【648】 ◎ 中島 敦 『李陵・山月記 (1969/05 新潮文庫) ★★★★☆ (◎ 「木乃伊」―『山月記・弟子・李陵ほか三編』 (1972/04 講談社文庫) ★★★★☆)

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豊かな知識に裏打ちされながらも、知に走ることなく読者をキッチリ堪能させる。

李陵・山月記639.jpg 山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫).jpg 李陵・山月記・弟子・名人伝 (角川文庫).jpg 木乃伊(ミイラ).jpg
李陵・山月記 (新潮文庫)』(表紙版画:原田維夫)[山月記/名人伝/弟子/李陵]/『山月記・李陵 他九篇 (岩波文庫)』[李陵/弟子/名人伝/山月記/文字禍/悟浄出世/悟浄歎異/環礁/牛人/狼疾記/斗南先生]/『李陵・山月記・弟子・名人伝 (角川文庫)』[李陵/弟子/名人伝/山月記/悟浄出世/悟浄歎異]/ [Kindle版]「木乃伊(ミイラ)~輪廻する「前世の記憶」を描く怪奇短編名作~(レトロ文庫004)
李陵・弟子・山月記―(他)名人伝・狐憑 (1967年) (旺文社文庫)
李陵・弟子・山月記 旺文社文庫.jpgNakajima_Atsushi.jpg 1943(昭和18)年発表の「李陵」は、中島敦(1909‐1942/享年33)のおそらく最後の作品と思われるもので(「李陵」というタイトルは、作者の死後、遺稿を受け取った深田久弥が最も無難な題名を選び命名したもの)、前漢・武帝の時代に匈奴と戦って敗れ虜囚となった李陵と、李陵を弁護して武帝の怒りを買い宮刑に処せられるも「史記」の編纂に情熱を注いだ司馬遷の生涯を併せて描いていて、淡々とした筆致の際にも、運命に翻弄された両者への作者の思い入れが切々と滲み出る作品です。

 とりわけ李陵について、同じく匈奴に囚われながらも祖国への忠節を貫いた武人・蘇武との対比において、最初は単于(匈奴の王)からの仕官の誘いを拒みつつも、誤報により祖国で裏切り者扱いにされて家族を殺され、やがて単于の娘を娶り左賢王となる彼の、蘇武のような傑人になれない自己に対する鬱屈が痛々しく、大方の人はこうした過酷な状況では蘇武のように生きるのは難しく、李陵のように中途半端な生き方をせざるを得ないのだろうけれど、これも紛れのない1つの人生なのだろうなあと思いました。

キャット・ピープル.jpg変身.jpg 「山月記」は1942(昭和17)年)に発表された作者デビュー作で、同時におそらく作者の最も有名な小説であり、文体に無駄が無く美麗であることもあって国語教科書などでもよく採り上げられていますが、結構モチーフとしては幻想譚という感じで、作者はカフカの「変身」などを既に読んでいたそうですが(日本で最初にカフカを評価した作家だと言われている)、個人的には映画「キャットピープル」(リメイク版)などを思い出したりしました(詩人・李徴がトラに変身するところなどの描写は、簡潔だが生き生きしている)。

 「弟子」は孔子と子路の交わりを人間臭く描いていて、一方「名人伝」も中国の古譚に材を得た作品ですが、名人同士が矢を放ってひじりがぶつかり合うなど、ここまでくるともうアニメの世界さえ超えている感じで(「HERO」('02年/中国・香港)など最近の特撮チャイニーズ・アクション映画みたい)、結末も含め少し笑えます。

『李陵・山月記』.JPG山月記・弟子・李陵ほか三編 講談社文庫 .jpg 新潮文庫版にはありませんが、この人には1942(昭和17)年に『古譚』として「山月記」と併せて発表された「文字禍」や「木乃伊」といった古代エジプトやアッシリアに材を得た作品もあり、「木乃伊」(かつて講談社文庫版(『山月記・弟子・李陵ほか三編』['73年])で読んだが絶版になり、その後、講談社文芸文庫版(『斗南先生・南島譚』['97年])、ちくま文庫版(『ちくま日本の文学12』['08年]))などに所収)は、前世の自分のミイラと遭遇してそのミイラの生きていた時に転生し、さらにそれがまた前世の自分のミイラと遭遇し...というタイムトラベルSFみたいな話で、奥深さと面白さを兼ねそえた作品でした。

講談社文庫『山月記・弟子・李陵ほか三編』['73年](表紙版画:原田維夫)

 豊かな知識に裏打ちされながらも、知に走ることなく読者をキッチリ堪能させる作品群であり、もっと長生きして欲しかったなあ、ホントに。(「山月記」「名人伝」「弟子」「李陵」で中島敦が原典をどうアレンジしたかについては、増子 和男/他『大人読み『山月記』』['09年/明治書院]に詳しい。)

角川文庫『李陵・弟子・名人伝』['52年]/『李陵・山月記・弟子・名人伝』['68年]
李陵・弟子・名人伝 .jpg李陵・山月記 弟子・名人伝.jpg 【1952年文庫化[角川文庫(『李陵・弟子・名人伝』)]/1967年再文庫化・1989年改版[旺文社文庫(『李陵・弟子・山月記』)]/1968年再文庫化[角川文庫(『李陵・山月記・弟子・名人伝』)]/1969年再文庫化[新潮文庫(『李陵・山月記』)]/1973年再文庫化[講談社文庫(『山月記・弟子・李陵ほか三編』)]/1993年再文庫化[集英社文庫(『山月記・李陵』)]/1994年再文庫化[岩波文庫(『李陵・山月記 他九篇』)]/1995年再文庫化・1999年改版[角川文庫(『李陵・山月記・弟子・名人伝』)]/2000年再文庫化[小学館文庫(『李陵・山月記』)]/2012年再文庫化[ハルキ文庫(『李陵・山月記』)]】

山月記 (ホーム社 MANGA BUNGOシリーズ).jpgsanngetuki.jpg《読書MEMO》
●岩波文庫版所収
(発表順)
「山月記」「文字禍」..1942(昭和17)2月「文学界」
「牛人」..1942(昭和17)7月「政界往来」
「悟浄出世」「悟浄歎異」「環礁」「狼疾記」「斗南先生」..1942(昭和17)11月単行本『南島譚』
「名人伝」...1942(昭和17)12月「文学界」
「弟子」...1943(昭和18)年2月「中央公論」
「李陵」...1943(昭和18)年7月「文学界」
●その他
「木乃伊」...1942(昭和17)年7月発表


山月記 (ホーム社 MANGA BUNGOシリーズ) (ホーム社漫画文庫)』(2012)
同時収録:「悟浄出世」「悟浄歎異」

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