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自傷行為に対する本人・周囲・専門医の果たすべき役割と留意点が具体的に。
『リストカット―自傷行為をのりこえる (講談社現代新書 1912)』 〔'07年〕
自傷行為に関する本は、少なくとも日本においては、一部に研究者向けの専門書があるものの一般向きの本は少なく、あるとすれば、社会学的見地から書かれた評論風のものや自傷者本人が書いた情緒的なエッセイが多いのでは。
本書は、タイトルは「リストカット」ですが、「緩やかな自殺」などを含む自傷行為全般を扱っていて、それはどうして起こるのか、どうやって克服するかが一般向けに解説された、精神科医(とりわけ自傷行為の専門家)による本です。
とは言え、「リストカット」は自傷行為の"代表格"であるには違いなく、本書で事例として登場するダイアナ妃もリストカッターだったわけです(彼女については、最終的には自傷行為を克服した例とされている)。
この他に、自殺未遂を繰り返したマリリン・モンローのケースなどが取り上げられていて(『卒業式まで死にません』('04年/新潮文庫)の「南条あや」と)、入り口として一般読者の関心を引くに充分ですが、同時に、様々ある自傷行為の原因を大別すると〈社会文化的要因〉と〈生物学的要因〉がある(とりわけ精神疾患やパーソナリティ障害と高い相関関係がある)という本書の趣旨に沿うかのように、ダイアナ妃、M・モンローの2人ともが、両方の要因が複合した典型例であったことがわかります。
著者自身の臨床例もモデルとして3タイプ紹介されていて、何れも、治療関係の構築、自傷行為に走る心理要因の把握(自傷行為は心理的な苦痛を軽減させるために行われることが多い)から入り、長期にわたる根気強い治療により自傷を克服するまでのプロセスが描かれていますが、著者自身は、自傷行為への取り組みに最も影響力があるのは本人であり、次に大きな力になるのは家族・友人・教師といった周囲の人々であり、本書で示した精神科療法は、そうした自己及び周囲の働きかけを援助するものに過ぎないというスタンスであり、これは、カウンセリング理論にも通じるところがあるなあと思いました。
こうした本において、自傷行為と精神疾患の関係を解説した箇所などはどうしても専門用語が多くなりがちですが、本書においては、この部分の原因論的解説は簡潔にし、自傷行為の克服について、本人、周囲、専門医のそれぞれの果たすべき役割と留意点を具体的に述べることに重きを置き、とりわけ、本人と周囲の援助者に向けては、最後に呼びかけるようなかたちをとるなど、一般読者への配慮が感じられる良書だと思います。