吊り・心中・刑死などによる死体が当時どう扱われたかに触れ、刀剣試し斬り武芸者「人斬り浅右衛門」を軸に、検死や試し斬りの模様、更には「生き胆」売買といったアンダーワールドな世界を紹介しています。

首斬り朝.jpg 「人斬り浅右衛門」こと「山田浅右衛門」は、綱淵謙錠の小説『斬』や柴田錬三郎の『首斬り浅右衛門』、そして何よりも小池一夫原作の劇画『首斬り朝』で知られていますが、「浅右衛門」とは1人の人物ではなく、御様御用(おためしごよう、刀剣試し斬りの"専門職")として将軍家の御用を務める山田家の当主が、江戸初期から明治維新まで8代に渡って名乗ったもの(歴代8人いたということ)。処刑後の罪人の死体などで刀剣の切れ味を試す「ヒトキリ」が本職で、実際の処刑に該当する「クビキリ」は"アルバイト"だったとのことです。

刑吏の社会史.jpg 身分は浪人でしたが、周囲から極度に忌み嫌われていたわけでもなく、刀剣鑑定の専門家でもあったため幕府の中枢人物との交遊もあったようで、この辺りは、阿部謹也『刑吏の社会史』(中公新書)にあるように中世ヨーロッパの刑吏が市民から賤しまれたのとは随分異なるなあと思いました(正確には、「浅右衛門」は刑吏ではないが、時として同じ役割を担ったことになる)。一族は、死体を供養するために三ノ輪(小塚原付近)に寺を建立したりしている、一方で、山田家が平河町に比較的大きな屋敷を構える生活が出来たのは、死者の臓器を薬として"専売"していたため( 所謂「生き胆」売買)だったらしい。

 かなりマニアックで、多少グロテスクでもありますが、語り口は軽妙、平凡社新書の初期ラインアップの中ではベストセラーになった本。著者の本はときどき史料と話題が氾濫し、消化不良を起こしそうになることがありますが、後書きにもあるように、この本については余分な史料を削ぎ落とすよう努めたということで、それが成功しています。

【2016年増補版[平凡社ライブラリー(『増補 大江戸死体考―人斬り浅右衛門の時代』)]】

《読書MEMO》
●2016年に「人斬りの家・女の家」(『ジェンダーで読み解く江戸時代』['01年/三省堂]所数)が増補され平凡社ライブラリーとして再刊。

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「幕府が大名に参勤交代を義務づけたのは、その経済力を奪うため」は俗説似すぎないと。

参勤交代.jpg参勤交代2.jpg 『参勤交代 (講談社現代新書)』〔'98年〕 江戸お留守居役の日記.jpg 江戸お留守居役の日記―寛永期の萩藩邸 (講談社学術文庫).jpg 『江戸お留守居役の日記―寛永期の萩藩邸』〔'94年/講談社文庫〕/『江戸お留守居役の日記―寛永期の萩藩邸 (講談社学術文庫)』〔'03年〕
歌川広重「東海道五十三次」(日本橋)
日本橋 参勤交代 広重.jpg 著者は、東京大学史料編纂所の先生で、「日本エッセイスト・クラブ賞」を受賞した『江戸お留守居役の日記』('91年/読売新聞社、'94年/講談社文庫)が、"エッセイ"のわりには結構アカデミックだったのに対し(その後、講談社学術文庫に収録)、近年の著作はかなりわかりやすいものが多いような気がします。

 ただし、史料の読み込みは当然のことながらしっかりしていて、本書では、大名が江戸と各藩を往復した参勤交代制度の成立やその変遷、大名行列の実態や道中でのトラブルの対応・予防などがどのように行われたかが、史料を丁寧に読み込み、わかりやすく解説されています。                  

参勤交代2.jpg 参勤交代の行列は、加賀前田家などの最大規模のもので数千人、遠方の藩だと江戸まで1箇月以上の旅程となり、その費用は現在価値で数億円にもなったことを、詳細な史料から細かく試算しています。今でも「加賀百万石祭り」など各地の祭りで大名行列が再現されていますが、当時デモンストレーション的要素もあって、徳川吉宗などは簡素化を図ったようですが、なかなかそうもいかなかったらしいです。

 しかし、参勤交代の費用を藩財政の中に置いて考えると、その費用は確かに巨額ですが、財政全体に占める割合は数パーセントに過ぎず、幕府が諸大名に参勤交代を義務づけたのは、その経済力を奪おうとしたためだというのは俗説に過ぎないとのことです。

 参勤交代は、大名の幕府への服従儀礼であり、幕府はこれにより諸藩の地方分権の強化を抑え、中央集権体制を260年維持することができたと見るのが、正しい見方のようです(政権安定期の将軍・吉宗には、その辺りの目的認識があまり実感としてなかった?)。

 ただし、著者が作成した藩の損益計算書から読み取れるのは、江戸藩邸をはじめ出先機関の維持費が諸藩の財政を圧迫していている点で、参勤交代制を「行列」ではなく「制度」として捉えた場合、やはり、本来目的とは別に、諸藩の財政に大きな負担を強いていた制度であったことには違いないように思えます。

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江戸前期の「忘れられた国際人」雨森芳洲の業績と思想、生き方に迫る。

雨森芳洲 元禄享保の国際人.jpg雨森芳洲―元禄享保の国際人 (中公新書)』〔'89年〕 雨森芳洲.jpg 『雨森芳洲―元禄享保の国際人 (講談社学術文庫)』 〔'05年〕

 1990(平成2)年度「サントリー学芸賞」(社会・風俗部門)受賞作。
 雨森芳洲(あめのもり・ほうしゅう、1668‐1755)は、対馬藩で対朝鮮外交に当たった儒者ですが、「忘れられた国際人」と呼ばれるに相応しいこの人物の業績と思想を、本書では丹念に掘り起こしています。

izuharamap.gif 芳洲には、①朝鮮語の語学者、②外交担当者、③民族対等の観点に立つ思想家、の3つの顔があり、また漢籍を能くし漢詩をこなす文人でもあります。
 もともと新井白石と同じ木下順庵門下として朱子学を学び、26歳で対馬藩に就職しますが、白石が5代将軍徳川綱吉のもと幕府中枢で活躍したのに対し、芳洲は88歳で没するまで62年間、対馬島の厳原(いずはら、現厳原町)が生活の本拠でした。
 同門の白石が政権の座についたことで、自身も幕府に引き立てられる望みを抱いていましたが、白石の失墜でそれも叶わぬ望みとなり、朝鮮外交で20年以上も活躍しましたが、54歳で現役を退いています。

 在任中に朝鮮の外交特使である朝鮮通信使の待遇問題などで白石と対立しますが、そこで論じられる両者の国体論などはなかなか面白い。
 考えてみれば、当時の日本というのは天皇と将軍がいて外国から見ればややこしかったわけですが、議論としては白石よりも芳洲の方が筋が通っている、それも、相手をやり込めるための議論ではなく、相手国・朝鮮の立場を尊重し、かつ日本の国体を、時勢によらず正しく捉えることで、国としての威信を損なわないようにしている、言わば辣腕家ではあるが、細心の配慮ができる人です(論争後も白石との友情は続いた)。

 朝鮮通信使が相対する日本側の儒者や政治家の教養や芸術的資質を重視し、詩作の競争などを通じて相手のレベルを測っていたというのが興味深いですが、芳洲に対する朝鮮通信使の評価は高く、また、人格面でも大概の通信史たちが惹かれたようです。
 それ以前に、まず、芳洲の中国語と韓国語の語学力に圧倒されたということで、確かに語学においてその才能を最も発揮した芳洲ですが、80歳を過ぎても自己研磨を怠らない努力家であったことを忘れてはならないでしょう。

 地方勤務で終わった窓際族のような感じも多少ありますが、早くに引退しその後長生きしたことで、自らの思索を深め、それを書物に残すことも出来、それによって我々も今こうして、江戸時代前半に「誠心」を外交の旨とするインターナショナルな思想家がいたということ(韓国側にも彼を讃える文献は多く残っていて、'90年に訪日した韓国・慮泰愚大統領は、挨拶の中で芳洲の「誠信外交」を称賛した)のみならず、その人生観まで知ることができるわけで、1つの生き方としても共感を覚えました。

朝鮮通信使と江戸時代の三都.gif 尚、江戸時代の朝鮮通信使の歴史や政治的意義については、仲尾宏氏の『朝鮮通信使-江戸日本の誠信外交』('07年/岩波新書)で知ることが出来、毎回数百名の通信使が来日し、その際には必ず大坂・京都を経て江戸へ向かったとのことですが、それを各都市ではどのように迎えたか、通信使の眼にこの3都市がどのように映ったかなどについては、同著者の『朝鮮通信使と江戸時代の三都』('93年/明石書店)が参考になりました。

 【2005文庫化[講談社学術文庫]】

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武士作法が、何のために、どのように形成され、武士社会にどんな影響をもたらしたかを探る。

江戸藩邸物語.jpg江戸藩邸物語―戦場から街角へ.jpg江戸藩邸物語―戦場から街角へ (中公新書)』〔'88年〕 増補版 江戸藩邸物語2.jpg 増補版 江戸藩邸物語 戦場から街角へ (角川ソフィア文庫)』['16年]

 "17世紀後半以降における武士社会の新しい作法"がどのように形成されたかを、福島・守山藩の江戸藩邸記録「守山御日記」や旗本・天野長重の教訓的備忘録「思忠志集」など多くの史料から辿っています。

江戸藩邸物語8.jpg 本書によれば、戦乱の時代が終わり徳川泰平の世を迎えても、自らの誇りが傷つけられれば恥辱を晴らすためには死をも厭わないという武士の意地は生きていて、ちょっとした揉め事や些細な喧嘩でも、斬り合いや切腹沙汰に発展してしまうことが多かったようです。

 しかし、例えば、道ですれ違いざまに刀鞘が触れたというだけで命の遣り取りになってしまう(所謂"鞘当て"の語源)というのではたまらないという訳で、そうしたトラブル防止策として江戸藩邸では、"辻で他藩の者とぶつかった場合の作法"など、武士としての礼儀作法のプロトコルを定め、藩士を教化したようです。

 それは、他藩や幕府との無用のトラブルを避けたいという藩邸の思惑でもあったわけですが、遅刻・欠勤の規約や水撒きの作法から(今で言えば"就業規則"か)、駆け込み人の断り方まで(いったん中に這入られてしまえば徹底して匿うというのはどこかの国の大使館と似ている)、何やかや仔細にわたり、そうした手続きやルールを遵守することが武士の武士たる所以のようになってきたようで、これは武士の官僚化と言ってもいいのかも(今の我々が職場マナーとか礼儀作法と呼んでいるもののルーツが窺えて興味深い)。

増補版 江戸藩邸物語.jpg 後半では、江戸の町に頻発した「火事」や悲喜劇の源であった「生類」憐れみの令が藩邸の閉鎖性・独立性を切り崩す契機になったという考察や、著者が造詣の深い当時の「男色」の流行とその衰退、また、当時「死(死体)」がどのように扱われていたのかなどの興味深い話があり、ただし、個別的エピソードを出来るだけ並べた本書の手法は、世相を鮮明に浮かび上がらせる効果を出す一方で、途中ちょっと食傷きみにも(もともと、多くのジャンルの話を1冊の新書に盛り込み過ぎ?)。

 天野長重の「武士道とは長生きすることと見つけたり」的な人生観が、マイナーでその後においても注目されることはなかったにせよ、江戸前期にこんな人もいたのだと思うと、少しほっとした気持ちになります。長重の時代には未だ、つまらない事で命の遣り取りをする―つまり「街角に戦場を持ち込んでいる」武士がそれだけ多くいたということだともとれますが。

増補版 江戸藩邸物語 戦場から街角へ (角川ソフィア文庫)』['16年]

【2016年文庫化[角川ソフィア文庫(『増補版 江戸藩邸物語―戦場から街角へ』)]】

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日本の法科大学院とは似て非なるもの。エリート生成過程を通して見えるアメリカ社会。

Iアメリカン・ロイヤーの誕生―7.JPGアメリカン・ロイヤーの誕生.jpgアメリカン・ロイヤーの誕生 2.jpg 阿川尚之.jpgThe Paper Chase (1973).jpg 
アメリカン・ロイヤーの誕生―ジョージタウン・ロー・スクール留学記 (中公新書)』 〔'86年〕阿川 尚之 氏(慶應義塾大学教授)/映画「ペーパーチェイス」('73年/米)

 著者は、大学を卒業してソニーに入社後、アメリカでの弁護士資格取得を思い立ち、休職願いを会社に受け入れてもらってジョージタウン・ロー・スクールに入学する―、本書はその留学3年間('81-'84年)の奮闘記。

 文章が生き生きしていて旨いのは、さすが作家・阿川弘之の息子だけあるということか(著者は、慶應義塾大学を中退、ジョージタウン大学の外国人枠で外交政策学部卒業した後、ソニーに入社したというのがそれまでの経歴)。

 アメリカでは、学部は専門教育の場とは考えられていないようで、ビジネス・スクール(履修期間2年)、ロー・スクール(同3年)、メディカル・スクール(同4年)などが別に設けられていて、'04年からスタートした日本の法科大学院は、ロー・スクールを参考に制度作りしたのは明らかですが(日本の場合、法学"未修"者は3年、"既修"者は2年)、あちらでは、そもそも"既修"という概念が無いし(全員が"未修"ということ)、"本家"のものは多くの面で日本のものとは似て非なるものという感じがしました。

 入学試験は一斉テストで、論理パズルのような問題。著者はハーバードなど8校に出願し4勝4敗、結局、高校時代に留学経験のあるジョージタウン大学のロー・スクールを選びますが、入ってからが大変です。

ペーパー・チェイス poster.jpgぺ―パーチェイス.jpg 本書でも引き合いにされてリンゼイ・ワグナーes.jpgいますが、まさにジェームズ・ブリッジス監督の映画「ペーパーチェイス」('73年/米)の世界です(原作('70年)はジョン・ジェイ・オズボーン・ジュニアが自らの体験を綴った同名小説、主演は「ジョニーは戦場へ行った」のティモシー・ボトムズと、後にTV番組「地上最強の美女バイオニック・ジェミー」の主役となるリンゼイ・ワグナー)。
ペーパー・チェイス [DVD]

 アメリカの司法は徹底した判例主義だけれど、州によって法律が違ったりするので尚更のこと大変そう。それと、映画同様、先生のタイプは様々ですが、全体としては実戦に近い形でのカリキュラムが多く組まれているようです。

 本書では、1年次の学年末試験と2年次のサマー・アソシエイト(事務所実習)が重点的に描かれていますが、それらの過程において学生たちは厳しい評価を受け、卒業後にどのランクのファームから引き合いがあるかが大体決まってしまうらしく、一方、卒業後に受ける司法試験は形式的なものに近いようです。

 学校の試験を受けるのに"ウェーバー"カードを提出しなければならなかったり(大リーグの選手移籍契約の時によく聞くが、要するに"訴権放棄"条項。落第しても文句がつけられない)、どの自主学習グループに入れるかが勝ち組・負け組となる重要な分かれ目だったりし、著者自身も「競争病」の徴候を自覚し、難所とされる最初の学年末試験を終えるまでは、出所を待つ刑務所の囚人のような気持ちだったとしています。

 著者がロー・スクールのJ.D.(法律博士)コースに入った'81年に比べれば、最近ではMBAブームほどでないにしても、あちらで弁護士資格を取る人も増えているようですし、日本にある外資系の法律事務所から留学している日本人弁護士もいますが、こうした場合はLL.M.と呼ばれる法学修士コース(履修期間1年)だったりすることが多いようで、やはり、ネイティブと同じ条件で3年学んだ体験は今でも貴重かも。

 単に"アメリカン・ロイヤーの誕生"と言うより、"アメリカン・エリートの生成"過程を通して、アメリカ社会が垣間見える好著ですが、自分自身が日本の法科大学院の実情をもっと知っていれば、より楽しめたかも。

ペーパーチェイス9.jpgTHE PAPER CHASE.jpg「ペーパーチェイス」●原題:THE PAPER CHASE●制作年:1973年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ジェームズ・ブリッジス●製作:ロバート・C・トンLindsay-Wagner-and-Timothy-Bottoms-300x225.jpgプソン/ロドニック・ポール●撮影:ゴードン・ウィリス●音楽:ジョン・ウィリアムス●時間:118分●出演:ティモシー・ボトムズ/リンゼイ・ワグナー/ジョン・ハウスマン/グラハム・ベケル/エドワード・ハーマン/ボブ・リディアード/クレイグ・リチャード・ネルソン/ジェームズ・ノートン/レジーナ・バフ●日本公開:1974/03●配給:20世紀フォックス(評価:★★★☆)

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「増補」には笑える箇所も。'60年代後半の世相が垣間見える。

外来語辞典.jpg  増補 外来語辞典 楳垣実 東京堂出版.jpg 
外来語辞典 (1966年)青本 『外来語辞典 増補』〔'72年〕赤本

外来語辞典2.jpg 故・金田一春彦が「外来語の権威」として認め、代表的著書『日本語』(岩波新書)にその名がよく登場した楳垣実(うめがき・みのる、1901‐1976)は、外来語辞典や隠語辞典を編纂したことで知られる一方、小説・詩・俳歌などもこなす広い意味での文人であったようです。

 本書は' 66年に初版青本が刊行された、その名の通り「外来語辞典」ですが、例えば近年話題の「アスベスト」なども、「(オ)asbest<(ラ)asbestos〔鉱物〕石綿.火浣布.「火浣布の名を...アスベストスともいへり」平賀源内『火浣布略説』1765」といった具合に、典拠まで書かれています。一方で、「スー・アンコー(四暗刻)」などという語もあり、何だか親しみやすいです。

 '72年刊行の増補版赤本には、'66‐'71年の5年間の新語の「増補」があり、「宇宙(開発)」と「電算(コンピュータ)」というジャンル区分が追加されているのが時代を思わせますが、中身を見ると少し笑える箇所もあります。

 例えば、ハプニングは、「(英)happening 突発事件.突発事態.〔(中略)アングラ族ヒッピー族の好んでやるショー.新宿地下道での焚火とか、異様な風態での街頭行進とか、金をかけないで開放感が味わえる人目を引く行動〕とあり、

 次のハプニング・ショーは、「〔テレビ〕木島則夫が担当した1970年の予測できないプログラムだが、結局野次馬のため大混乱に終わった」と。

 その少し下に出てくるパルサーは、「(英)pulser 〔天文〕脈動電波星.〔1967年に発見された天体で、コギツネ座の方向から正確な間隔の電波を送るので、発見当時宇宙人からの通信かと大騒ぎした〕、

 次のパルスは、「(英)pulse〔電算〕脈を打つように瞬間的に流れる電流で、電算機の内部で超高速で走り廻って演算を行う」となっています("走り廻って"というのがいい)。

 1列だけ見てもこれだけ面白い。編者自らの理解の範囲で、自らの言葉で一生懸命書いている感じで、新しいものを取り込もうとする意欲は感じられるけれども、新しい言葉(とりわけ外来語)を追っかけるのは、当時から大変だったみたいで、図らずして、'60年代後半の世相が垣間見える「増補」となっています。

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日本語・言語学の基本書。著者の碩学に驚かされる。

日本語113.JPG日本語 金田一春彦.jpg  日本語 上.jpg 日本語 下.jpg  金田一春彦先生.jpg 金田一 春彦 (1913-2004/享年91)
日本語 (1957年) (岩波新書)』/『日本語〈上〉〈下〉)

 旧版(全1冊)は著者の40代前半の著作で、「日本語はどんな性格を持つ言語か」をテーマに、地域や職業、身分・性別、場面等の違いにおける日本語の諸様相を外国語との比較において検証し、更に、発音・語彙・文構成の各側面で見たその特性を述べたもので、日本語・言語学の基本書とも言える本。

 後書きに、「日本語をあらゆる角度から眺め、その性格を明らかにするつもりだった。が、日限と紙数の制限の関係で、予定したちょうどなかばで、ペンをおかなければならないことを残念に思う」とありますが、一方で、「形態論から見た日本語に言及しないで、日本語の特色を論ずることはナンセンスに近い」ともあります。

 言語学者ソシュールは、「言語には、ラングとパロールの2側面があり、ラングとは、ある言語社会の成員が共有する音声・語彙・文法の規則の総体(記号体系)であるのに対し、パロールは、ラングが具体的に個人によって使用された実体である」としています。

 本書を最初に読み始めたときは、言語学的な(ソシュールが言うところのラングの)解説が続いて入り込みにくかったのですが、引いてくる事例が古今東西の言語、日本の古典・近代文学作家から我々の日常表現まで多彩で、読み進むうちにハマってくるという感じ。
 その碩学には驚かされますが、語り口には、一般読者に配慮したかのような暖かみがあります。

 もともと日本語のアクセント研究からスタートした人ですが、本書以降、日本人の言語表現(パロール)、更には日本人論・日本文化論の方へまで領域を拡げていたように思え、一方で、アクセント研究も続けていたようです(10代の頃は作曲家志望だったとか)。
 本書についても、初版刊行後30年をを経た'88年に改訂増補(2分冊になった)するなどのフォローしています。

《読書MEMO》
● 日本語はどこからきたか→世界の言語の中で、日本語ほど多くの言語と結びつけられた言語はない→日本語がそれだけ〈どの言語とも結びつきにくい言語だ〉ということを示す。(11p)
● 日本語はシナ語の影響をかなり受けているが、外国語へ日本語が与えた影響はきわめて少ない。これは文明国の国語として珍しいことである。(28p)
● 日本語の方言の違いが激しいのは、日本人がこの領土へ着てからの年月が長いから(34p)
● 日本語は拍の特質がポリネシア語に近い。日本語の単語が長くなるのはそのため―例:小田急電鉄の駅名Soshigayaookura、Seijyoogakuenmae 外国人には読みづらい(110p)
● 「湯」の英語は無い(129p)
● 「惜シイ」「モッタナイ」はアメリカ人などに説明しにくい単語(141p)
● もやもやした気分を表す語句が多い「何となく・そろそろ・ぼつぼつ・そのうちに・なんだか・どこか」(142p)

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読条件反射的な計算訓練だけでは「説明力」はつかず、「試行錯誤」が重要であると。

数学の出番です。.jpg数学の出番です。―つい人に伝えたくなる数学のハナシ (チャートBOOKS SPECIAL ISSUE)』 〔'06年〕

 数学に関する"つい人に伝えたくなるハナシ"が24話あり、それぞれの中に代数や幾何の問題が含まれていますが、主に日常生活から素材を選び、エッセイ風に(しばしば長屋談義風に)柔らかい文章でわかりやすくハナシを進めていくので、気軽に読めて、かつ飽きさせません。

 クイズ番組での正解との差が最も小さい回答者を勝ちとする近似値クイズに対する疑問を呈した「ニアピン賞の怪」などは、誰もがおかしいと感じたことがあるのでは。
 (a+b+c)の2乗を求めるのに、図を使って考えるというのは目からウロコで、7つの丸いケーキを16人で均等に分ける方法というのも、答えを聞けばなぁ〜んだという感じですが、自力では解けなかった...。

 全体に問題文がシンプルなため、すっと入っていくことができ、それでいてなかなか奥が深い。
 中身は単純なのに、どうしてそうなるのか未だに解けない命題も多くあるのだなあと。

 ちょっと気軽に、自分の"数学脳"をリフレッシュさせるにはいい本です。
 この著者、数学者でなく編集者ですが、漱石の『我輩は猫である』の寒月君(寺田寅彦がモデル)みたいな"いい味"が出ているなあという感じがしました。

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ちょっと気軽に、自分の"数学脳"をリフレッシュさせるにはいい本。

数学的思考法.jpg 『数学的思考法―説明力を鍛えるヒント 講談社現代新書』 〔'05年〕

 桁数の多い掛算を行う「インド式算数」が注目され、インドがソフトウエア開発の大国である理由がその計算力にあるように思われたりしていますが、本書によれば、インドの数学教育はむしろ、証明力、問題解決力を重視しており、たとえ証明問題でなくとも、答えに至る説明が証明問題のようにしっかり書かれていなければ、答えが合っていても大幅に減点されるとのこと。

 著者は、計算能力を軽視しているわけではないのですが、「条件反射丸暗記」的な計算訓練だけでは「説明力」はつかないとし、現在の日本の算数・数学教育に見られるプロセス軽視傾向を批判しています。

 「説明力」を鍛えるにはどうすればよいかということについて、著者は、証明のための「試行錯誤」の重要性を説いていて、学生などを観察していても、答案を「見直し」によって正しく直せる者は、「条件反射丸暗記」的な問題に弱くても、試行錯誤して考えることは得意な傾向にあるそうです。

 こうした試行錯誤を通してきちんとした「説明」に至るために必要な「数学的思考」をするためのヒントや、「論理的な説明」の鍵となるポイントが、本書後半部では書かれています。

 著者は、算数・数学教育における数学的思考の重要性を意見し続けている数学者で、近年デリバティブ(金融派生商品)取引で日本の金融機関が大幅な損失を計上したのも、背景には数学力の弱さがあるとのこと。

 その他にも数学的思考は、ビジネスや生活の様々な場面で求められ、役に立っていることが、時にパズル形式で、時にエッセイ・社会批評風に述べられています。
 内容的には、同著者の『子どもが算数・数学好きになる秘訣』('02年/日本評論社)などとかなりネタがダブっていますが、初めて読む人には1話1話は面白いと思うし、書かれていることも尤もだと頷かされることが多いのでは。
 ただ、話が広がりすぎて、全体としてやや散漫になった感じも否めませんでした。

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読み物としては楽しいが、実践には疑問も。タイトルもイマイチ。

カレーを作れる子は算数もできる.jpg 『カレーを作れる子は算数もできる (講談社現代新書)』 〔'06年〕 算数のできる子どもを育てる.jpg算数のできる子どもを育てる』〔'00年〕

 同じ著者の『算数のできる子どもを育てる』('00年/講談社現代新書)の続編にあたる本で、前著では、「鯨8頭とサンダル2足は足すことができるか」といった問いから、算数を教える前に先ず数の概念を理解させることの大切さを説いていてナルホドと思わせるものがありましたが、今回は、数学者・秋山仁氏の掲げる「数学を理解する能力」について解説するという形をとっています。

カレーを作れる子は算数もできる3.jpg 秋山氏の言う「数学を理解する能力」=「日常生活を支障なく過ごす能力」とは、
 ①靴箱に靴を揃えて入れることができる、
 ②料理の本を見て、作ったことのない料理を作ることができる、
 ③知らない単語を辞書で引くことができる、
 ④家から学校までの地図を描くことができる、
 という4つの能力で、前掲の「鯨8頭と...」は①に該当し、①から③までが具体的処理能力の段階で、④が抽象化能力ということになるようです。

 これらの能力の具体的意味と、それが身につくには代数や幾何問題にどう取り組んだらよいのかを、「理科」的な発想を導入して"実験的に"解説していく様は、読み物としては楽しいものでした(円の面積の求め方の裏づけ説明などは、目からウロコだった)。

 しかし、これを学校で教えるとなると、教師の資質にもよりますが、あまり現実的ではないように思えます。一部、学校教育の現場でも導入されているものもありますが、著者は、フリースクールの主宰者という立場で、こうした教え方をしているわけです。

 著者自身も、本書において後半はネタ切れ気味というか、暗記や公式に頼った解説になっている面もありあます。「カレーを作れる子は算数もできる」とうタイトルも少し気になるところで(4つの能力表象の1つに過ぎない)、これを真(ま)に受けて、小学校受験の面接対策で、「家でお手伝いすることはありますか」という質問に答えられるように、子どもにカレーのレシピを覚えさせる親もいるとか。編集部の意向もあるのかも知れませんが、こうしたタイトルのつけ方には一長一短があるように思います(前著『算数のできる子どもを育てる』の方がタイトルとしてはマトモだが、『続・算数のできる子どもを育てる』ではマトモすぎてインパクトが弱いと思ったのだろなあ)。

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「見える力」「詰める力」の大切さを説く。パズル指向だが、ドリル指向ではない。「NGワード」は教訓に。

小3までに育てたい算数脳.jpg 『小3までに育てたい算数脳』 〔'05年/健康ジャーナル社〕 高濱正伸.jpg 高濱 正伸 氏 (略歴下記)

 「百ます」計算だけでは、算数脳、すなわち「本当の学力」は身につかない、算数脳とはイメージ力であり、「見える力」(図形センス・空間認識力・試行錯誤力)と「詰める力」(論理性・要約力・精読力・執念)であると。

 さいたま市にある学習教室「花まる学習会」の代表が書いた本で、こうした進学教室では算数オリンピックの出場選手を育成しているところがありますが、著者は算数オリンピックの問題作成自体にも携わっている人(倫理上の問題はないのかな?)、東大生時代から塾講師もしていて(修士課程では何を専攻していたのだろうか?)、書かれていることには説得力ありました。

 いきなり、○○力、○○力、○○力が必要とずらずら並べるのでなく、「イメージ力→見える力・詰める力→」という具合に体系化して、わかりやすく説明されているのがいい。
 でも、間に挿入されている麻布中や灘中の問題、難しかったなあ。算数オリンピックの問題に通じるところもあり、良問には違いないのだろうけれど。

 本書後半では「外遊び」の重要性を説いていて(「健康ジャーナル社」から出ている本だからというわけではない...と思う)、著者の学習会も野外体験教室などを実施しているようですが、デキル子でも、そうした自然の中で遊ぶ機会が少ないと、いつかどこかで壁にぶつかるということか。

 何となく「デキル子」基準で書いてある気もしましたが、巻末の低学年向けゲームなどを見てやや安心し、「百ます」計算や「強育論」の宮本哲也氏のパズルに比べると、バリエーションが豊富で、好印象を抱いてしまいました。

 実際そうだろうなあ、この人のドリルもパズル指向ですが、1形式のパズルに熟達しても、芳沢光雄教授が批判するところの「ドリル学習」をしているのと同じことになり、応用が効かないと話にならない(ピーター・フランクル氏も本書を推薦していますが、これは算数オリンピックの選手を養成している「アルゴクラブ」繋がりか?)。

 途中にある「NGワード」(子供に言ってはならない言葉)というのには、半分笑って、半分ショックを受けました。わかっていても、ついつい言ってしまうのだ、これが。
_________________________________________________
高濱 正伸 (たかはま まさのぶ)
昭和34年、熊本県生まれ。県立熊本高校卒業。東京大学・同大学院修士課程卒業。
学生時代から予備校等で受験生を指導する中で、学力の伸び悩み・人間関係での挫折とひきこもり傾向などの諸問題が、幼児期・児童期の環境と体験に基づいていると確信。
1993年2月、小学校低学年向けの「作文」「読書」「思考力」「野外体験」を重視した学習教室「花まる学習会」を、同期の大学院生等と設立。
算数オリンピック問題作成委員・決勝大会総合解説員を務め、スカイパーフェクTVの中学生の数学講座講師も務めた。
また、埼玉県内の医師やカウンセラーなどから組織された、ボランティア組織の一員として、いじめ・不登校・家庭内暴力などの実践的問題解決の最前線でケースに取り組んできた。

《読書MEMO》
「NGワード」の一部
● 「何回言ったらわかるの?」...「さっき言ったでしょ!」「ほら、また間違えている!」も同じくNG。
● 「この前だってそうでしょう」...過去の失敗を持ち出すのはNG。
● 「バカじゃないの」...これは最悪。
● 「テストがダメでも知らないわよ」...「知らない」と言ってはいけない。

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数学教育(学習)に必要な能力と、その裏づけとなる理論分析に重きが置かれた本。

数学に感動する頭をつくる.jpg 『数学に感動する頭をつくる』 〔'04年〕  栗田哲也先生.jpg 栗田 哲也 氏 (駿台英才セミナー講師)

 著者は、数学オリンピックを目指す学生のために駿台英才セミナーで教える、所謂カリスマ講師と呼ばれる人たちの1人で、本書では、「数学力」をつけるにはどうしたらよいかということを、小学生から大人まで幅広い層に向けて説きつつ、現在の学校教育に対する批判を織り交ぜています。

 ただし、著者によれば、計算力・連想力・発想力・推理力・洞察力などはあっても「数学力なんて存在しない」ということで、自分の目的を持って、どの能力を伸ばしたいか先ず決めなさいと。
 難関中学の入試問題の訓練をすれば作業力・推理力が伸び、学校のカリキュラムを先取り学習すれば抽象理解力・洞察力は伸びるが、何れにせよ、工夫力・イメージ力・発想力などは伸びないそうです。

 著者が重視するのは、頭の中に図形や数の状態を思い浮かべそれらを頭の中だけで操ることができる「イメージ能力」や、2つのものの類似を感じ取ったり問題を拡張したりする「発想力」であって、推理力や構想力はさほど重要でなく、また、「構造化された記憶」をもとに未知のもの自分の世界に取り込もうと自問自答することによって「位置づけの能力」を伸ばすことが大事だとのことです。

 数学オリンピックに出るような学生を見てきた経験からの説明は説得力がありますが(どういう子が"数学オリンピック向き"かという話になっている気もするが)、こうした抜きん出て優秀な生徒たちの中にも、小学校低学年まで「公文式」とかやっていた子が多いとのことで、小学校低学年で計算力や記憶力をつけることは、それはそれで大事であるとのことです。

 数学を再勉強したい大人の場合、子どもの中学受験の面倒を見たいということであるならば、網羅的な問題集を1冊買って繰り返し解くことがお薦めであるとのことで、そうした具体例も書かれていますが、全体としては、数学教育(数学学習)に必要な能力を定義するとともに、その裏づけとなる理論分析に重きが置かれた本でした。

 著者は東大文学部中退ですが、算数・数学教師はこれを読んでどう思うのだろうか、個人的には書かれていることはそれなりに納得できるものでしたが、ただし、実践はたいへんではないかと...(だから著者の塾へ来なさい、ということでもないとは思うが)。

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面白かったが、目的からすると食い足りない(または難しすぎる?)。

子どもが算数・数学好きになる秘訣.jpg 『子どもが算数・数学好きになる秘訣』〔'02年〕  数学的思考法.jpg 『数学的思考法―説明力を鍛えるヒント 講談社現代新書』〔'06年〕

 '02年の刊行ですが、著者は'94年以降、算数や数学の面白さを新聞・雑誌・講演会などで訴えてきた数学者であるとのこと。
 46項目から成る本書は、1項目約3ページの本文において子どもが算数や数学を好きになるような学習のヒントをまとめ、それぞれの項目に、算数や数学に関する話題を扱ったコラムが付されています。

 こうした構成なので読みやすく、またコラムも含め面白くて、むしろ、読んだ親自身の方が、算数や数学の奥深さに触れ、その面白さを再認識するかも。
 ただし、それを直接子どもに伝え、学習面で動機付けしようとするのは、(子どもの年齢や学力・意欲の水準にもよるが)なかなか大変ではないかという気もしました。
 
 本文における著者の基本的考え方は、解法をパターン化して覚えさせることを避け、じっくり自ら考えさせることで戦略的思考力を養わせるもので、所謂パターン学習とは対極を成すものですが、定理や公式に頼りすぎるのもよくないけれども、ある程度それらを覚えないと、"掛算九九"と同じで、先に進めず、かえって挫折してしまうこともあるのでは。

 "親・教師"をターゲットとして書かれた本ですが、"一般読者"を対象とした同著者の『数学的思考法―説明力を鍛えるヒント』('06年/講談社現代新書)と多分に記述は重なり(コラムのネタなどは特に)、「数学的思考法」について書いた本としてみた場合は、近著の新書よりむしろこちらの方が読みやすかったです。

 ただし、帯にあるような、子ども「成績アップ」を期待して本書を手にした親には、「面白かったけれども、目的からすると食い足りない」、または「難しすぎる」という印象を受ける人もいるのでないかと、気を回してしまいます。 

 例えば、子どもが「現実社会型」であるか「純粋数学型」であるかを見極め、それに応じて問題の与え方を変えると効果的であるというのは、理屈はよくわかるけれども、教師からすれば学校でこの使い分けをするのは難しいし、親からすれば、少なくとも自分にある程度の数学的素養がないと...(本書にあるような「オイラーの小定理」を理解している親がどれぐらいいる?)。

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親にもセンスが求められるかも。読んでいて楽しい本でもある。

『わが子に教える作文教室』.JPGわが子に教える作文教室.jpg
わが子に教える作文教室 (講談社現代新書)』〔'05年〕

 作家であり、10年以上にわたり小学生に作文指導を行っている著者による本。作文指導でまず大事なのは「褒める」ということ、褒めてやる気を出させ、そのうえで、ポイントを絞ってアドバイスするのが効果的とのことですが、どこを褒め、どこをどのように指導するか、親にもセンスが求められる(?)と思いました。

 上手な作文だけでなく、一見"下手くそ"な作文も多く紹介されていますが、著者に導かれてそれらをよく分析してみると、行間に生き生きとした感性や感情が込められていて味わいがあったりする、なのに大人はついついそうした良さを見落とし、言葉使いや句読点の正誤に目がいったり、「そのとき君はどう思ったの」と無理やり感想めいたことを書かせがちであると(確かに)。

 著者によれば、こうした"心模様"を書かせようとすることは、作文に文学性を持たせようとしていることの表れであるけれども、多くの子どもはそう指導されても戸惑うことが多く、そうした文章を書くのが得意な子もいれば、観察文的な文章において能力を発揮する子もいるわけです。
 小学校高学年になると、書いたもの立派な調査報告文になっているケースもあって、それらを、気持ちが描かれていないとして貶したり、無理やり直させるのはマズイと。

 著者が良くないとしていることのもう1つは、作文に道徳を持ち込むことで、それをやると国語教育ではなく道徳教育になってしまい、作文から生気が失われてしまうわけですが、学校教育の場においては、知らず知らずのうちにその傾向があるかもしれません。

 著者はテクニックを否定しているわけではなく、接続詞の使い方をきちんと教えること、比喩表現や擬人法などを遊び感覚で用いることを推奨していて、そうした著者の指導のもとで書かれた子どもの作文には、独特の勢いやリズムがあったり、思わず微笑んでしまうような楽しいものが多いですが、文体を強制したりユーモアを強要するのではなく、子ども自身にセンスが育つのを待つことが肝要であると。

 「週刊現代」に連載されていたものを1冊の新書にしたもので、「教える」側として父親を意識して書かれていますが、母親や教師が読んでも参考になると思われます。
 子どものセンスがストレートに発揮された場合、こんな面白い文章が出来上がるのかと感心させられる箇所が多く、読んでいて楽しい本でもありました。

《読書メモ》
●作文指導でまず大事なのは「褒める」ということ。褒めてやる気を出させる
●"心模様"を書かせること(作文に文学性を持たせること)を強要しない
●作文に道徳を持ち込むと、国語教育ではなく道徳教育になってしまう

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「啓明舎」の塾長が教育問題や生徒への思いをエッセイ風に語る。

子供の目線大人の視点.jpg 『子供の目線大人の視点―"やる気のある子"を育てるヒント』 〔'00年〕 後藤 卓也先生.jpg 後藤卓也 氏

 中学受験の「啓明舎」の塾長が書いた教育論的エッセイで、'99年から翌年にかけて産経新聞夕刊に「塾の窓」というコラム名で連載されたものを1冊の本に纏めたもの。
 著者の塾は、当時は文京区に1教室あるだけで、連載執筆中に大船分校を開校しましたが、有名中学への合格率が高いことで評判を呼んだ今も、この2拠点のみで運営しているようです。

 本書では、子供たちにとって学ぶことがなぜ必要なのかということが真面目に考察されていて、初等教育の現状の問題点や、学校・教育関係者、マスコミの空疎な教育論に対する批判が、学習塾という現場の目線でストレートに語られています。
 著者自身、シングルファーザーとして子育て中ということで、わが子への思いと相俟って子供たちへの優しい思いが感じられ、一方で、「お子様万能主義」的風潮を痛烈に批判していますが、中学受験については、基本的には、"必要悪"と言うより"イニシエーション(通過儀礼)"として捉えていることが窺えます。

 塾の先生には、経歴上途中で一度何らかのドロップアウトした人が多いように思いますが、著者も、東大の大学院で教育について学び、留学までしながら学者にはなり切れなかった人で、では何故いま塾長などやっているのだろうかと自問している風もあります。
 その中で出てくるのは、院生時代「啓明塾」で時間講師をしていたときの、志望校に受からなかった子供に対する悔恨の思いで、このことは「啓明塾」が、生徒が確実に受かるところを受験するよう指導している(結果、合格率は高くなる)ことに繋がっているのかも(世の噂では、かつての「啓明塾」では、授業についていけない生徒には退校勧告したり、かなりのスパルタ指導をする講師もいたりしたという)。

 エッセイとして読み易く、ちょっと感動する話もあり、一方で力を抜いたユーモアもあって(やや醒めた感じの部分も)、文章は上手いと思いました。
 著者自身、本書において"作家"への意欲を見せているのに、その後は、塾のテキストの編集者として名前を連ねるばかりで、当時ほどマスコミにも登場しないけれど、どうしているんだろう、最近は?(塾長を前面に出さないという営業戦略に転換?)。

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一度に2万人以上の命を奪った明治の大津波などを科学的視点で検証。どの話も凄まじい。

0海の壁―三陸沿岸大津波.jpg海の壁 三陸海岸大津波1.jpg     三陸海岸大津波2.jpg   三陸海岸大津波.jpg
海の壁―三陸沿岸大津波 (1970年)』『三陸海岸大津波 (中公文庫)』〔'84年〕『三陸海岸大津波 (文春文庫)』〔'04年〕

村昭『三陸海岸大津波』.jpg 過去に東北・三陸海岸を襲った津波のうち、とりわけ被害の大きかった明治29年の津波、昭和8年の津波、チリ地震津波(昭和35年)の3つについて、三陸地方を愛した作家・吉村昭(1927‐2006)がルポルタージュしたもので、最初に読んだ中公新書版『海の壁』は紐栞付きで160ページぐらい(一気に読めて紐栞は使わなかったと思う)。

 吉村氏は本書執筆当時40代前半で、村役場・気象台などの記録を精力的に収集し、イメージしにくい大津波の性質や実態を科学的視点で分析・検証し、一瞬にして肉親と生死を分かち生き残った人の証言などを交え、大津波のの模様を生々しく再現しています(カットバック手法は、著者の小説とも似ているが、文庫化にあたり改題したのは、ノンフィクションであることを強調したかったのか? 「海の壁」っていいタイトルだと思うけれど...)。 

海の壁 三陸海岸大津波2.jpg 3大津波のそれぞれの死者数は、1896(明治29)年の津波が26,360人、1933(昭和8)年が2,995人、1960(昭和35)年が105人で、災害記録としては、昭和8年津波のものが、親・兄弟を失った子供の作文などが多く紹介されていて胸が痛む箇所が多かったですが、スケールとしては、津波の高さ24.4mを記録し、多くの村を壊滅させ、2万人以上の人命を奪った明治29年の津波の話が、どれをとっても凄まじい。

 その中には、津波の中、刑務所から辛うじて脱出した囚人たちの中に、生存者の救出に尽力した者がいたというヒューマンな話から、風呂桶に入ったまま激浪とともに700mも流されたが助かった、という奇跡のような話までありますが、津波の波高記録が10m、20mだった所でも、皆一様に、それ以上の大津波だったと証言しています。
 事実、海抜50mにある民家を押し流していて、入り江に入ると津波は勢いを増すため、こうした波高記録は当てにならず(普通、人間の証言の方が大袈裟だと考えがちだが)明治の大津波の科学的解明は充分ではなかったと、著者は書いています(この大津波の波高記録の最高は、最終的には38.2mとなっているが、一説には50m以上とも)。

 明治の大津波と昭和8年の大津波では、大津波の前には沿岸漁村で大豊漁があるという、昔から言われている地震の"前兆"があり、また、津波が"発光"していたという証言が多々あるのも不思議で、これらの現象は今もって科学的に充分には解明されていないようです。

 一方、チリ地震の津波は、日本では地震の揺れは感知されず、しかも第1派と第2波の間隔がたいへん長いもので、このタイプはこのタイプで不気味ですが('06年のスマトラ沖地震を想起させる)、第2波が到来する前の対処の仕方が被害の明暗を分けるということが、本書でわかります。

津波を防ぐための水門「びゅうお」(静岡県・沼津港).jpg 先日、静岡・沼津の津波防災水門「びゅうお」を見てきましたが、あそこは立派。でも、こうした設備のある港は、日本でも僅かでしょう。

津波を防ぐための水門「びゅうお」(静岡県・沼津港)

 【1984年文庫化[中公文庫(『三陸海岸大津波』)]/2004年再文庫化[文春文庫(『三陸海岸大津波』)]】

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思想家が、中学時代を送った昭和十年代の自らの読書体験を回想。

安田 武 『昭和青春読書私史』.jpg昭和青春読書私史.jpg 『昭和青春読書私史 (1985年)』岩波新書

銀の匙.jpgモンテ・クリスト伯.jpg 昭和十年代、戦争に向かう世相の中で中学時代を送った著者の当時の読書体験の回想。

 昭和12年春、中学1年の終わり頃手にしたアレクサンドル・デュマ『モンテ・クリスト伯』から始まり、中学2年の時に読んだ中勘助(『銀の匙』)、モーパッサン(『ピエルとジャン』)、田山花袋、ジョルジュ・サンドらの作品、更に島木健作(『生活者の探求』)やツルゲーネフ(『父と子』)、ジイド(『狭き門』)などが続いています。

狭き門.jpg父と子.jpg 著者の安田武(1923‐1986/享年63)は鶴見俊輔氏らの起こした月刊誌「思想の科学」の同人で、本稿は岩波の『図書』に'84(昭和59)年から翌年にかけて連載されたものですから、60歳過ぎの思想家が自分の読書体験を振り返っているということになります。
 
 中学2年の時に読んだ本が最も多く取り上げられているのが興味深かったのと(旧制中学なので現在の中学と1年のズレがあり、当時14歳)、内容的には青春文学の定番を意外と外れていないようにも思えますが、夏目漱石などはそれ以前から読んでいたようで、やはり読み始めるのが早いなあと思いました。

西部戦線異状なし.jpg 昭和12年というと日華事変の年でもあり、学生生活に未だそれほど戦争の影響は無かったとは言え、軍靴の足音から意識的に距離を置くような読書選択をしているようにも思えました(但し、昭和17年には『西部戦線異状なし』を読んでいる)。

 日本文化を論じた著作が多く、多田道太郎(1924‐2007)などとの共通項を感じる人ですが、本書の印象は、中勘助(『銀の匙』)的ノスタルジーで、さらっと読める分、「読書の栞(しおり)」的な物足りなさもやや感じます。

ぼく東綺譚.jpg雪国.jpg ただし、終盤に取り上げられている『濹東綺譚』や『雪国』の著者なりの感想が面白く、また、『濹東綺譚』の挿画を担当した木村荘八の描いた「玉の井」が、実は「亀戸」の町並みであったことを武田麟太郎が見抜いていたという話が、たいへん興味深かったです(武田麟太郎の本からの抜粋ではあるが)。

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肩の力を抜いて楽しめる法律入門または法律クイズ&エッセイ。

刑法面白事典.jpg 『刑法面白事典―ハンカチをしけば和姦になるという常識のウソ』 〔'77年〕 刑法おもしろ事典.jpg 『刑法おもしろ事典』 〔中公文庫/'96年改版版〕

 新聞記者から弁護士になり、その後推理作家となった著者の、法律入門書シリーズの1冊で、「他人のカサを間違えて持ち帰ったら、罪になる?」「バラを1本盗んでも窃盗になる?」「ケンカをして誰がケガをさせたのかわからない。こんな事件はどう処理される?」「無銭飲食・無銭宿泊も頭の使い方で罪にならない?」「雪の降る深夜に路上に寝ている男をはねたら」などの問いに対し選択肢から正解を選ぶクイズ形式をとりつつ、実際の刑事事件の例をもとに、刑法の考え方をわかりやすく解説しています。

刑法面白事典3.jpg 著者のこのシリーズには『憲法面白事典』、『民法面白事典』などもあり、それぞれ「楽しみながらわかる最高の法規の常識とウソ」、「飲み屋のツケは1年で時効という常識のウソ」というサブタイトルがついていて、本書のサブタイトルは「ハンカチをしけば和姦になるという常識のウソ」というものですが、何れも文庫化(中公文庫)される際に、サブタイトルは外したようです(『民法』、『刑法』のサブタイトルは面白いと思ったけれど)。

民法入門.jpg 本書の刊行は'77年ですが、刊行後5年間で100刷以上増刷していて、弁護士である推理作家がこうした一般向けの法律入門書を書いた例では、さらに一昔前の、元検事だった佐賀潜(1914‐1970)の法律入門書シリーズがあり、こちらは『民法入門-金と女で失敗しないために』、『刑法入門-臭い飯を食わないために』(共に光文社カッパ・ビジネス)が'68年にベストセラー2位と3位になったほか、商法・税法から労働法や道路交通法まで広くカバーしています。

 民法については国家試験受験の際に、和久版『民法面白事典』と佐賀版『民法入門』の両方を読み、文学部出の自分にとってどちらも役に立ちましたが(勉強中の適度な息抜き?)、参考書という観点で見れば、和久版の方がやや読み物(エッセイ)的な感じで、佐賀版の方がカッチリした内容だったかも。

 本書、和久版『刑法面白事典』にも、ケーススタディのQ&Aの他に、法律用語の読み方クイズとか、江戸時代の刑罰についてやロッキード疑獄の新聞記事をどう読むかといったトピック、実際にあった珍事件とその結末(いかにも元新聞記者らしい)などが挿入されていますが、刑法については全く試験を離れて読んだため、これはこれで楽しめました。

 【1986年文庫化・1996年文庫改版[中公文庫]】

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ナショナリズムからスタートし、「スモールタウンの幻像」を携えたベースボール。

ベースボールの夢.jpg 『ベースボールの夢―アメリカ人は何をはじめたのか (岩波新書 新赤版 1089)』 〔'07年〕

 ベースボールは、南北戦争の将軍アブナー・ダブルデーが若い頃、1839年にニューヨーク州中部の村・クーパーズタウンで始めたのが最初とされ、以来当地は「野球殿堂」が建てられるなど"ベースボール発祥の地"とされていますが、この"ベースボールの起源"論については、英国生まれのジャーナリスト、ヘンリー・チャドウィックが、英国でそれ以前から行われていた「ラウンダーズ」がベースボールの起源であると主張していたとのことです。

Al_Spalding_Baseball.jpg ところが、これを否定し、調査委員会まで設置して「クーパーズタウン伝説」を強引に「事実」にしてしまったのが、往年の名投手でスポーツ用品メーカーの創立者としても知られるアルバート・G・スポルディング(Albert Spalding)で、本書前半部では、こうしたベースボールの成り立ちと歴史の"捏造"過程が描かれていて興味深く読めます。
Albert Spalding (1850-1915) 
      

Ty Cobb.jpg ベースボールは、英国のクリケットなどとの差異において、ナショナル・スポーツとしての色合いを強め、実業家スポルディングが、ベースボールを通じて「ミドルクラス・白人・男性」のイメージを「アメリカ人」のあるべき姿と重ね(これが後に排他的人種主義にも繋がる)、ミドルクラスを顧客としたビジネスとして育て上げていく、そうした中、それを体現したような選手・打撃王タイ・カップが現れ、さらに彼がコカ・コーラの広告に登場するなどして、商業主義とも結びついていく―。
Tyrus Raymond "Ty" Cobb (1886-1961)

 本書では、ややスポルディング個人の影響力を過大評価している感じもありますが、後半部は社会学者らしく、アメリカにフロンティアが無くなった南北戦争後、地方に分散する従来のスモールタウンを基盤とした社会から、産業の発展に伴って大都市に人口が集中する社会への転換期を迎える、そうした過程に呼応した形で、ベースボールが「ゲームの源泉としての農村」、「農村から都市へのゲームの発展」という流れにおいて、「スモールタウンの幻像」を携えながら振興していく構図を捉えていてます。

ナチュラル.jpgフィールド・オブ・ドリームス.gif 個人的はこの部分に関しては、そういう見方もあるかもしれないと思い、確かに、映画「フィールド・オブ・ドリームス」('89年/ケビン・コスナー主演)や「ナチュラル」('84年/ロバート・レッドフォード主演)も、著者の言う「農村神話」というか、田舎(スモールタウン)へのノスタルジーみたいなものを背負っていたなあと。

フィールド・オブ・ドリームス.jpg 「フィールド・オブ・ドリームス」は、アイオワ州のとうもろこし畑で働いていた農夫(ケビン・コスナー)が、ある日「それを造れば彼が来る」という"声"を聞き、畑を潰して野球場を造ると、「シューレス・ジョー」ことTHE NATURAL 1984.jpgジョー・ジャクソンなど過去の偉大な野球選手たちの霊が現れ、その後も死者との不思議な交流が続くというもので、「ナチュラル」は、ネブラスカ州の農家の息子で若くして野球の天才と呼ばれた男(ロバート・レッドフォード)が、発砲事件のため球界入りを遅らされるが、35歳にして「ニューヨーク・ナイツ」に入団し、"奇跡のルーキー"として活躍するというもの。

 この2作品は、アメリカ中部の田舎が物語の最初の舞台になっていること、"家族の絆"という古典的なテーマのもとにハッピーエンドで収斂していること、「夢」そのもの(「フィールド・オブ・ドリームス」)または「夢みたいな話」(「ナチュラル」ではレッドフォードが最後の公式戦でチームを優勝に導く大ホームランを放つ)である点などで共通していて、一面では日本人のメンタリティにも通じる部分があるように思え、興味深かったです(但し、とうもろこし畑を潰して自力で野球場を建てるというのは、日本人には思いつかないスゴイ発想かも)。

Derek Jeter.jpg こうした今まで観た映画のことを思い浮かべながらでないと、歴史的イメージがなかなか湧かない部分もありましたが、個人的には、例えば、アフリカ系とアングロサクソン系の混血であるデレク・ジーターが、ここ何年にもわたり"NYヤンキースの顔"的存在であり、アメリカ同時多発テロ事件の後はニューヨークそのものの顔になっていることなどは、ベースボールが人種差別という歴史を乗り越え、近年ナショナル・スポーツとしての色合いが強まっているという意味で、何だか象徴的な現象であるような気がしています。

Derek Jeter(New York Yankees)

フィールド・オブ・ドリームス05.jpg「フィールド・オブ・ドリームス」●原題:FIELD OF DREAMS●制作年:1989年●制作国:アメリカ●監督・脚本:フィル・アルデン・ロビンソン●製作:ローレンス・ゴードンほか●音楽:ジェームズ・ホーナー●原作:W・P・キンセラ 「シューレス・ジョー」●時間:107分●出演:ケヴィン・コスナー/エイミー・マディガン/ギャビー・ホフマン/レイ・リオッタ/ジェームズ・アール・ジョーンズ/バート・ランカスター●日本公開:1990/03●配給:東宝東和 (評価:★★★☆)
   
ナチュラル 03.jpg「ナチュラル」●原題:THE NATURAL●制作年:1984年●制作国:アメリカ●監督:バリー・レヴィンソン●製作:マーク・ジョンソン●脚本:ロジャー・タウンほか●音楽:ジTHE NATURAL, Robert Duvall, 1984.jpgェームズ・ホーナー●原作:バーナード・マラマッド●時間:107分●出演:ロバート・レッドフォードロバート・デュヴァル/グレン・クロース/キム・ベイシンガー●日本公開:1984/08●配給:コロムビア映画●最初に観た場所:自由が丘武蔵野推理(85-01-20) (評価:★★★☆)●併映:「再会の時」(ローレンス・カスダン)

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「●講談社現代新書」の インデックッスへ

1つ1つの話は面白いが、全体の纏まりを欠く。かつてのビートニク世代の指向に近い?

山折 哲雄 『神秘体験』1.jpg神秘体験.jpg          山折哲雄.jpg 山折 哲雄 氏 (宗教学者)
神秘体験 (講談社現代新書)』〔'89年〕

 宗教学者で、『神と仏-日本人の宗教観』('83年/講談社現代新書)から『親鸞をよむ』('07年/岩波新書)まで一般向けの著書も山折 哲雄 『神秘体験』2.jpg多い山折哲雄氏が、神秘体験について考察したもので、刊行は'89年。

 なぜ人は幻覚や幻聴に天国や地獄を見るのかということを、自らが高地ラサで体験した神秘体験から語り起こしていて、宗教に付き物の神秘体験が、地理的・気候的環境による心身の変調により起きやすくなるケースがあることを、著者自身が自覚したうえで、古今東西に見られた神秘体験を紹介し、そうした神秘体験が生まれる共通条件を探ろうしているように思えました。

 話は、キューブラー=ロスやシャーリー・マクレーンらの神秘体験に続いて、神秘主義思想、エスクタシーとカタルシス、"聖なるキノコ"などへと広がり、グノーシス思想からウパニシャッド哲学、カルガンチュア物語からハタ・ヨーガ、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」からグレゴリオ聖歌まで、とりあげる話題は豊富です。

 1つ1つの話は面白く、著者が博学であるのはわかりますが、宗教人類学的な視点で論じているにしても、それらの事例の結び付け方がやや強引な気もします。
 エッセイとしてみれば、そのあたりの恣意性も許されるのかも知れませんが、個人的には、そうした神秘話への感応力が自分には不足しているためか今一つで、加えて、論旨をどこへ持っていきたいのかがわからず、読みながら少しイライラしました。

 そうしたら最後に、死と輪廻転生の思想について、三島由紀夫の行為と作品などを引きながら語られていて、これはこれで章としては面白いのですが、結局全体として何が言いたいのかよくわからなかったです。

 こういう本は感覚的に読むべきものだろうなあ。神秘体験を宗教体験の入り口として積極的に指向する人にとっては、抵抗無くスイスイ読めて、さらにそうした指向を強める助けとなる本でもあるような気がしました。

 冒頭に自ら神秘体験を書いているのは、中沢新一氏が『チベットのモーツァルト』('83 年)の中で、チベット仏教の修行中に空中歩行を為し得たことを書いているのと少し似ていますが、この本の持っている雰囲気は、「オウム真理教」に入った人たちが嵌まった神秘主義というよりも、'50年代頃のビートニク世代の指向に近い感じがします(アレン・ギンズバーグの名も本書に出てくるし)。

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「●か 加賀 乙彦」の インデックッスへ 「●中公新書」の インデックッスへ

死刑囚の置かれた実態を知るとともに、死刑制度の是非について考えさせられた。

死刑囚の記録2.jpg加賀乙彦  『死刑囚の記録』.jpg 死刑囚の記録.jpg
死刑囚の記録 (中公新書 (565))』〔'80年〕

 著者は医学部を卒業後まもなく東京拘置所の医官となりましたが、本書は、著者が20代の後半に接した多くの死刑囚たちの記録であり、極限状況における彼らの言葉や行動、心理を精神科医の視点で淡々と記録する一方で、死刑囚との触れあい、心の交流も描かれていて、宗教に帰依した死刑囚が、執行の前日に著者に書き送った書簡などは心打つものがあります。

 しかし、こうした宗教者的悟りの境地で最期を迎える死刑囚は、本書で紹介されている中のほんの一握りで、多くの死刑囚が拘禁ノイローゼのような状況に陥っていて、症状には強度の被害妄想など幾つかのパターンはありますが、刑罰の目的の1つに犯罪者を悔悟させるということがあるとすれば、死刑制度についてはその機能を充分には果たさないように思えました。

 著者が拘置所に勤務する契機となったある死刑囚との面談で、著者はその死刑囚が語る真犯人説にすっかり騙されますが(そもそも、"真犯人"なるものが架空の存在だった)、そうした経験を糧にし、予断を交えないように慎重に対処しながらも、多くの死刑囚を見るうちに、その何人かについては免罪であるかもしれないという印象を拭いきれずにいます。

 また、拘置所内で暴発的行為を繰り返す死刑囚の中には、単なる拘禁ノイローゼではなく器質障害が疑われる者もいて、刑罰の理由である犯罪行為そのものが、それにより引き起こされた可能性も考えられることを示唆していて、実際に公判時の精神鑑定などを見ると、精神科医によって意見がまちまちであったりする、こうした曖昧な報告をもとに死刑が執行されることに対しての疑問も感じました。

 著者は、死刑は"執行に至るまでの過程において"残虐であるとして、制度そのものに異を唱えていますが、実際、毎日24時間の「生」しか保証されていないとすれば(死刑の執行は、かつては前日、今は当日の朝に告知される)、死刑囚の多くが、「改心」云々以前に躁鬱状態に陥るのは無理からぬことだと思いました。

 一方で、無期囚が起伏のない日々の中で躁鬱が欠落し「拘禁ボケ」状態に退行する傾向が見られるのに対し、死刑囚や重罪被告は、生への貪欲な執着を示し、却って密度の濃い日々を送る傾向が見られる(それが創作であったり妄想の構築あったり、再審請求準備であったりと対象は様々だが)という著者の報告は、興味深いものであると同時に、自らを振り返って、日々どれだけ「死」を想って密度の濃い日々を送ろうとしているだろうかと考えさせられるものでもありました。

死刑囚と無期囚の心理.bmp 尚、この死刑囚と無期囚の拘禁状態における心理変化の違いにについて著者は、本名「小木貞孝」名で上梓された『死刑囚と無期囚の心理』('74年/金剛出版)の中でも学術的見地から詳説されています(この本は'08年に同出版社から加賀乙彦名義で復刻刊行された)

死刑囚と無期囚の心理

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語呂合わせによる記憶方法。"邪道"かもしれないが、個人的な相性は良かった。

英単語連想記憶術30.JPG 英単語連想記憶術 第1集.jpg 英単語連想記憶術 第2集.jpg
英単語連想記憶術〈第1集〉―心理学が立証した必須4000語の獲得 (青春新書)』 『英単語連想記憶術〈第2集〉―笑いながら獲得する必須3000語 (青春新書)』〔新版'98年〕(表紙イラスト:ウノカマキリ)


えいたんごれんそうきおくじゅつ.jpg英単語連想記憶術 旧版.jpg '74年に刊行されロングセラーとなった旧版の語彙数を増やし2色刷にした24年ぶりの改訂新版(「デラックス版」とのこと)ですが、旧版には、自分が英単語で周囲から遅れをとっていた時に、それにより一気に語彙数を挽回すること出来、大変お世話になったという思い出があります。
 
英単語連想記憶術 (第1集) (青春新書)』 旧版(1974年)
 
英単語連想記憶術 (第2集) 0_.jpg英単語連想記憶術 (第2集) (青春新書)』 旧版(1974年)
英単語連想記憶術.jpg 「sympathy 心配し同情する」、「insurance 飲酒は乱す保険は遺族を保証する」といった語呂合わせによる記憶方法であり、森一郎『試験にでる英単語』(こちらも'97年に改訂され、'02年にはCD付のものが出ている)が、語源、つまり単語を接頭語や接尾語などにパーツ分けして憶える方式をとっているのとは、暗記方法が根本的に異なります。
 
試験にでる英単語 耳から覚える CD付き.jpg 言わば"連想丸暗記"方式で、"邪道"と言われればそういうことになるのかも知れませんが、とにかく憶えてしまうことが目的という点では、「連想」式の方が自分に合っていました(原語と語呂の間に発音記号が付されているので、発音上の問題はないと思う)。

試験にでる英単語―耳から覚える』(2002年)
 
 『英単語連想記憶術』の改訂新版が出ていることは最近知ったのですが、ウノカマキリの表紙イラストまでほぼ同じで、2色刷りになったことを除いては「復刻版」と言ってもよいのでは。
 いったんこのやり方で憶えると、もうこの方式から逃れられない?と思いつつ、読み返してみると結構、元の語呂は忘れているのに単語の意味は頭に入っているものもあれば、あまり使わずに忘れてしまったものもあり、それでも、読み返しているうちに思い出し、特に小松慶司郎の挿絵と組対になっているものは、すぐに記憶が蘇ってきました(イラストは右脳を刺激するので記憶促進に有効であるという説は、ある程度当たっているように思う)。

 改訂新版(「デラックス版」)は第1集が4,000語、第2集が3,000語とのことですが、これらは、見出し語だけでなく派生語や反対語も含んだ語彙数で、ただし、『試験にでる英単語』もそうですが、見出し語の中にも受験英語のレベルを超えたものがかなりあり、試験には出ないけれども、専門分野やビジネスの世界に進んでから結構出くわす単語も多く含まれているかと思います。

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「●写真集」の インデックッスへ

野生動物写真家・イワゴーのこれまでの活動の集大成であり真骨頂である。

地球動物記.jpg 『地球動物記』 ('07年/福音館書店) iwago.jpg 岩合 光昭 氏 (野生動物写真家)
(30.4 x 23.4 x 3.4 cm)
 
1994年12月 ナショナルジオグラフィック誌.jpg1986年5月 ナショナルジオグラフィック誌.jpg 野生動物写真家は日本にも多くいますが、米国の"ナショナル・ジオグラフィック"誌にその写真が紹介された日本人の野生動物写真家は、これまでに、岩合光昭(1950‐)、星野道夫(1952‐1996)、原田純夫(1960‐)の3氏のみだそうで、カムチャツカ半島でヒグマに襲われて亡くなった星野道夫氏や米国に住みロッキーの自然を撮り続けている原田純夫氏に比べると、パンダや猫のカレンダー写真を多く撮っている岩合光昭氏に対しては、他の2人ほどの「野生動物写真家」というワイルドなイメージを持たない人もいるかも知れません。

 しかし、"ナショジオ"に最初に写真が採用されたのは岩合氏で(しかも表紙を2度飾っている)、北米・アジア・アフリカ・オセアニアなど世界の各地で37年にわたり野生動物の生態を撮り続けてきたベテラン中のベテランです。
book2.jpg 本書は、そうした岩合氏のこれまでの活動の集大成と言えるもので、四季を通しての野生動物の生態を捉えた900枚の写真は、野生動物写真家としての真骨頂が発揮されたものです。

 動物の生き生きとした表情を捉えることで定評のある岩合氏ですが、この写真集では、温かい動物親子の写真ばかりでなく、弱肉強食の掟や厳しい自然環境の中で生き死にする動物たちを"活写"していて、地球で生きているのは我々人間だけではなく、そうでありながら多くの野生動物を絶滅の危機に追いやっている人間とは、地球全体にとってどういう存在なのかということを、一時(いっとき)考えさせられました。

 値段は少し張りますが(本体価格4,700円)、解説文にひらがなが振ってあるので親子で楽しめ、保存版として購入して損はないと思います。

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生きようとする子供たちの表情を捉える。原爆症の子供の写真が痛々しかった。

イラク戦争下の子供たち.jpg「イラク戦争」の30日.jpg 豊田 直巳.bmp 豊田 直巳 氏(1956年生まれ)
写真集・イラク戦争下の子供たち』〔'04年〕『フォト・ルポルタージュ「イラク戦争」の30日―私の見たバグダッド』〔'03年〕

 ルポルタージュもこなす戦場カメラマンの写真集で、先に『フォト・ルポルタージュ「イラク戦争」の30日-私の見たバグダッド』('03年/七つ森書館)を読みましたが、多くの取材陣がそうであったようにビザ取得に苦労したようで、米英軍によるイラクへの空爆が開始された日にイラクへ入りしているものの、バグダッド中心部には達しておらず、バグダッドに入ってからも、これまた多くの取材陣がそうであったように、情報省の報道規制で振り回されている感じ。

バグダッド101日.jpg アスネ・セイエルスタッド『バグダッド101日』('07年/イースト・プレス)を読むと、「30日」と「101日」の差を感じるというか...、彼女の方は空爆の始まる3カ月前から市内の様々な人を取材し、情報省を頼みにせず、"取材ツアー"なるものにも価値を置かず独自取材をし(その結果、情報省から睨まれている)、現地に残った唯一の北欧人ジャーナリストとして頑張っている―、それに比べると、「バー・宮嶋」("不肖・宮嶋"こと宮嶋茂樹氏主催?)に日本人同士集っているのは、ちょっとヌルい感じも(戦時下のバグダッドにいるということだけでも大変なことなのだろうけれど)。

 むしろ、写真集である本書『イラク戦争下の子供たち』の方がストレートに訴えるものがあり、これまでも、イラク、アフガン、パレスチナで子供たちを撮り続けているだけのことはありますが、戦時下または内戦の混乱の中でも、何とか一縷の希望のもとに明るく生きようとする子供たちの表情を、見事にファインダーに捉えています。

 そうした写真の中で、原爆症の子供の写真はとりわけ痛々しく思われ、『「イラク戦争」の30日』にも原爆症の若い女性のモノクローム写真が掲載されていて、その女性は間もなく亡くなったとのことでしたが、現地の原爆症の多くは湾岸戦争で使われた劣化ウラン弾(アメリカは使用を否定している)の"後遺症"だと思われ、今回の戦闘でもさらなる劣化ウラン弾がイラク全土に打ち込まれていると見られています(本書には、イラクの原子力施設の近くで被曝したと思われる少年の写真が掲載されている)。

 本書は、八木久美子・東京外語大学教授(著書『イスラム教徒へのまなざし』)、ジャーナリストの渡辺悟氏(著書『クルド、イラク、窮屈な日々』)ら識者が、近年刊行されたアジア関係の本のベスト5に挙げています。

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この国の実態への関心の喚起を促す。その後のアフガニスタンは...。

アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ.jpg 『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』〔'01年〕

mohsen.gifハナ・マフマルバフ.jpg イランの作家であり映画「カンダハール(Kandahar)」('01年)の監督でもある著者(息子サミラ、娘ハナも映画監督)が'01年に発表したもので、当時のタリバン政権下のアフガニスタンの絶望的な国情を淡々と伝えるとともに、世界に向け、この国の置かれた厳しい状況、過酷な実態への関心の喚起を促しています。
Mohsen Makhmalbaf/Hana Makhmalbaf

 娘ハナ・マフマルバフは「ブッダは恥辱のあまり崩れ落ちた(Buddha Collapsed Out of Shame)」('07年)というストーリー物の映画を撮っていますが(まだ19歳だが実力ありそう)、本書の内容は巨視的なレポートに近いものです。

 アフガニスタンには2000万人の飢えた国民がいて、この20〜30年間で人口の10%が殺されたり飢餓により死に、国民の30%は飢餓や政情不安のため難民になっているとのこと(難民の数は、パレスチナの全人口に匹敵するという)。
 アフガニスタンの主たる産業はなんと麻薬産業であり、世界のヘロインの80%はアフガニスタンで生産されているが、その他には目立った産業も無く、イラクなど中東諸国のような産油国でもなく、従って、ソ連のアフガン撤退後は、パキスタンの傀儡であるタリバン政権に対してアメリカなども干渉してこない、つまり、国が貧しすぎて、経済的動機が働かないということなのだなあと。

 ところが、日本で本書の翻訳が行われている最中に、この国は一気に世界の注目を集めることになる―。アルカイーダがニューヨークなどで「9.11」同時多発テロが起こし、訳者が後書きを書いている頃にはアメリカが報復としてアフガンに侵攻、本書が書店に並ぶ頃には、カブールが陥落し、タリバン政権は崩壊するという事態に。
 本書によれば、当時アフガニスタンは飢饉により更に100万人が餓死寸前の危機にあり、訳者は、米軍の空爆により、それが現実のものとなるのではと危惧しています。

 新政府発足後も、タリバンの反攻などにより国内の混乱は続き、軍閥が資金調達目的でケシ栽培を進めるため、麻薬産業がGDPの半分を占めるまでになっているという報告もあります。
 本書からは、諸外国の介入に対する期待感も感じられるのですが、望んでいたのは人道的介入であったはずで、現状、タリバンが政権を掌握していた時以上の"麻薬生産国"になってしまっているとすれば、それは著者にとっても誤算ではなかっただろうかと。

 尚、本書のタイトルについては、あまりに詩的であり、バーミヤンの仏像破壊はタリバンによるイスラム諸国へのアピールの所為であるのに(回教は偶像崇拝を禁じる)、その責任を韜晦するものだという批判もありますが、この行為によりタリバンが仏教国のみならず回教国からも非難されることになったことはよく知られていることであり、個人的には、アフガニスタンに対する人道支援の為されていないことを訴える意味で効果的なタイトルだと思いました。
 本書では、仏像の破壊を世界中の人が嘆くのに、ひどい飢饉によって死んだ100万人のアフガン人に対しては、誰も悲しみを表明しないことを問題としているのです。

Hana's "Buddha Collapsed out of Shame"
Buddha-Collapsed-out-of-Shame1.jpg

《読書MEMO》
 「私はヘラートの町のはずれで、二万人もの男女や子どもが飢えで死んでいくのを目のあたりにした。彼らはもはや歩く気力もなく、皆が地面に倒れて、ただ死を待つだけだった。この大量死の原因は、アフガニスタンの最近の旱魃である。同じ日に、国連の難民高等弁務官である日本人女性もこの二万人のもとを訪れ、世界は彼らのために手を尽くすと約束した。三ヵ月後、イランのラジオで、この国連難民高等弁務官の女性が、アフガニスタン中で餓死に直面している人々の数は100万人だと言うのを私は聞いた。 
 ついに私は、仏像は、誰が破壊したのでもないという結論に達した。仏像は、恥辱の為に崩れ落ちたのだ。アフガニスタンの虐げられた人びとに対し世界がここまで無関心であることを恥じ、自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って砕けたのだ。」(26-27p)

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