【680】 ◎ ロス・マクドナルド (小笠原豊樹:訳) 『ウィチャリー家の女』 (1962/12 ハヤカワ・ミステリ) ★★★★☆ (○ ロス・マクドナルド (井上一夫:訳) 『動く標的―世界推理小説全集〈第52巻〉』 (1958/08 東京創元社) ★★★★/○ ジャック・スマイト 「動く標的」 (66年/米) (1966/07 ワーナー) ★★★☆)

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病める米国社会を鋭く描いたハードボイルドの傑作。本格派推理小説としても楽しめる。

動く標的【字幕版】 [VHS].jpgThe Wycherly Woman.bmpウィチャリー家の女 ミステリ文庫旧版.jpg ウィチャリー家の女.jpg ウィチャーリー家の女2.jpg The Wycherly Woman.gif
『ウィチャリー家の女』(ハヤカワ・ミステリ文庫・旧版)['76年]/『ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』/『ウィチャリー家の女 (1962年) (世界ミステリシリーズ)』 ['62年/ハヤカワ・ポケット・ミステリ]/ペーパーバック版 〔'98年〕「動く標的【字幕版】 [VHS]
"The Wycherly Woman (Lew Archer Novels)" 英語CD版

村上春樹 09.jpg 1961年に発表されたロス・マクドナルド(1915‐1983)の作品(原題:The Wycherly Woman)。ロス・マクドナルドは村上春樹も愛読したハードボイルド作家で、その主人公リュウ・アーチャーの名を借りて「村上龍」というペンネームにするつもりが"先約"があって諦めたとか(これってホントなの?ネタなの? 群像新人賞を受賞した際の授賞式のスピーチで述べていから、おそらくネタだろう。丸谷才一が、そのスピーチを評して「大物だと思った」と言っていたように思う)。

 私立探偵リュウ・アーチャーは、大富豪ホーマー・ウィチャリーから依頼を受け、行方不明となった娘のフィービの捜索調査を開始するが、多くの関係者に聞き込みをするつれ、ウィチャリー家の家族の相克とそれらを取り巻く社会の暗闇が浮かび上がってくる―。

 没落する上流家族の家庭内悲劇をリアルに描いて、作者独特の精神分析的なプロットも盛り込まれており(ロス・マクドナルドはフロイディズムに凝っていた)、病める米国社会を鋭く描いた傑作となっています。

 同時に、疑惑が疑惑を呼ぶストーリー展開は、本格派推理小説としても楽しめるものだと思います(原題は"The Wycherly Woman"で、この"Woman"というのが1つのミソ)。

推理小説を科学する.jpg 一方で、犯人のトリックが古典的な1つのタイプのものでありながらも、最後に全てが明らかになったとき、どうして"あそこ"でリュウ・アーチャーは気付かなかったのだろうとかも思ってしまいます(このことについては、電子工学、電波工学、大脳生理学が専門の大学教授でノンフィクション作家であった畔上道雄が『推理小説を科学する―ポーから松本清張まで』('83年/講談社ブルーバックス)においてリュウ・アーチャーが気付かなかったことに疑念を呈している)。          

 しかし考えてみれば、このアーチャー氏というのは、場面場面での読者への状況報告には欠くことがないけれど、それほど自分の思考を深くは語っていない気がします。そうすると、彼が事件の全貌を理解したのは、読者よりかなり早かったのでは...という気もします。

 アーチャー氏は、フィリップ・マーロウみたいに気障にカクテルの趣味を披瀝することもないし、結局どういう人間かよくわからないので、この辺りに、リュウ・アーチャー・シリーズがあまり映画化されていない理由があるのかもしれません(『ウィチャリー家の女』の場合、それに加えて、畔上道雄氏が指摘したような点が、映像化する際にはリアルにネックとなってくる)。

『動く標的』1958.jpg『動く標的』19581.jpg ロス・マクドナルドの小説に私立探偵リュウ・アーチャーが初めて登場したのは1949年発表の『動く標的』で、続編の『魔のプール』(1950年)と併せて 1958(昭和33)年に東京創元社の世界推理小説全集に第52巻、第53巻として納められています。これ以降、ロス・マクドナルドは19作品もの長編作品(リュー・アーチャー・シリーズ)を継続的に発表しました。『動く標的』は―
 カリフォルニア州サンタテレサの富豪夫人エレイン・サンプソンから夫を探してほしいと依頼を受ける。石油王の夫ラルフ・サンプソンがロサンゼルス空港で自家用機を降りた後、連絡がないというのだ。失踪か? 誘拐か? 夫人とは犬猿の仲である義理の娘、彼女が愛する一家専属のバイロット、娘との結婚を望む弁護士といった面々が複雑に絡み合う中、次々に殺人事件が―
 というもので、この頃の彼の作品は『ウィチャリー家の女』のような深いテーマ性を持った重厚なドラマではなく、アクションシーンなどもあって、娯楽小説として愉めます。

動く標的 (1966年) (創元推理文庫)』『動く標的 (創元推理文庫 132-4)
動く標的 s.jpg動く標的.jpg動く標的 パンフレット.jpgHarper (The Moving Target 1966).jpg そうしたこともあってか、ロス・マクドナルド原作の映画化作品でポピュラーなのはこの頃の作品を映画化したものあり、ジャック・スマイト監督の「動く標的」('66年/米)(原題:Harper)とスチュアート・ローゼンバーグ監督の「新・動く標的」('75年/米)(原題:The Drowning Pool、「動く標的」の続篇『魔のプール』が原作となっている)ぐらいだと思いますが、両作品でポール・ニューマンが演じた探偵は、リュウ・アーチ動く標的図11.jpgャーではなく、"リュウ・ハーパー"と改名されています(ポール・ニューマンが「ハスラー」「ハッド」のヒット以来、Hで始まるタイトルにこだわったためだという)。「動く標的」の映画の方は、ロス・マクドナルドの原作にほぼ忠実に作られていますが、雰囲気的にやや軽い感じでしょうか。映画的はこれはこれで面白いとは思うし、「三つ数えろ」('46年)のローレン・バコール(彼女は役柄上フィリップ・マーロウとリュウ・ハーパーの両方を相手にしたことになり、さらに「オリエント急行殺人事件」('74年)でエルキュール・ポアロを相手にすることになる)、「エデンの東」('55年)のジュリー・ハリス、「サイコ」('60年)のジャネット・リーといった有名女優が出ていて、それがポール・ニューマンにどう絡むかも見所と言えるかもしれません(結局、パメラ・ティフィンのボディが印象に残ってしまったりもするのだ「動く標的」('66年/米).jpgパメラ・ティフィン.jpgが)。「動く標的」「新・動く標的」とも、かつてビデオが出ていましたが、絶版となり、その後現時点[2007年]でDVD化されていません(ポール・ニューマン主演ながらB級映画の扱いにされている?)。(その後2011年に「動く標的」がDVD化された。)(更にその後2016年に「新・動く標的」がDVD化された。)
「動く標的」('66年/米)/Pamela Tiffin

動く標的 [DVD]」(2011)
動く標的 [DVD].jpg「動く標的」●原題:HARPER●制作年:1966年●制作国:アメリカ●監督:ジャック・スマイト●製作:ジェリー・ガーシュウィン/エリオット・カストナー●脚本:ウィリアム・ゴールドマン●撮影:コンラッド・L・ホール●音楽:ジョニー・マンデル●原作:ロス・マクドナルド「動く標的」●時間:121分●出演:ポールLauren Bacall HARPER1966.png・ニューマン/ローレン・バコール/ジュリー・ハリス/ジャネット・リー/パメラ・ティフィン/ロバート・ワグナー/シェリー・ウィンタース/ロバート・ウェバー●日本公開:1966/07●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★☆)

●『ウィチャリー家の女』...【1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】
●『動く標的』...【1966年文庫化・1981年改版(井上一夫:訳)・2018年新訳(田口俊樹:訳)[創元推理文庫]】
●『魔のプール』...【1967年文庫化(井上一夫:訳)[創元推理文庫]】
 
1976年4月創刊 30点 マクドナルド.png

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