【765】 ◎ 魚住 昭 『野中広務 差別と権力 (2004/06 講談社) ★★★★☆

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久々に面白かった政治家本。「影の総理」と呼ばれた所以がわかる。

野中広務差別と権力.jpg 『野中広務 差別と権力』(2004/06 講談社) 野中広務 差別と権力.jpg 講談社文庫['06年]

 2004(平成16)年・第26回「講談社ノンフィクション賞」受賞作。

 政治家本では、戸川猪佐武の『小説吉田学校』('80年/角川文庫)、大下英治『捨身の首領(ドン) 金丸信』('91年/徳間文庫)、『小説 渡辺軍団』('93年/徳間文庫)と並んで、久々に面白かったです。

 冒頭にもあるように、野中広務ほどナゾと矛盾に満ちた政治家はおらず、親譲りの資産も学歴なく、57歳という遅咲きで代議士となりながら、驚くべきスピードで政界の頂点へ駆け上がったわけですが、「政界の黒幕」と言われるほど権謀術数で多くの政敵を排除する一方で、ハンセン病訴訟問題などにおいて弱者救済の立場を貫いてきました。
 個人的には、自衛隊のイラク派遣を決めた当時の小泉首相を、テレビ番組で非難していたのが印象に残っていますが、戦時中、彼の身近に死地に向かう特攻隊員たちがいたのだなあ。

 京都府内の被差別部落だった地域の出身ですが、彼の政治人生は、根底に差別に対する憎しみを抱きながらも、方法論的には逆差別が起こらないようにする宥和型のやり方で、常に揉め事の調停役としてその存在を際立たせ、町議、町長、府議、副知事と、地方政治の階段を一歩一歩上っていくその過程において、保守と革新を股にかけたそのやり手ぶりは存分に発揮されます。

 中央政界進出後も野党に太いパイプを持ち、政権を巡る与野党入り乱れての合従連衡の時代に、彼がいかに重大なキャスティングボードを握っていたかが本書を読むとよくわかり、時に懐の深い人間力を感じ、時に恫喝者に近いダークな面を感じました(NHKのドンと言われた人物を辞任に追い込むところなどは、本当に"人を権力の座から追い落とすこと"にかけては天下一品という感じ)。

 幼少時の境遇において田中角栄に似ていて(角栄に可愛がれられた)、豪腕ぶりはライバル小沢一郎に拮抗するもので(野中は小沢を買っていた)、もう少し政界に長くいたら政局に影響を与え続けたかも知れず、「部落出身者を総理にはできないわなあ」と言った(と、本書巻末にある)麻生太郎は、総裁選への出馬すら叶わなかったのでは...。

 彼自身は、自らが総理になるというよりは、金丸信のような「影の総理」のタイプで(彼が国会議員になるときにバックアップしたのが金丸信で、金丸信の北朝鮮訪問を社会党と連携しつつ影で動かしたのが彼)、角栄・金丸以降もこういう存在が自民党内にいたというのは、ある意味、日本の戦後政治の闇の部分でもあるかも。

 【2006年文庫化{講談社文庫]】

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野中広務 2018年1月26日午後、京都市内の病院で死去。92歳。

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