【685】 ◎ アン・フィリパ・ピアス (高杉一郎:訳) 『トムは真夜中の庭で (1967/01 岩波書店) ★★★★☆

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知的な面白さ、タイム・ファンタジーとしての完成度の高さを感じた。

Tom's Midnight Garden2.jpgTom-Midnight-Garden.jpgトムは真夜中の庭で.jpg  Philippa_Pearce.jpg 
トムは真夜中の庭で』 〔'67年/'80年岩波の愛蔵版〕  アン・フィリパ・ピアス(1920-2006/享年86)
Tom's Midnight Garden1.jpg 1958年にイギリスの女流童話作家アン・フィリパ・ピアス(Ann Philippa Pearce 1910-2006)が発表したタイム・ファンタジーの傑作と言われる作品(原題は"Tom's Midnight Garden")。

 弟がはしかに罹ったために親戚の家に預けられたトムは、真夜中に古時計が"13時"を打つのを聞き、そっと階下に降りて裏口の扉を開けると、そこには昼間なかったはずの庭園があり、そこで彼は19世紀・ヴィクトリア時代の少女ハティと仲良くなる―。

 アリソン・アトリーの『時の旅人』と同じく、時を越え過去の世界へ行く少年の物語ですが(『時の旅人』は少女が主人公)、史実が絡む『時の旅人』と比べると、話としてはよりシンプルなボーイ・ミーツ・ガールものと言えます。この物語が日本で人気が高いのは、しっとりとした英国風庭園の描写などが確かに日本人好みかもしれないし、また「庭で遊ぶ」ということが一定年齢以上の日本人の世代的な郷愁を呼び覚ますことによるのかも知れませんが、それだけではないでしょう。

Tom's Midnight Garden3.jpg 河合隼雄氏の指摘を待つまでもなく、この物語の〈裏口の扉〉は"アリスの兎穴"と同じく日常と非日常の境界であり、また〈庭〉は、少年が秘密を持つことで大人になっていく、或いは大人になることの要件としての秘密そのものであることが、主人公の成長を通してわかります。

 さらに何よりも、話として読んで面白く、タイム・ファンタジーとしての完成度の高さを感じました。もともとイギリスは児童文学においてもミステリーにおいてもこの分野に強いようですが、この作品は訳者も指摘するように、知的で間然とするところなく、細部まで計算され尽した建築物のように見事に出来ていて、それでいて(むしろそのことにより)全体の情感を損なわないでいます。

Tom's Midnight Garden.jpg「トムは真夜中の庭で」.jpg 〈裏口の扉〉と並ぶ重要なキイとして〈大時計〉があり、ハティに「あんたは幽霊よ!」と言われたトムは、徐々に大時計の謎を解こうという気持ちになっていきますが、それは〈時間〉というものに対する考察につながり、この部分は大人の読者をも充分に引き込むものがあります。

 読み返してみて、トムは〈庭〉で少女ハティと出逢う前に物語の前の方の現在の世界で彼女を一度見ていることに気づき、トムがその庭園管理人の老婆の中に少女ハティを見出すラストも感動的ですが、伏線もしっかりしている作品だと改めて思いました。

 【1975年文庫化・2000年新版[岩波少年文庫]】
Tom's Midnight Garden [DVD] [Import]」 (1999)
Tom's Midnight Garden (1999).jpgTom's Midnight Garden (1999)1.jpg

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