【658】 ○ アンドレ・ジッド (山内義雄:訳) 『狭き門 (1954/07 新潮文庫) ★★★★

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○ノーベル文学賞受賞者(アンドレ・ジッド) 「○海外文学・随筆など 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

「幸せになりたい症候群」が横溢する時代にあっては、逆に読者を惹きつける。

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狭き門 (新潮文庫)』 『狭き門 (岩波文庫)
André Paul Guillaume Gide.jpgPAULETTE HUMBERT「LA PORTE ETROITE」挿画本1.jpgAndré Gide
 1909年に公にされたフランスの作家アンドレ・ジッド(1869‐1951/享年81)の作品。(原題:LA PORTE ETROITE)[右:ポーレット・ハンバート挿画(エッチング)本(1946)]

 物語の語り手、主人公ジェロームは、2歳年上の従姉アリサに恋心を抱き、彼女もまたジェロームを愛しているにも関わらず、神の国に憧れを持つアリサは彼の求婚を受諾することなく、最終的に地上での幸福を放棄し、ついには命を落とすというもの。

PAULETTE HUMBERT「LA PORTE ETROITE」挿画本2.jpg ジッド35歳から39歳にかけての作品で、少年期に父を亡くし、母と家庭教師とで暮らしていたことや、伯母の不義に悩む年上の従妹に恋し求婚したことなどは、彼の実人生と重なります(ジッドは26歳の年にこの従妹マドレーヌに求婚し、最初拒否されるが、結局彼女は彼の妻となる)。

 この〈物語〉(ジッドはこれは小説ではなく物語だとしている)では、アリサの自己犠牲の精神が、完成度の高い文体で美しく描かれてて、アリサの妹がジェロームを好いていたということもありますが、それ以上に、自分がジェロームの傍にいると、彼は、聖書に「力を尽くして狭き門より入れ」とある、その「狭き門」に至ることが出来ないという判断が働いていることがあります。

 キリスト教徒でない者から見れば理解の範疇を超えている面もあり、また、読み返してみて改めて気づいたのですが、前半部分からすでにアリサの「死への愛」(タナトス)とも思われる箇所も見られます。
 ではアリサの犠牲によって誰かが救われたかと言うと、アリサ自身も含め誰も救われておらず、一般的にも、ジッドはこの作品を通して、プロテスタンティズム的な「自己犠牲」に対する批判を行ったと解されているようです。

 プロテスタンティズムの「世俗内禁欲」や「隣人愛」が「資本主義の精神」となり、利潤を生じる資本主義の発展を支えたと分析したのはマックス・ヴェーバーでしたが、厳格なプロテスタンティズム社会に育った多感な少年ジッドは、プロテスタンティズムの禁欲主義、克己主義の重圧から自身を解き放つことに苦悶したと考えられ、アリサの「世俗内禁欲」や「隣人愛」を、ジェロームを通してある種の"理不尽"として描いているような気もします。

狭き門  ジイド.jpg しかし、それにしても、最後のアリサの日記に記された彼女の揺れ動く魂の軌跡などは人間的で、伯母の不義に対する反動から穢れのない恋愛を希求しているともとれますが、同時に青春文学に通じる恋愛の美化要素を満たしており、また、恋愛を通して幸せになるのではなく、徳を積み神の世界に近づこうとするその内面向上の姿勢は、一見アナクロ風でありながらも、「幸せになりたい症候群」が横溢する時代にあっては、逆に読者を惹きつけるものがあるのではないかと思いました。

狭き門 (旺文社文庫 508-1)』 

 【1954年文庫化・1975年改版[新潮文庫]/1954年再文庫化[角川文庫]/1967年再文庫化[岩波文庫]/1970年再文庫化[旺文社文庫]/1971年再文庫化[講談社文庫]/2015再文庫化[光文社古典新訳文庫]】

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