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無駄の少ない文体で、翻訳文学の影響も。当時としては新味があった。
『ベッドタイムアイズ (河出文庫)』['87年] 『ベッドタイムアイズ・指の戯れ・ジェシーの背骨 (新潮文庫)』 〔96年〕
『ベッドタイムアイズ』(装幀:菊地信義)['85年]
1985(昭和60)年第22回「文藝賞」受賞作品。
酒場の女性シンガーが黒人兵士を養っている話で、性描写が多いこともあり話題になりましたが、その描かれ方は時にエロチックで時に侘びしいけれども、下卑たものは感じられず、最後は切なく終わるものでした。
巻末に「文藝賞」の選評があり、江藤淳が大江健三郎の『飼育』と比較して「人生を感じさせる」と褒めていますが、もともと『飼育』と比べるには時間的に差がありすぎるのでは(脱走兵という意味では『飼育』と似ているが、この小説のとろんとしたヤク中みたいな感じの黒人は、実はけっこうスルドイ男だったりするし)。ただし、なるほど、"黒人"もそうですが"飼育する"というモチーフは、この人の他の初期作品にも見られるなあと。
作家の池澤夏樹氏が、「スプーン(黒人の名前)は私をかわいがるのがとてもうまい。ただし、それは私の体を、であって、心では決してない」という書き出しに、この作品によって伝えたいと作者が願ったことの核心が余すことなく凝縮されていると述べていますが(『小説の羅針盤』('95年/新潮社)所収)、まさにその通りで、そうした体と心の乖離に対する真摯な探究心のようなものが、この作品が"倫理的"であると評価されたりもする所以でしょうか。
池澤夏樹 『小説の羅針盤』['95年/新潮社]
無駄の少ない文体は川端康成の影響なども言われていますが、「あたし、今、トーストの上のバターよ」とか、「あんたを見る度にあたしの心はジェリイのように揺れる」「オレはスロットマシーンでスリーターを出した気分だよ」などといった表現は翻訳文学の影響がありありで、そのあたりのとりあわせの妙とでも言うべきか(ただし、今現在においてはさほど新味はない)。
河野多惠子氏は本作を、女流文学が変革期に入る時期を象徴する作品としていますが、芥川賞を受賞した金原ひとみ氏なども影響を受けた作家の1人がこの人だそうで、読み直してみて逆に既視感があるのはそうしたせいでもあるのかもしれません。
本作に続く『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞を受賞した作者ですが(候補外であったが選考委員の五木寛之の強い推薦があり受賞に至った)、結局、その後芥川賞の選考委員になっています。
『ベッドタイムアイズ』は1987年に「赫い髪の女」(1979年、中上健次原作)の神代辰巳監督により樋口可南子主演で映画化されましたが、未見。ビデオ化され、CDや樋口可南子の関連写真集が出されたりしましたが、DVD化はされていません。
【1987年文庫化[河出文庫]/1996年再文庫化[新潮文庫(『ベッドタイムアイズ・指の戯れ・ジェシーの背骨』)]】