2007年7月 Archives

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「過労自殺」に注目が集まる契機となった本。教訓としての「電通事件」。

過労自殺.jpg 『過労自殺 (岩波新書)』 〔'98年〕

Bridge、templateId=blob.jpg 本書刊行は'98年で、その頃「過労死」という言葉はすでに定着していましたが、「過労自殺」という言葉はまだ一般には浸透しておらず、本書は「過労自殺」というものに注目が集まる契機となった本と言ってもいいのではないかと思います。

 冒頭に何例か過労自殺事件が紹介されていますが、その中でも有名なのが、著者自身も弁護士として関わった「電通事件」でしょう。
 自殺した社員(24歳のラジオ部員)の残業時間が月平均で147時間(8カ月の平均)あったというのも異常ですが、会社ぐるみの残業隠蔽や、当人に対し、靴の中にビールを注いで無理やり飲ませるような陰湿ないじめがあったことが記されています。

 事件そのものの発生は'91(平成2)年で、電通の対応に不満を持った遺族が'93(平成5)年に2億2千万円の損害賠償請求訴訟を起こし(電通がきちんと誠意ある対応をしていれば訴訟にはならなかったと著者は言っている)、'96(平成8)年3月、東京地裁は電通側に1億2千万円の支払を命じていて、それが'97(平成9)年9月の東京高裁判決では3割の過失相殺を認め、約9千万円の支払命令となっています。

 本書105ページを見ると、'95〜'97年度の過労自殺の労災申請は、それぞれ10件、11件、22件で、それに対し認定件数は各0件、1件、2件しかなく、電通事件も労災申請を認めなかった労基署の判断が退けられたという形をとっていますが、それがそのまま損害賠償命令に直結したのがある意味画期的でした(しかも金額が大きい。因みに'06年度の「過労自殺」の労災認定件数は66件にも及んでいる)。

 さらに、本書刊行後の話ですが、'00(平成12)年の最高裁小法廷判決では、2審判決の(本人の自己管理能力欠如による)過失相殺を誤りとし、電通に対し約1億7千万円の支払い命令を下しており、上場を目前に控えた電通は、やっと法廷闘争を断念して判決を受け入れ、遺族との和解交渉へと移ります。

 企業が労務上の危機管理や事件に対する適切な初期対応を怠ると、いかに膨大な時間的・金銭的・対社会的損失を被るかということの、典型的な例だと思います。

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コンプライアンス=「法令遵守」と考えるのではなく、「社会的要請への適応」と考えるべしと。

「法令遵守」が日本を滅ぼす.jpg「法令遵守」が日本を滅ぼす』新潮新書〔'07年〕gohara.bmp 郷原 信郎 氏 (経歴下記)

 著者は東京地検特捜部の元検事で、以前からある建設談合事件から直近の耐震強度偽装事件、不正車検事件、パロマ事件まで多くの事件を取り上げ、そうした事件やその後の企業等の対応の背後にある「コンプライアンスとは単に法を守ること」という考え方の危うさを本書で示しています。
 
 建設談合についての過去における一定の機能的役割を認めているのが興味深く、単純な「談合害悪論」がそうした機能をも崩壊させようとしているとし、ライブドア事件や村上ファンド事件については、ライブドアの経営手法を現行法に照らした場合の違法性の低さや村上世彰氏の行為意をインサイダー取引と看做すことの強引さを指摘しているのが、元検事という経歴からして少し意外な感じもしましたが、「違法」という1点の事実により「劇場型報道」を行うマスコミを批判し、事件捜査のあり方が「劇場型」になってしまうことを危惧しています。

 また、独占禁止法と知的財産法など、ぶつかりあう関係にある法律も多くなり、かつて日本の司法―裁判官、検察官、弁護士などは、農村社会における巫女のような役割を果たしていたのが(喩えが面白い)、世の中が複雑になり、密着しあう様々の法律の隙間の部分での事件が多くなると、個別の法律を1つの点で捉えるのではなく、複数の法律を面で捉える必要が生じているのに、そうした捉え方が出来る人材が不足しているとのこと。

 ライブドア事件や村上ファンド事件などの検察の捜査は、司法の経済活動への介入ともとれ、1つ間違えると「法令遵守」が市場をダメにすることにもなりかねず、そうした意味での"経済特捜"の役割と責任の大きさを説いています。

 結論的には、「コンプライアンス=法令遵守」と考えるのではなく、「コンプライアンス=社会的要請への適応」と考えるべきであるということで、最後にそうした要請に応えるべく「フルッセト・コンプライアンス」という概念を具体的要素を挙げて提唱していますが、そこでは組織を壊死させるのではなく機能させることを主眼としているように思えます。
コンプライアンスの考え方.jpg
 新書版でさらっと読める割には内容の奥は深く、ただしややわかりにくい部分もあり、早稲田大学の浜辺陽一郎教授の著書『コンプライアンスの考え方―信頼される企業経営のために』('05年/中公新書)のように、冒頭で本来のコンプライアンスを「法令遵守」と訳すのは誤りであると指摘してしまった方がわかりやすかったかも。
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郷原 信郎 (ごうはら のぶお)
1955年島根県生まれ。東京大学理学部卒業後、東京地検検事に任官。1990年4月に日米構造協議を受けて独禁法運用強化が図られていた公正取引委員会事務局に出向し、 1993年3月までの審査部付検事などとして勤務。その後、東京地検検事、広島地検特別刑事部長を経て、1999年4月から法務省法務総合研究所研究官。 2005年4月、 桐蔭横浜大学法科大学院に専任教官として派遣されるとともに、同大学コンプライアンス研究センター長に就任。主著に 『独占禁止法の日本的構造-制裁・措置の座標軸的分析 』

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パートナーシップ、仕事に向き合う姿勢、コミュニケーションのあり方ついて多くの示唆。

Iある広告人の告白MG0589.jpgある広告人の告白.jpg     ある広告人の告白2.jpg    David Ogilvy.gif
ある広告人の告白』 (1964/04 ダビッド社)『ある広告人の告白[新版]』〔'02年版〕 David Ogilvy (1911-1999/享年88)

 オグルヴィ&メイザーを1948年に設立したデビッド・オグルヴィが'63年に出版した本で、今まで自分の手元にあったのは、広告会社アド・エンジニアーズ設立者の西尾忠久氏らが訳した'64年初版のダビッド社版ですが、この度翻訳家・山内あゆ子氏の訳による新版が刊行されました。

 新版のための前書きがあるのと、著者の経歴が多少以前より詳しく書かれているほかは(この本は著者がパリのホテルで菓子職人をしていたときに学んだことから始まりますが、そのほかに家庭用コンロの販売員もしていたらしい!)内容構成は同じであるものの、訳がかなりこなれて読みやすくなっているのと、専門用語が多少現代風になっています。

 広告ビジネスに携わる人にとってはとりわけ示唆に富んだ内容で、前半部分は主に経営者や営業(アカウントエグゼクティブ)に対するアドバイス、後半はクリエイターに対するアドバイスになっており、個人的には、その間にある「よいクライアントであるために」(新版では「クライアントに贈る『15のルール』)とか、「キャンペーンを成功させるためには」などがなかなか良かったです(冒頭の「広告代理店の経営のしかた」において、行動規範をキッチリ示しているのもいい)。

 「私は、手放すと困るほど大きなアカウントを欲しいと思ったことはありません」とありますが、海外の広告代理店はAE制、つまり1業種1社の専任制なので、もともと売上げの割にはクライアント数が少なく、主要クライアント1社への依存度が高くなると、他社へ扱いを持っていかれたときに危険だということでしょう。

 この本が書かれた時点で、オグルヴィ社は社員497人の国内企業でしたが、'07年現在、世界125カ国に497のオフィスを持ち、当事の社員数が今のオフィスの数になったのだなあと。
 本書を読むとクリエイティブについて特出しているのがわかり、一方メディア手数料で仕事はするなと言っていますが、実際オグルヴィ社はメディア購買部門を持っていません。
 米国にはメディアバイイングを専門に行う会社があるので(まとめ買いする代理店が一番強いということ)、こうした業態は必ずしもオグルヴィ独自のものではなく、今後は日本でもこうした動きがあるかも。
 クライアントの広告表現の統一などブランディング戦略による利用広告会社の絞込みは海外でも日本でも進行していて、そうした意味でも今読んで全然古くない内容です。

 ただし、そうした広告に関することに限らず、ビジネス全般に通じるパートナーシップや仕事に向き合う姿勢のあり方、「聞き役に回れば回るほど"敵"にはあなたが賢く見える」といったビジネス・コミュニケーションについてのヒントなど、多くの示唆を含んだ良書です。
                        
《読書MEMO》
● 「よいクライアントであるために」(「クライアントに贈る『15のルール』」)
(1) あなたの代理店を恐怖から開放しなさい(いつも新しい代理店を探している様子をみせないこと)
(2) 最初から適切な代理店を選びなさい(新規取引専門部隊に騙されない)
(3) あなたの代理店に適切な情報を与えなさい
(4) 金の卵を生むニワトリを大切にしなさい(有能クリエイティブに金を惜しむな)
(5) クリエイティブの領域で代理店と競争しないでください(餅は餅屋に)
(6) 検討段階を多くして広告をゆがめないでください
(7) 代理店の利益を保証してやりなさい
(8) あなたの代理店にケチをつけないでください
(9) 率直にものを言い、また言われるようにしてください
(10) 目標を高いところに置いてください
(11) すべてをテストしてください(新製品は25のうち24までテストマーケティングで失敗している)
(12) 急いでください(利益は時間函数である)
(13) 問題児に時間を浪費しないでください
(14) 天才は寛大に扱ってやってください(彼らはほとんど例外なく気に食わない連中)
(15) 広告費を少なすぎないようにしてください
●「キャンペーンを成功させるためには」(「成功する『広告キャンペーン』とは?」)
(9)自分自身の家族に読ませたくないような広告は書かないこと(オグルヴィ・ジャパンのホームぺージにもこの言葉がある)

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ネット社会の「司祭」? グーグル。入門書または啓蒙書としても読めるが...。

グーグルGoogle.bmpグーグル―Google 既存のビジネスを破壊する 文春新書』 ウェブ進化論.jpg 『ウェブ進化論』 

google news.bmp 梅田望夫氏の『ウェブ進化論―本当の大変化はこれから始まる』('06年/ちくま新書)が、ビジネス分析の視点は面白いもののグーグルに対するあまりの絶賛ぶりに満ちていたのが少し気になっていたところ、本書ではグーグルの怖い部分が書かれているということで手にしましたが、もともとの視点が異なる本だったという感想です。

 「グーグルニュース」の編集権問題の経緯から始まる話は、これをホームページに置いている自分には馴染みやすく、また新たに知る事実があって興味深いものでした。

 グーグルがとっている「アルゴリズムによるニュース記事の編集」という手法(メディアから編集許諾を得て、生身の人間が記事選択したり編集しているのではないということ)に、当初は編集権の問題で抵抗していた各メディアが、グーグルの影響力の大きさに押され次第に譲歩していく過程が描かれています。

 『ウェブ進化論』が鳥瞰的なビジネス進化論とすれば、こちらは"グーグル現象"を、地を這うようなジャーナリストの目線でとらえているという感じで、"ロングテール"戦略についても、実際に著者が取材した零細の駐車場やメッキ工場の成功例で説明しています。

 ただし、グーグルは一体何で企業収入を得ているのかということは、わざわざ本書中盤まで引っぱらなくとも答えが「キーワード広告」(アドワーズ)であることは多くの人が知るところであり、むしろその先において指摘している、個人のホームページに対する広告配信システム(アドセンス)を投入して「巨大な広告代理店」化していること、「アテンション」(注目されること)をキーワードに無料サービスと有料広告の組み合わせによる収益構造を構築していることなどが注目されるべき点であり、この辺りにもう少しページを割いてもよかったのでは。

 世界中のありとあらゆる情報を集め、ネット社会の「司祭」と化しているグーグル―、ただし「グーグル八分」(本書では司祭による「宗教的追放」に喩えられている)というような話は、本書刊行後1年余りの間にNHKスペシャルなどでより具体的な例をもって紹介されているのでさほど新味はなく、この辺りが、既成の報道や既刊の書物からの引用に多く依存している本書後半部分の弱みか。

 それでも、「グーグルマップ」の利用者などが、そのまま地域広告などのターゲットになっているという構造は、確かに近未来小説を想わせるちょっと気味悪い面ではあるなあと。
 「グーグル」という固有名詞にこだわらければ、ネット社会の近未来についての入門書または啓蒙書としても読めます(どちらの意味でも新味やインパクトが少し弱いが)。

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「あちら側」「こちら側」の2つの世界を軸にウェブ・ビジネスの状況がわかりやすく解説。

ウェブ進化論3.jpgウェブ進化論.jpg 『ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる』 ちくま新書 〔'06年〕

Googleマップ.bmp シリコンバレーに住んで10年以上というIT企業経営コンサルタントが、今ウェブ・ビジネスがどういう状況にあるかを解説したもので、ネットバブル崩壊後のこの分野のビジネス動向を探る上では必読書かもしれません。
 ただし、こうした内容のものはどんどん身近になり目新しさがなくなるため(例えば「グーグル・マップ」などは普段使っている人も身近に多いし、「グーグル・アース」の"旅行ガイド"は書店に多く出ている)、将来予測というより'05年時点での現状分析という感じ。

 「インターネット」「チープ革命」に加えて「オープンソース」(リナックスが想起しやすい)の3つを「次の10年への三大潮流」とし、その相乗効果がもたらすインパクトを、「Web 2.0」や「ロングテール」などといった言葉に絡めてわかりやすく説いていますが、本書で最も秀逸なのは、ネットの世界を「あちら側」、リアルの世界を「こちら側」と呼び、この2つの世界を対比させて描いているユニークな視点でしょう。

 「あちら側」をホームグラウンドとする企業の代表として「グーグル」をあげ、「こちら側企業」であるマイクロソフトなどとのもともとの土俵の違いやその優位性、さらに、同じ「Web 2.0企業」とされながらも内部で閉じていてオープンソースとは言えないアマゾンやヤフーとの違いを述べています。
 そして、「情報発電所」構築競争という意味では、マイクロソフトやヤフーがグーグルを追撃するのは難しいと言い切っています。
 グーグルのような検索エンジンを"ロボット型"と言いますが、本書を読んで、ある意味、グーグルの思想が反映されている言葉でもあるなあと感じました。

google本社.jpg 情報を「あちら側」でオープンにすると「不特定多数無限大」の存在によって伝播され、より優れた正確なものへと醸成されるという(本書にあるように「ウィキペディア」などもその例だが)、こうしたグーグルのある種の楽天主義に対する著者の共感がよく伝わってきますが、「グーグル八分」なんてことも報じられている昨今、グーグルのある種脅威の部分を想うと、「著者自身がそんな楽天的でいいの?」とい気がしないでもありません。
 ただし、本書でも終わりの方で、グーグルという企業が、会社としてはいかに外部に対し閉鎖的な風土であるかということに少しだけ触れていて、ただし、あえて本書ではそれ以上突っ込んでネガティブ要素に触れていない気もします。

 それはまた少し異なるテーマであり、テーマを絞った入門書として読めばこれはこれでいいのかも。
 全体として論文形式であり、部分的には体感していないとわかりにくい先進事例もありますが、ポイントとなる概念は丁寧に解説されていてわかりやすく(アマゾンの本の売り上げ順位と部数を恐竜の体高ラインに喩えたロングテールの解説など)、この人、両親とも脚本家で、そうした資質を受け継いでいるのかも。

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経営書というよりビジネス・ドラマ。人材採用に関わる話などが面白く読めた。

渋谷ではたらく社長の告白.jpg 『渋谷ではたらく社長の告白』 (2005/06 アメーバブックス)    logoca.gif

 サイバーエージェントの藤田晋氏が自ら綴った半生記で、とりわけ'98年、24歳で起業して '02年、26歳で自分の会社を東証マザーズ上場にさせるまでの色々な出来事が書かれていて、起業物語として面白く読め、さらに上場とほぼ同時期にネットバブルが崩壊し、株価が低迷して株主からの批判も強まり、会社の売却を考えるまでに追い詰められるという、ちゃんと山と谷がある話で、書店で経営書のコーナーにありましたが、内容はビジネス・ドラマといった感じ。

 若手起業家にはメンターとして仰ぐ人がいる場合が多いですが、人材会社インテリジェンス勤務時代(1年未満だが)に同社の社長だった宇野康秀氏(現USEN社長)から在職中も独立後も多くの薫陶を受けたようで、まだ社員がいないのに新卒を何人も採ったり、社員数の何倍ものキャパのあるオフィスを借りたりと、かなり思い切りがいい。
 ジャック・ウェルチは、楽天性や行動力を経営者の条件としているし、ドラッカーも先ず実践することを説いていますが、この人の楽天性や行動実践力は資質的なものだろうという印象を持ちました。

 経営戦略的な話はあまり出てこず、むしろ「世界一の会社をつくる」という漠然としたビジョンしか見えてきませんが、とりあえず起業時においては戦略よりビジョンなのか(内容的には漠然としているけれども、信念としてはやたら強い)。
 ドラッカーはアップルの創業者たちがやがて失墜することを予言し的中させましたが、それは彼らが経営知識を身につけないうちに、あまりにも早く成功しすぎてしまったためだとしていて、藤田氏の場合も、たまたま時流に乗った面もあり、本書を読んでもサイバーエージェントという会社がどのように社会に貢献しようとしているのか見えてこず、スティーブ・ジョブズらの轍を踏む可能性も無いとは言えません。
 しかし本書を読む限り、堀江貴文氏や村上世彰氏よりは自律的な内省型の人物に思え、"アロガント"(傲慢)にならずにすんでいるのではないかなあと(本書に出てくる昔の堀江氏はカッコいいが)。

 もともと採用マネジメントに携わっていた人(堀江氏などと異なりITは素人だった)ですが、人材採用に関わる話などが面白く読めたこともあり、個人的には多少オマケして"○"。

 【2007年文庫化[幻冬舎文庫]】

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「長老型」リーダーという概念は参考になるが、著者のスピリチュアリズムについていけず。

マネジメント革命 「.jpgマネジメント革命.jpg   天外伺朗 (てんげしろう)氏.bmp天外伺朗(土井忠利) 氏
マネジメント革命 「燃える集団」を実現する「長老型」のススメ

人材は「不良(ハミダシ)社員」からさがせ.jpg ソニーの常務だった土井忠利氏は、CDの研究開発やAIBOの開発責任者として知られる一方で、天外伺朗の筆名で『人材は「不良(ハミダシ)社員」からさがせ―画期的プロジェクト成功の奥義』('88年/講談社ブルーバックス)など組織・人材マネジメントに関する著書を早くから手掛けており、本書は"「燃える集団」を実現する「長老型」のススメ"というサブタイトルに惹かれて手にしました。
人材は「不良(ハミダシ)社員」からさがせ―画期的プロジェクト成功の奥義』 講談社ブルーバックス['88年]

 ソニー時代、社長の井深氏のもとでチーム一丸になって新製品の開発にあたった(こうした話を読むのは基本的に好き)当時の「「燃える集団」を突き動かしていたものを、高橋伸夫氏が『虚妄の成果主義』の中で説いた「内発的動機付け理論」やチセントミハイ教授の「フロー理論」で説明し、一方、そうした集団を率いた井深氏を「長老型」のリーダーシップの持ち主だったと称えています。

 本書によれば、「長老型」リーダーとは、部下を信頼し、受けとめ、サポートすることで、チームの勢いを大切にして、部下が全力を発揮できるようにしてくれるリーダーで、ファシリテーターに近いかなという感じですが、著者は、アメリカ原住民(インディアン)の長老が一族の精神的支柱となっているスタイルがこれにあたるとして、こうした命名に及んだようです。

 本書において、この「長老型」リーダーというイメージが著者なりに肉付けされている部分が面白く、また何となくですが参考になり、そのほかにも話として面白い部分は多々ありましたが、「長老型」リーダーの素養としてのカウンセリング心理学の話から、いかにして「長老型」リーダーたりうるべきかというところで、ケン・ウィルバーのトランスパーソナル心理学の話が入ってきて、どんどんスピリチュアリズムっぽい話になっていくので、ちょっとついていけませんでした(理論展開にも牽強付会のきらいがある)。

 以前にこの人の『宇宙の根っこにつながる生き方』('97年/サンマーク出版)という本を読んで、ああ、完全にスピリチュアリズムの世界へ行っちゃってるなあと思っていたのですが、マネジメント(リーダーシップ)論にもその敷衍が見られ、あまりリアリティが感じられなかったのは、自分が俗人だからでしょうか。
 皮肉な見方をすれば、井深氏のような「長老型」リーダーがいた昔のソニーは良かったという懐古主義ともとられかねないのでは。

《読書MEMO》
●「長老型」指導者とは
1. 指導者はロバートの秩序に従うが、長老は霊(スピリット)に従う。(ロバートの秩序=まず動議を出して、動議に賛成する人あるいは動議の反対意見があり、公平にその意見を聞きながら、最終的には多数決をとる方法)
2.指導者は多数派を好むが、長老はみんなの味方をする。
3.指導者はトラブルを見ると、それを止めようとするが、長老はトラベルメーカが何かを教えてくれようとしているとらえる。
4.指導者は正しくあろうと骨を折るが、長老はすべての中に真実があることを示そうとする。
5.民主的な指導者は民主主義を支持する。長老はそれも行うが、また独裁者やゴーストにも耳を傾ける。(ゴースト=無意識レベルに抑圧された文化的亡霊)
6.指導者は自分の仕事をうまくこなそうとするが、長老は他の人たちも長老になるようにうながす。
7.指導者は賢くあろうとするが、長老は自分自身の考えを持たず、自然の出来事に従う。
8.指導者は考える時間を必要とするが、長老は何が起こっているかを自覚するためにほんの一瞬を要するだけである。
9.指導者は知っているが、長老は学ぶ。
10.指導者は行動しようと試みるが、長老はなるがままに任せる。
11.指導者は戦力を必要とするが、長老はその瞬間から学ぶ。
12.指導者は計画に従うが、長老は神秘的な未知なるものを尊重する。


【2011年文庫化[講談社+α文庫(『マネジメント革命―「燃える集団」をつくる日本式「徳」の経営』)]】

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わかりやすく書かれている分、新味がなく物足りなさを感じた。

上司につける薬!.jpg 『上司につける薬!』 講談社現代新書 〔'06年〕 高城 幸司 氏.jpg 高城 幸司 氏(セレブレイン社長)

 上司に対する対処の仕方を書いた本のようなタイトルですが、サブタイトルに「マネジメント入門」とあるように、上司(マネジャー)にとって"マネジメント力"とは何かを説いた本。
 著者は、大学卒業後リクルートに入社し、起業支援雑誌「アントレ」の編集長、人材斡旋会社リクルートエイブリック(現リクルートエージェンシー)などを経て、人材コンサルティング会社を経営する40代前半の人で、リクルート時代"トップ"営業マンだった経験を生かして(売りにして?)、これまでに「営業力」をテーマに多くの本を書いています。

 本書は、現在マネジャーである人に向けてというよりも、30代前半の団塊ジュニア世代に向けて書かれていて、この年代からマネジメントというものを意識せよという考えやビジョンと戦略を重視する姿勢には共感できるし、マネジメントの技術論として「判断する」「叱る」「任せる」「心躍らせる」「伝える」「信頼される」の6つを挙げていているのも「ごもっとも」という感じ。

 ただし、若年層向けにわかりやすく書かれている分、「任せるのと丸投げは違う」とか意外と新味がなく、それでも読んでモチベーションアップに繋がった人もいたかもしれないけれど、物足りなさを感じた人もいたのではないでしょうか。
 現代新書であるわりには、これまで著者が書いてきた本と基調は似ており、「成功本」とまでは言わないが、一般のビジネス啓蒙書との差異が見出しがたい(内容よりもそのトーンにおいて)。

 マネジメント力をつけることにより、"よき上司"になると言うより、一足飛びに「経営メンバー」になる、或いは「ベンチャー経営者」になるという発想が現代的だと思いました。
 一方で、総じて仕事経験の浅い人の起業は成功率が低く、活躍しているのは、会社員時代に新規事業を経験したり、経営メンバーだった経験がある人だということで(169p)、この辺りが、著者が見てきた現実に近いのでは。

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変化への主導こそ経営者の役割。現場への気づきと直感的なひらめきが大切。

たった三行で会社は変わる.jpg  『たった三行で会社は変わる』 (' 07年/ダイヤモンド社) 藤田 東久夫.jpg 藤田東久夫 氏 (略歴下記)

 タイトルはノウハウ本の惹句みたいですが、内容の半分は経営学的な話で、それもそのはず、著者は本書執筆の直前に早稲田大学大学院で博士号を取得したばかりで、その余韻が残っているような感じ。
 本書のタイトルも、最初は「ミクロ・マクロ・ループの経営」というものにするつもりだったとか(それにしても随分くだけた感じのタイトルになったものです)。

 I℃タグやバーコードなどを利用した自動認識システム・関連製品の開発・製造・販売を主業務とする「株式会社サトー」において、創業者の娘婿として創業社長から経営を引き継ぎ、本書執筆時点で12期連続増配中ということで、こういう人をまさに専門経営者と呼ぶのでしょうが、経営論を語るにしても、常に自らに経験に即して述べているのがいいです。

 興味深かったのは、マネジメントとリーダーシップの関係を論じている点で、両者のバランスの重要性を説いていて、リーダーシップ機能が充実していればマネジメント機能はついてくるという考えです(ただし、中小・ベンチャーなどでは、マネジメント機能の充実が焦眉の急であるケースもあると指摘している)。

 経営トップ自らが現場のミクロな情報に気づき、マクロな視座からすぐに対応することを重視し、変化への主導こそ経営者の役割であって、そこでは直感的な思いつきやひらめきは大きな役割を果たすという―、その実践例が、タイトルにある「三行提案制度」で、1600人の社員が毎日3行、127文字で提案や報告を上げてくる、その情報により現場の実態を把握しスピーディーな経営を実現するとのこと。

 「なあ〜んだ、所謂従前の提案制度じゃないか」とも思われるが、そうした泥臭いことでも、一度決めたら徹底的にやるのが結構、経営の要諦なのかも。
 全部に目を通すわけにはいかない提案のフィルタリングを、管理職にではなく若手社員にやらせているのもミソ。

 最終章で日本の企業の取締役会のあり方を非難していて、これも理屈が通っていて、著者の肩書きは「代表取締役執行役員会長・CEO」というものだそうですが、どうしてそういう肩書きなのか、内容との絡みで理解しやすかったです。
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藤田東久夫(ふじた・とくお)
1951年東京都生まれ。75年慶応義塾大学経済学部卒業。
同年、日本航空入社。85年サトー入社。社長室長などを経て、90年に代表取締役社長に就任。
現在は代表取締役執行役員会長兼最高経営責任者(CEO)。
社団法人日本自動認識システム協会会長。
2006年度日本経営品質賞(JQA)判定委員。
シルバーオックス株式会社社外監査役。
2006年に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科にて博士後期課程修了。博士(学術:Ph. D.)
剣道三段(慶応義塾大学体育会剣道部)、日本ソムリエ協会ワインエキスパート資格。

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CSR、バランスト・スコアカード、職務主義と役割主義の差異などの考え方もすでに。

現代の経営〈〔正篇〕〉.jpg 現代の経営〈続篇〉.jpg  ドラッカー名著集2.jpg ドラッカー名著集3.jpg  『ドラッカー名著集2 現代の経営[上]名著集3 現代の経営[下]
現代の経営〈〔正篇〕〉事業と経営者 (1956年)』『現代の経営〈続篇〉組織と人間 (1956年)

ドラッカー 現代の経営  上.jpg 1954年に発表されたP・F・ドラッカー44歳のときの著作で、"三大古典"と呼ばれるものの中でも最も有名な本。ただし、ドラッカーは存命中、何度も自著を改稿していて、今回「名著集」として出された本書も、その前の'96年版からさらに改訳されているとのこと。

 ドラッカーの著書は、アメリカ国内でも海外でも名言集のようなものが一番売れているそうですが、「成長可能な資源は人的資源だけである」(第2章)、「企業の目的は顧客の創造である」「企業には2つの基本的機能が存在する。すなわち、マーケティングとイノベーションである」(第5章)、「事業は何かを決めるのは、生産者ではなく顧客である」(第6章)、などとあるように、彼の著名な言葉の多くは本書に含まれていて、そうした言葉がどういった章で、どういった流れで使われているのか当たってみるのもいいかも。

『現代の経営』(1956/05 自由国民社)

 また、会社は誰のものかということが昨今問われていますが、この問いに対するドラッカーの答えは社会のものであるということであり、社会のための機関として富の増殖機能を伸ばしていくことがマネジメントの責任であるという前提に立っています。
 従って、「事業の目標」(第7章)には、マーケティング、イノベーション、生産性、資金と資源、利益、マネジメント能力、人的資源、社会的責任(今でいうCSR)の8つがあり(最後3つが含まれている点がポイント)、これらについてそれぞれに目標設定をすることの必要を説き、バランスト・スコアカードに相当するものの出現をすでに予言しています(第7章)。

 話を核心部分に持っていくプロセスが巧みで、ポイントとなるフェーズでは、最初に企業事例を持ってきたり、歴史的事実や故事を紹介したりし、例えば、「自己管理による目標管理」(第11章)では、マネジメントのセミナーでよく取り上げられる次のような話が紹介されています。
 それは、何をしているのかを聞かれた3人の石工のうち、1人は「これで食べている」と答え、1人は「国で一番の仕事をしている」と答え、1人は「教会を建てている」と答えたというもの。
 ドラッカーは、第3の男をあるべき姿、第1の男を報酬に見合った仕事をする者としつつ、第2の男、つまり職人気質の男をどう扱うかを問題視し、そこから経営管理者の役割や陥りやすい誤りを指摘し、さらに何を目標とすべきか、マネジメントと目標管理のあるべき関係、自己管理によるマネジメントの変革を説いています。

現代の経営 続編.jpg 本書では後半かなりの紙数を「人と組織のマネジメント」に割いていて、ここでは旧来の人事管理論を批判し、人間関係論(マグレガー)や科学的管理法(テーラー)の限界を指摘していて、具体的に人事部の在り方も批判していますが、こうした批判は皮肉にも今読んでも古さを感じさせん。
 彼はここで先行理論や手法を全否定しているのではなく、それ以前において、人の仕事を組織化すること(仕事を要素動作に分解するのではなく1つの全体に統合すること)が重要であるのだと説き、さらに、仕事にある程度の挑戦の要素を入れるようにすべきだと唱えていますが、このことは、人事マネジメントにおける職務主義と役割主義の考え方の差異にも当て嵌まる気がします。

 組織論に入る前に、1個人の仕事の組織化を説いているのは興味深いですが、さらに、人を組織するとはどういうことか、人員配置の重要性や動機付けの必要性を説き、仕事で責任を持たせるには、正しい配置を行うことのほかに、適正な目標水準設定、仕事情報の供与、マネジメント的視点を持たせることなどをポイントとして挙げています。

 書き出すとキリがありませんが、原題は"The Practice of Management"、実践しないと意味がないということでしょう。

 【1956年単行本[自由国民社(正篇『現代の経営-事業と経営者』、続篇『現代の経営-組織と人間』)]/1965年単行本[ダイヤモンド社・Executive books(上・下)]/1987年単行本[ダイヤモンド社(上・下)]/1996年単行本[ダイヤモンド社(『新訳 現代の経営(上・下)』-ドラッカー選書3・4)]/2005年単行本[ダイヤモンド社・ドラッカー名著集2・3]】

【2201】 ○ グローバルタスクフォース 『あらすじで読む 世界のビジネス名著』 (2004/07 総合法令)
【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
【2790】○ グローバルタスクフォース 『トップMBAの必読文献―ビジネススクールの使用テキスト500冊』 (2009/11 東洋経済新報社)

《読書MEMO》
●章立て
序論 マネジメントの本質
第1章・マネジメントの役割、第2章・マネジメントの仕事、第3章・マネジメントの挑戦
第1部 事業のマネジメント
第4章・シアーズ物語、第5章・事業とは何か、第6章・われわれの事業は何か、第7章・事業の目標、第8章・明日を予期するための手法、第9章・生産の原理
第2部 経営管理者のマネジメント
第10章・フォード物語、第11章・自己管理による目標管理、第12章・経営管理者は何をなすべきか、第13章・組織の文化、第14 章・CEOと取締役会、第15章・経営管理者の育成
第3部 マネジメントの組織構造
第16章・組織の構造を選ぶ、第17章・組織の構造をつくる、第18章・小企業、大企業、成長企業、
第4部 人と仕事のマネジメント
第19章・IBM物語、第20章・人を雇うということ、第21章・人事管理は破綻したか、第22章・最高の仕事のための人間組織、第23章・最高の仕事への動機づけ、第24章・経済的次元の問題、第25章・現場管理者、第26章・専門職
第5部 経営管理者であることの意味
27章・優れた経営管理者の要件、28章・意思決定を行うこと、29章・明日の経営管理者
結論 マネジメントの責任

「●マネジメント」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【737】 加藤 仁 『社長の椅子が泣いている
○経営思想家トップ50 ランクイン(ジャック・ウェルチ)

人事マネジメントを重視。「人事」の仕事に携わる人にお薦め。

ウィニング勝利の経営.jpg 『ウィニング 勝利の経営』 日本経済新聞社 Winning.jpg "Winning: The Answers: Confronting 74 of the Toughest Questions in Business Today"
 『ジャック・ウェルチ わが経営』('01年/日本経済新聞社)を書いた後、もう本は書かないと言っていたウェルチですが、再婚した奥さんがハーバード・ビジネス・レヴュー誌の編集長だったせいか、奥さんのアシストでその後も本を出していて、自著の刊行は彼にとって「ナンバー1、ナンバー2」戦略に適ったものだったのかなあ、などと思ったりもして(本書刊行後も、世界中からいろいろな質問を受け、それらに答えるというQ&A方式の内容の本"Winning: The Answers"を出している)。

 企業経営においては「勝つことは最高」と言い切っていますが、勝たなければ社会貢献も何もないという考え方の根底にあるのはドラッカーでしょう。
 本書は、「勝つためには何をすればよいのか」ということについて経営全般にわたって述べていて、『わが経営』が後半、M&Aと社長レースの話に終始していたのに比べると、経営書としては纏まっている感じで、ボストンレッドソックスがワールドシリーズを制した話や、MRIの開発でGEが日立に遅れをとった理由など、比較的新しい話題や体験談もあり、また、キャリアをどう考えるべきかということについて述べていることもあって、身近な感覚で読めました。

 ビジョンとバリューの話が冒頭にあり、バリューを"行動規範"に近いものとして捉えていて、これらが経営戦略の話より前にきているのが印象的(「勝ちたいと思うのなら、戦略についてじっくり考えるより、その分、体を動かせ」とも)。
 以降、前半部分のほとんどは人事マネジメントの話で占められていて、「選別」することの重要性や人材採用、人事管理におけるポイント、人を辞めさせる際の留意点等について触れられています。

 多くの企業で「人事責任者」がCEOやCFOより格下の扱いを受けていることを憤っていて、後半の社内ベンチャーやM&Aといったテーマについても、常に人材マネジメントの観点から言及することを忘れておらず、「人事」の仕事に携わる人が最初に読む"ウェルチ本"としてはお薦めです(そうした前提で評価するならば星半分プラスして★★★★☆にしてもよいか)。

 リーダーに求められる4条件(Energy(エネルギーまたは情熱)、Energize(元気づける)、Edge(決断力)、Execute(実行力))についても再度触れられていますが、採用時においては最初の2つが必須条件であるとし(訓練で身につくものではないから)、それ以前に「率直に物を言うこと」の大切さを説いています。
 「和を以って尊しと為す」という日本的気質とは正反対で、初めてウェルチの本に触れる人にはなかなか刺激的かも。

【2701】 ○ 日本経済新聞社 (編) 『マネジメントの名著を読む』 (2015/01 日経文庫)

《読書MEMO》
●推薦の言葉
「新人からベテランまで、あらゆる人が使える、わかりやすくて網羅的なビジネス成功指南本だ」――ビル・ゲイツ(マイクロソフト会長)

「●マネジメント」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【116】 大沢 武志 『経営者の条件
「●ピーター・ドラッカー」の インデックッスへ

中小企業向けの助言が多い。同族経営やM&Aを成功させる秘訣に共鳴。

実践する経営者.jpg 『実践する経営者―成果をあげる知恵と行動』 (2004/04 ダイヤモンド社)

ピーター・F・ドラッカー.jpg '03年刊行の上田惇生氏編訳による「ドラッカー名言集」4部作に続く同氏の編訳によるもので(原題:Advice for Entrepreneurs)、30年にわたりウォールストリート・ジャーナルに寄稿した論文から、直接経営にかかわる助言のみを厳選したとのこと。
 経営戦略や経営者の在り方などについての自らの考えがテーマごとにまとめられていて、必要に応じて実際に社会・経済現象として起きていることを検証材料とし、具体的に解説されています。

 '80年代に書かれた論文が多く、的確に将来を見据えつつ書かれてはいますが、事例の中には時間的隔たりを感じるものもあり、しかし、それでもなお、人間の心理や行動の普遍性を見抜いたうえでの原理原則の提示には、いちいち頷かされます。
 個人的には、「同族会社が繁栄を続ける秘訣」とか「企業買収を成功させる5つの原則」などが、かなりリアリティを感じつつ読めましたが、その他にも参考となる箇所は多かったです(中小企業向けの助言がかなり含まれている)。

 本文で、すべての経営者は起業家たれ、と言いつつ、冒頭のインタビュー('85年)で、アップルの創業者たちが生き残れないという彼の予言が当たったのは、彼らに経営知識がなかったためとして、あまりに早く成功することは不幸だとしており、また、今日の経済学者は神学者と同じだと皮肉っています。
 また、未来に対しては楽観的であるという話の後に、自らが育ったオーストリアでの第一次世界大戦時代がいかに暗いものであったかを示唆していて、こうした発言に自らの個人史が反映されているのが窺えて興味深かったです。

《読書MEMO》
●中小企業が成長し続けるためのポイント (30p〜)
 1. 利益よりキャッシュフローを重視する
 2. 成長は資金需要と財務構造を変える
 3. 将来必要となる情報は何か予期しておく
 4. 技術、製品、市場を集中させる
 5. チームとしての経営陣を構築する
●ゼロ成長企業における経営の心得 (36p〜)
 1. 昇進以外の方法による動機づけを図る
 2. 昇進の見込みのない者の転職に手を貸す
 3. 成長できないのであるならば、事業の内容をよくする
 4. 安易な多角化は失敗する
 5. 大きな成長の機会は必ずある
●同族会社が繁栄を続ける秘訣 (47p〜)
 1. できの悪いものを働かせてはならない
 2. 経営に一族でない者を一人は起用せよ
 3. 専門的な地位には一族でない者の起用が必要
 4. 後継問題に関わる意思決定は、(利害関係のない)一族以外の者に委ねる
●パートナーシップに成功するには (66p〜)
 1. パートナーシップの目的を徹底的に検討する
 2. いかにマネジメントするかを決めておく
 3. 誰がマネジメントするかを決めておく
 4. 親会社における責任者を決めておく
 5. 最終決定を行う調停者を決めておく
●企業買収を成功させる5つの原則 (72p〜)
 1. 買収する側が買収される側に何を貢献できるか考える
 2. 市場、技術、経験・専門能力などの何れかの点での共通の核を持つ
 3. 買収する側の人間が買収される側の製品、市場、顧客に敬意を持つ
 4. 買収した側は買収された側に対して1年以内に経営陣を送り込む
 5. 最初の1年間は、双方の人間を(境界線を越えて)移動させ、昇進させる
●知識労働の生産性をあげる4つの方法 (117p〜)
 1. 知識労働者自身に責任を持たせる
 2. 知識労働者が自らの貢献を評価できるようにする
 3. (誰も注意を払っていないことだが)本来の仕事をさせる
 4. 配置に力を入れる(成果を生み出す人間がどこにいるかを知る)
●行動様式を変えるための4つの方法
 (191p〜)
 ※ 文化を変えてはならない。文化を変えずに行動様式の方を変える。
 1. いかなる成果が必要かを明確にする
 2. すでにそれを行っているところはどこかを問う
 3. 組織の文化に根ざし、かつ成果をあげる行動を奨励する
 4. 評価と報償を変える(ある行動が報償されれば、そのまま受け入れられる)
●リーダーシップとは何か (198p〜)
 1. リーダーシップとは仕事である(組織使命を考え、明確化し、目標を定める)
 2. リーダーシップとは責任である(真のリーダーは自らが責任を負うことを知る)
 3. リーダーシップとは信頼である(賢さでなく、真摯さに支えられるもの)

「●マネジメント」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【115】 J・A・クレイムズ 『ビジネスを変えた7人の知恵者

ユニクロ創業者の「わが経営」。根っからのドラッカリアン。経営者の役割を知るうえで読む価値あり。

一勝九敗tan.jpg一勝九敗』〔'03年〕  一勝九敗.jpg 『一勝九敗』新潮文庫〔'06年〕

photolib_frsymbol2.gifphotolib_uqlogo2.gif ファーストリテイリングCEOの柳井正氏の半生記であり、ユニクロの歴史を綴ったものでもあり、「わが経営」といった感じの本でもあります。

 タイトル通り多くの失敗を重ね、それらを糧として次に生かして事業を育て、現状に甘んじることなく常に起業家精神を持って挑戦を続ける姿に、親近感よりむしろ「凄い人だなあ、この人」と思わされる部分が大きかったです。

 経営戦略、事業戦略がしっかりしていて、巻末に経営理念が23条収録されていますが、コンサルタント(公認会計士)から「5つくらいにまとめたら」と言われて、すべて絶対に必要な理念なので、と拒否したというのがこの人らしく、その冒頭にくる2つが「顧客創造」と「社会貢献」を謳ったもので、本書にその名は出てきませんが、これらはまさにピーター・ドラッカーの言っていることであり、「実践しながら考える」ということ然りで、根っからのドラッカー信奉者であることが窺えます。

 成功物語としても面白く、大阪進出、関東進出の際の試行錯誤や、商品開発の苦労、ファミクロ・スポクロの失敗、最初の海外進出の際の躓きと、失敗の方が多かったのが、「フリース」で大ブレークしたわけです(個人的には、山崎まさよしのCFよりも、ロフトの回転機で「ユニクロのフリース51色」を見せたものの方が新鮮だった)。

 「ユニクロ」は「ユニーク・クロージング」の略ですが、香港の子会社登記の際に"UNICLO"の"C"を間違って"Q"としたために、そちらを採用して"UNI Q LO"になったなどの秘話も。

 人材戦略や人事考課についても多く触れられていて、「人材は経営者の手足ではない」として"自活する"社員像を理想とし、信賞必罰を説いています。

 「店長」を会社の主役だとする一方で、本部でのプロ経営者育成を課題としていますが、この人の課題はやはり後継者問題でしょう。

 本書刊行時に正・副の社長で、その後に辞めて自ら事業再生会社「リヴァンプ」を起こした玉塚元一、澤田貴司両氏は、ユニクロでは"サラリーマン社長"、"雇われ経営者"だったことを明言して憚りません。

 落ち込んだ業績は回復基調にありますが、Ⅴ字回復というところまでいかず、「フリース」の後続ヒット商品が見えないこともあり、柳井氏に対する毀誉褒貶は激しいものがありますが、この本自体は、そうしたことを割り引いても、経営者の役割とは何かを知るうえにおいて読む価値ありの内容のものです。

 【2006年文庫化[新潮文庫]】

「●労働法・就業規則」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1061】 丸尾 拓養 『解雇・雇止め・懲戒Q&A
「●M&A」の インデックッスへ

M&Aにおける労務デュー・デリジェンスの参考書として使える。

M&Aの労務ガイドブック.jpgM&Aの労務ガイドブック』(2007/04 中央経済社)  高谷知佐子.jpg 髙谷知佐子 氏(弁護士)

 本書前書きにもあるように、M&A成功のキーポイントは「人」をめぐる法律問題であるにも関わらず、その「人」がクローズアップされる場面は意外と少なく、デュー・デリジェンスでも労務コンサルタントは最後の方でやっと声がかかったりすることが多いのが現状です。

 本書は、会社の財産である「人=社員」にスポットを当て、M&Aにおいてどのような「人」に関する問題が生じるのかという観点から論点を整理し解説したものということで、最近問題になることが多いM&Aの際の企業年金の再編についても言及されています。

 デュー・デリジェンスでどういったことが調査対象となるのかが詳しくあげられているので、デュー・デリを受ける側にとっては良い参考書として使えると思います。
 一方、雇用・労働条件のリストラクチャリングに付随する法的問題を、判例をわかりやすく整理して解説してもいるので、M&Aの仕事をしていて金融・不動産や知的所有権などにはめっぽう強いが、労働法は少し苦手という弁護士さんにも読んでもらいたい気がします。

 M&Aには合併、事業譲渡(旧商法では営業譲渡と言っていた)、会社分割などの類型がありますが、本書の判例のとりまとめ部分で、不利益変更、整理解雇などと並んで、事業譲渡に関する判例が多くあげられています。
 これは、事業譲渡の場合、合併や会社分割などと異なり、労働者の権利義務が自動承継とならず契約上の規定によって定まるからであり(ゆえにリストラを巡るトラブルが多い)、こうした考えは米国からきているのでしょう。

 欧州の国々には、事業譲渡に関しても一応は全労働者を承継しなければならないこととなっている国もあり、グローバル企業などとのM&Aの場合、相手国の法律も調べておいた方いいかも。
 結局、日本法人同士の話なので、日本の法に従うことになるはずですが、前提としてイメージしているものが随分違ったりします(就業規則に対する考え方などについてもそうですが)。
 また、最近はわが国における事業譲渡においても、必然性の薄い従業員解雇は、認められなくなってきているようです。

 本書は1法律事務所(森・濱田松本法律事務所)に所属する弁護士10名の共同執筆で、編者の高谷知佐子氏は、'05年の「日経ビジネス」の「弁護士ランキング労務・人事部門」で第4位にランクインしている労働契約法や解雇問題のエキスパートです。

「●労働法・就業規則」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【710】 高谷 知佐子 『M&Aの労務ガイドブック
「●メンタルヘルス」の インデックッスへ

実務に沿ってキッチリと書かれている。現実対応の難しさを改めて認識。

労災・安全衛生・メンタルヘルスQ&A.jpg  『労災・安全衛生・メンタルヘルス Q&A』 (2007/03 労務行政)

 本書の章立ては下記の通りで、章ごとに論点を整理したうえでQ&Aを用意していますが(全81問)、判例や通達を多角的にまじえ、かなり踏み込んだ解説がされています。

 「労災」はやはり適否問題が複雑で、教科書的な本だけ読んでもあまり参考にならず、と言って1つ1つ判例をあたるのもたいへんですが、これだけ整理してまとめられていれば、かなり実用に供するのではないかと思われます。

 「労災」から「安全衛生」、さらに「メンタルヘルス」へという流れでの編集も実用的ですが、「安全配慮義務」や「安全衛生」についても、ある産業分野でしか起きないような事案は極少に留め、裁量労働制、派遣や請負、長時間労働と過労死といった今日多くの企業で問題になる可能性がある事柄について詳説しています。

 「健康診断」については、それ以前の章でも述べられていることですが、時間外労働が月100時間超の過重労働者(かつ疲労の蓄積が認められること)に対する産業医等の面接指導が'06(平成18)年度から義務化されているのが1つポイントで、ただし、本書にもあるように、通達を読む限り、労働者が申し出ない限りは面接指導の義務がないということになります。
 これって労働者保護の立場からするとどうなのだろうという気もしますが、「コンプライアンス」とは法令に抵触しないことを目的とするものでなく、法令を通じて期待されている企業の社会的役割を果たすことにあるのだと考えるしか、こうした「法の隙間」問題に対処する道はないのでは。

 「メンタルヘルス」については、さらに微妙な問題が多くなり、例えば「うつ状態の社員の主治医に対し、本人の病状について情報開示を求めることはできるか」という問いに対し、訊くことは「問題ない」が、主治医に「回答する義務はなく、また、個人情報保護を理由に回答が得られないことが多い」となっています。

 1つ1つのQ&Aを読んで改めて諸問題への対応の難しさを感じますが、通達や判例の典拠もきちんと記載されていて、さすが「労務行政」刊行の本という感じ(執筆者は弁護士)で、値が少し張る(3,400円)のは仕方がないか。

【2012年第2版】
 
《読書MEMO》
●章立て
第1章 業務災害・通勤災害(労災保険法の仕組み、業務上の災害ほか)
第2章 安全配慮義務(安全配慮義務の根拠とその義務の主体、安全配慮義務の内容とその主張・立証責任ほか)
第3章 安全衛生管理(安全衛生教育、適用単位と適用業種・規模ほか)
第4章 健康診断、職場の健康管理(健康診断、職場の健康管理・健康対策ほか)
第5章 メンタルヘルス(採用の自由とプライバシーの保護、調査の自由ほか)

「●労働法・就業規則」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【073】 日経連労働法研究会 『変革期の就業規則

しっかりした構成と実務に沿った解説。解釈例規や裁判例も充実。

ベーシック就業管理・賃金管理021.JPGベーシック賃金管理.gif  ベーシック就業管理.jpg
ベーシック就業管理 (Basic series)』['99年改訂版]/『ベーシック賃金管理―賃金・手当・賞与・退職金

 同著者の『ベーシック就業管理』('99年改定版/生産性出版)の姉妹書。
 前著が「労働時間」管理を中心に、変形労働時間制、フレックスタイム、みなし労働時間制、時間外・休日労働をめぐる実務、休暇、育児介護休業、女性・年少者をめぐる実務、パートタイマーや派遣の終業管理などを扱っていたのに対し、本書は、「賃金」に的を絞って、賃金とは何か、賃金に関する法的規制と賃金債権の保護、賃金支払いの実務、割増賃金の実務、平均賃金の算定、退職金支払いの実務、賃金税務など7章にわたって解説しています。

eyes0961.jpg 賃金は働く者にとって最も重要な労働条件の要素であり、それゆえ賃金をめぐる労使のトラブルは尽きないわけですが、一方で、「賃金」に関する法令上の規定は「労働時間」などに比べ条文数としては少なく、実務上のトラブル等への対処としては、法の基本趣旨を理解するほかに、行政解釈や裁判例をよく知っておくことがひとつポイントになるかと思います。

 その点で本書は、各章のテーマごとに法の趣旨や実務上の留意点を解くとともに、実際に企業等から相談を多く持ちかけられるような事案に重点を置き、ケースに当て嵌まる行政解釈や裁判例を的確に抽出し解説しています。

 タイトルに「ベーシック」とあるものの、実務書でここまできっちり書かれているものは少なく、刊行されてからある程度の年月を経ている本ですが、個人的には常に手元に置き、よく参照させてもらっている本です。

《読書MEMO》
●章立て
第1章 賃金とはなにか
第2章 賃金に関する法的規制と賃金債権の保護
第3章 賃金支払いの実務
第4章 割増賃金の実務
第5章 平均賃金の算出実務
第6章 退職金支払いの実務
第7章 賃金(退職金)の税務実務

「●採用・人材確保」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1203】 樋口 弘和 『新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか

面接官が自身に対し言い聞かせておくべきこと。面接をしている時期に読むといい。

採用力のある面接.jpg 『採用力のある面接-ダメな面接官は学生を逃がす』 生活人新書 面接官の本音.jpg面接官の本音 2008

zu.gif 著者は元リクルートの人事部採用責任者で、その後採用コンサルティング会社を設立し、『面接官の本音』(日経BP社)という"就活本"シリーズを書いている人ですが、本書は企業向けに書かれた、企業が就職戦線を「勝ち抜く」ための本。

 新卒採用におけるシステムとしての面接制度設定の仕方よりも、面接場面における面接官一人ひとりのスキルの向上を図ることに重点が置かれています。
 具体例をあげ、面接に来た学生の能力や適性をいかにして推し量るかが書かれていますが、奇を衒わない正攻法で、かつわかりやすく書いてある分、意外と読み終えた後あまり印象に残らないかも。

 でも個人的には、著者の、面接学生をリラックスさせ、出来るだけその人の持っている良い部分を引き出そうとするスタンスには共鳴します。
 面接場面における心理的な側面、とりわけ面接者とのラポール(信頼関係)の構築を重視し、また、学生を「見る」だけではなく、「見られる」ことを意識した面接を、という前提に立脚しています。

 こうした意識の持ち方は、企業が学生を選ぶと言うより、学生が企業を選ぶという傾向が強まるこれからの採用難の時代に向けて、ますます必要になってくるのでは。
 それにも関わらず、企業の面接担当者には、まだまだ、自分たちが学生の生殺与奪権を握る絶対的優位者であるという意識がどこかにあるのではないでしょうか。

 面接官が自分自身に対して言い聞かせておくべき事柄を書いた本とも言え、普段読んでもいいけれども、面接をやっている時期に読むと、よりいい本であるような気がします。

「●退職金・企業年金」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1153】 森田 朋宏 『導入モデルでわかる 適格年金のやめ方

適年から中退共への移行を解説。事業主にも読みやすいが、プレゼン形式での進行は、コンサルする立場からも参考に。

中小企業の退職金・適年制度改革実践マニュアル~2.JPG中小企業の退職金・適年制度改革実践マニュアル.jpg 『中小企業の退職金・適年制度改革実践マニュアル』 (2005/09 日本法令)

 本書では、「服部印刷」という仮想の中小企業を舞台に、コンサルタント(社会保険労務士)と社長や経営幹部らとの会話形式で、退職金制度の現状把握から新制度の設計、適格退職金制度の「中小企業退職金共済」(中退共)への移行までの一連の流れを、それぞれの段階での検討ポイントを示しながら、わかりやすく解説しています。

 移行制度の検討に際しては、最初から「中退共」と決め打ちするではなく、退職金制度自体の廃止(退職金前払制度)、規約型の確定給付年金、確定拠出年金(本書では、中退共も確定給付年金の一種であるとしています)なども選択肢として視野に入れながら、それぞれの長所・短所を説明し、経営者の意向を確認しつつ、話が進んでいきます(臨場感ある!)。

 極めて実務的な観点で書かれていて、例えば「服部印刷」では最終的に中退共で行こうということになりますが、中退共の欠点として、懲戒解雇された社員にも支払われるというものがあり、そうした問題に対する会社としての現実対応まで踏み込んで書かれています。

 付録として退職金診断ができるCD-ROMが付いていて、中退共とポイント制退職金制度の設計シミュレーションができるようになっていますが、そのため、中退共を検討している企業だけでなく、退職金制度を給与比例制からポイント制に改めたいと考えている企業にとっても使える本になっていると思います。

 事業主が読んでも読みやすいものだと思いますが、経営陣に対するプレゼンテーション形式で説明が進行して行くので、コンサルをやる立場からも参考になる部分は多いように思いました。

「●退職金・企業年金」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【046】 原 彰宏 『Q&A 確定拠出年金ハンドブック

初版来の充実した内容で、移行手続き、経過措置などを解説。価格をやや上げ過ぎ?

総解説・新企業年金.jpg 『総解説 新企業年金―制度選択と移行の実際』 (2005/04 日本経済新聞社)

 '02年刊行の『総解説・新企業年金-制度選択と移行の実際』の第2版。編者は旧厚生省の年金数理局長で、新企業年金の法制定に携わった現役官僚や信託銀行の年金数理部出身者らとの共同執筆になっていて(皆さん、数学系出身なのですね)、内容はハイレベルですが、"学者本"ではなく"実務書"です。

 給付建て企業年金を中心に、各企業年金制度の内容とメリット・デメリットの比較、年金制度の移行に際してはどのような手続きが必要かを、経過措置も含めて詳しく解説して、且つわかりやすく、良書だと思います。

 初版刊行時は、上場企業などが新会計基準移行を直前に控えた頃で、基金の代行返上が相次ぎましたが、「退職給付に関する新会計基準」の章では、退職給付会計の考え方だけなく、代行部分の取扱いに関する問題点まで踏み込んで書いてあったりし、また、政令や通達についても網羅されていて、企業内の実務担当者には好評を博したようです。

 今回はそれを受けての改訂ともとれますが、代行返上に必要な手続、退職給付会計の改正内容や、確定給付企業年金法における金融機関の受託者責任などの法改正部分がしっかり織り込まれて解説されています。

 全8章から2章増えて10章になりましたが、これは初版第2章の「各給付建て企業年金制度の変更点」を、「厚生年金基金」「キャッシュバランス型年金」「確定拠出年金制度・中小企業退職金共済制度・適格退職年金制度・退職一時金制度」の3つに割ったためで、確かにこの方がわかりやすい。

 初版来「公的年金制度」と「世界の年金制度」に各1章を割いていて、網羅的といえば網羅的ですが、それ以外の部分がそのことで内容が薄まることはなく、肝心な点は詳説されていて、価格も手頃であったため気になりませんでした。
 第2版は、ページ数が1割増えただけの割には(404p→440p)価格が上がり過ぎ(2,400円→3,360円)のような気が...(初版の価格設定が安すぎた?)。

《読書MEMO》
●章立て
序章 企業年金改革の背景と課題
第1章 確定給付企業年金法の概要
 1 制度の枠組み
 2 受給権保護
 3 税制措置
 4 資産運用
第2章 厚生年金基金制度
 1 制度創設の経緯
 2 新しい代行制度
 3 適用範囲と加入員資格
 4 給付の内容と支給要件
 5 財政運営  他
第3章 新しいタイプの給付建て年金
 1 キャッシュバランス型年金(CB型年金)
 2 キャッシュバランス類似制度
第4章 確定拠出年金制度等
 1 確定拠出年金制度
 2 中小企業退職金共済制度
 3 適格退職年金制度
 4 退職一時金制度
第5章 各企業年金制度の比較と制度間移行
 1 各年金制度の比較
 2 移行等の全体像
 3 制度の切り替え――その1:給付建て制度間の移行等
 4 制度の切り替え――その2:給付建て制度から確定拠出年金への移行
 5 離転職への対応――ポータビリティ  他
第6章 企業年金制度の選択
 1 企業からみた選択
 2 従業員にとっての選択
第7章 公的年金制度の状況
 1 公的年金制度の構造
 2 国民年金(基礎年金)
 3 厚生年金
 4 公的年金の財政と保険料負担の見通し
 5 公的年金積立金の運用
第8章 退職給付に関する会計基準
 1 退職給付会計導入の背景
 2 退職給付会計の考え方
 3 情報開示(注記)
 4 諸外国の会計基準との比較
 5 新企業年金制度導入に伴う退職給付会計基準の改定  他
第9章 世界の年金制度の動向
 1 英国 2 米国 3 ドイツ 4 スウェーデン
第10章 年金制度の将来
 1 公的年金制度の将来 2 企業年金の将来
最後に 近年の年金改革論議について
年金関連年表

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人事制度のグローバル化を感じた。1冊に詰め込み過ぎて項目主義的になったのが残念。

職務・役割主義の人事.jpg 『職務・役割主義の人事』 (2006/04 日経文庫)

 著者は外資系コンサルティング会社マーサー・ヒューマンリソース・コンサルティングのコンサルタントで、本書では職能主義に代わるものとして職務・役割主義の人事を提唱していますが、職務主義と役割主義の違いを、職務・役割の評価においてボトムアップの捉え方とトップダウンの捉え方というように区分し、基本的には役割主義をメインに提唱しています。

 人材マネジメントを人事制度と人材フローマネジメントという2つの構成要素に分け、例えば人事制度については、グレード制度(等級制度)、評価制度、報酬制度の3つのコンポーネントに分けて説明し、さらに、評価制度においては「プロセス・アウトプット」の考え方などが、報酬制度においては、報酬サーベイや「洗い替え方式とメリットインクリース方式」などが解説されていて、カタカナ用語は多いのですが、読んでみればそれほど違和感はなく、それだけ人事制度というものがグローバル化してきたということでしょうか。

 このほかに、役割主義の導入事例もあり、どうみても新書1冊にしては詰め込みすぎで、結果として項目主義になり、どうしてそうするのが良いのかという説明において紙数不足のような気がしました。
 書かれていることに異を唱えるようなものはありませんが、「入門書」であろうとするためか、「バランスドスコアカード」というテクニカルタームを使わずに同趣のことを解説していたりして、むしろもっと別の部分で気を使って欲しいという感じ。

10年後の人事.jpg 『10年後の人事』('05年) 実践Q&A戦略人材マネジメント.jpg 『実践Q&A戦略人材マネジメント』('00年)

 同社コンサルタントの舞田竜宣氏が『10年後の人事』('05年)という本で、等級制度において、職能等級と職務等級の混合型を提唱していたのが少し気になっていましたが、本書では、能力開発段階にある非管理職には「人基準」の考え方の適用も考えられるが、全体としては「仕事基準」(役割基準)の考え方を貫き通していて、ウィリアム・マーサー社という社名であった時代に刊行された『図解 戦略人材マネジメント』('99年)『実践Q&A戦略人材マネジメント』('00年)に書かれたことと内容は変わっておらず、むしろそれらの単行本を読んだ方が、内容の確実な理解が得られるのではないかと思います。

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本人責任論ではなく人事マネジメントの問題として取り上げていることには共感するが...。

ニート世代の人事マネジメント.jpg 『ニート世代の人事マネジメント』 (2006/01 中央経済社)  寺崎 文勝氏.jpg 寺崎 文勝 氏 (略歴下記)

 本書では、職場の若手社員の中にいる "隠れニート"の問題を取り上げていて、著者によれば、職場の"隠れニート"には、何かのきっかけで働く意欲を失ってしまうリスクのある「ニート予備軍」と、働く意欲や目的を失ったまま働き続ける「仮面ニート」がいるとのことですが、どうして職場の若手社員がこうした擬似ニート化するのかを分析し、ニート化を防ぐ人事マネジメントの在り方をソフト面、制度面から提案しています。

 "ニート"という、定義が不明確なまま乱用されている"はやり言葉"(と個人的は感じている)に、タイトル面では便乗している感もありますが、本人責任論ではなく主に人事マネジメントの問題としてこれを取り上げていることに共感しました(社内"ニート"を本人の責に帰してばかりいては、問題は解決しませんから)。

 ただし、職場での躓きや自己効力感の喪失が"ニート"化の要因になり、人間関係の悪化から働く意欲を失いメンタルヘルス問題にまで至るという分析は、特に"ニート"という言葉を使わなくても説明できる一般論のレベルではないかと。

 課題の解決策として挙げられているものも、インターンシップやトータル・リワードなど既に巷間で言われていたり、また一部企業で採り入れられ始めているものが多く、正攻法と言えば正攻法ですが、あまり目新しさは感じませんでした。

 主に心理学の見地からモチベーションの問題を分析し、欲求五段階説や動機付け理論、さらにキャリア理論から心理テストまで絡めて広く取り上げていますが、総花的な解説に終わっていて、1つ1つの突っ込みはやや浅い気がしました。

 人材定着というテーマに関するコンサルティングファームの提案メニューを読んでいるような感じもしましたが(著者はトーマツコンサルティングの"気鋭コンサルタント")、肯定的に捉えれば、これからの人材獲得難の時代を迎えるにあたり、現況を"おさらい"し、そうした動機付け理論やキャリア理論をなぞり、具体的な施策に落とし込むにはどうしたらよいかを俯瞰的かつ前向きに考えるうえでは、ヒントにはなる本だと思います。
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寺崎 文勝 (日本総合研究所主席研究員)
早稲田大学第一文学部心理学科卒。事業会社の人事部門、金融系シンクタンク等を経て、2000年にトーマツコンサルティングに入社。幅広い業種において、組織人事戦略および役員報酬コンサルティングを手がける。08年2月より日本総合研究所主席研究員。セミナー講師としても活躍。
著書に『勝てる会社の人材戦略』(総合法令出版)、『人事マネジャーの仕事』(日本能率協会マネジメントセンター)、『役員報酬マネジメント』『ニート世代の人事マネジメント』(以上、中央経済社)がある。その他、共著・人事専門誌等への寄稿多数。

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人事は「人」でなく「事」を見よ。同じアジア人の立場から「日本的人事」を批判。

これしかないよ日本の人事.gif  『これしかないよ日本の人事』 (2006/01 ビジネス社) book04.gif 『やっぱり変だよ日本の営業―競争力回復への提案』 〔'02年〕

 ソフトブレーン株式会社創業者で、営業支援ソフトを開発する一方、『やっぱり変だよ日本の営業』(’02年/日経BP企画)などの著書で、日本の営業の現場の非効率性などを指摘してきた著者が、今度は「日本の人事」のあり方を批判したもの。

 著者に言わせれば、日本企業にはまだまだ右肩上がり経済の“良き時代”の残滓が見られるとのこと。それは、①会社は家である という意識、②減点主義人事、③結果平等を旨とする、の3点セットとして表れており、これを「会社は経済活動の場である」というように意識転換し、加点主義人事、機会均等主義で臨まない限り、企業はやっていけなくなると。

 業績がストレートに評価に繋がる人事の計算式をつくり、個人的な好みや情を絡めず、人事は「人」でなく「事」を見よ、という指摘はわかりやすいものです(意識しないでいるとついつい「人」を見て判断してしまいがちであり、それだけに、「人事」という言葉に絡めての「『人』でなく『事』を見よ」というフレーズは、念頭に置くべき座右の銘として簡潔でいい)。

 これからの人事は、成果主義を基本にせざるをえず、そのためには社員レベルでは「個の自立」が、社会的に「人材の流動化」が必要であると。著者の目から見ると、日本の会社員はまだまだ個が自立していないように見えるようです。
 会社側に対しても、成果主義を導入するならば、社員に忠誠心など求めるな、と言っています(評価項目にやる気とか頑張りといった要素があれば削除せよとも)。

 若年層に対する成果主義の徹底導入を勧めている一方で、マネージャーに対しては人間性などを見よといている点が興味深く、また「成果主義100%」は失敗するとも言っていますが、これはリザルト・マネジメント(結果主義)では不十分で、プロセス・マネジメントをしっかりやれということでしょう。

 なにゆえに外国人からいろいろ指摘されなければならないのかという思いを抱く読者もいるかも知れませんが、日本で実業を立ち上げた人の言葉だけに説得力があり、同じアジア人である日本人と中国人の会社観の違いなどもわかって面白かったです(中国人は欧米人以上に成果主義的かも)。

《読書MEMO》
●会社にも社員にもそれぞれの事情があり、両者が100%満足できるような人事システムは現実にはありえない。そこで大切なのは「納得感」ということになる(116p)
●「3つのマネジメント戦略」…①仕事の設計図を書く、②部下を評価する、③結果に責任を負う、「3つのマネジメント戦術」…①働く環境づくり、②ヒントを出す、③応援体制づくり(171p)
●人事評価の原則=マネージャーの場合
・個人成績より率いるチームの業績を重視(チーム成績はマネージャーの人間性など「人」の部分が関わった結果として、数字がでてきたもの)
・部下たちが「数字80%、人20%」なら、マネージャーは「数字50%、人50%」の比重(172p)

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アウトラインとしてはまあまあ当たっていたが、細部においてはかなり粗っぽい楽観主義。

日下 公人 『人事破壊』.jpg人事破壊―新しい日本よ、こんにちは.jpg  人事破壊 bunnko.jpg   kusaka.jpg 日下 公人 氏
人事破壊―新しい日本よ、こんにちは』['94年〕 『人事破壊―新しい日本よ、こんにちは (PHP文庫)』['96年]

人事破壊 新しい日本よこんちにわ 日下公人.jpg '94年に刊行された本書は、企業における人事のあり方を将来予測したもので、これから滅びいくものとして〈人事権、正社員、会社人間〉、これから生まれてくるものとして〈デフレ時代、真の人本主義〉を挙げていますが、アウトラインとしてはまあまあ当たっていたのではないかと思います。

 しかし、少し意地悪な見方をすれば、バブル崩壊後すでに数年を経た当時において、正社員だけでは企業経営が成り立たなくなることや、デフレ時代が到来することを予測するのはさほど困難なことではなかったように思われます。
 さらに細部にこだわれば、それでも大方の企業において人事部は人事権を手放すことはしていないし、正社員中心主義も変わっていないと思う。だからこそ、非正社員はこぞって正社員になろうともがいているのではないかと。

 本書の主張の核である〈真の人本主義〉についても、デフレ時代がくると仲間主義が続けられず、資本家は支配力を強め、発展する会社は先端分野へ進出するが、そこ(先端分野)は人本主義の世界であり、資本家による支配よりも才能のある人間をまとめられる人が新しいリーダーとなり、そういう人の周りに優秀な人材がたくさん集まっていい会社ができあがる、という流れですが、必ずしもすべての業種・業態においてこうしたことが主流現象、成功事例として起きているとは思えません。

 「...45歳くらいの体力・気力・実力のある人間にトップの座を譲らなければならない。しかしそういう面は採用せず、相変らず70歳前後の人がトップに坐り、中高年社員だけに競争原理を強要して「実力がない者は出ていけ」と言ったのは、余りに都合がよすぎる」(15p)と企業にはびこる"老害"を喝破しているのは読者にとって気持ちよいけれど、でも、実際なかなか変わらないんだよね、会社って、という思いは残り、どこに具体的な問題があるかまで突っ込んでいないのは、一般書だから仕方ないのか。
 この人の本は現況およびトレンドを大掴みする上ではいいのですが、細部においてはかなり粗っぽい楽観主義が見られ、最近の著者においてはよりその傾向を増している気がします。

 長銀の取締役を経てソフト化経済センターの理事長となった氏でしたが、長銀は破綻し、ソフト化経済センターも'05年末に解散しています(それでも、大学教授として迎えられる―)。
 "予想屋"というのは極度に悲観的であるか、あるいは極度に楽観的であるか、いずれかの方が受けるのかも。

 【1996年文庫化[PHP文庫]】

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ただ「みんな協力して頑張ろう!」というだけの話ではなく...。

swimmy.JPG スイミー.jpg  Leo Lionni.gif Leo Lionni (1910-1999/享年89)
英語版['67年]/『スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし』〔'69年〕

 1963年の原著出版のオランダ生まれの絵本作家 Leo Lionni (レオ・レオニ、1910-1999)の作品。 

 スイミー(Swimmy)は、赤い小さな魚の群れの中で1人(1匹?)だけ皆と異なる黒い色をした魚ですが、泳ぐ速さは仲間一番で、群れがマグロに襲われたときに1人助かる。そして、クラゲやイセエビに遭遇する試練に違いながらも仲間たちと再会し、そのときに、どうすれば大きな魚に対抗できるかを考えつく―。 

スイミー2.jpg 松岡正剛氏に言わせると、この物語の下敷きにはゲシュタルト・オーガニズムという考え方(形をもったものたちが集まって、それらが別な形や大きな形になったとき、そこに新たに有機的な意味が働く)があって、さらに、この「スイミー」の世界観には、動物生態学で言えば、群生の野生動物が個々の意識の中に常に群れと体感的に共振しているような感覚につながるものがあるのではと...。
 やや難しい解釈ですが、スイミーが「黒い目」の役割を担う点などは、確かに、ただ「みんな協力して頑張ろう!」というだけの話ではなく、認知論的な視点が織り込まれている?(言われてみてナルホドという感じでですが)。

 作者のレオ・レオニは、アムステルダム生まれでイタリアに住んでいましたが、ムッソリーニ体制下でユダヤ系とみなされて米国に亡命し、グラフィックデザイナー、アートディレクターとして長く活躍、絵本作家としてのスタートは49歳とむしろ遅く、最初の作品『あおくんときいにじいろの ゼリーのような くらげ.jpgすいちゅうブルドーザーみたいな いせえび.jpgろちゃん』(Little Blue and Little Yellow '59年発表)は、孫をあやすために描いたそうですが、デザイナーらしい色使いです。

 コラージュっぽい作品も多くありますが、印象派絵画風の水彩のものもあり、. 特にこの『スイミー』は水彩の絵が美しく、また、日本人に好まれそうな気がします(印象派と言うより水墨画のカラー版みたいな感じ)。

「にじいろの ゼリーのような くらげ」「すいちゅうブルドーザーみたいな いせえび」

 『はらぺこあおむし』の絵本作家エリック・カールに、最初にグラフィックデザイナーとしての仕事を紹介したのもレオ・レオニだそうで、所謂"デザイナーつながり"です。日本の広告業界などにも、いつか絵本を出したいというデザイナーは多くいると思いますが、1人でも多くの人のそうした夢が叶えばよいと思います。 

 本作の日本での初版は'69年で、手元にある2003年版は第79刷。寿命の長さは、中途半端な文学賞受賞作品の比ではないように思います。

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導入部分がいい。状況設定が昔流行ったST(感受性訓練)と似ている?

11人いる!―SFロマン傑作選.jpg11人いる!.jpg 11人いる!2.jpg11人いる!―SFロマン傑作選 (小学館文庫 (712))』(1976/01 小学館文庫)
11人いる! (小学館文庫)』〔'94年/新編集版〕
11人いる! (フラワーコミックススペシャル 萩尾望都パーフェクトセレクション 3)』('07年/小学館)

 1975(昭和50)年の「別冊少女コミック」9月号~11月号が初出誌。1975(昭和50)年・第21回「小学館漫画賞」(少年少女部門)受賞作(「ポーの一族」と併せて受賞)。

 宇宙の最高学府「宇宙大学」入試の最終試験として、1つの宇宙船につき10人のグループで53日間過ごすという課題が出されるのだが、主人公の乗り込んだ宇宙船には何故か11人いた。爆発事故やウィルス発生などのトラブルが船内で続発するが、それも試験のうちなのか、11人目の誰かの仕業なのかわからない。彼らは互いに疑心暗鬼を抱きながらも、接近し協働して課題をクリアしようとする―。

 小中学生の頃からアシモフ、クラーク、ハインライン、F.ブラウンなどのSFを読みふけったという作者らしい作品で、読者を引き込む状況設定が巧いなあと思いました。

心をあやつる男たち.jpg '60年代から'70年代にかけて企業研修などで流行った「エンカウンターグループ」や「ST(感受性訓練)」などと少し似ていると思いました(しかしあのSTブームは何だったのか。福本博文氏の体験ルポ『心をあやつる男たち』('93年/文藝春秋、'99年/文春文庫)によると死者まで出たとか)。このマンガが発表されたのが'75(昭和50)年ですから、「試験」と「研修」の違いはありますが、作者はその辺りから着想したのではないかと思ったりもしました。

心をあやつる男たち (文春文庫)』['99年]

 この『11人いる!』は『ポーの一族』と併せて小学館漫画賞を受賞していて、『トーマの心臓』などとともに作者の代表作であるには違いないでしょう。11人のキャラクターが限られた紙数の中でよく書き分けられています。ただ、ミステリーにはありがちなことですが、導入部分が素晴らしい分、結末の凡庸さに落差を感じました。

萩尾望都「11人いる!」ドラマcd.jpg この作品は、'86年にアニメ映画化されていますが、それ以前、'70年にNHKの少年ドラマシリーズ(1972年~1983年)の一環として全1回40分のドラマとして実写化されたものが放映されているようです(個人的には共に未見)。

ドラマCD『11人いる! 』

 【1976年文庫化[小学館文庫(『11人いる!―SFロマン傑作選』)]/1978年全集[小学館(『萩尾望都作品集〈13〉』(プチコミックス))]/1986年単行本[小学館]/2007年単行本[小学館フラワーコミックススペシャル]/1994年文庫新編集版[小学館文庫]】

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設定に引き込まれた。「トーマの心臓」より重層的で厚みがある。

ポーの一族.jpgポーの一族 パーフェクトセレクション.jpgポーの一族 74.bmp
ポーの一族 1 (1) (フラワーコミックススペシャル 萩尾望都パーフェクトセレクション 6)』 〔'07年〕/『ポーの一族』(全4巻) 〔'74年〕/小学館叢書 (全3巻)〔'88年〕

 1972(昭和47)年から1976(昭和51)年にかけて発表された萩尾望都の代表的長編作品で、1975(昭和50)年・第21回「小学館漫画賞」(少年少女部門)受賞作(「11人いる!」と併せて受賞)。
 バンパネラの一族として生きるエドガーと、彼により一族に引き込まれたアランの物語ですが、14歳の少年のままの美貌を保つ彼らが、18世紀から20世紀のヨーロッパ各地に出没するという設定にまず引き込まれました。

 時代が前後しながら展開される15編のストーリーで、最初はテレビドラマ「タイムトンネル」(古い!)みたいに恣意的に時間移動しているのかと思いましたが、実はそれらがすべて関連付けられていて、謎が徐々に読者に明かされていくという―この構築力は、作者20代前半の作品とは思えないほどのものでした。
 この作品の〈年代表〉を作る熱心なファンもいるようですが、自分はそこまではしないものの、気持ちはわかる...。

 永遠の生を持ちながらも、それは人間の血で贖われていて、それをバラのエキスで"代替可能"としている点はロマンチックですが、結局のところ彼らは正体が人に知られれば迫害される存在であり、一方、彼らが愛する美しい女性たちはやがて老いて死を迎える、いわば時間に蝕まれていく存在である―。
 しかし生身の人間であっても、生きている限りにおいて、思い出としての青春は「今」自分の中に在る、または在ると信じたいもので、エドガーらは、そうした人間の思いを投射した存在に思えました。

トーマの心臓.jpg "少年愛"ものの出始めの時期だったこともあり、15編の中では、ギムナジウムを舞台とした「小鳥の巣」などが好評でしたが、このテーマは『トーマの心臓』でより端的に描かれています。
 個人的にはむしろ、エドガーの妹に対する犠牲的精神が描かれた「メリーベルと銀のバラ」などが良く、全体に『トーマの心臓』よりもテーマが重層的で厚みのある物語だと思います。

 '77年に出た小学館のプチコミックス版「萩尾望都作品集」、'88年に出たこの「叢書版」、'98年に出た「文庫版」、'00年に出た「フラワーコミクッス版」など、みんな話の並べ方が微妙に違うようです。それでも読めるストーリーですが...。

 【1974年コミックス版(全5巻)・1977年コミックス版「萩尾望都作品集」(全4巻)・1988年叢書版(全3巻)[小学館]/1998年文庫化[小学館文庫(全3巻)]/2007年単行本[小学館フラワーコミックススペシャル(全2巻)]】

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自閉症児とその親の歩み。母親の一番苦しい時期を描く第1巻。

光とともに1巻.bmp光とともに... (1)』〔'01年〕光とともに 自閉症児を抱えて.jpg光とともに... ~自閉症を抱えて~ DVD-BOX

光とともに3.jpg '00(平成12)年、女性コミック誌「for Mrs.(フォアミセス)」(秋田書店)にて連載がスタートした、自閉症児とその親の歩みを描いたコミックの第1巻で、主人公の光君の誕生から保育園卒園までを画いています。'04(平成16)年度(第8回)文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞し、'04年にNTV系でドラマ化され話題を呼びましたが(主演は、'01年に蜷川幸雄演出の舞台「ハムレット」でオフィーリア役を演じて"一皮むけた"篠原涼子)、ドラマを見て少しでも関心を抱いた人にはお薦めしたいと思います。

 母親と目を合わせようとしないし、いつまでたっても母親を「ママ」と呼ばないわが子。最初は自分でもわが子のことがよくわからないで困惑する母親。そして、〈自閉症〉という診断にたどり着く―。自閉症だとわかった後も、家族・親戚・周囲の理解がなかなか得られない、そうした母親の一番苦しい時期が描かれています。
NTV系ドラマ「光とともに~自閉症児を抱えて~」 ('04年放映)
光とともに2.jpg光とともに.jpg これを読むと、TVドラマ(母親役は篠原涼子)の方は途中から始まっていることになり(小学校入学の少し前から)、またかなり明るいシーンが多かったような気がします。作者は漫画にはいろいろ制約があるといったことを以前言っており、テレビの場合はなおさらそうでしょう。
出演:篠原涼子/小林聡美/山口達也

光とともに(戸部けいこ 秋田書店) .jpg わが子との心の繋がりを懸命に模索する母親。光君が初めて母親のことを「ママ」と呼ぶ場面や、さまざまな出来事を経て保育園の卒園式で新たな一歩を踏み出す場面は胸を打ちますが、いずれも作者が取材した事実に基づいているようです。

 続きモノで手をつけるのはちょっと...という人もいるかもしれませんが、この第1巻はこれ1冊でも完結した感動的物語として読めるので、未読の人も手にとりやすいのではないかと思います(もちろん療育に簡単な"終わり"はないのでしょうが)。 

 自閉症という一般の人にはなかなか理解されない障害を、多くの人にわかりやすく知らしめたという意味でも、本書の功績は大きいと思います。

光とともに 篠原.jpg「光とともに~自閉症児を抱えて~」●演出:佐藤東弥/佐久間紀佳●制作:梅原幹●脚本:水橋文美江●音楽:溝口肇●原作:戸部けいこ●出演:篠原涼子/小林聡美/山口達也/武田真治/鈴木杏樹/井川遥/齋藤隆成/市川実日子/大倉孝二/大城紀代/高橋惠子/渡辺いっけい/金沢碧/福田麻由子/佐藤未来/池谷のぶえ●放映:2004/04~06(全11回)●放送局:日本テレビ

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年代で異なる作風。巻頭アルバムに窺える家庭人と逃亡者の二面性。

ゲンセンカン主人68.JPGゲンセンカン主人.jpg ゲンセンカン主人ku.jpg「ゲンセンカン主人」
ゲンセンカン主人―つげ義春作品集 (アクション・コミックス)

 '66(昭和41)年から'70(昭和45)年発表のつげ作品から12本を選んだもので、巻末に作品リストがあり、そちらは'83年までに発表・刊行されたつげ氏の全作品の年譜になっています。

ねじ式 (1968「月刊漫画ガロ」増刊号)/ (1966「月刊漫画ガロ」2月号)
ねじ式.bmpつげ義春 沼.jpg 本書の最初に出てくる、かの有名な「ねじ式」ほか、「山椒魚」「通夜」「海辺の叙景」「沼」「峠の犬」は、いずれも'66-'68年の作品です(発表誌はいずれも「月刊漫画ガロ」)。

月刊漫画 ガロ つげ義春特集 1968年No.47、1971年No.91.jpg 「沼」('66年)は、背景などはすでにつげ義春特有の幽玄さを帯びているコマがあるのが窺え、内容にも作者らしい叙情性はありますが、登場人物の絵は"永島慎二"風という感じで、「通夜」('67年)は、内容は軽妙ですが、背景絵のタッチがよりつげ作品らしい微細なものになっています。

 「やなぎや主人」('70年)は1年の休筆を経た後の作品。人も背景もリアルで暗いタッチになっています。「初茸がり」「古本と少女」「チーコ」「噂の武士」は、'65-'66年の初期のヒューマンタッチな作品群で、「噂の武士」('65年)は宮本武蔵の偽者を描いた時代物。独特の抒情性は見られず、ストーリー主体です。

「月刊漫画ガロ」つげ義春特集 1968年No.47、1971年No.91

ゲンセンカン主人4.jpgゲンセンカン主人 .jpg 最後の本書表題としても選ばれている「ゲンセンカン主人」('68年)は、極端に暗い作風で、主人公の旅人の顔もリアルになっています。個人的には、この「ゲンセンカン主人」と、休筆後の「やなぎや主人」に最も"つげ作品"らしさを覚えましたが、短い期間に結構作風が微妙に変化してるなあと、改めて感じました(「ゲンセンカン主人」は石井輝男監督により、1993年に同タイトルで映画化されており、内容は「李さん一家」「紅い花」などを含んでいる)。

「ゲンセンカン主人」

 巻頭に作者の写真アルバムがありますが、これだけ見ていても天才作家の「家庭人」と「逃亡者」の二面性が窺え、作品の発表年と対比しながら見るとたいへん興味深いものです(作者は時に、"家庭"に対しても"時代"に対しても、意識的に「逃亡者」であろうとした?)。
 
夏目房之介の漫画学.gif 『夏目房之介の漫画学』('85年/大和書房)の中に、'70年前後のマンガを読み返して、「こんなに疲れるとは思わなかった。水を含んだ雑巾みたいな気分だ」とあり、そのころは、林静一、佐々木マキ、真崎守などを中心に、安保闘争の時代を反映したり極端に前衛的だったりする作品が多かったようですが、「総じて青臭く、独特の過剰さに辟易する」と。そうした中で、「実際、今でも時に読みたいと思うのはつげ義春の旅行ものとか、水木しげるの浮世ばなれした作品ぐらい」と書いてありました。 

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巻末の"自分史"に照らしながら作風の変遷を見ると興味深い。

つげ 義春 『リアリズムの宿』.jpgつげ3039.jpgリアリズムの宿.jpg つげ義春.jpg 
リアリズムの宿―つげ義春「旅」作品集』(1983/07 双葉社) つげ義春 氏

 '67(昭和42)年から'75(昭和50)年に発表されたつげ作品を「旅」というキーワードで括っていますが、傑作揃いで、巻頭のイメージ画も「旅」というテーマに沿って"つげワールド"を展開していて、とてもいいです。

 '93年から'94年にかけて筑摩書房から全集も出ていますが(全9巻)、全部揃えるまで出来なくリアリズムの宿1.gifとも、この1冊でかなり「つげワールド」が堪能できるような気がします(書版の大きさにこだわらなければ主要な作品は小学館文庫などでも読める(その後、筑摩版の全集はちくま文庫として文庫化された))。

 本書は作品の発表順に所収されていて、'67年作品が「李さん一家」「紅い花」「西部田村事件」の3作、'68年作品が「長八の宿」「二峡渓谷」「オンドル小屋」「ほんやら洞のべんさん」「もっきり屋の少女」の5作、'70年以降が「蟹」('70年)、「リアリズムの宿」('73年)、「庶民御宿」('75年)の3作であり、いずれも作者の代表作といっていい傑作です。巻末の"自分史"と併せて見ると、'67-'68年がいかに旺盛で充実した創作期であったかがわかります。

「リアリズムの宿」初出1973年11月「漫画ストーリー」(双葉社)

つげ3040.JPGつげ3043.JPG また最後の'70年代の2作「リアリズムの宿」と「庶民御宿」は作風がグッと暗くなっていて、旅人としての主人公の顔つきも、ボサボサ髪の無精ひげになっています。これは、この本には収められていませんが、「ゲンセンカン主人」('68年)「やなぎ屋主人」('70年)にも見られる作風です。ただし、'70年の「蟹」は、「李さん一家」の続編として作風も3年前のものを踏襲しています。

つげ義春全集 4.jpgつげ義春全集 5.jpg では、作品の発表が全く無かった'69年は、一体この人は何していたのだろうか? "自分史"によれば、'69年は水木しげるの助手だけを勤め、自作は発表していません。その年を挟む'68年との'70年作品に、異なる作風が交互に(一時的に昔の作風に回帰するかのように)表れていることになります。'70年後半に爆発的な"つげブーム"が起こると、逆に自らは創作から遠ざかり、その後、心身不調とノイローゼを繰り返す寡作の作家となります。

筑摩書房『つげ義春全集 (4)』 李さん一家 他/『全集 (5)』 赤い花 他

リアリズムの宿 映画01.jpg
リアリズムの宿 映画02.jpgリアリズムの宿  長塚圭史、山本浩司.jpg
「リアリズムの宿」 2003年映画化(監督:山下敦弘/出演:長塚圭史、山本浩司、尾野真千子)

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戦中の玉の井界隈の活気や人情味、猥雑なパワーや哀しさが滲む自伝的作品。

寺島町奇譚.jpg寺島町奇譚』ちくま文庫 〔'88年〕 滝田ゆう.jpg 滝田 ゆう (1932-1990/享年58)

ぬけられます 全1巻.jpg寺島町奇譚 ぬけられます.jpg '68(昭和43)年の「月刊ガロ」12月号より連載された滝田ゆう(1932-1990)の「寺島町奇譚」シリーズは、『寺島町奇譚』、『ぬけられます』(共に'70年/青林堂)として単行本刊行され、復刻版なども出ていますが、本書はそれらを合本化した文庫で、作者の真骨頂である戦前・戦中の玉の井遊郭界隈の郷愁溢れる世界を20篇、600ページ余にわたって堪能できます。

 主人公は色街・玉の井に両親、祖母、姉、そして猫のタマと暮らしている息子キヨシで、家族は母と姉を中心に階下に営業するスタンドバー「ドン」で働いていていますが、キヨシも、粗野でちょっと恐い(でも時に優しい)母に言われて、小学生ながらに掃除をしたりして店を手伝っている―、そうした戦前から戦中にかけての下町の家族の様子が、作者の自伝的要素を入れ、生き生きと描かれています。

 場所が場所だけに、いろいろな人物が店にやってきて、また行き交い、そうした人々の生活や人生の断片を、「よくわからない」なりの子供の目線で描いていて、そこに滲む活気や人情味、猥雑なパワーや哀しさなどが、しっとりした下町の情景と相俟って伝わってきます。

吉行 淳之介.jpg原色の街2.jpg 文庫解説の吉行淳之介は、「滝田ゆう」と「つげ義春」の作品が好きだそうですが、この2人の作品は、劇画とは異なる独立したジャンルで、しいて言えば「文学的雰囲気を持った連続画」とでも言うべきものだとしています。

 寺島町は今の東向島付近で、吉行淳之介は、玉の井が戦後、現在の「鳩の街商店街」(東向島1丁目)まで拡がってきたあたりを舞台に『原色の街』を書いていますが、戦中の玉の井の中心部の様子を、自らの記憶だけを頼りにここまで描いたということに、作者・滝田ゆうのこの街の記憶に対する並々ならない愛着が感じられます。

玉の井.jpg 街の入り口の「ぬけられます」という看板とは裏腹に複雑に入り組んだ路地に、銘酒屋(私娼旅)の娼婦たちの世界とベーゴマに熱狂する子供たちの世界が同居しているこの不思議な空間も、物語の最後で米軍の攻撃(東京大空襲)を受けて火の海と化す―。

 キヨシが疎開先へ向かう汽車の窓から愛惜の念をもって眺める、焼け野原になってしまった住みなれた街の瓦礫の中に、行方不明になったキヨシの愛猫タマを探す立て札が立つラストは、胸に迫るものがあります(因みに、神代辰巳が「赤線玉の井 ぬけられます」('74年)で作品の舞台とした「玉の井」は、昭和33年の売春防止法が施行される直前、つまり戦後のそれである)。

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センセーショナリズム? 暴走気味の主人公の独善が気になる。

ブラックジャックによろしく.jpg                 ブラックジャックによろしくドラマ3.jpg
ブラックジャックによろしく (1)』 〔'02年〕 「ブラックジャックによろしく 涙のがん病棟編 [DVD]」妻夫木聡

立花隆.bmp '02(平成14)年に第1巻が刊行され第6回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門」で優秀賞を受賞したこのシリーズは、あの立花隆氏が絶賛、氏曰く―、「(この漫画は)いまやコミックを超え、ノンフィクションを超え、文学すら超えて、我々の時代が初めて持った、知・情・意のすべてを錬磨する新しい情報メディアとなった。これからの時代、『ブラックジャックによろしく』を読んで悩み苦しんだことがない医者にはかかるな、と言いたい」と、ものすごい褒めようで、東大での講義素材にも使ったりしていますが、確かに医療現場においてあるかもしれない問題を鋭く突いているなあという感じはします(実態とかけ離れているという現場の声もあったようですが)。

ブラックジャックによろしく1.jpg この第1巻では、研修医の劣悪な労働条件や治療よりも研究を優先する大学病院の内実を抉っていて、続く第2巻で主人公の研修医は、大学病院の面目を潰してまでも患者を市井の名医に診せたりしています(なかなかの行動力)。

ブラックジャックによろしく がん病棟編.bmp 第3巻、第4巻でダウン症の生前告知を通して新生児医療の問題を扱っていて(これは感動しました)、第5巻~第8巻のガン告知の問題を扱っているところまで読みましたが(この部分は'03年にTBS系でテレビドラマ化されたシリーズの中では取り上げられず、翌年の正月にスペシャル版としてドラマ化された)、その後も精神障害とマスコミ報道の問題を扱ったりしているようで、どちらかと言うとジャーナリスティックな(悪く言えばセンセーショナリスティックな)路線を感じます。

 それはそれでいいのですが、主人公の正義感がややもすると暴走的な行動に表れ、主人公の独善に思えてきます。山崎豊子の『白い巨塔』では、この種の"正義感"を揶揄するような描き方がありましたが、この漫画は、「強者は悪者で、善なる者は弱者」みたいな構図の中で、弱者にはどんな非常手段も許される...みたいなを感じがあるのが引っかかります。

Er.jpgER 緊急救命室.jpg 同じ「青臭さ」でも、個人的には、テレビドラマ『ER』初期の研修医時代の"カーター君"みたいな、周囲に対するセンシビリティのあるタイプの方が好きなのですが、多分、立花氏は、自分とは違った視点でこの作品を見ているのだろうなあと。

ブラックジャックによろしくドラマ2.jpg
ブラックジャックによろしく47.jpg
「ブラックジャックによろしく」●演出:平野俊一/三城真一/山室大輔●チーフプロデューサー:貴島誠一郎●脚本:後藤法子●音楽:長谷部徹●原作:佐藤秀峰●出演:妻夫木聡/国仲涼子/鈴木京香/加藤浩次/杉本哲太/松尾政寿/綾瀬はるか/今井ブラックジャックによろしく  緒形拳.jpg陽子/伊東四朗/泉ピン子/原田芳雄/笑福亭鶴瓶/吉田栄作/横山めぐみ/浅茅陽子/石橋凌/伊東美咲/藤谷美紀/阿部寛/鹿賀丈史/小林薫/薬師丸ひろ子/三浦友和/緒形拳●放映:2003/04~06(全11回)●放送局:TBS

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「鉄腕アトム/地上最大のロボット」の浦沢流"料理方法"。

PLUTO.jpg  豪華版 PLUTO 1.jpg
PLUTO (1)』〔'04年〕/豪華版〔'04年〕

鉄腕アトム 史上最大のロボット.JPG地上最大のロボット.bmp '03(平成15)年の「ビックコミックオリジナル」誌上での連載開始時から話題を席巻した作品。『MONSTER』('94〜'01年)で「手塚治虫文化賞マンガ大賞」を受賞した浦沢直樹氏が、自らが「最初に読んで感動した漫画」という「鉄腕アトム/地上最大のロボット」('64年)を翻案したもので、浦沢氏は本作で2度目の「手塚治虫文化賞マンガ大賞」と3度目の「文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞」を受賞しています。また、宝島社が発行するムックで年度毎にマンガを投票でランキングする「このマンガがすごい!」(オトコ編とオンナ編に分かれている)で、オトコ編の2006年の第1位に選ばれています。

「鉄腕アトム/地上最大のロボット」

 1巻ごとに完結しているわけでなく、連続したストーリーの途中までしか読んでなくて評価をするのは何ですが、面白いし、うまいなあと思いました。「地上最大のロボット」との比較論も巷に溢れており、その中では、「これは浦沢のアトムであり、手塚漫画とは別物」という見方がかなりあるようですが、リメイクとは元来そういうものであるはずだし、監修者である手塚真氏も、事前に「浦沢直樹自身の漫画が見たい」という注文をつけたそうです。

 「地上最大のロボット」を読んで(できれば手元に置きながら)、浦沢直樹がそれをどのように料理したかを楽しみつつ読むのが一番いいのではないかと思います(『鉄腕アトム』全巻、持っています!)。

 パンクチュアル・スーツとかは、ガンダム世代を意識したものなのでしょうか。いろいろと工夫の跡が見えます。『MONSTER』を読んだ人ならすぐに掴めてくる独特の雰囲気はあるかと思いますが、それでも第1巻の巻末のアトム登場の場面には、「こうきましたか」という感じ。ストーリーの大筋が分かっていても、"料理方法"に今後も期待が持てました。

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読んでいる間は24時間"ミステリーツアーのお客様"状態。

MONSTER.jpg MONSTER2.jpg Monster (3).jpg Monster (4).jpg MONSTER 5.jpg MONSTER 6.jpg MONSTER7.jpg MONSTER8.jpg MONSTER9.jpg MONSTER10.jpg 『MONSTER 全18巻セット

 1994(平成6)年から2001(平成13)年にかけてコミック雑誌に連載された浦沢直樹氏の長篇ミステリーコミック。1997(平成9)年・第1回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門(優秀賞)」受賞作、並びに1999(平成11)年・第3回「手塚治虫文化賞(マンガ大賞)」、2000(平成12)年・第46回「小学館漫画賞(青年一般部門)」受賞作。

 独デュッセルドルフのアイスラー病院に勤務する天才外科医ドクター・テンマ(天馬賢三)は、院長の娘との結婚を約し、順風満帆の将来を保障されていた。しかし、利潤優先で人の命を平等に扱わない病院に対し疑問を抱いた彼は、頭を撃たれ病院に担ぎ込まれた貧しい少年の手術を、資産家の手術に優先して敢行したために、自らの将来を棒に振る。だが実は、彼が命を救ったその少年は、大量殺人を繰り返す怪物の心を持っていた―。

 最初は軽い気持ちで第1巻を手に取ったのが、読み終わるまでの間は、仕事していても食事していても頭の中は"ミステリーツアーのお客様"状態で、あっという間に18巻まで読み進み、最後にガーンと壁に激突させられて、しばらくは何がどうだったのかよくわからないという感じ。

 これだけの長編で、かつ密度の濃いストーリーを構築できる人は今までそういないのではないかと思いました。すべての挿話がラストに繋がっていくため、ラストの謎を自分なりに整理してストーリーを遡及していく楽しみもあります。個人的にはロバート・ラドラムの小説を連想したりもしましたが、やはりこの作品はストーリーでもインパクトでも、その高いオリジナリティを認めなければならないものだと思います。
 
MONSTER アニメ.jpgMONSTER アニメ dvd.jpg '04年には日テレ系でアニメ化されていますが、放送時間帯が平日深夜で、それもこの作品らしいかなと思ったりしました(DVDレコーダーが普及がしたせいでもある? どちらかというと、時間のあるときに腰を落ち着けて一気に見たい作品)。
 アニメに限らず、できれば全巻続けて一気に読んだ方がいいタイプの作品であるし、先入観を持たないで読んだ方が楽しめると思います。
   
「MONSTER」●演出:小島正幸●脚本:浦畑達彦●音楽:配島邦明●原作:浦沢直樹●出演(声)木内秀信/小山茉美/佐々木望/能登麻美子/池田勝/磯部勉●放映:2004/04~2005/09(全74回)●放送局:日本テレビ

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赤ん坊に対する素直な驚き、既成概念にとらわれない子育てぶり。

私たちは繁殖している.jpg 『私たちは繁殖している (Bunka comics)』 〔'94年〕

 1994(平成6)年・第4回「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」受賞作(自伝的小説『ファザーファッカー』と併せての受賞。この年の選者は文化人類学者の中沢新一氏)。

 '94(平成6)年にシリーズの第1巻が刊行され、その後文庫化もされたもので、作者・内田春菊氏と思しめき主人公の出産・子育て奮闘記であり、赤ん坊という生き物に対する驚きの気持ちなどが素直に表現されていて非常に楽しめたし、同じ立場にある女性にとって参考にも励みにもなるではと思いました。

 特に、既成概念にとらわれない子育てぶりは、仕事を持つ女性を勇気づけると思います。
 確かに、一般育児書に書いてあるようなことをすべて働きながらやろうとしても無理で、暗に仕事をやめろと言っているようなものかもしれず、本書はそうしたものへの逞しいアンチテーゼになっていると思えました。

 シリーズの4巻まで単行本で"熟読"しましたが、巻が変わるとパートナーも変わっていたり、流産あり子宮外妊娠ありで、ホントにこの人及びその周辺にはいろいろなことが起こるなあと。

 前年('93年)刊行の小説『ファザーファッカー』は直木賞候補に、さらに『キミオ』で芥川賞候補にもなっているから、やはり"才人"なのでしょう。
 本書(第1巻)は『ファザーファッカー』と抱き合わせで「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」を受賞しましたが(その年の選考委員は中沢新一氏ただ1人、この賞は毎年選行委員が変わるシステム)、個人的には、星4つの評価は第4巻ぐらいまでかな、という感じ。
 5巻、6巻と読み進むにつれ、前夫や親戚に対する悪口など、他者に対する異価値許容性の無さが目立ってきて残念です。

 『ファザーファッカー』に書かれていることに因を求めるわけではないですが、著者自身の性格に大きな欠損部分があるようにも思えてくるのが少し哀しい。
 しかし見方を変えれば、彼女は自分自身のトラウマと常に格闘し、新しい家族像というものを模索しているともとれます。

 【2000年文庫化[角川文庫(『私たちは繁殖している イエロー』)]】

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〈生と時間〉、〈死と生命のつながり〉。奥が深く、不思議な読後感。

The Little River:Ann Rand/Feodor Rojankovsky.jpg1151520.gif 『川はながれる』 岩波書店 〔'78年〕 
"The Little River" Ann Rand Published by Harcourt, Brace & Company, 1959

The Little River1.jpgThe Little River2.jpg 1959年原著出版(原題は"The little river")の アメリカの絵本作家Ann Rand (アン・ランド)の作品で、'78年に邦訳出版後、いったん絶版になりましたが、「岩波の子どもの本」50周年記念で復刊した本です。

Rand, Ann; (illustrator) Rojankovsky, Feodor, Littlehampton Book Services Ltd; New版

 アン・ランドの夫は世界的なデザイナーのポール・ランドで、夫婦の共著も多くありますが、この本は、絵の方は、彼女と同じロシア生まれの画家 Feodor Rojankovsky (フョードル(もしくはフェードル、フィオドル)・ロジャンコフスキー)が画いています。

 川はどのように流れ何処へ行くのかを、そのことを知りたいと思っている子どもたちに語るというかたちで、森の中で生まれた「小さい川」を主人公に、海へ辿り着くまでの自然とのふれあいを、ロジャンコフスキーの生き生きとした絵で描いています(この人の動物画は天下一品)。

 「小さい川」は何処へ流れて行けばいいのかわからず、いろんな動物たちに行き先を尋ね、湖へ出たり町を抜けたりし、野原では水鳥たちに挨拶したり牛に水をやりながら進むうちに、やがて3日後にきらきら輝く海が見えてくる―。

 その時「小さい川」は、このまま海に出ると自分はどうなるのか不安になりますが、海辺のカモメが「しんまいの川」に教えます。川は太陽や空気みたいなもので、同じときに、何処にでもいることができるのさ、と。
 「小さな川」は、これまで旅してきた何処にでも「自分」がいて、自分は森と海を行き来できるのだと悟ると明るい気持ちになる―。

 「川の一生」になぞらえて「人間の一生」を語っているともとれ、〈生と時間〉、〈死と生命のつながり〉といった哲学的テーマに触れているようにも思えます。

 4、5歳以上向けだそうですが、この話では、「小さい川」が河口まで辿り着いても「小さい川」のままであり、そこで短い一生を終えることになっているため、見方によっては「子どもの死」というものを想起することもできるのではないでしょうか。
 
 奥が深そうで、ちょっと不思議な読後感のある絵本です。

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コーチングによって成長していく少年。「勇気」と利他的行動の関係。

Lucas und der Loewe0_.jpgラチとらいおん.jpg   marek_veronika_photo1.jpg
Lucas und der Loewe』(ドイツ語)『ラチとらいおん』 〔'65年〕  Marek Veronika (略歴下記)

 1956年発表のハンガリーの絵本作家 Marek Veronika (マレーク・ベロニカ)の作品。
 
ラチとらいおん2.jpg  「せかいじゅうで いちばん よわむし」の男の子ラチは、将来は飛行士になりたいくせに、犬は怖いし、暗い部屋も怖い、友だちさえも怖いといった有様で、そんな臆病者のラチのもとに、ある日小さくて赤い「らいおん」が現れる―。

 ラチ少年が「らいおん」の力を借りて成長していく話ですが、絵もストーリーもすごくシンプルなのが良く、それでいて「らいおん」とは何だったのかがちゃんと思い当たるようになっています。

勇気」を持って欲しいとは親であれば誰でも思うことですが、この絵本では、ラチは「らいおん」の指導(コーチング)のもと"体力づくり"的なこともして「自信」をつけながらも、実際に彼が「勇気」を身につけるのは、社会との関わり、利他的行動における達成感を通じてです。

 子供がコーチングを通じてセルフ・エフィカシー(自己効力感)を高めていくプロセスがシンプルに描かれているとともに、「強くなる」ということが社会性をベースにしていなければ、その自己効力感は本当の意味での「勇気」には繋がっていかないということいがスンナリ理解できます。
 たとえ自らのプライドを守るために「強くなりたい」というふうに動機づけられたものであったとしても、社会性をベースにした行動であれば、他者から見ればそれは「勇気」ある行動として評価され、より高い水準の自己効力感にも繋がっていくものだということを、改めて思わせます。

 作者のマレーク・ベロニカは、1937年・ブダペスト生まれの女性絵本作家で、18歳で絵本作家としてデビューしており、『ラチとライオン』は彼女が19歳の時の作品。
 その後も作家活動を続け、『くさのなかのキップコップ』('05年/風濤社)など近作も日本で出版されており、来日もしています。

 本書は子供に読んであげるなら4才ぐらいからで、子供が自分で読むなら小学低学年からのレベルだそうですが、ラストの「らいおん」の置き手紙には、大人の方が先に感動してしまったりして...。 
 逆に幼い子どもは、この話を読んで聞かせると、純粋に"悲しい結末"というふうにとることもあるようで、それはそれで、今の段階ではいいんだと思います。
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Marek Veronika.jpgMarek Veronika .jpgマクーレ・ベロニカ (Marek Veronika)
1937年ハンガリーの首都ブタベストに生まれる。幼少時より文章・絵画に関心を抱き、1956年、19歳の若さで出世作となる絵本『ラチとらいおん』を発表。弱虫な少年ラチが小さなライオンと出会い、強い子供にと成長して行く様を描いたこの作品は母国ハンガリーを始め、世界中で評価され、現在に至るまで重版が続く歴史的な名作となっている。絵本作家として活躍する傍ら、文学の教師や脚本家としても才能を発揮するなどしている。

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「折り返しはこうして使え」というお手本みたいな絵本。「青」系の色使いがいい。

パパ、お月さまとって 英語.gif パパ、お月さまとって.jpg        ゆめのゆき 英語.bmp ゆめのゆき 日本語.jpg 
Papa, Please Get the Moon for Me』『パパ、お月さまとって!』/『Dream Snow』『ゆめのゆき

パパ、お月さまとって!.jpgEric Carle.bmp 1986年にアメリカの絵本作家 Eric Carle (エリック・カール)が発表した絵本で、原題は"Papa, Please Get the Moon for Me"

 鮮やかな彩色に独特のコラージュというお馴染みの方法をとりながらも、青い夜空にコラージュされた銀白色の月は、他の多原色使用のカラフルな作品とはまた異なる味わいです。

 月と遊びたいというモニカの願いに応えようと、パパがとても長いはしごを登って月をとりにいく話ですが、パパの奮闘に沿って、これでもか、これでもか、という感じで折り返し絵本が拡大していくのが楽しく、「折り返しはこうして使え」というお手本みたいです。

 月の満ち欠けがモチーフで科学絵本の要素もありますが、この折り返しの仕掛けで2歳ぐらいから楽しめるのではないでしょうか。

 父親が読み聞かせてもしっくりくる内容ですが、1929年にアメリカのドイツ系移民の家庭に生まれた作者は、6歳で家族とドイツに移った後、父親が第二次世界大戦で召集され終戦後シベリア抑留となり、10歳から18歳までの間は父親と会えなかったそうです。

はらぺこあおむし/だんまりこうろぎ.JPGThe Very Hungry Caterpillar.jpgだんまりこおろぎ.jpg 初期作品の『はらぺこあおむし』(The Very Hungry Caterpillar '69年発表)が有名ですが、『だんまりこおろぎ』(The Very Quiet Cricket '90年発表)もそれに並ぶ人気で、英語版は共に子供の"洋書デビュー"にもよく選ばれているようです。

The Very Hungry Caterpillar』/『The Very Quiet Cricket
 
 『だんまりこおろぎ』の方も、「音の出る仕掛けはこうして使え」というお手本みたいな作品で、それでいて多分マネできる作家はいないだろうなあと言う感じ。

 また、エリック・カールというと、イタリアっぽいカラフルな色合いをイメージしがちですが、この『パパ、お月さまとって!』は「青」が基調で、この「青」がなかなかいいです。

 2000年に発表した『ゆめのゆき』(Dream Snow)では、この「青」が更に深みを増して「群青」に近くなっていて、これもいい感じ。

ゆめのゆき.JPG 小さな農場で5匹の動物を飼い、毎日一生懸命世話をしていたおじいさんが、ある晩に夢を見て、夢の中ではキラキラ光る雪が降り、おじいさんや動物たちを雪の白い毛布でやさしく覆う。「あっ そうだ!もうすこしでわすれるところだった」とおじいさんは身支度をして箱を持ち、袋を背負って外へ出て、木箱から動物たちへのプレゼントを取り出し、木に飾り付けを終わると、大きなきな声でみんなに「メリークリスマス!」という―。

 クリスマス絵本であるわけですが、動物達が雪の白い毛布で覆われるところでそれぞれのページの前に白で雪を描いた透明のビニールページが挟んでり、それでそれぞれの動物が雪で覆われているように見え、雪のページをめくると馬、牛、羊、豚、鶏の動物達が現われる、という仕掛けが楽しいです(この動物たちの背景の色調は従来のカラフルなトーン)。

 これも、『だんまりこおろぎ』同様、最後のページにスイッチがあり、これを押すと、鈴の音が流れる仕掛けになっています(我が家では、クリスマスシーズンには最後の見開きページを開いて、ツリーの傍の書棚の上に置いている)。

 『パパ、お月さまとって!』の日本語版初版も原著と同年('86年)の刊行ですが、手元にある日本語版(2003年版)で第82刷なので、もすぐう100刷を超えるのでは...。

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悲惨な少年の最後は有名だが、他にも読む者の胸に迫る挿話の数々。

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 3100).jpgあのころはフリードリヒがいた.jpgあのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))』  Damals war es Friedrich.jpg H.P.Richter:Damals war es Friedrich

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 3100)』['77年]

 1961年に発表されたこの作品は、ドイツ人作家ハンス・ペーター・リヒター(Hans Peter Richter 1925-1993)が36歳のときの作品で、1925年生まれの「ぼく」(作者と同じ年の生まれ)とユダヤ人一家シュナイダー家の男の子フリードリヒの家族ぐるみの交流と、大戦下でフリードリヒが辿る運命を描いています。

 社会心理学者であり、すでに児童文学者でもあったハンス・ペーター・リヒターは、それまでは『メリーゴーランドと風船』などの"可愛いらしい系"の作品を書いていたのですが、この作品以降、ヒットラー時代のユダヤ人が置かれた悲惨な状況に接したり、ヒットラー・ユーゲントに入団したりした当時のドイツ人少年が、友達・大人・社会を通じて時代の風をどう感じたかを描いています。
 
 この物語の結末、「ぼく」の友達フリードリヒがユダヤ人であるがために防空壕に入れてもらえず、爆撃が終わって「ぼく」が防空壕にから外に出てみると、フリードリヒが物陰で蹲っている―、という場面はあまりに有名ですが、その他にも「普通の人々」が「迫害する側」にまわる過程が、ナチスによる迫害の年代史に沿って淡々と描かれています。

 極端な不況下の中、ナチ党員になれば仕事にありつけ家族を守ることができるという状況で人はどのような選択をするか。何気なくユダヤ人の友達を連れて参加した少年団の集まりが、ある日突然ユダヤ排斥集会と化していたとき、自分は何が出来るか。教室にユダヤ人の子を置いておけなくなったとき、去っていく少年に対して教師として何が言えるのか。

 読む者の胸にひとつひとつ迫る挿話であり、著者が実体験から20年近くの歳月を経なければ物語化できなかっただけの重みがあります(著者はかつて熱心なヒトラーユーゲントだったという)。家族同士の楽しい付き合いやフリードリヒの淡い初恋(それを自ら諦める少年の思いは!)がよく描けているだけに、17歳の少年のやるせない死に胸がつまります。同じ時代に不条理の世界に置かれた多くの人々のことを思わざるを得ない傑作です。

 【1977年文庫化・2000年新版[岩波少年文庫]】

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知的な面白さ、タイム・ファンタジーとしての完成度の高さを感じた。

Tom-Midnight-Garden.jpgトムは真夜中の庭で.jpg  Philippa_Pearce.jpg 
トムは真夜中の庭で』 〔'67年/'80年岩波の愛蔵版〕  アン・フィリパ・ピアス(1920-2006/享年86)

Tom's Midnight Garden2.jpg 1958年にイギリスの女流童話作家アン・フィリパ・ピアス(Ann Philippa Pearce 1910-2006)が発表したタイム・ファンタジーの傑作と言われる作品(原題は"Tom's Midnight Garden")。

Tom's Midnight Garden1.jpg 弟がはしかに罹ったために親戚の家に預けられたトムは、真夜中に古時計が"13時"を打つのを聞き、そっと階下に降りて裏口の扉を開けると、そこには昼間なかったはずの庭園があり、そこで彼は19世紀・ヴィクトリア時代の少女ハティと仲良くなる―。
              
 アリソン・アトリー『時の旅人』と同じく、時を越え過去の世界へ行く少年の物語ですが(『時の旅人』は少女が主人公)、史実が絡む『時の旅人』と比べると、話としてはよりシンプルなボーイ・ミーツ・ガールものと言えます。この物語が日本で人気が高いのは、しっとりとした英国風庭園の描写などが確かに日本人好みかもしれないし、また「庭で遊ぶ」ということが一定年齢以上の日本人の世代的な郷愁を呼び覚ますことによるのかも知れませんが、それだけではないでしょう。

Tom's Midnight Garden3.jpg 河合隼雄氏の指摘を待つまでもなく、この物語の〈裏口の扉〉は"アリスの兎穴"と同じく日常と非日常の境界であり、また〈庭〉は、少年が秘密を持つことで大人になっていく、或いは大人になることの要件としての秘密そのものであることが、主人公の成長を通してわかります。

 さらに何よりも、話として読んで面白く、タイム・ファンタジーとしての完成度の高さを感じました。もともとイギリスは児童文学においてもミステリーにおいてもこの分野に強いようですが、この作品は訳者も指摘するように、知的で間然とするところなく、細部まで計算され尽した建築物のように見事に出来ていて、それでいて(むしろそのことにより)全体の情感を損なわないでいます。

Tom's Midnight Garden.jpg「トムは真夜中の庭で」.jpg 〈裏口の扉〉と並ぶ重要なキイとして〈大時計〉があり、ハティに「あんたは幽霊よ!」と言われたトムは、徐々に大時計の謎を解こうという気持ちになっていきますが、それは〈時間〉というものに対する考察につながり、この部分は大人の読者をも充分に引き込むものがあります。

 読み返してみて、トムは〈庭〉で少女ハティと出逢う前に物語の前の方の現在の世界で彼女を一度見ていることに気づき、トムがその庭園管理人の老婆の中に少女ハティを見出すラストも感動的ですが、伏線もしっかりしている作品だと改めて思いました。
 
 【1975年文庫化・2000年新版[岩波少年文庫]】

Tom's Midnight Garden [DVD] [Import]」 (1999)
Tom's Midnight Garden (1999).jpgTom's Midnight Garden (1999)1.jpg

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自閉症児の視点で、その認知の世界を解き明かすヒューマン物語。

夜中に犬に起こった奇妙な事件.jpg 『夜中に犬に起こった奇妙な事件』〔'03年〕  夜中に犬に起こった奇妙な事件2.jpg 〔'07年新装版〕

Mark Haddon.jpg 2003年にイギリスで刊行されるや話題を呼び(原題は"The Curious Incident of the Dog in the Night-Time")、世界中で1千万部ぐらい売れたそうですが、日本ではじわじわとブームが来た感じの本です(2004年・第51回「産経児童出版文化賞」の「大賞」受賞作)。

Mark Haddon

 物語の主人公・15歳の少年クリストファーは、自閉症(アスペルガー症候群)の障害を生まれながら持っていて、数学や物理では天才的な能力を発揮するものの、人の表情を読み取ったりコミュニケーションすることが苦手で、養護学校に通っています。この物語は、彼が、夜中に起きた「近所の飼い犬の刺殺事件」の謎を解くために書き始めたミステリという形で進行していきます。                                             

 そのミステリに引き込まれて読んでいるうちに、自閉症児のモノの認知の仕方や考え方、ヒトとのコミュニケーションのとり方などが少しずつわかってくるようになっていて、作者のうまさに感心しました(相当の才能と体験が無ければ書けない)。クリストファーは落ち着かない気持ちになると、頭の中で高等数学の問題などを考えて気持ちを落ち着かせたりするため、数学や宇宙物理学の話がときおり出てきますが、読者にとっても気分転換になるくらいの配置で、それらもまた楽しめます。

 彼は必ずしも恵まれた環境にいるのではなく、むしろ崩壊した家庭にいて、大人たちのエゴに板ばさみになっているのですが、彼が自分なりに成長して様は、読後にヒューマンな印象を与え、クリストファーとは、「キリストを運ぶ者」という意であるという文中の言葉が思い出されます。クリストファー自身は、自分は自分以外の何者でもないという理由で、この意味づけを認めていませんが...。

The Curious Incident of the Dog in the Night-Time.jpg イギリスでは当初、児童書として出版され、なかなか好評だったため、それを大人向けに改版したものが本書らしいでです。翻訳者は『アルジャーノンに花束を』('78年/早川書房)の小尾芙佐さんですが、語り手の視点の置き方や語り口という点ではすごく似ている作品です。「アルジャーノン」はネズミの名前ですが、この本にもトビーというネズミが出てきます。

 ただし本書には、自閉症(アスペルガー症候群)という「障害」とその「可能性」を知るためのテキストとして読めるという大きな利点があるかと思います。彼らのすべてが、同じようにこうした障害や能力を持つと思い込むのは、それはそれで、また危険だとは思いますが。

【2007年単行本新装版〔早川書房〕/2016年文庫化[ハヤカワepi文庫]】

《読書MEMO》
英国舞台「The Curious Incident of the Dog in the Night-Time」(New Theatre Oxford)/国内舞台「夜中に犬に起こった奇妙な事件」2014年4月4-20日 世田谷パブリックシアター/4月24-29日 シアターBRAVA!(森田剛主演)
The Curious Incident of the Dog in the Night-Time_full.jpg夜中に犬に起こった奇妙な事件4.jpg

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タイムファンタジーの先駆け。16世紀のイギリスの農場の生活ぶりがよく描かれている。

Alison Uttley.jpgA Traveller in Time.jpg時の旅人1.jpg  時の旅人2.jpg
時の旅人』 評論社(小野章訳)〔'81年〕 『時の旅人 (岩波少年文庫)』 松野正子訳〔'00年新版〕 
"A Traveller in Time"

 1939年に発表されたイギリスの児童文学作家アリソン・アトリー(Alison Uttley 、1884‐1976/享年91)のタイム・ファンタージー小説(原題"A Traveller in Time")。

 病気療養のために、親戚のおばさんの住む農場の古い屋敷で生活することになった少女ペネロピー・タバナーが、ある日、おばさんの部屋に行くつもりで開けた扉の向こうには、16世紀エリザベス女王時代の衣裳を身に纏った貴婦人達がいた。当時のサッカーズ農場の領主アンソニー・バビントンはエリザベス女王に幽閉されているスコットランド女王メアリー・スチュアートを救うべく奔走していて、屋敷の台所ではおばさんの先祖が働いており(タバナーの先祖たちははバビントン一族に仕えていたということ)、ペネロピーもチェルシーからやってきた親戚の娘としてバビントン邸で働くことになって、彼女の未来と過去を行き来する生活が始まる―。

 メアリーとエリザベス女王の確執は1587年のメアリーの処刑で幕を閉じ、バビントン一族は悲劇的な最後を迎えますが、ペネロピーはその史実を知っていて、アンソニーやその弟でペネロピーと親しくなるフランシスらのメアリーを匿おうとする計画が実を結ばないことを知っているというのが辛いです。        

「タイムトンネル」3.jpg「タイムトンネル」.bmp「タイムトンネル」1.jpg '60年代に作られた「タイムトンネル」というアメリカのTV番組があり、主人公たち(2人の若き科学者トニーとダグ)がタイタニック号の甲板上へのタイムスリップ転送から始まって、陥落寸前のアラモの砦に転送されたり、カスター将軍やマルコポーロ、ビリー・ザ・キッドやリンカーンら歴史上の人物と出会ったりし、更にトロイ戦争や第七騎兵隊全滅を目撃し、ハレー彗星、クラカタウラ火山の噴火に遭遇しするなThe Time Tunnel.jpgど、いつも歴史的な事件の現場ばかりにタイムスリップするのが子供心にも何かおかしい気がしましたが(いきなり恐竜時代にも行ったりした)、それに比べればこの話は、サッカーズ農場という場所は固定されているのでより筋は通っているかも。

「タイムトンネル」The Time Tunnel (ABC 1966~67) ○日本での放映チャネル:NHK(1967)/フジテレビ

A Traveller in Time.jpg 歴史的背景や当時の農場の生活ぶりなどは精査されて描かれているように思われ(400年前も今と建物や庭園の様子がほとんど変っていないというのがイギリスの田舎らしくてスゴイなあと思いますが)、フランシスがペネロピーの緑のドレスに懸けて歌う「グリーンスリーブス」などは、そのまま時を超えた人間の思念の連なりようなものを感じさせます。

 ペネロピーが過去の世界でいろいろな経験をする時間は、"現在"では一瞬の間しか経過しておらず、それを作者は「夢」のパノラマ視現象のようなもので説明しているのが興味深かったです(作者の大学での専攻は物理学!)。

 作者アリソン・アトリーは結婚後夫に死なれ、生活のために創作活動を始めたそうですが、夫が急死しなければ、このタイムファンタジーの先駆けとも言える作品は誕生しなかったかも知れません。


 【1980年単行本〔評言社(アリスン・アトリー著・小野章訳)〕/1998年文庫化・2000年改版[岩波少年文庫(松野正子訳)]】

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「自分探し」がサスペンス気分を盛り上げ、ラドラムの作品では一押し。

暗殺者 上.jpg 暗殺者下.jpg THE BOURNE IDENTITY3.bmp ボーン・アイデンティティー.jpg  lラドラム.jpg
暗殺者 (上) (新潮文庫)』『暗殺者 (下) (新潮文庫)』「ボーン・アイデンティティー [DVD]」Robert Ludlum

Thebourne Identity.jpg 1980年に発表されたアメリカの作家ロバート・ラドラム(Robert Ludlum)の作品で、彼の作品ではこの『暗殺者』 (The Bourne Identity)と『狂気のモザイク』 (The Parsifal Mosaic '82年発表)が一押しです(共に日本語訳は新潮文庫)(『暗殺者』は1984(昭和59)年・第3回「日本冒険小説協会大賞」(海外部門)受賞作)。

 発表は海外でも国内(邦訳)でも、『スカーラッチ家の遺産』 (The Scarlatti Inheritance '71年発表)、『ホルクロフトの盟約』 (The Holcroft Covenant '78年発表)、『マタレーズ暗殺集団』 (The Matarese Circle '79年発表)の方が先ですが、それらの作品もかなり面白いです(この3作品は何れも日本語訳は角川文庫)。

 あの松岡正剛氏も、自身のサイト「千冊千話」の中で、「ともかく力作が目白押しに発表されるので、これは駄作だろうとおもってもみるのだが、つい読まされ、興奮してしまっている」「ぼくを十冊以上にわたってハメつづけたのだから、その手腕は並大抵ではないということなのだろう」と書いています。

 実際、アメリカの週刊誌パブリッシャーズ・ウィークリー(Publishers Weekly)のアメリカ・ベストセラー書籍(小説/フィクション)の年間トップ10ランキングを見ると、『ホルクロフトの盟約』が'78年の5位、『マタレーズ暗殺集団』は'79年の1位となっています(『暗殺者』は'80年の2位)。

 "エスピオナージュの旗手"ともてはやされたこと自体は、自分も読んでみて大いに頷けましたが、角川文庫にあるものは、内容がやや荒唐無稽、謀略・策略何でもありという印象も、一部拭えませんでした(はまるとクセになるが、あまり続けて読むとやや食傷気味になる)。

 それに対して本作は、、松岡正剛氏も「千冊千話」の中で『暗殺者』を取り上げ、「傑作は、やはりこの『暗殺者』である。文庫本で2冊にわたる長編だが、読みだしたら、絶対にやめられない」としているように、ジェイソン・ボーンという主人公のキャラクターがいいのと、最初に彼が記憶喪失者として登場するという設定がうまいと思います。

 「自分」は誰なのか、「自分」を見つけなければ生きられないという切実な「自分探し」が、サスペンス気分を盛り上げていて、米ソ冷戦という今となっては古い時代背景であるにも関わらず古さを感じさせません。
 
マット・デイモン.jpgthe-bourne-identity.jpg 原題の「ボーン・アイデンティティー」そのままのタイトルで映画化('02年/米)されました(発表から映画化まで22年かあ)。悪い映画ではなかったのですが、物語の細部が端折られてしまったのと、主人公がキャラクター的に少しズレてしまった感じがして、どうなのかなという印象でした。主役のマット・デイモン自体が少し線が細いと言うか優し過ぎるイメージかな(この人、米国の有名俳優の中では数少ないハーバード大学出身者、但し、中退)。さらに"暗殺者"であるカルロス、これが原作ではある種のサイコ的凄みがあるのですが、アクション映画にしてしまうと怖くなくなるのが痛い。

The Bourne Identity21.jpgボーン・アイデンティティー  .jpg「ボーン・アイデンティティー」●原題:THE BOURNE IDENTITY●制作年:2002年●制作国:アメリカ●監督:ダグ・リーマン●製作総指揮:フランク・マーシャル/ロバート・ラドラム●音楽:ジョン・パウエル●原作:ロバート・ラドラム「暗殺者」(The Bourne Identity)●時間:119分●出演:マット・デイモン/フランカ・ポテンテ/クリス・クーパー/クライヴ・オーウェン/ブライアン・コックス/アドウェール・アキノエ・アグバエ/ダグ・リーマン/ジュリア・スタイルズ●日本公開:2003/01●配給:UPI (評価★★★)

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スペシャリストらの"技"と彼らをまとめるマロリーのリーダーシップがいい『ナヴァロンの要塞』。

ナヴァロンの要塞 カラージャケット.jpg ナヴァロン.jpg ナヴァロンの要塞.jpg    ナバロンの要塞).jpg the-guns-of-navarone-cover-3.jpg
ナバロンの要塞 (1966年)』/『ナヴァロンの要塞 (1977年) (ハヤカワ文庫―NV)』/映画「ナバロンの要塞」日本版ポスター/輸入版ポスター

 1957年にイギリスで発表されたアリステア・マクリーン(Alistair MacLean 1922-1987)の戦争冒険小説『ナヴァロンの要塞』(The Guns of Navarone)は、『荒鷲の要塞』(Where Eagles Dare)と並ぶ"要塞モノ"の傑作ですが、この作品が発表されたのは、『荒鷲』に先立つこと10年で、結構「古典」だったのなのだなあと。

 第二次世界大戦中、ナチスのエーゲ海支配の拠点である難攻不落のナヴァロン島の要塞に、英国連合国軍から要塞の破壊指令を受けた、ニュージーランド人登山家マロリーをリーダーとする少数精鋭のスペシャリストチームが潜入する―。

 映画でも知られるストーリーですが、原作もこれでもかこれでもかとチームを不測のトラブルがテンポよく(?)襲い、それを克服していくスペシャリストたちの"技"と、彼らをまとめるマロリーのリーダーシップがいいです。
 "マロリー"という名は、戦前チョモランマ登攀中に行方不明になった「そこに山があるから登るのだ」の登山家ジョージ・マロリーへのオマージュなのでしょうか。

『ナバロンの要塞』(1961) 2.jpgナバロンの要塞p.jpg J・リー・トンプソン監督(1914-2002)、グレゴリー・ペック主演の映画「ナバロンの要塞」('61年/米)も、原作のサスペンティックな緊迫感を保っている傑作ではあります。
映画「ナバロンの要塞」輸入版ポスター
『ナバロンの要塞』(1961).jpg
 ただし、彼らチームを助けるケロス島の2人の男が女性に置き換えられていて、しかもそのうちの1人を演じたギリシャ人女優イレーネ・パパスがやけに存在感があり、その上、グレゴリー・ペックはもう1人の女性に恋情のようなものを抱いたりするため、良い意味でも悪い意味でも男女物のヒューマンドラマの色合いが強まった気がしました。
                     
「ナバロンの要塞」1.jpg「ナバロンの要塞」2.jpg こうした"情"の部分をストレートに表現することをできるだけ避けていたのが作者の特質だったのではないだろうか? 映画自体は悪くは無いけれど(むしろ傑作の部類だと個人的にも思うが)、原作の方がより男っぽい重厚感があります。 

荒鷲の要塞.jpg荒鷲の要塞 ハヤカワ・ノヴェルズ.jpg「荒鷲の要塞」.jpg荒鷲の要塞 (1968年) (ハヤカワ・ノヴェルズ)』/『荒鷲の要塞 (1977年) (ハヤカワ文庫―NV)』/映画「荒鷲の要塞」ポスター(左)

 1967年に発表された姉妹作『荒鷲の要塞』('68年/ハヤカワ・ノヴェルズ)は、ドイツ軍の捕虜となる要塞に囚われたアメリカ軍将校を救出するために、イギリス軍情報部員6名とアメリカ陸軍のレンジャー部隊員から成る救出部隊が組まれるもので、その要塞というのが専用ロープウェイでしか行けないという難攻不落のもの。しかも、味方にもスパイがいて...と、ちょっと『ナヴァロンの要塞』と似ている感じ。(小説の評価★★★☆)

映画「荒鷲の要塞」('68年/米)では、イギリス軍情報部員の一員としてリチャード・バートン、アメリカ陸軍のレンジャー部隊員にクリント・イーストウッドを配していますが、最後のロープウェイ上の格闘に象徴されるように、小説の段階で既により冒険アクション風な感じがしました。

荒鷲の要塞1.jpg 先に映画の脚本として書かれたものを、後にセリフなどを書き加えて小説化したものと後で知って納得しましたが、結果的にはこれはやはり映画の方が面白く(映画の評価★★★★)、ロープウェイを使った映画では№1ではないかと思います("ロープウェイを使った映画"なんてそう矢鱈あるものではないが)。

「ナバロンの要塞」6.jpgナバロンの要塞(61米).jpg「ナバロンの要塞」●原題:THE GUNS OF NAVARONE●制作年:1961年●制作国:アメリカ●監督:J・リー・トンプソン●音楽:デミトリー・ティオムキン●原作:アリステア・マクリーン「ナヴァロンの要塞」●時間:157分●出演:グレゴリー・ペック/デビッド・ニーヴン/アンソニー・クイン/スタンリー・ベイカー/アンソニー・クエイル/イレーネ・パパス/ジア・スカラ/ジェームズ・ダーレン/ブライアン・フォーブス/リチャード・ハリス●日本公開:1961/08●配給:コロムビア映画 (評価★★★★)

「荒鷲の要塞」ps.jpg荒鷲の要塞(68米、英).jpg「荒鷲の要塞」●原題:WHERE EAGLE DARE●制作年:1968年●制作国:イギリス・アメリカ●監荒鷲の要塞 2.jpg督:ブライアン・G・ハットン●音楽:ロン・グッドウィン●原作:アリステア・マクリーン「荒鷲の要塞」●時間:155分●出演:リチャード・バートン/クリント・イーストウッド/メアリー・ユーア/イングリッド・ピット/マイケル・ホーダーン/パトリック・ワイマーク/ロバート・ ビーティ/アントン・ディフリング/ダーレン・ネスビット/ファーディ・メイン●日本公開:1968/12●配給:MGM (評価★★★★)

 【1966年単行本〔早川書房(『ナバロンの要塞』)〕・新書版〔ハヤカワ・ポケット・ミステリ〕/1971年ノベルズ版〔ハヤカワ・ノヴェルズ〕/1977年文庫化[ハヤカワ文庫ノヴェルズ]】

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病める米国社会を鋭く描いたハードボイルドの傑作。本格派推理小説としても楽しめる。

The Wycherly Woman.bmpウィチャリー家の女 ミステリ文庫旧版.jpg  ウィチャリー家の女.jpg   ウィチャーリー家の女2.jpg   The Wycherly Woman.gif
『ウィチャリー家の女』(ハヤカワ・ミステリ文庫・旧版)['76年]/『ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』/『ウィチャリー家の女 (1962年) (世界ミステリシリーズ)』 ['62年/ハヤカワ・ミステリ]/ペーパーバック版 〔'98年〕

"The Wycherly Woman (Lew Archer Novels)" 英語CD版

村上春樹 09.jpg 1961年に発表されたロス・マクドナルド(1915‐1983)の作品。ロス・マクドナルドは村上春樹も愛読したハードボイルド作家で、その主人公リュウ・アーチャーの名を借りて「村上龍」というペンネームにするつもりが"先約"があって諦めたとか(これってホントなの?ネタなの? 群像新人賞を受賞した際の授賞式のスピーチで述べていから、おそらくネタだろう。丸谷才一が、そのスピーチを評して「大物だと思った」と言っていたように思う)。

 私立探偵リュウ・アーチャーは、大富豪ホーマー・ウィチャリーから依頼を受け、行方不明となった娘のフィービの捜索調査を開始するが、多くの関係者に聞き込みをするつれ、ウィチャリー家の家族の相克とそれらを取り巻く社会の暗闇が浮かび上がってくる―。

 没落する上流家族の家庭内悲劇をリアルに描いて、作者独特の精神分析的なプロットも盛り込まれており(ロス・マクドナルドはフロイディズムに凝っていた)、病める米国社会を鋭く描いた傑作となっています。

 同時に、疑惑が疑惑を呼ぶストーリー展開は、本格派推理小説としても楽しめるものだと思います(原題は"The Wycherly Woman"で、この"Woman"というのが1つのミソ)。

推理小説を科学する.jpg 一方で、犯人のトリックが古典的な1つのタイプのものでありながらも、最後に全てが明らかになったとき、どうして"あそこ"でリュウ・アーチャーは気付かなかったのだろうとかも思ってしまいます(このことについては、畔上道雄氏が『推理小説を科学する―ポーから松本清張まで』('83年/講談社ブルーバックス)において疑念を呈している)。          

 しかし考えてみれば、このアーチャー氏というのは、場面場面での読者への状況報告には欠くことがないけれど、それほど自分の思考を深くは語っていない気がします。そうすると、彼が事件の全貌を理解したのは、読者よりかなり早かったのでは...という気もします。

 アーチャー氏は、フィリップ・マーロウみたいに気障にカクテルの趣味を披瀝することもないし、結局どういう人間かよくわからないので、この辺りに、リュウ・アーチャー・シリーズがあまり映画化されていない理由があるのかもしれません(『ウィチャリー家の女』の場合、それに加えて、畔上道雄氏が指摘したような点が、映像化する際にはリアルにネックとなってくる)。

動く標的 (1966年) (創元推理文庫)』『動く標的 (創元推理文庫 132-4)
動く標的 s.jpg動く標的.jpg動く標的 パンフレット.jpgHarper (The Moving Target 1966).jpg ロス・マクドナルド原作の映画化作品でポピュラーなのは、ジャック・スマイト監督の「動く標的」('66年/米)(原題:Harper)とスチュアート・ローゼンバーグ監督の「新・動く標的」('75年/米)(原題:The Drowning Pool、「動く標的」の続篇で「魔のプール」が原作となっている)ぐらいだと思いますが、ポール・ニューマンが演じた探偵は、リュウ・アーチャーではなく、"リュウ・ハーパー"と改名されています(ポール・ニューマンが「ハスラー」「ハッド」のヒット以来、Hで始まるタイトルにこだわったためだという)。「動く標的」の映画の方は、ロス・マクドナルドの原作にほぼ忠実に作られていますが、雰囲気的にやや軽い感じでしょうか。映画的はこれはこれで面白いとは思うし、ローレン・バコール、ジュリー・ハリス、ジャネット・リーといった有名女優が出ていて、それがポール・ニューマンにどう絡むかも見所と言えるかもしれません(結「動く標的」('66年/米).jpgパメラ・ティフィン.jpg局、パメラ・ティフィンのボディが印象に残ってしまったりもするのだが)。「動く標的」「新・動く標的」とも、かつてビデオが出ていましたが、絶版となり、その後DVD化されていません(ポール・ニューマン主演ながらB級扱いにされている?)。(その後2011年に「動く標的」がDVD化された。)(更にその後2016年に「新・動く標的」がDVD化された。)

「動く標的」('66年/米)/Pamela Tiffin


「動く標的」●原題:HARPER●制作年:1966年●制作国:アメリカ●監督:ジャック・スマイト●製作:ジェリー・ガーシュウィン/エリオット・カストナー●脚本:ウィリアム・ゴールドマン●撮影:コンラッド・L・ホール●音楽:ジョニー・マンデル●原作:ロス・マクドナルド「動く標的」●時間:121分●出演:ポール・ニューマン/ローレン・バコール/ジュリー・ハリス/ジャネット・リー/パメラ・ティフィン/ロバート・ワグナー/シェリー・ウィンタース/ロバート・ウェバー●日本公開:1966/07●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★☆)

【1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】 

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業界小説だが、多様な登場人物とスピーディでサスペンスフルな展開で楽しめる『ホテル』。

ホテル 上巻.jpg ホテル下巻.jpg Arthur Hailey.jpg   大空港 .jpg 大空港6273b631.jpg
ホテル 上 』 新潮文庫 Arthur Hailey (1920-2004/享年84) 「大空港 [Blu-ray]」 

Arthur Hailey hotel.jpgArthur Hailey's Hotel.bmp 1965年原著発表のイギリス人作家アーサー・ヘイリー(Arthur Hailey, 1920‐2004)の小説で、アメリカ南部の老舗ホテルを舞台にホテル業界を描いた長編小説(この人は途中でアメリカに移住し、活動の場はほとんどアメリカ)。

 ニューオーリンズ最大のホテル、セント・グレゴリーは、町の繁華な一劃に、堂々たる偉容を誇って建っていた。しかし近代的、能率的経営方式全盛の昨今では、この古風な品格にあふれたホテルも時代遅れで、さらに老オーナーの放漫経営で赤字を抱え、他のホテルチェーンの総帥から買収攻勢を受けており、従業員の士気も下がっている。そんな中で、若い副支配人ピーター・マックダーモットは経営不振を打開しようと精力的に奔走する―。

 従業員も従業員なら泊り客も泊まり客で、チップをピン撥ねするボーイ長、スィートルームでレイプ騒ぎを起こす金持ちの息子、轢き逃げ事件のもみ消しを図る公爵夫妻と彼らを脅迫するホテルの警備主任、ホテル専門の泥棒...etc.、副支配人ピーターの対応がすべて事後処理にならざるを得ないのがちょっとどうかなという気もしますが、ホテルの裏側をよく取材していると感じました。

 黒人医師の宿泊をホテル側が拒否してもめるといった、公民権運動時代の名残り的な話もありますが、その後多く現れるホテルを舞台とした小説、コミック、ドラマなどの原型が、この小説には詰まっていると思えました。

ホテル [DVD] .jpgHOTEL (1967)l4.jpg この作品は1966年にリチャード・クワイン監督、HOTEL 1967 .jpgロッド・テイラー、メルヴィン・ダグラス主演で映画化されていますが、日本ではソフト化されておらず(ビデオにもならなかった)個人的には未見です(その後2012年にDVDが発売された)
ホテル [DVD]

 また、この作品をベースとして、'82年に本国にてTVシリーズドラマ化されており(原題:"Hotel"、邦題:「アーサー・ヘイリーのホテル」) 、'88年まで5シーズンにわたり放映されています。時代は'60年代から現代('80年代)に、舞台はニューオリンズからサンフランシスコに置き換えられていて、ゲストスターとしてアン・バクスターや「刑事コロンボ」の名犯人役で知られるロバート・カルプなど様々な役者が出ています。

Arthur Hailey's Hotel 1983 ABC Opening Intro

大空港.jpg この小説は作者のデビュー作ではないですが出世作と言え、その後、映画化作品もヒットした『大空港』('68年)や、『自動車』('71年)、『マネー・チェンジャーズ』('75年)、『エネルギー』('79年)、『ストロング・メディスン』('84年)、『ニュース・キャスター』('90年)と次々に発表しており、それぞれ、航空・自動車・電力・医療・放送といった業界の研究本の小説版としても読めます(『自動車』は、パブリッシャーズ・ウィークリーのアメリカ・ベストセラー書籍(小説/フィクション)の年間トップ10ランキングの'71年の1位、『マネー・チェンジャーズ』は'75年の2位。後者は日本でも、銀行に内定した学生の入社までに読んでおく課題図書だったりした)。

 ただし、作品全般に小説としては登場人物などがややパターン化傾向にあり、そうした中ではこの作品は、登場人物が比較的バラエティに富み、ある週の月曜から金曜までの出来事としてのスピーディな展開が(謎の老人アルバート・ウェルズの正体はややご都合主義ともとれるが)大いにサスペンスフルで面白く(この人は、『殺人課刑事』('97年)という推理小説も書いている)、また、他の作品が問題解決型なのに対し、結末にカタストロフィが仕組まれているのも本書の特徴です。M&A的な話が織り込まれ従業員のモチベーションに関することなどもとりあげられていて、企業小説が好きな人はお薦めですが、そうしたものをあまり読まない読者にも充分楽しめる内容です。
             
大空港a.jpg アーサー・ヘイリー原作の最初の映画化作品「ホテル」('66年)はそれほど話題にならなかったようですが、2番目の映画化作品「大空港」('70年)は大ヒットし、70年代前半から中盤にかけてのパニック映画ブームの先駆けとなりました(右:ハヤカワ文庫NVカバー)。

 シカゴのリンカーン国際空港(架空。オヘア国際空港がモデル)は何年に一度という大雪に見舞われる。そんな中、着陸したトランスグローバル航空(架空)45便のボーイング707旅客機が誘導路から脱輪し、積雪の中に車輪を沈ませてメイン滑走路を閉鎖させてしまう。そこへ、リンカーン発ローマ行きのトランスグローバル2便の飛行中の旅客機内に、爆弾が持ち込まれているという通報が入る。機長と主任客室乗務員は、爆弾の入ったアタッシュ・ケースを確保しようとするが、犯人は爆弾もろとも自殺し、その衝撃で旅客機の胴体に穴が空き、空中分解の危機が訪れる。急遽、旅客機はリンカーン空港へ向けて旋回するが、空港は立往生したボーイング707のため滑走路が閉鎖されたままで、猛吹雪の中、依然機能停止状態だった―。

大空港 1970 01.jpg大空港 1970 03.jpg大空港 1970ド.jpg 空港長にバート・ランカスター、機長にディーン・マーティン、2人とも家庭がありながら不倫をしていて、空港長の不倫相手の地上勤社員にジーン・セバーグ、機長の不倫相手の客室乗務員にジャクリーン・ビセット、加えてベテラン整備士に大空港s.jpgジョージ・ケネディという豪華な顔ぶれ。所謂グランドホテル方式で、ディーン・マーティン演じる機長は家庭不和に悩み、ジーン・セバーグはサンフランシスコ栄転と機長との関係の狭間に悩み、ジャクリーン・ビセットは妊娠し、この日同僚機長の定期テストのため副操縦士としてトランスグローバル2便乗り合わせたディーン・マーティンは、彼女から出産する決意であること聞かされる―といった具合に、をそれぞれの登場人物にまつわるストーリーが交錯する構成大空港 1970 02.jpg大空港 s.jpgになっています。第43回アカデミー賞では最多10部門にノミネートされましたが、結局、飛行機にただ乗りする常連"密航者"の老夫人を演じたヘレン・ヘイズが助演女優賞を受賞したのみでした。続編として、小型機と衝突した旅客機を最後はスチュワーデスが操縦する事態となるチャールトン・ヘストン主演の「エアポート'75」('74年/米大空港 1970 ages.jpg)、ハイジャックされた旅客機がバミューダ海域の海底に不時着するジャック・レモン主演の「エアポート'77/バミューダからの脱出」('77年/米・英)、武器商人が売上拡大を狙ってコンコルド撃墜を企てるアラン・ドロン主演の「エアポート'80」('79年/米)が作られ、「エアポート'77」まで原作者名にアーサー・ヘイリーの名が見エアポートBOX [DVD].jpgられたりしますが、実際には「エアポート'75」以降ストーリーにはアーサー・ヘイリーは関与しておらず、実質的な原作者というより契約上の原案者といったところだったようです(アーサー・ヘイリー自身は続編が作られるなど思ってもいなかったが、「大空港」が映画化された際の契約書を後で確認したところ、続編を作ることが可能となっていたという。外国人でも契約内容を確認せずに契約書にサインすることがあるのか)。アーサー・ヘイリーの原作に比較的忠実に作られている「大空港」は人間ドラマの比重が高いのに対して(主人公の男性2人が共に不倫をしていて、2人とも最終的に妻よりも不倫相手の方に靡くような結末が示唆されているというのがスゴイが)、続編以降はパニック映画の色合いが濃くなっていき、その分大味になっていきます。

エアポートBOX [DVD]
「大空港」「エアポート'75」「エアポート'77 バミューダからの脱出」「エアポート'80」収録

大空港 mages.jpg大空港 1970 dvd.jpg「大空港」●原題:AIRPORT●制作年:1970年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ジョージ・シートン●製作:ロス・ハンター●撮影:アーネスト・ラズロ●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:アーサー・ヘイリー●時間:137分●出演:バート・ランカスター/ディーン・マーティン/ジーン・セバーグ/ジャクリーン・ビセット/ジョージ・ケネディ/ヘレン・ヘイズ /ヴァン・ヘフリン/モーリン・ステイプルトン/バリー・ネルソン/ダナ・ウィンター/ロイド・ノーラン/バーバラ・ヘイル/ゲイリー・コリンズ/ジェシー・ロイス・ランディス/ラリー・ゲイツ/ウィット・ビセル/ヴァージニア・グレイ/リサ・ゲリッツェン/ジム・ノーラン/ルー・ワグナー/メアリー・ジャクソン/シェリー・ノヴァク/メリー・アンダース/キャスリーン・コーデル/ポール・ピサーニ●日本公開:1970/04●配給:ユニバーサル映画 (評価:★★★☆)
大空港 [DVD]」 

 【1970年単行本〔講談社/ウィークエンド・ブックス〕/1974年文庫化〔新潮文庫(上・下)〕】

《読書MEMO》
●70年代前半の主要パニック映画と個人的評価
・「大空港」('71年/米)ジョージ・シートン監督(原作:アーサー・ヘイリー)★★★☆
・「激突!」('71年/米)スティーヴン・スピルバーグ(原作:リチャード・マシスン)★★★☆
・「ポセイドン・アドベンチャー」('72年/米)ロナルド・ニーム監督(原作:ポール・ギャリコ)★★★☆
・「タワーリング・インフェルノ」('74年/米)ジョン・ギラーミン監督(原作:リチャード・M・スターン)★★★☆
・「JAWS/ジョーズ」('75年/米)スティーヴン・スピルバーグ監督(原作:ピーター・ベンチュリー)★★★★

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読んでいる間は面白いけれど、読み終えると、何だったのみたいな感じ。

ダ・ヴィンチ・コード 上.jpg ダ・ヴィンチ・コード(下).jpg ダ・ヴィンチ・コード愛蔵版.jpg ダ・ヴィンチ・コード dvd.jpg ダ・ヴィンチ・コード   .jpg ナショナル・トレジャー dvd.jpg
ダ・ヴィンチ・コード〈上〉〈下〉』〔'04年〕『ダ・ヴィンチ・コード ヴィジュアル愛蔵版』〔'05年/角川書店〕「ダ・ヴィンチ・コード (1枚組) [SPE BEST] [DVD]」トム・ハンクス「ナショナル・トレジャー 特別版 [DVD]

ダ・ヴィンチ・コード4.jpg 2003年に発表されたダン・ブラウンのベストセラー小説で、2004 (平成16) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位作品であり、映画化もされたのであらすじを知る人は多いと思いますが、著者自身の説明によると―、「高名なハーヴァード大学の象徴学者が警察によってルーヴル美術館へ呼び出され、ダ・ヴィンチの作品にまつわる暗号めいた象徴を調べるよう依頼されます。その学者は暗号を解読し、史上最大の謎のひとつを解き明かす手がかりを発見するのですが...追われる身となります」ということで、実はその前に、ルーヴル美術館の館長が異様な死体で発見されるという出来事があるのですが...。

 館長の孫娘が象徴学者と協力して祖父のダイイング・メッセージを説こうとするが、そこに立ちはだかる謎の宗教団体がいて、ハラハラドキドキの展開。一度は聞いたことがあるようなキリストにまつわる有名な謎を孕んだ宗教的背景、美術館の中を探索しているような芸術の香り高い味付け。謎解きだけでもグイグイ読者を引っぱっていく上にこれだから、読者の色んな欲求を満たしてくれます。海外ではillustrated edition という「愛蔵版」が出ていましたが、日本でもすぐに出版され、小説の中に登場する美術作品や建築物、場所、象徴などを数多く収録した豪華カラー版!美術本としては楽しめるが洋書より値が高い。1冊1万2千円の皮装版まで出て、ここまでくるとちょっとスノッブではないかと...。

 ただし、作品の最大の魅力であるはずの謎解き(暗号解読)も、鍵穴の向こうにまた鍵穴がありそれを開けるとそのまた向こうに鍵穴があるような展開がずっと続くと、少し食傷気味となります。こんな複雑なダイイング・メッセージ残して、残された者が解けなかったらどうするのだろうという素朴な疑問も覚えました(娘は一応優秀な「暗号解読官」であるという設定になってはいるが)。

 著者は、小説の構築においてロバート・ラドラムの影響を受けたそうですが、言われなくともよく似ているあという感じで、読んでいる間は面白いけれど、読み終えると、何だったのみたいな感じもします。エンタテインメントはそれでいいのだという考え方もありますが...。

 冒頭の、「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述はすべて事実に基づいている」という記述も、小説の一部であると見た方がいいと思います。

Tom Hanks in "The Da Vinci Code"(2006)
ダ・ヴィンチ・コード.png「ダ・ヴィンチ・コード」 2005 トム・ハンクス.jpg ロン・ハワード監督、トム・ハンクス主演の映画「ダ・ヴィンチ・コード」('06年/米)も同じような感じで、原作のストーリーを丁寧になぞったために展開がかなりタイトになった上に(上映時間は2時間半と長いのだが)、「トンデモ学説」をホイホイ素直に信じる登場人物たちを見ていて「こんなの、あり得ない」という気持ちにさせられ、ああ、これは「インディ・ジョーンズ」などと同じで、ハナから真面目に考えてはいけなかったのかと改めて思いました(どうせ映像化するなら、ルーヴル美術館の中をもっとしっかり撮って欲しかった)。 「ダ・ヴィンチ・コード (1枚組) [DVD]

ダイアン・クルーガー/ニコラス・ケイジ in「ナショナル・トレジャー」('04年/米)
ナショナル・トレジャー dvd.jpgナショナル・トレジャー1.jpg 同じような「お宝探し」系の作品では、ジョン・タートルトーブ監督の「ナショナル・トレジャー」('04年/米)があり、これは、歴史学者にして冒険家の主人公(ニコラス・ケイジ)が、合衆国独立宣言書に署名した最後の生存者が自分の先祖に残した秘宝の謎を女性公文書館員(ダイアン・クルーガー)らとともに追うもので、こちらもフリーメイソンとかテンプル騎士団とか出てきますが、そもそもアメリカの建国来の歴史が200年そこそこであるため、「ダ・ヴィンチ・コード」ほどの重々しさがなく、しかも、予算の都合なのか、「ダ・ヴィンチ・コード」以上に殆どの展開が都会の真ん中で繰り広げられています。 「ナショナル・トレジャー 特別版 [DVD]

 但し、作っている側も敢えて大仰に構えるのではなく、謎解きとアクションに徹している感じで、娯楽映画としてはフラストレーションの残る「ダ・ヴィンチ・コード」よりは、プロセスにおいてテンポ良く、結末においてカタルシスのあるこちらの方が楽しめたかも(まあ、「ダ・ヴィンチ・コード」の方は、原作を読んで結末が分かった上で観ているわけだからその分ハンディがあり、比較にならないかも知れないが)。
 
 「ダ・ヴィンチ・コード」より公開は早く、男女が組んでのお宝探しや都会の真ん中にそのお宝の秘密があったことなど、「ダ・ヴィンチ・コード」の原作のパクリではないかとも言われたそうですが、「ダ・ヴィンチ・コード」風に変に重々しく作ってしまうと、却ってアメリカ人の歴史コンプレックスの表れみたいな作品になっていたかも。純粋娯楽映画としてはまあまあの出来でしょうか。本国でもそれなりに人気があったらしく、続編「ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記」('07年)も作られています。

ダ・ヴィンチ・コードs.jpgダ・ヴィンチ・コード09.jpg「ダ・ヴィンチ・コード」●原題:THE DA VINCI CODE●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:ロン・ハワード●製作:ブライアン・グレイザー/ジョン・コーリー●脚本:ダン・ブラウン/アキヴァ・ゴールズマン●撮影:サルヴァトーレ・トチノ●音楽:ハンス・ジマー●原作:ダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コード」●時間:150分●出演:トム・ハンクス/オドレイ・トトゥ/ジャン・レノ/イアン・マッケラン/ポール・ベタニー/アルフレッド・モリーナ/ユルゲン・プロホノフ ●日本公開:2006/05●配給:ソニー・ピクチャーズ(評価:★★☆)

ナショナル・トレジャー』.jpg「ナショナル・トレジャー」●原題:NATIONAL TREASURE●制作年:2004年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・タートルトーブ●製作:ジェリー・ブラッカイマー/ジョン・タートナショナル・トレジャー2.jpgルトーブ●脚本:コーマック・ウィバーリー/マリアンヌ・ウィナショナル・トレジャー ジョン・ヴォイト.jpgバーリー/ジム・カウフ●撮影:キャレブ・デシャネル●音楽:トレヴァー・ラビン●時間:131分●出演:ニコラス・ケイジ/ダイアン・クルーガー/ジャスティン・バーサ/ショーン・ビーン/ハーヴェイ・カイテル/ジョン・ヴォイト/クリストファー・プラマー●日本公開:2005/03●配給:ブエナ・ビスタ(評価:★★★☆)

ジョン・ヴォイト

ダイアン・クルーガー              「ナショナル・トレジャー」('05年/米)
ダイアン・クルーガー.jpeg ナショナル・トレジャー ダイアン・クルーガー.jpg
女は二度決断する」('17年/独)[カンヌ国際映画祭女優賞]女は二度決断する ド.jpg女は二度決断する 32 0.jpg

 【2006年文庫化[角川文庫(上・中・下)]】

「●ふ フレデリック・フォーサイス」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1395】 フォーサイス 『第四の核
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傭兵部隊の男たちをリアルに描く。映画でも原作の"男の美学"をキッチリ描いて欲しかった。

戦争の犬たち 上.jpg 戦争の犬たち下.jpg  戦争の犬たち.jpg The Dogs of War (1980)2_.jpg ジャッカルの日2.jpg Jakkaru no hi (1973)2_.jpg
戦争の犬たち (上) (角川文庫)』『 (下) (角川文庫)』「戦争の犬たち [DVD]」 「ジャッカルの日 [DVD]
戦争の犬たち (海外ベストセラー・シリーズ)
戦争の犬たち (海外ベストセラー・シリーズ)_.jpgTHE DOG OF WAR 1974.jpg 英国の富豪が、西アフリカ某国に傭兵部隊を送り込んで独裁政権打倒クーデターを起こし、傀儡政権を樹立しようとするが、その真の目的は鉱物資源の採掘権を得るためである。傭兵隊長のシャロンは、傭兵となる腕ききの男たちを集めるが、シャロンも含め、傭兵となって危険な地に赴く男たちの目的は、多額の報酬だけなのだろうか―。

 1974年に発表されたイギリス人作家フレデリック・フォーサイスの第3作で(原題"The Dogs of War")、1971年発表され1972年「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」を受賞した出世作『ジャッカルの日(The Day of the Jackal)』('73年・角川書店)、1972年発表の第2作『オデッサ・ファイル(The Odessa File)』('74年・角川書店)に続くものです。

ジャッカルの日 (1973年) .jpgジャッカルの日.jpg 『ジャッカルの日』では暗殺の準備に明け暮れるスナイパーをリアルに描きましたが、目的の達成に向けて優雅かつ周到に計画を進めて行く"ジャッカル"ことスナイパーに対し、計画を察知したフランスの官憲側のちょっと見かけは野暮な警視が、スナイパーの動向を何度も見失いながらも、ギリギリのところで急速に彼との距離を詰めいく様が、手に汗握るタッチで描かれていました(評価 ★★★★)。

 本作『戦争の犬たち』では、クーデターの準備に明け暮れる傭兵の"日常"が、これもまた丹念に描かれていて、内外の政治や経済を巡る権謀術数もあり、う〜ん、リアルではあるが、前半は少し地味だなあと。でも、読み進むうちに、これもまたどんどんハマっていくから、やはり上手いんだろうなあ、この作家。

「戦争の犬たち」0.jpgThe Dogs of War.jpg フォーサイスは実際に、赤道ギニアの独裁政権打倒クーデターを、私費を投じて(『ジャッカルの日』が世界的ベストセラーになり、大金持ちになっていた)傭兵部隊を結成したりして支援もしたそうで、その際に「傭兵」に志願する人間というものに関心を抱いたのではないでしょうか。

第四の核.jpg フォーサイスの原作で映画化されたものは、作品の内容と主人公の配役がマッチしている気がします。「ジャッカルの日」('73年/米)でスナイパーを演じたエドワード・フォックスや、「オデッサ・ファイル」('74年/米)のルポライター役のジョン・ヴォイト、さらには「第四の核」('86年/英、劇場未公開)でソ連工作員を演じたピアーズ・ブロスナン(ボンド俳優)までも、どういうわけかピッタリはまっていました。

THE DOG OF WAR.jpg「戦争の犬たち」1.jpg そして「戦争の犬たち」('80年/米)のクリストファー・ウォーケンも、彼自身は良い、と言うか、頑張ってはいるのですが...。

 原作の静けさの中でのラストは衝撃的であり、"男の美学"と言うとやや陳腐ですが、シャロンが傭兵部隊に身を投じた気持ちを解するヒントが示されています。それが、映画になると、色恋に破れた男みたいな感じで、しかもラストは原作を捻じ曲げたドタバタ劇で少々ガッカリさせられました。

「ジャッカルの日」パンフレット
「ジャッカルの日」1.jpgジャッカルの日 パンフ.jpg フォーサイスの原作の映画化作品で、最も成功しているのは、やはりフレッド・ジンネマン監督の「ジャッカルの日」だと思いますが、フランスで'60年代初め、アルジェリア戦争を終結させてしまったシャルル・ド・ゴール大統領の暗殺を企てる戦争推進派のテロリストグループがあったことは事実であり、"ジャッカル"も実在のテロリスト「カルロス」(通称、カルロス・ザ・ジャッカル)がモデルとも言われています。

「ジャッカルの日」3.jpg 当時、フランスに特派員として駐在していたフォーサイスの経験がよく反映されている一方、巧みに虚構を織り交ぜていて、こうしたやり方は『戦争の犬たち』に通じるものがありますが、この小説でも、暗殺者はイギリス人"らしい"ということになっていて、エドワード・フォックスは"小説のジャッカル"のイメージにピッタリ(本物のカルロス・ザ・ジャッカルはベネズエラ人)。結局、彼が何者だったのかは、小説でも映画でも明かされませんが、フランス人でなかったことは確かで、フランス式儀礼の仕方を知らなかったがために...。 

 映画を観て思ったのですが、ジャッカルって、クルマを事故ったり、女性をナンパしたり、(プロとしてどうかというもはあるが)結構人間臭く、こうした部分が、観る者を彼に感情移入させて、それが、ラストの無名墓地のシーンの哀切さに繋がるのだろうなあ、と。

「戦争の犬たち」('80年/米).jpg戦争の犬たち .jpg「戦争の犬たち」●原題:THE DOG OF WAR●制作年:1980年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・アー中野名画座.jpgヴィン●製作:ノーマン・ジュイソン他●脚本:ゲイリー・デヴォア他●音楽:ジョフリー・バーゴン●原作: フレデリック・フォーサイス 「戦争の犬たち」●時間:163分●出演:クリストファー・ウォーケン/トム・ベレンジャー/コリン・ブレークリー/ヒュー・ミレース中野駅南口.jpgnakano.jpg/ポール・フリーマン/ジャン・フランソワ・ステヴナン/ジョージ・W・ハリス●日本公開:1981/03●配給:ユナイト映画 ●最初に観た場所:中野名画座 (81-09-05)(評価★★★) 中野名画座 中野駅南口駅前ロータリー地下(80席) 1989(平成元)年8月27日閉館。
菅野 正 写真展 「平成ラストショー hp」より

Jakkaru no hi (1973)
Jakkaru no hi (1973).jpg
「ジャッカルの日」2.jpgジャッカルの日 73米.jpg「ジャッカルの日」●原題:THE DAY OF THE JACKAL●制作年:1973年●制作国:イギリス/フランス●監督:フレッド・ジンネマン●製作:ジョン・ウォルフ●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●原作:フレデリック・フォーサイス●時間:142分●出演:エドワード・フォックス/エリック・ポーター/ミシェル・ロンスダール/デルフィーヌ・セイリグ/シリル・キューザック/オルガ・ジョルジュ・ピコ/アラン・バデル/デレク・ジャコビ/ミシェル・オールレール/バリー・インガム/ロナルド・ピカップ●日本公開:1973/07●配給:CIC ●最初に観た池袋テアトルダイア s.jpg池袋テアトルダイア  .jpgテアトルダイア.jpg場所:池袋テアトルダイア (77-12-24)(評価★★★★)●併映:「ダラスの熱い日」(デビッド・ミラー)/「合衆国最後の日」(ロバート・アルドリッチ)/「鷲は舞いおりた」(ジョン・スタージェス)(オールナイト) テアトルダイア3.jpg池袋テアトルダイア  1956(昭和31)年12月26日池袋東口60階通り「池袋ビル」地下にオープン(地上は「テアトル池袋」)、1981(昭和56)年2月29日閉館、1982(昭和57)年12月テアトル池袋跡地「池袋テアトルホテル」地下に再オープン、2009年8月~2スクリーン。2011(平成23)年5月29日閉館。

 『戦争の犬たち』...【1981年文庫化[角川文庫]】/『ジャッカルの日』...【1979年文庫化[角川文庫]】

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かなり怖い心理小説であると同時に、何だか予言的な作品。

コレクター(収集狂).jpg コレクター 上.jpg コレクター下.jpg   ウィリアム・ワイラー 「コレクター」.jpg 「コレクター」(1956)
新しい世界の文学〈第40〉コレクター (1966年)』白水社 『コレクター (上)(下)』 白水Uブックス

「フランス軍中尉の女」.bmpフランス軍中尉の女.jpgThe Collector John Fowles.jpg 1963年発表のイギリスの小説家ジョン・ファウルズ(1916‐2005)『コレクター』 (The Collector)は、映画化作品('65年、テレンス・スタンプ主演)でも有名ですが、イギリス人女性とフランス人男性の不倫を描いたカレル・ライス監督の「フランス軍中尉の女」('81年、メリル・ストリープ主演、メリル・ストリープはこの作品でゴールデングローブ賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞の各「主演女優賞」を受賞)の原作者もジョン・ファウルズであることを知り、サイコスリラーからメロドラマまで芸域が広い?という印象を持ちました。但し、映画「フランス軍中尉の女」は一昨年[2005年]ノーベルハロルド・ピンター1.jpg文学賞を受賞した脚本家ハロルド・ピンターの脚色であり、映画では、現代の役者が19世紀を舞台とした『フランス軍中尉の女』の映画化作品を撮影する間、映画と同じような事態が役者達の間で進行するという入れ子構造になっていることからも、映画は殆どハロルド・ピンターのオリジナル作品になっているとも言えるため、映画は映画として見るべきでしょうか。
ハロルド・ピンター(1930-2008

the collector 1965.jpg 『コレクター』の方のストーリーは、蝶の採集が趣味の孤独な若い男が、賭博で大金を得たのを機に仕事をやめて田舎に一軒家を買い、自分が崇拝的な思慕を寄せていた美術大学に通う女性を誘拐し、地下室にに監禁する―、というもの。
"The Collector " ('65/UK)
The Collector.jpg 日本でも女児を9年も監禁していたという「新潟少女監禁事件」とかもあったりして、何だか今日の日本にとって予言的な作品ですが、原作は、独白と日記から成る心理小説と言ってよく、人とうまくコミュニケーション出来ない(当然女性を口説くなどという行為には至らない)社会的不適応の男が、自分の思念の中で自己の行為を正当化し、さらに一緒にいれば監禁女性は自分のことを好きになると思い込んでいるところがかなり怖い。

the collector 1965 2.jpg しかし、性的略奪が彼の目的でないことを知った女性が彼に抱いたのは「哀れみ」の感情で、彼女の日記からそのことを知った男はかえって混乱する―。
サマンサ・エッガー
サマンサ・エッガー_2.jpg 文芸・社会評論家の長山靖生氏は、この作品の主人公について「宮崎勤事件」との類似性を指摘し、共に「女性の正しいつかまえ方」を知らず、実犯行に及んだことで、正しくは"コレクター"とは言えないと書いてましたが、確かにビデオや蝶の「収集」はともかく、この主人公に関して言えば女性はまだ1人しか"集めて"いないわけです。しかし、作品のラストを読めば...。

「コレクター」7.jpg 映画化作品の方も、男が監禁女性を標本のように愛でるのは同じですが、彼女に対する感情がより恋愛感情に近いものとして描かれていて、結婚が目的となっているような感じがして、ちょっと原作と違うのではと...。

 テレンス・スタンプの代表作として知られているものの(カンヌ国際映画祭男優賞受賞)、ヒロインを演じたサマンサ・エッガーの演技も悪くなかったです(カンヌ国際映画祭女優賞受賞。ゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)も受賞している)。結構SMっぽい場面もあったりして、「ローマの休日」を撮ったウィリアム・ワイラーの監督作品だと思うと少し意外かもしれません。
    
萌える男.jpg 「萌え」評論家?の本田透氏は、「恋愛」を追い求めるという点で(レイプ犯とは異なり)主人公はストーカー的であると言っていて(『萌える男』('05年/ちくま新書))、これは原作ではなく映画を観ての感想のようですが、確かに「娼婦ならロンドンに行けばいくらでも買える」だけの大金を主人公が持っていたことは、本作品を読み解くうえで留意しておいた方がいいかもしれません。但し、映画での主人公が異常性愛者っぽいのに対し、原作での主人公は何かセックス・レスに近いとも言えるような気がしました。
 

the collector 1965 3.jpg「コレクター」●原題:THE COLLECTOR●制作年:1965年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:ウィリアム・ワイラー●製作:ジョン・コーン/ジャド・キンバーグ●脚本:スタンリー・マン/ジョン・コーン/テリー・サザーン●撮影:ロバート・サーティース/ロバート・クラスカー●音楽:モーリス・ジャール●原作:ジョン・ファウルズ●時間:119分●出演:テレンス・スタンプ/サマンサ・エッガー/モナ・ウォッシュボーン/モーリス・ダリモア●日本公開:1965/08●配給:コロムビア映画(評価:★★★☆)

フランス軍中尉の女04.jpg「フランス軍中尉の女」●原題:THE FRENCH LIEUTENANT'S WOMAN●制作年:1981年●制作国:イギリス●監督:カレル・ライス●製作:レオン・クロア ●脚本:ハロルド・ピンター●撮影:フレディ・フランシス●音楽:カール・デイヴィス●原作:ジョン・ファウルズ●時間:123分●出演:メリル・ストリープ/ジェレミー・アイアンズ/レオ・マッカーン/リンジー・バクスター/ヒルトン・マクレー●日本公開:1982/02●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:六本木・俳優座シネマテン(82-05-06)●2回目:三鷹文化(82-11-06)(評価:★★☆)●併映(2回目):「情事」(ミケランジェロ・アントニオーニ)
 
 【1984年新書化[白水Uブックス(上・下)]】

「●と スコット・トゥロー」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2018】 スコット・トゥロー 『無罪
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"実務寄り?"のリーガル・サスペンス。興味深い「司法取引」の様。

推定無罪 上.jpg  推定無罪下.jpg     推定無罪 ポスター.jpg Presumed Innocent m.jpg  映画「推定無罪」
推定無罪〈上〉 (文春文庫)』『推定無罪〈下〉 (文春文庫)』〔'91年〕

Presumed Innocent.jpg 1987年「英国推理作家協会(CWA)賞」シルバー・ダガー賞受賞作。1988 (昭和63) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位(同年度「このミステリーがすごい」(海外編)第2位)。

 1987年発表の本作品『推定無罪-プリジュームド・イノセント』(Presumed Innocent)は、もともと連邦検察局の検事補だったスコット・トゥローが在職中に執筆したもので、彼の処女作。

 作家になった後も彼は弁護士として活動していて、死刑廃止論者でもあり、何度か法廷で死刑判決をひっくり返しているヤり手だそうです(同じ弁護士作家のジョン・グリシャムが、作家になるまでは地方で傷害事件訴訟などに主に関与していたのに比べると、法律家としてのキャリアの華々しさはこちらの方が圧倒的に上)。

 女性検事補が自宅で全裸の絞殺死体となって発見され、優秀で堅物の首席検事補として知られていた主人公は、地方検事の命令でこの事件を担当することになるが、実は事件の被害者が、自分の部下で愛人の女性だと知って驚く―。

 疑惑が自分に向けられてくる主人公の"追い詰められ感"がうまく描けていて(検察官だった人間が被告人の立場に追いやられていく訳だから、焦るのは当然だが)、面白く読めました。事件に潜む政治的な背景はともかくとして、何よりも作者が、バリバリの弁護士ということで、並みのリーガル・サスペンスよりずっと"実務寄り"な印象を受けます(自分が実務に使うわけではないけれど)。

 興味深かったのは、「公判前の評議」において「有罪答弁取引」をして公判によらない解決を図るというシステムで、所謂「司法取引」というものがどのように行われるのかが分ります(アメリカにおける刑事事件裁判の9割は司法取引で処理され、純粋に陪審員制度によって判決が下されるのは5%ぐらいだという)。日本の司法制度とか日本人の感覚とは随分違うなあという感じです。

推定無罪04.jpg '90年にシドニー・ポラック製作、アラン・J・パクラ監督で映画化され、検察官を演じたハリソン・フォードは、女性に助けられるちょっと情けない男って感じで、「インディ・ジョーンズ」シリーズからのイメージ・チェンジ作にもなりました。既に「刑事ジョン・ブック 目撃者」('85年/米)や「フランティック」('88年/米)などに出演しており、この作品以降、「逃亡者」('93年/米)などサスペンス物への出演がますます多くなるハリソン・フォードですが、この作品ではラウル・ジュリアほか女優陣の方が元気がいいです。

 司法取引の場面だけはキッチリと描かれていて、そこは気に入りましたが、とは言え原作はかなり長くて専門的な記述も多く、映画にするとどうしても細部は端折らざるを得ない...。原作はジョン・グリシャムよりは通好みの作風だと思うけれども、映画で見ると「ああ、これもまた映画的なストーリーなのだなあ」という気がしてしまうのは、その辺りに原因があるのかも。

THE BURDEN OF PROOF 1991  .jpgTHE BURDEN OF PROOF 1991.jpg '91年には『推定無罪』の続編とも言える『立証責任』(The Burden of Proof,1990)がTV映画化(ミニ・シリーズ)されていて(日本でも'93年にビデオ販売された)、『推定無罪』の主人公ラスティ・サビッチの弁護をつとめた弁護士サンディ・スターンが原作でも映画でも前作からのスピンオフの形をとって主人公になっています。シカゴへの2日間の出張からスターンが帰宅すると妻のクララがガレージの車の中で自殺していて、31年間も連れ添った愛妻がなぜ自殺したのか、さっぱり理由がわからないスターンは、妻宛の病院からの請求書を手がかりにクララの死の真相を探り始めるというもの。おそらく原作は面白いのだろうけれど、ドラマは162分の長尺ながらもやや物足りなかったでしょうか。主人公スターンは56歳で、演じたのはヘクター・エリゾンド(「刑事コロンボ(第33話)/ハッサン・サラーの反逆」('75年)の犯人役だった)、共演は「推定無罪」にも出ていたブライアン・デネヒーで、共演者の方が存在感があったかも(ブライアン・デネヒーはこの作品でエミー賞最優秀助演男優賞にノミネートされた)。スコット・トゥローらしい法律の専門知識は生かされているように思いましたが、ややマニアックか。加えてこうした中年期の危機みたいなものを描いた作品となると、やはり映画よりもテレビドラマになってしまうのでしょうか。

推定無罪09.jpg「推定無罪」●原題:PRESUMED INNOCENT●制作年:1990年●制作国:アメリカ●製作:シドニー・ポラック/マーク・ローゼンバーグ●監督:アラン・J・パクラ●音楽:ジョン・ウィリアムズ●原作:スコット・トゥロー「推定無罪-プリジュームド・イノセント」●時間:127分●出演:ハリソン・フォード/ラウル・ジュリア/ブライアン・デネヒー/ボニー・ベデリア/グレタ・スカッキ/ジョン・スペンサー/ポール・ウィンフィールド●日本公開:1991/06●配給:ワーナー・ブラザース (評価★★★)

立証責任 1993 tv 映画.jpg「立証責任」●原題:THE BURDEN OF PROOF●制作年:1991年●制作国:アメリカ●監督:マイク・ローブ●製作:ジョン・ペリン・フリン●脚本:ジョン・ゲイ●撮影:キース・ヴァン・オーストラム●音楽:クレイグ・セイファン●音楽:ジョン・ウィリアムズ●原作: スコット・トゥロー「立証責任」●時間:162分●出演:ヘクター・エリゾンド/ブライアン・デネヒー/メル・ハリス/エイドリアン・バーボー/ステファニー・パワーズ/アン・ボビー/ヴィクトリア・プリンシパル/ゲイル・ストリックランド/ジェフリー・タンバー/コンチータ・トメイ●VHS日本発売:1993/04●販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ (評価★★★) 「立証責任 [VHS]

 【1991年文庫化・2012年新装改定版[文春文庫(上・下)]】

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家族問題や醜聞に揺れる上流階級とモラルや薬物の問題を抱える社会の影を浮き彫りに。

大いなる眠り レイモンド・チャンドラー.jpg大いなる眠り.jpg 大いなる眠り レイモンド・チャンドラー.jpg  『三つ数えろ』(1946) .jpg
大いなる眠り』創元推理文庫/〔'56年・東京創元社(世界推理小説全集)〕/「三つ数えろ 特別版 [DVD]」(1946)

大いなる眠り(創元推理文庫).jpg 1939年発表の『大いなる眠り』(The Big Sleep/'56年・東京創元社)は、レイモンド・チャンドラー(1888‐1959)のハードボイルド小説の中では『さらば愛しき女よ』(Farewell, My Lovely '40年発表/56年・早川書房)、『長いお別れ』(The Long Goodbye '54年発表/'58年・早川書房)と並んで最も人気が高いのではないでしょうか。

 私立探偵フィリップ・マーロウは、石油財閥のスターンウッド将軍から、その年頃の2人の娘のうち末娘のカーメンが賭博ネタで強請られている件で、内密に脅迫者の正体を探るよう依頼を受け、脅迫者ガイガーの家に赴くが、銃声を聞いてマーロウが部屋に飛び込むと、そこは秘密写真の撮影現場であり、ガイガーの死体と、何も身に着けてずドラッグで虚ろな状態のカーメンを目にする―。

『大いなる眠り』(創元推理文庫・旧版)〔'59年〕

 この作品は作者の"フィリップ・マーロウもの"長編の第1作になりますが、会話の洗練され具合とかだと後の2作の方が上かもしれません。ただし、このシリーズを読み進むと、フィリップ・マーロウというのはカッコいい反面、結構"自己愛"型人間ではないかという気も少ししてきて...。

 事件のバックグランドにある、物質的に恵まれながらも精神的に満ちたりず、家族問題や醜聞に揺れる上流階級と、モラルの紊乱や薬物の問題などを抱えるアメリカ社会の、それぞれの影の部分が、ストーリーの展開に合わせてあぶり出しのように見えてくる、その分、ミステリとしての構築度は後退しているように思え、結末は衝撃的でかなり重いものですが、謎解きとしては漠たる部分も残ります。

『三つ数えろ』(1946) 11.jpg三つ数えろ2.jpgThe Big Sleep.jpg 『大いなる眠り』(The Big Sleep)は「三つ数えろ」のタイトル(邦題)で、ハンフリー・ボガート主演で映画化('46年/米)されていますが、これも短いセリフがボギーにマッチしていてなかなか良かったです。ノーベル文学賞作家のウィリアム・フォークナーが脚本に参加しているというし、大富豪の娘役のローレン・バコールもいい(この映画の公開の前年に2人は結婚していて、結婚後初の"夫婦共演"作だが、むしろ"夫婦競演"と言った感じ)。
 "The Big Sleep" ('46年/米)
The Big Sleep3.bmpThe Big Sleep1.bmp 原作『大いなる眠り』の中で、大富豪の娘がフィリップ・マーロウに言う「貴方って随分背が高いのね」が、映画のローレン・バコールのセリフでは「貴方って随分背が低いのね」にアレンジされていて、ハンフリー・ボガートの答えは原作のフィリップ・マーロウと同じく「それがどうした」となっています。

 「三つ数えろ」は好きな映画の1つですが、原作のほうがドロドロしている感じで、映画は原作よりかなり"マイルド"になっているような気がします。

 他にロバート・ミッチャム主演の「大いなる眠り」('78年/英、劇場未公開)もありますが、33歳のフィリップ・マーロウを当時60代のロバート・ミッチャムが演じるのは、ハンフリー・ボガートが演じた以上に年齢ギャップがありました。
 
三つ数えろ パンフ.jpg三つ数えろ.jpgシアターアプル・コマ東宝.jpg「三つ数えろ」●原題:THE BIG SLEEP●制作年:1946年●制作国:アメリカ●監督:ハワード・ホークス●脚本:ウィリアム・フォークナー他●音楽:マックス・スタイナー●原作:レイモンド・チャンドラー「大いなる眠り」●時間:114分●出演:ハンフリー・ボガート/ローレン・バコール/マーサ・ヴィッカーズ/ドロシー・マローン/ジョン・リッジリー/レジス・トゥーミイ/ペギー・クヌードセン●日本公開:1955/04●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:新宿シアターアプル(85-11-17) (評価★★★★)
歌舞伎町・新宿シアターアプル・コマ東宝  2008(平成20)年12月31日閉館
  
 【1956年単行本[東京創元社(『世界推理小説全集』第1回配本)〕/1959年文庫化[創元推理文庫〕】

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ラストは、トム・クルーズの映画より原作の方がスカッとした。

法律事務所 - THE FIRM.jpg    法律事務所 上下.jpg  法律事務所2.jpg  ザ・ファーム / 法律事務所 1993.jpg
法律事務所』 単行本〔'92年〕/『法律事務所〈上〉〈下〉』 新潮文庫〔'94年〕/『法律事務所 (小学館文庫)』全1冊〔'03年〕/「ザ・ファーム 法律事務所 [DVD]」ジーン・ハックマン/トム・クルーズ
"The Firm"ペーパーバック(1992)
the firm john grisham.jpg 1991年発表のジョン・グリシャム(John Grisham)『法律事務所』(The Firm)は、アメリカの法律事務所を舞台にしたリーガル・サスペンスですが、ロー・ファームについてあまり知らなかったこともあり、興味深く読めました。
 アソシエイトとパートナーの違いとか付与される非金銭的報酬の種類、弁護士費用の計算方法と多分にリアリティのある水増し請求の方法、タックス・ヘイブンに持株会社を作る節税方法(主人公は言わば節税部門に配属されている)まで、具体的に書かれています。そして事件の核心となる事務所の裏稼業の実態が―。

 名門大学を優等で卒業した野心家が、そんな無名の事務所に招かれて、報酬だけに釣られて行くかなという気もしましたが、主人公は充分に裕福であると言えるような家庭の出身ではなく、しかも結婚して扶養家族がいるという設定なので、そうした条件下での"イソ弁"暮らしはどこの国も同じように結構キツイものなのかなと思いました。
 
 小説の前半の、ファーム内の"なんだか不自然な"人や出来事、雰囲気というのに引き込まれますし、パートナーになって金銭的報酬、非金銭的報酬の両面で充足し生活を拡げてしまったら、もう悪事から身を引けないというのは、人間心理としてはリアリティがありました。後半の、不正を暴こうとする主人公と追っ手たちとの知恵比べでもいいです。

「ザ・ファーム/法律事務所」.jpg この作品は「ザ・ファーム/法律事務所」('93年/米)としてシドニー・ポラック監督、トム・クルーズ主演で映画化され、グリシャム作品は『ペリカン文書』(The Pelican Brief '92年発表)、『依頼人』(The Client '93年発表)、そして処女作の『評決のとき』(A Time to Kill '89年発表)も映画になりました。

 シドニー・ポラック監督の「ザ・ファーム/法律事務所」('93年/米)について言えば、"知恵比べ"の妙味が薄まりアクション映画みたいになってしまったのもさることながら、原作では主人公が法を犯してでも組織への〈リベンジ〉と〈実利獲得〉の両方を果たすのに、映画では法を守る兄思いのいい子になってしまっています(映画の方がより大衆向けなので、違法行為を肯定するような表現はマズイのか?)。原作の方がスカッとする結末でした。
      
ペリカン文書1.jpg アラン・J・パクラ監督の「ペリカン文書」('93年/米)は、のジュリア・ロバーツ演じる法学部の学生とデンゼル・ワシントン演じるワシントン・ヘラルド紙の敏腕記者という取り合わせでありながら、今一つ、印象が弱かったような感じもしました(この作品はデンゼル・ワシントンの出世作の1つとなるが、以来、デンゼル・ワシントンが出てくると、もう予定調和が見えてしまうような...)。

 複雑な原作の中核の部分だけ取り出して、テンポ良く描こうとするやり方は、「大統領の陰謀」('76年/米)からのアラン・J・パクラ監督のスタイルで、スコット・トゥロー原作の「推定無罪」('90年/米)でも同じことをやり、この作品でもそうなのですが、そのことによって、リーガル・サスペンスの「サスペンス」の部分は生きるけれども「リーガル」の部分が弱くなってしまっているような気がし、そのことが、印象の弱さに繋がっているのかも(原作をしっかり読んだ人にはかなり不満足な映画では?)。

「依頼人」'94年1.jpg ジョエル・シュマッカー監督の「依頼人」('94年/米)の方は、スーザン・サランドンが夫の裏切りにより家族を失うという傷を抱えた中年女性弁護士役で、自分が1ドルで依頼人を引き受けた子供を守るため、トミー・リー・ジョーンズ演じる野心家の検事ロイ・フォルトリッグと対決するもので、女性弁護士のアルコール中毒からの再起という点では、バリー・リード原作でポール・ニューマンが同じくアル中からの復活を遂げる弁護士を演じた「評決」('92年/米)とダブりました(アル中弁護士が男性から女性になっているところが時代の変化か)。

 これも、2時間に収めるために原作を相当改変していますが、芸達者スーザン・サランドンの演技が効いていて、ジョン・グリシャムもこの映画の出来に大いに満足したらしく、「評決のとき」('96年/米)もジョエル・シュマッカーに撮らせています。

 スーザン・サランドンはこの作品で、アカデミー主演女優賞にノミネートされ、但し、受賞は翌年の「デッドマン・ウォーキング」まで持ち越し。この作品でアカデミー賞を獲っていたら、「評決」のポール・ニューマンがなぜ獲れなかったのかという話になってしまうからではないかと思うのは穿ち過ぎた見方かなあ。


The Firm.jpgザ・ファーム/法律事務所.jpg「ザ・ファーム/法律事務所」4.jpg「ザ・ファーム/法律事務所」●原題:THE FIRM●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・ポラック●製作:シドニー・ポラック/ジョン・デイヴィス/スコット・ルーディン●脚本:デヴィッド・レイフィール/ロバート・タウン●撮影:ジョン・シール●音楽:デーブ・グルーシン●原作: ジョン・グリシャム 「法律事務所」●時間:155分●出演:トム・クルーズ/ジーン・ハックマン/エド・ハリス/ジーン・トリプルホーン/ジョン・ビール/ウィルフォード・ブリム丸の内ピカデリー1・2.jpg丸の内ピカデリー     .jpgリー/ゲイリー・ビジー/ジェリー・ハーディン/エド・ハリス/ホル・ブルック/ホリー・ハンター/テリー・キニー/デイヴィッド・ストラザーン●日本公開:1993/07●配給:UIP(ユナイテッド・インターナショナル・ピクチャーズ)●最初に観た場所:丸の内ピカデリー1(93-09-12) (評価★★★)
丸の内ピカデリー1・2 1984年10月6日「有楽町マリオン」西武側9階にオープン(1957年オープン、1984年閉館の「丸の内ピカデリー」の後継館) 

ペリカン文書 dvd.jpg「ペリカン文書」●原題:THE PELICAN BRIEF●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督・脚本:アラン・J・パクラ●製作:ピーター・ヤン・ブルッジ/アラン・J・パクラ●撮影:スティーヴン・ゴールドブラット●音楽:ジェームズ・ホーナー●原作: ジョン・グリシャム●時間:141分●出演:ジュリア・ロバーツ,/デンゼル・ワシントン/サム・シェパード/ジョン・ハード/トニー・ゴールドウィン●日本公開:1994/04●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価★★☆)
ペリカン文書 [DVD]


「依頼人」'94年 dvd.jpg「依頼人」●原題:THE CLIENT●制作年:1994年●制作国:アメリカ●監督:ジョエル・シュマッカー●製作:アーノン・ミルチャン/スティーヴン・ルーサー●脚本:アキヴァ・ゴールズマン/ロバート・ゲッチェル●撮影:トニー・ピアース・ロバーツ●音楽:ハワード・ショア●原作: ジョン・グリシャム●時間:119分●出演:スーザン・サランドン/トミー・リー・ジョーンズ/ブラッド・レンフロ/メアリー・ルイーズ・パーカー●日本公開:1994/10●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価★★★)
ザ・クライアント 依頼人 [DVD]

 【1994年文庫化[新潮文庫(上・下)]/2003年再文庫化[小学館文庫(全1巻)]】

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映画では割愛されてしまった素晴らしい"潜水艦"トリック。

レッド・オクトーバーを追え 上.jpg レッド・オクトーバーを追え下.jpg レッド・オクトーバーを追え!2.jpg レッド・オクトーバーを追え!.jpg Tom Clancy.jpg Tom Clancy
レッド・オクトーバーを追え (上) (文春文庫)』『レッド・オクトーバーを追え (下) (文春文庫)』〔'85年〕映画「レッド・オクトーバーを追え!」

THE HUNT FOR RED OCTOBER0.jpgTHE HUNT FOR RED OCTOBER1.jpg 1984年に発表されたトム・クランシー(Tom Clancy)のデビュー作で、'90年の映画化作品でも御馴染みですが、スケールの大きい海洋軍事小説であり、また、米ソ冷戦の軍事的背景や、原潜レッド・オクトーバー号のラミウス艦長を初めとする人物の描写などがしっかりしているのではないかと思います。

 しかし何よりもリアリティに寄与しているのが、潜水艦を初めとする軍事兵器に関する詳細な専門的記述で、何だかメルヴィルの『白鯨』とちょっと似ているかもしれないという気になりました(『白鯨』も捕鯨に関する百科事典的ウンチクが矢鱈スゴく、「世界一退屈な小説」とも言われている)。             

 トム・クランシーは保険代理業をやっていた人で、何でそんな一介の保険セールスマンがここまで書けるのか、不思議な気もします(アメリカ海軍については、リクルーティング目的でかなりの情報をサイト等で公開しているし、一般にもマニアが多くいるようですが...)。仕事をしながらおおよそ9年の歳月をかけて書き上げたそうですが、単なるオタクの領域を超えています。正直、『白鯨』のときと同じく、いささか食傷しました。でも、それを"乗り越えて"至る結末は、満足のいくものでした。

 映画化作品(監督は「ダイ・ハード」('88年/米)のジョン・マクティアナン)の方は、原作と細部において異なり、軍事や兵器に詳しい人たちの間で326103.jpgは、どっちがいいとかどっちがおかしいとか議論があるみたいです。映画での海中シーンの殆どは、水中での撮影ではなく、スモークを焚いて撮ってるとのこと、海中をいく潜水艦の感じをうまく出していたし、音響にもシズル感がありました。ショーン・コネリーら役者陣の演技もいいと思いました。

Sean Connery as Captain Ramius inside the Red October

 ところが、原作で最も感心させられた、囮の潜水艦を使ってソ連側の乗組員を錯覚させるという巧妙かつ大掛かりなトリックが、映画ではスッポリ抜け落ちていて、最後にガックリきたというか、唖然としました。映画だけ観ればまあまあだったのかもしれませんが、原作を読んだ上でだと、原作の白眉とも言える一番のアイデアが生かされていないというのは、やはりいかがなものかと。THE HUNT FOR RED OCTOBER movie.jpg従って、この映画に対する個人的評価はあまり高くはないのですが、スモークで本当に海の中のように見せる技術的な工夫だけは評価できます。

「レッド・オクトーバーを追え!」●原題:THE HUNT FOR RED OCTOBER●制作年:1990年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・マクティアナン●音楽:バジル・ポールドゥリス●原作:トム・クランシー 「レッド・オクトーバーを追え」●時間:135分●出演:ショーン・コネリー/アレック・ボールドウィン/スコット・グレン/ジェームズ・アール・ジョーンズ/ティム・カリー/コートニー・B・ヴァンス/ステラン・スカルスガルド/ジェフリー・ジョーンズ/リチャード・ジョーダン/ジョス・アックランド/ゲイツ・マクファーデン/トマス・アラナ/ティモシー・カーハート●日本公開:1990/07●配給:UIP (評価★★★)

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前半部分はサスペンス。映画には無いジリジリさせる小出し感が良かった。

ジュラシック・パーク (上).jpgジュラシック・パーク (下).jpgジュラシック・パーク 上.jpg ジュラシック・パーク下.jpg ジュラシック・パーク.jpg  激突!.jpg 『激突!』(1971) 1.jpg 激突1.jpg
『ジュラシック・パーク (上・下)』['96年]『ジュラシック・パーク〈上〉〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)』 「ジュラシック・パーク [DVD]」/「激突!スペシャル・エディション [DVD]

ジュラシック・パーク 上下.jpgmichael crichton jurassic park.jpg 1990年に発表されたマイクル・クライトン(Michael Crichton、1942-2008)の『ジュラシック・パーク』(Jurassic Park)は、映画('93年)で見るより先に原作を読みましたが、原作の方が面白かったと思います。

 まず、原作はかなりSF小説っぽく、例えばカオス理論の話が数学者によって詳しく述べられていますが、映画では「蝶のはばたき効果」(北京で蝶がはばたくとニューヨークで嵐が起きるというやつ)程度の話ぐらいしか出てきません。しかしそれよりも映画を見てエッと思ったのは、原作のサスペンス・タッチが、映画ではかなりそぎ落とされてしまっていることです。

 特に前半部分、浜辺で遊んでいた子どもの失踪など、不審な出来事が断続的に続き(この部分は映画化を想定してか、非常に映像的に書かれている感じがした)、「何かあるな」と読者に思わせるものの、事実の全体が読者にもなかなか見えてこない"ジリジリ感"と言うか"小出し感"のようなものが、いやがおうにもサスペンス気分を盛り上げます。

「激突!」パンフレット/チラシ
激突 パンフレット.jpg激突!チラシ.jpg『激突!』(1971) 2.jpg スティーヴン・スピルバーグが監督するということで、大いに期待していたのですが...。

 スピルバーグ監督には、TV版の「刑事コロンボ(第3話)/構想の死角」 ('71年)スティーブン・スピルバーグ5Q.jpgや、これも元々テレビ映画として作られた「激突!」('72年、原題はDuel=決闘)という初期作品があります。原作・脚本ともSF・ホラー作家のリチャード・マシスン(1926-2013)であり、監督はオーディションで選考され、スピルバーグは応募者の1人であり、プレゼンにおいて「刑事コロンボ/構想の死角」で自己アピールしたそうです。

激突.jpg激突!-17.jpg 「激突!」は、デニス・ウィーヴァー(TVシリーズ「警部マクロード」(1970-77、日本放映1974(テレビ朝日)、1975-77(NHK)に主演)が演じる一般ドラーバーが、ハイウェイで前方の大型トラックに対してパッシングをしただけで、その大型トラックにずっと追い回されるという極めて単純なストーリーにも関わらず、追ってくる運転手の顔が最後まで見えないため、トッラクが人格を持っているように見えるのが非常に怖かったのです。

JAWS/ジョーズ1.bmpJAWS/ジョーズ2.bmpJAWS/ジョーズ3.bmp 「激突!」における対象がなかなか見えてこない恐怖(不安)は、「JAWS/ジョーズ」('75年)でも効果的に生かされていたように思います。

JAWS/ジョーズ5.bmpJAWS/ジョーズ4.bmp 「ジョーズ」は人間ドラマとしてもよく出来ているように思いました。但し、ピーター・ベンチュリー(1946-2006)の原作自体はたいしたことはないと思われ、この作家の「ザ・ディープ」の原作も読みましたが、通俗作家であるという印象を受けました(「ザ・ディープ」はピーター・イェーツ監督、ロバート・ショウ、ジャクリーン・ビセット主演で映画化されたが)。
ザ・ビースト~巨大イカの逆襲~【日本語吹替版】 [VHS]
ザ・ビースト~巨大イカの逆襲.jpgビースト/巨大イカの大逆襲1.jpg さらに、ピーター・ベンチュリー原作の映像化作品では、「ビースト」('96年/米)という4時間(実質180分)のTVムービーがあり、それを113分にした短縮版が1996年に「ビースト/巨大イカの大逆襲」というタイトルで日曜洋画劇場で放映され、さらに1999年に「ザ・ビースト/巨大イカの逆襲」というタイトルでビデオ化されましたが、タイトルから分かるようにイカが人間を襲う生き物パニック映画です(淀川長治は「タコのギャング映画(タコが襲ってくる映画)はあったんですねぇ、でもイカは初めてなんですね」と言っていたが、セシル・B・デミルが製作・監督、日本でも公開された「絶海の嵐」('42年/米)には全長18mの大イカが登場したりするなどしている。おそらくメインにイカを据えたのは初めてということだろう。淀川長治も「イカが主役になったのは初めて」と言い換えている)。「ジョーズ」におけるサメをイカに置き換えたような感じですが、短縮版を観てもかったるい印象でした。そもそも、「母イカ」が人間に捕らえられた「子イカ」を助けに来る(死骸を取り返しに来る)という、頭足類であるイカに人間並みの母性愛を設定したところに無理がありました。

 こうしてみると、スピルバーグは必ずしも作家の力量や作品のレベルを買って原作を選んでいるわけではなく、スピルバーグにとって原作はあくまで着想のきっかけであって、そこから自分なりのイメージを膨らませ、監督のオリジナル作品にしていくタイプなのかも。しかも、そのことによって原作を大きく超えることがあるという点において、ヒッチコックや黒澤明とレベル的には拮抗しているのかもしれません(「ジョーズ」は原作を超えているが、「ジュラシック・パーク」は原作の"小出し感"が減殺されているように思った)。

未知との遭遇4.bmp「未知との遭遇」(1977年)3.jpg 更に、"小出し感"ということで言えば、「未知との遭遇」('77年)などはその最たるもので、最後フタを開けてみれば、大掛かりな割には他愛も無い結末という気もしなくもありませんが、やはり、途中の"引っ張り方"は巧みだなあと(因みに、この映画でUFOとコンタクト出来る人を"選民"のように描いているが、それがスピルバーグがユダヤ系であることと結びつくのかどうかは自分には分からない)。 

E.T..jpg 「未知との遭遇」の"小出し感"は「E.T.」('82年)にも引き継がれていたように思います。E.T.がまず兄妹の妹に認知され、次に兄に、そして友人達に、更に家族にその存在を認知され、最後は国家が出向いて...と段階を踏んでいました。脚本のメリッサ・マティソンはハリソン・フォードの恋人で、「レイダース」のロケで知り合ったスピルバーグ監督から原案を話され、感動して脚本を引き受けたそうです。本作品のテーマはスピルバーグ自らが経験した「両親の離婚」であり、SFは表面的な要素に過ぎないと監督自身が述べています(こうなってくると、「未知との遭遇」もユダヤ系としての彼の出自と関係してくるのか?)。

「ジュラシック・パーク」(93年).jpg このマイケル・クライトンの『ジュラシック・パーク』の原作を読んで、この"小出し感"は、スピルバーグが映画化するのに相応しい作品だと思いました。ところが、実際に映画化された「ジュラシック・パーク」('93年)を観てみると、原作と違ってあまりにもあっさりと恐竜たちにお目にかかれたため拍子抜けしました。

JURASSIC PARK.jpg CG(コンピュータ・グラフィックス)の魅力に抗しきれなかったスピルバーグ、監督の意向を受け容れざるを得なかったマイケル・クライトンといったところでしょうか(マイケル・クライトンも脚本に参加しているのだが)。これではサスペンス気分も何もあったものではないと...。「E.T.」の方がまだ、着ぐるみなどを使って"手作り感"があって、それが良かったのではないかなあ。

 登場人物は映画とほぼ同じでも、キャラクターの描き方が異なっていたり(映画化に際して単純な善玉悪玉に振り分けられてしまった?)、映画でカットされた原作の挿話(翼竜の飼育ドームのことなど)が、映画続編の「ロストワールド」('97年)「ジュラシック・パークⅢ」('01年)に分散して挿入されていたりもし、その分本書は、映画を既に見た人にも楽しめる内容だと思います。

Er.jpgER 緊急救命室.jpgマイケル・クライトン2.jpg マイクル・クライトン自身は、小説だけでなく、直接映画などの脚本や監督も手掛けていて、映画では「大列車強盗」('79年/米)などの監督・脚本作品があり、また、テレビドラマシリーズ「ER緊急救命室」の脚本、製作総指揮に携わったことでも知られています(彼自身ハーバード・メディカルスクールの出身)。

 「ER緊急救命室」は個人的にはファーストシーズンから観続けているかなり好きなドラマなのですが、カメラーワークに特徴のあるドラマでもあります。この小説(『ジュラシック・パーク』)も映画作品のノベライゼーションではなくあくまでも小説なのですが、非常に視覚的に描かれていて、場面転換なども映画のカット割りと似たものを感じ、このまま脚本として使えそうな気がしました(でも、実際には映画はその通りにはなってはいないことからすると、スピルバーグは自分自身の"監督"オリジナルにこだわったとみるべきか?)。

michael crichton jurassic park2.jpg「ジュラシック・パーク」●原題:JURASSIC PARK●制作年:1993年●制ジュラシックパーク  s.jpg作国:アメリカ●監督:スティーヴン・スピルバーグ●脚本:マイケル・クライトンほか●音楽:ジョン・ウィリアムズ●原作:マイケル・クライトン●時間:127分●出演:サム・ニール/ローラ・ダーン/ジェフ・ゴールドブラム/リチャード・アッテンボロー/ウェイン・ナイト/マーティン・フェレロ/サミュエル・L・ジャクソン/ボブ・ペック/アリアナ・リチャーズ/ジョゼフ・マゼロ●日本公開:1993/07●配給:UNI(ユニバーサル・ピクチャーズ)●最初に観た場所:有楽町・日本劇場 (93-09-12) (評価★★★)

激突1.jpg激突!ポスター.jpg「激突!」●原題:DUEL●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:ス「激突!」7.jpgティーヴン・スピルバーグ●製作:ジョージ・エクスタイン●脚本:リチャード マシスン●撮影:ジャック・A・マータ ●音楽:ビリー・ゴールデンバーグ/●原作:リチャード マシスン●時間:90分●出演:デニス・ウィーヴァー警部マクロードes.jpgジャクリーン・スコット/デヴィッド・マン/キャリー・ロフティン/アレクサンダー・ロックウッド/警部マクロード.jpgエディ・ファイアストーン/ルシル・ベンソン●日本公開:1973/01●配給:CIC (評価★★★☆) 

「警部マクロード」McCloud (NBC 1970~1977) ○日本での放映チャネル:テレビ朝日(1974)/NHK(1975~1977)

 
ジョーズ.jpgJaws - Movie.jpg「JAWS/ジョーズ」●原題:JAWS●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:スティーヴン・スピルバーグ●製作:デイヴィッド・ブラウン/リチャード・D・ザナック●脚本:JAWS/ジョーズes.jpgピーター・ベンチュリー/カール・ゴッドリーブ●撮影:ビル・バトラー●音楽:ジョン・ウィリアムズ●原作:ピーター・ベンチュリー●時間:124分●出演:ロイ・シャイダー/ロバート・ショウ/リチャード・ドレイファス/カール・ゴットリーブ/マーレイ・ハミルトン/ジェフリー・クレイマー/スーザン・バックリーニ/ジョナサン・フィレイ/クリス・レベロ/ジェイ・メロ●日本公開:1975/12●配給:CIC●最初に観た場新宿ローヤル 地図.jpg新宿ローヤル.jpg新宿ローヤル劇場 88年11月閉館 .jpg所:新宿ローヤル(82-12-28) (評価★★★★)

新宿ローヤル劇場(丸井新宿店裏手)1955年「サンニュース」オープン、1956年11月~ローヤル劇場、1988年11月28日閉館[カラー写真:「フォト蔵」より/モノクロ写真:高野進 『想い出の映画館』('04年/冬青社)より]

ザ・ビースト 完全版 [DVD]
ザ・ビースト 完全版 [DVD].jpg「ザ・ビースト/巨大イカの逆襲(ビースト/巨大イカの大逆襲)」●原題:THE BEAST●制作年:1996年●制作国:アメリカ●監督:ジェフ・ブレックナー●製作:タナ・ニュージェント●脚本:ジェフ・ブレックナー/J・B・ホビースト/巨大イカの大逆襲l2.jpgワイト/クレイグ・D・リード●撮影:ジェフ・バートン●音楽:ドン・デイヴィス●原作:ピーター・ベンチュリー「ビースト」●時間:133分●出演:ウィリアム・ピーターセン/ラリー・ドレイク/カレン・サイラス/チャールズ・マーティン・スミス/ロナルド・ガットマン/ミッシー・クライダー/スターリング・メイサー・Jr/デニス・アーント/ブルース・アレキサンダー/アンジー・ミリケン/マーレイ・バートレット●テレビ映画:1996/12 テレビ朝日(評価★★☆)

Close Encounters.jpg未知との遭遇-特別編.jpgClose Encounters of the Third Kind (1977).jpg「未知との遭遇 〈特別編〉」●原題:THE SPECIAL EDITION CLOSE ENCOUNTERS OF THE THIRD KIND●制作年:1980年 (オリジナル1977年)●制作国:アメリカ●監督・脚本:スティーヴン・スピルバーグ●製作:ジュリア・フィリップス/マイケル・フィリップス●撮影:ヴィルモス・ジグモンド●音楽:ジョン・ウィリアムズ●時間:133分●出演:リチャード・ドレイファス/フランソワ・トリュフォー/テリー・ガー/メリンダ・ディロン/ボブ・バラバン/ケイリー・ガフィー/ランス・ヘンリクセン/ケイリー・ガフィー/ジャスティン・ドレイファス/新宿ミラノ座内2.jpg新宿ミラノ座 1959.jpgメリル・コナリー/J・パトリック・マクナマラ/ウォーレン・J・ケマーリング/ジョージ・ディセンツォ/メアリー・ギャフリー/ロバーツ・ブロッサム●日本公開:1980/10 (オリジナル1978/02)●配給:コロムビア映画●最初に観た場所:新宿ミラノ座(81-02-16) (評価★★★)  [上写真:「新宿ミラノ座」オープン当初 (1959年)]
ミラノ座 1983年.jpg新宿ミラノ.jpg新宿ミラノ座 内部.jpg新宿ミラノ座 1956年12月、歌舞伎町「東急文化会館(後に「東急ミラノビル」)」1Fにオープン(1,288席)、2006年6月1日~「新宿ミラノ1」(1,064席) 2014(平成26)年12月31日閉館。

poster for 'E.T. the Extra-Terrestrial' by Dan McCarthy     「E.T. スペシャル・エディション [DVD]
dan-mccarthy-ET-poster.jpgE.T.dvd.jpg「E.T.」●原題:E.T. THE EXTRA-TERRESTRIAL●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:スティーヴン・スピルバーグ●製作:スティーヴン・スピルバーグ/キャスリーン・ケネディ●脚本:メリッサ・マシスン●撮影:アレン・ダヴィオー●音楽:ジョン・ウィリアムズ●時間:115分(20周年記念特別版120分)●出演:ヘンリー・トーマス/ドリュー・バリモア/ピーター・コヨーテ/ディー・ウォレス/ロバート・マクノートン/ケイ・シー・マーテル/ショーン・フライ/トム・ハウエル●日本公開:1982/12●配給:ユニヴァーサル=CIC ●最初に観た場所:池袋東急(82-12-04)●2回池袋東急が62年の歴史に幕!.jpg池袋東急  2.jpg「池袋東急」(明治通り沿い).jpg目:渋谷パンテオン (82-12-18) (評価★★★★)
池袋東急 1949年9月「池袋東洋映画劇」としてオープン。1988(昭和63)年4月、明治通り沿いビッグカメラ本店隣り「池袋とうきゅうビル」7Fに再オープン。2011(平成23)年12月25日閉館。
「池袋東急が62年の歴史に幕!12/25で閉館へ」(「池袋ブログ」2011/12/13)

ER 緊急救命室2.jpger season1.jpg「ER 緊急救命室」ER (NBC 1994~2009) ○日本での放映チャネル:NHK-BS2(1996~2011)/スーパー!ドラマTV

 【1993年文庫化[ハヤカワ文庫NV(上・下)]】

《読書MEMO》
マイケル・クライトン.bmpマイケル・クライトン(1942-2008/66歳没)『アンドロメダ病原体』『大列車強盗』『ジュラシック・パーク』『ディスクロージャー

ピーター・ベンチュリー.jpgピーター・ベンチュリー(1940-2006/65歳没)『ジョーズ』『ザ・ディープ』『アイランド 』『ビースト』

リチャード・マシスン.jpgリチャード マシスン(1926-2013/87歳没)『吸血鬼(アイ・アム・レジェンド)』『激突!』


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巨船引き揚げのほかにも、映画では味わえない数多い魅力。
レイズ・ザ・タイタニック tirasi.jpg
クライヴ・カッスラー「タイタニックを引き揚げろ」(パシフィカ).jpg タイタニックを引き揚げろ〔旧〕.jpg タイタニックを引き揚げろ.jpg Clive Cussler.jpg Clive Cussler
タイタニックを引き揚げろ(1977年)』『タイタニックを引き揚げろ』新潮文庫 〔'81年/'07年〕「【映画チラシ】レイズ・ザ・タイタニック/監督・ジェリー・ジェームソン

Raise the Titanic!.jpg アメリカが秘密裡に進める超強力ミサイル防衛システムの計画において、どうしても必要だとされる希少鉱物ビザニウムが、かつてのロシアのノバスゼムリヤで採掘された後、1912年に沈没したタイタニック号に積まれていたらしいということがわかり、タイタニック号の引き揚げ計画の実行者として、NUMA(国立海中海洋機関)の空軍少佐ダーク・ピットがその命を受けるが、当然のことながら情報を察知した敵国「ソ連」が邪魔立てに入る―。

 1976年に発表されたクライブ・カッスラー(Clive Cussler)の海洋サスペンスシリーズ第4弾で、シリーズの中でも人気が高く、'80年に映画化もされています。4千メートルの深海に沈む全長268.8メートル、総トン数46,328トンという巨大なタイタニック号をどうやって引き揚げるかだけでも充分引き込まれますが、スパイチェイスやマスコミ対策、結末をどう持っていくのかなど興味は尽きません。

 しかし何よりもこのシリーズ、ダーク・ピットというキャラクターが魅力的で、海にいるときは命を賭して平和のために戦う(必ずしもイコール命令に従うということにはならない)精神的にも肉体的にも強い男ですが、陸に上がると心理的で少し屈折した面も見せ、女性にはモテるけれども、ジェームズ・ボンドなどよりはずっと女性に対しても自分に対してもセンシティブな面があります。

Raise the Titanic (1980)
Raise the Titanic 1980.jpgRaise the Titanic.jpg 映画化作品「レイズ・ザ・タイタニック」('80年/米・英)をテレビで見ましたが、ダーク・ピット役のリチャード・ジョーダンは原作の雰囲気を全く醸しておらず、映画そのものも、約15億円かけて漁船を改造し、それを使って撮影したというタイタニックの浮上シーンぐらいしか見せ場のないシロモノでした(そのシーンも、ジェームズ・キャメロン監督が「タイタニック」('97年/米)を撮ってしまったので、それと比べると霞む)。

Raise the Titanic (輸入版VHS)

 監督は「エアポート'77/バミューダからの脱出」('77年/米)のジェリー・ジェームソンで(原作は『大空港』のアーサー・ヘイリーとされているが、実際にはストーリーにはアーサー・ヘイリーは関与していない)、「エアポート'77」の方は劇場で観ました(水中に沈んだ飛行機を引き上げるというモチーフは、クライブ・カッスラーの次作『QD弾頭を回収せよ』('78年発表)と重なるが、この映画の方が先)。実際に海中に旅客機が墜落した場合にとられる救出方法をベースにしているとのことですが、配役が豪華な割には内容はイマイチで、何故か"ドラキュラ役者"クリストファー・リーの土左衛門姿だけが印象に残った作品でした。「レイズ・ザ・タイタニック」へのこの監督の起用は、そもそも"「引き揚げ」経験"のみに基づく抜擢?という人選自体が安易だったのかも。

Raise the Titanic.bmpレイズ・ザ・タイタニック1.jpg クライブ・カッスラーは映画「レイズ・ザ・タイタニック」の不評に懲りたのか、以降は自作の映画化を断り続け、'05年にやっと11作目の『死のサハラを脱出せよ』の映画化を許可しました(映画タイトル「サハラ」)。

Raise the Titanic (輸入版DVD)

RAISE THE TITANIC! 1980.jpg「レイズ・ザ・タイタニック」●原題:RAISE THE TITANIC!●制作年:1980年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:ジェリー・ジェームソン●製作:マーティン・スターガー/ウィリアム・フライ●脚本:アダム・ケネディ/エリック・ヒューズ●撮影:マシュー・F・レオネッティ●音楽:ジョン・バリー●原作:クライブ・カッスラー●時間:115分●出演:リチャード・ジョーダン/ジェイソン・ロバーズ/アン・アーチャー/アレック・ギネス/デイヴィッド・セルビー/J・D・キャノン/ボー・ブランディン/M・エメット・ウォルシュ/ノーマン・バートールド/エリヤ・バスキン/ダーク・ブロッカー/ロバート・ブロイルズ/ポール・カー/マイケル・C・グウィン/ハーヴェイ・ルイス●日本公開:1980/12●配給:東宝東和 (評価:★☆)
      
エアポート77.jpgエアポート'77/バミューダからの脱出.jpgエアポート'77/バミューダからの脱出es.jpg「エアポート'77/バミューダからの脱出」●原題:AIRPORT'77●制作年:1977年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:ジェリー・ジェームソン●製作:ウィリアム・フライ●脚本:デビッエアポート'77/バミューダからの脱出ges.jpgド・スペクター●撮影:フィリップ・ラスロップ●音楽:ジョン・カカバス●原作:アーサー・ヘイリー●時間:113分●出演:ジャック・レモン/リー・グラント/ブレンダ・バッカロ/ジョセフ・コットン/オリビア・デ・ハビランド/ジェームズ・スチュアート/ダーレン・マッギャビン/クリストファー・リー/ジョージ・ケネディ/パメラ・ベルウッド/キャスリーン・クインラン/ロバート・フォックスワース/ ロバート・フックス/モンテ・マーカム/ギル・ジェラード/ジェームズ・ブース/モニカ・ルイス/メイディー・ノーマン/アーレン・ゴロンカ/トム・サリヴァン●日本公開:1977/04●配給:ユニバーサル映画●最初に観有楽シネマ 1991頃.jpgた場所:有楽シネマ(77-12-13) (評価:★★)●併映:「スティング」(ジョージ・ロイ・ヒル)

 【1981年文庫化・2007年改版[新潮文庫]】

《読書MEMO》
●クライブ・カッスラーの"ダーク・ピット"シリーズ
『スターバック号を奪回せよ』(Pacific Vortex)
『海中密輸ルートを探れ』(The Mediterranean Caper)
『氷山を狙え』(Iceberg)
『タイタニックを引き揚げろ』(Raise The Titanic)
『QD弾頭を回収せよ』(Vixen 03)
『マンハッタン特急を探せ』(Night Probe!)
『大統領誘拐の謎を追え』(Deep Six)
『ラドラダの秘宝を探せ』(Cyclops)
『古代ローマ船の航跡をたどれ』(Treasure)
『ドラゴンセンターを破壊せよ』(Dragon)
『死のサハラを脱出せよ』(Sahara)
『インカの黄金を追え』(Inca Gold)
『殺戮衝撃波を断て』(Shock Wave)
『暴虐の奔流を止めろ』(Flood Tide)
『アトランティスを発見せよ』(Atlantis Found)
『マンハッタンを死守せよ』(Valhalla Rising)
『オデッセイの脅威を暴け』(Trojan Odyssey)
『極東細菌テロを爆砕せよ』(Black Wind)
『ハーンの秘宝を奪取せよ』(TREASURE OF KHAN, 2008)
『北極海レアメタルを死守せよ』(Arctic Drift, 2008)

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ミステリアスに交錯する2人の実業家の運命。テレビ映画版もお薦め。

ケインとアベル 上.jpg ケインとアベル下.jpg Kane & Abel.jpg   ケインとアベル vhs.jpg
ケインとアベル 上下 新潮文庫』 ['83年]/ "Kane & Abel"/「ケインとアベル(VHS)」(絶版)

 1979年に発表された英国の作家ジェフリー・アーチャー(Jeffrey Howard Archer)の長編。

百万ドルをとり返せ!.jpg アーチャーの作品は、『百万ドルをとり返せ!』(Not a Penny More, Not a Penny Less '77年発表/新潮文庫)のようなコン・ゲーム(Confidence Game)作品、つまり信用詐欺をユーモラスに描いた中編や、『十二本の毒矢』(A Quiver Full of Arrows '80年発表/新潮文庫)のようなO・ヘンリーを髣髴させる洒落た短編集も楽しいけれど、こうした長編もかなりいいです。本書の続編にあたる『ロスノフスキ家の娘』(アベルの娘がケインの長男と結婚して米国初の女性大統領をめざすというスゴイ筋書き)や、同じく政界トップの座を主人公たちが競う『めざせダウニング街10番地』なども楽しめました。

百万ドルをとり返せ! (新潮文庫)
                                       
Kane and Abel.jpg 特に本書は2人の実業家を描いたビジネス小説ながら、20世紀初頭から中盤、後半にかけての欧米の時代背景や歴史的事件が巧みに盛り込まれていて、中短編とはまた異質の重厚さを持つものとなっています。そして重厚なだけでなく、著者のストーリー・テラーとして才能も存分に発揮されています。ボストン金融界の名門出身のウィリアム・ケインと、貧しいポーランド移民の子からホテル王にのし上がるアベル・ロスノフスキ。同じ日に生まれた対照的なこの2人の実業界における凄まじい対立と、本人たちも知らない過去の出来事も含めたミステリアスに交錯する運命を描いて、読み手を飽きさせることがありません。

Corgi Books 〔'86/UK〕

KANE AND ABEL2.bmpSam Neill.jpg 『百万ドルをとり返せ!』も『ケインとアベル』も共にテレビ映画(ドラマ)化されていてどちらも観ましたが、とりわけドラマ版「ケインとアベル」は力作で(テレビ東京「午後のロードショー」で'97年9月8日から3日間にわたって放送された)、後に「ジュラシック・パーク」('93年/米)に出演するサム・ニールがケインを好演し、こちらも後にジョニー・デップ主演の「ニック・オブ・タイム」('95年/米)などハリウッド映画に出ることになるピーター・ストラウスが演じたアベルも良かったです。通しで5時間を超える大作ですが、原作同様、最後まで飽きさせませんでした(今でもたまに民放やCS放送などで放映されることがあるが、日本語版ビデオは絶版に)。ラストの2人が偶然道で出会うシーンが、原作の情感を損なわずに描かれていて、そこに至るまでの作りこみも原作からの期待を裏切らないものでした。  

KANE AND ABEL 1985.jpgKANE AND ABEL 1985 2.jpg「ケインとアベル/権力と復讐にかけた男の情熱」(「ケインとアベル/愛と野望に燃える日々」)●原題:KANE AND ABEL●制作年:1985年●制作国:アメリカ●監督:バズ・キューリック●脚本:ロバート・W・レンスキー●撮影:マイク・ファッシュ●音楽:ビリー・ゴールデンバーグ●原作:ジェフリー・アーチャー●時間:312分●出演:ピーター・ストラウス/サム・ニール/デヴィッド・デュークス/ヴェロニカ・ハーメル/ケイト・マクニール/ロン・シルヴァー/ジル・アイケンベリー /アルバータ・ワトソン/リチャード・アンダーソン/クリストファー・カザノフ●日本公開(VHS発売):1986/03 (日本エイ・ヴィー・シー) ●日本公開(TV放映):1994/05 (NHK‐BS2) (評価:★★★★☆)
"Kane and Abel: the Complete Mi [Import anglais]"

Sam Neill as Dr. Alan Grant in Jurassic Park (1993)/Marsha Mason, Peter Strauss (in picture), Johnny Depp in NICK OF TIME(1995)
sam-neill-as-dr-alan-grant-in-jurassic-park.jpgPeter Strauss .jpg

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