「●コミック」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3175】 <辰巳 ヨシヒロ 『劇画漂流』
「○コミック 【発表・刊行順】」の インデックッスへ
戦中の玉の井界隈の活気や人情味、猥雑なパワーや哀しさが滲む自伝的作品。
『寺島町奇譚』ちくま文庫 〔'88年〕滝田ゆう(1932-1990/享年58)
'68(昭和43)年の「月刊ガロ」12月号より連載された滝田ゆう(1932-1990)の「寺島町奇譚」シリーズは、『寺島町奇譚』、『ぬけられます』(共に'70年/青林堂)として単行本刊行され、復刻版なども出ていますが、本書はそれらを合本化した文庫で、作者の真骨頂である戦前・戦中の玉の井遊郭界隈の郷愁溢れる世界を20篇、600ページ余にわたって堪能できます。
主人公は色街・玉の井に両親、祖母、姉、そして猫のタマと暮らしている息子キヨシで、家族は母と姉を中心に階下に営業するスタンドバー「ドン」で働いていていますが、キヨシも、粗野でちょっと恐い(でも時に優しい)母に言われて、小学生ながらに掃除をしたりして店を手伝っている―、そうした戦前から戦中にかけての下町の家族の様子が、作者の自伝的要素を入れ、生き生きと描かれています。
場所が場所だけに、いろいろな人物が店にやってきて、また行き交い、そうした人々の生活や人生の断片を、「よくわからない」なりの子供の目線で描いていて、そこに滲む活気や人情味、猥雑なパワーや哀しさなどが、しっとりした下町の情景と相俟って伝わってきます。
文庫解説の吉行淳之介は、「滝田ゆう」と「つげ義春」の作品が好きだそうですが、この2人の作品は、劇画とは異なる独立したジャンルで、しいて言えば「文学的雰囲気を持った連続画」とでも言うべきものだとしています。
寺島町は今の東向島付近で、吉行淳之介は、玉の井が戦後、現在の「鳩の街商店街」(東向島1丁目)まで拡がってきたあたりを舞台に『原色の街』を書いていますが、戦中の玉の井の中心部の様子を、自らの記憶だけを頼りにここまで描いたということに、作者・滝田ゆうのこの街の記憶に対する並々ならない愛着が感じられます。
街の入り口の「ぬけられます」という看板とは裏腹に複雑に入り組んだ路地に、銘酒屋(私娼旅)の娼婦たちの世界とベーゴマに熱狂する子供たちの世界が同居しているこの不思議な空間も、物語の最後で米軍の攻撃(東京大空襲)を受けて火の海と化す―。
キヨシが疎開先へ向かう汽車の窓から愛惜の念をもって眺める、焼け野原になってしまった住みなれた街の瓦礫の中に、行方不明になったキヨシの愛猫タマを探す立て札が立つラストは、胸に迫るものがあります(因みに、神代辰巳が「赤線玉の井 ぬけられます」('74年)で作品の舞台とした「玉の井」は、昭和33年の売春防止法が施行される直前、つまり戦後のそれである)。
『寺島町奇譚・ぬけられます』 ('70年/青林堂)
<