【686】 ◎ ハンス・ペーター・リヒター (上田真而子:訳) 『あのころはフリードリヒがいた (1977/01 岩波少年文庫) ★★★★☆

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悲惨な少年の最後は有名だが、他にも読む者の胸に迫る挿話の数々。

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 3100).jpgあのころはフリードリヒがいた.jpg  Damals war es Friedrich.jpg 
あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))』['00年] H.P.Richter:Damals war es Friedrich
あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 3100)』['77年]

 1961年に発表されたこの作品は、ドイツ人作家ハンス・ペーター・リヒター(Hans Peter Richter 1925-1993)が36歳のときの作品で、1925年生まれの「ぼく」(作者と同じ年の生まれ)とユダヤ人一家シュナイダー家の男の子フリードリヒの家族ぐるみの交流と、大戦下でフリードリヒが辿る運命を描いています。

 社会心理学者であり、すでに児童文学者でもあったハンス・ペーター・リヒターは、それまでは『メリーゴーランドと風船』などの"可愛いらしい系"の作品を書いていたのですが、この作品以降、ヒットラー時代のユダヤ人が置かれた悲惨な状況に接したり、ヒットラー・ユーゲントに入団したりした当時のドイツ人少年が、友達・大人・社会を通じて時代の風をどう感じたかを描いています。
 
 この物語の結末、「ぼく」の友達フリードリヒがユダヤ人であるがために防空壕に入れてもらえず、爆撃が終わって「ぼく」が防空壕にから外に出てみると、フリードリヒが物陰で蹲っている―、という場面はあまりに有名ですが、その他にも「普通の人々」が「迫害する側」にまわる過程が、ナチスによる迫害の年代史に沿って淡々と描かれています。

 極端な不況下の中、ナチ党員になれば仕事にありつけ家族を守ることができるという状況で人はどのような選択をするか。何気なくユダヤ人の友達を連れて参加した少年団の集まりが、ある日突然ユダヤ排斥集会と化していたとき、自分は何が出来るか。教室にユダヤ人の子を置いておけなくなったとき、去っていく少年に対して教師として何が言えるのか。

 読む者の胸にひとつひとつ迫る挿話であり、著者が実体験から20年近くの歳月を経なければ物語化できなかっただけの重みがあります(著者はかつて熱心なヒトラーユーゲントだったという)。家族同士の楽しい付き合いやフリードリヒの淡い初恋(それを自ら諦める少年の思いは!)がよく描けているだけに、17歳の少年のやるせない死に胸がつまります。同じ時代に不条理の世界に置かれた多くの人々のことを思わざるを得ない傑作です。

 【1977年文庫化・2000年新版[岩波少年文庫]】

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上田 真而子(うえだ まにこ、1930年5月25日 -2017年12月17)ドイツ文学者・翻訳家。
2017年12月17日死去。87歳。訳書にハンス・ペーター・リヒター『あのころはフリードリヒがいた』、ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』(共訳)など。

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