【625】 ◎ 宮城谷 昌光 『孟嘗君 (全5巻)』 (1995/09 講談社) ★★★★☆

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風洪(後の大商人「白圭」)の義侠心が爽やか。ミステリ的要素も含んだエンタテインメント。

孟嘗君 1.jpg 孟嘗君 2.jpg 孟嘗君 3.jpg 孟嘗君 4.jpg 孟嘗君 5.jpg 『孟嘗君〈1〉』 『孟嘗君〈2〉』 『孟嘗君〈3〉』 『孟嘗君〈4〉』 『孟嘗君〈5〉』 (全5巻)
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 中国戦国時代、紀元前4世紀半ば頃、斉の王族であり政治家でもある田嬰は、妾・青欄に産ませたわが子を殺すように命じるが、青欄はその子を庭師の僕延に託し、僕延は斉の警察長官の職にありながら実は反体制派である射弥(えきや)にその子を託す。そこには別に女の赤ん坊もいたが、僕延が射弥宅を再訪したときは射弥は殺され、赤ん坊は2人とも消えていた。その2人の赤ん坊のうち、「文」という刺青のある男児の方は、没落貴族の末裔で隊商の用心棒をしていた風洪という男に救われ、風洪は赤ん坊の出自がわからないままにその子をわが子として育てることになるが、女児の方は一体どうなったか―。

 中日新聞や神戸新聞などブロック紙・地方紙に連載された小説で、"食客三千人"で有名な孟嘗君(田文)が主人公の話ですが、単行本全5冊の物語の前半は、その育ての親で任侠の快男児・風洪(後の大商人「白圭」)を中心に展開され、第1冊は風洪の義弟となる公孫鞅が秦に仕官するまでの話(公孫鞅は後の「商鞅」、法治国家・秦の土台づくりをする人物)、第2冊は風洪の志学編といったところで、斉巨、鄭両といった豪商との交わり、罪人となっていた孫臏(孫子)の救出劇、第3巻はその孫臏の軍神的活躍を描き、第3冊の中盤ぐらいから、白圭の下で育ち天才軍師・孫臏を師とする田文が徐々に頭角を現し、以降第5冊にかけて、田文が中国全土に影響を及ぼす大政治家になるまでを描いています。

 前半は活劇風冒険譚といった感じで楽しめ、風洪の陽性の侠気が快く、後半は複雑な国家情勢の中で、常に人民を思いやる政治姿勢を貫く田文とそれを助ける食客たちの活躍がよく(その1つが"鶏鳴狗盗"の故事として伝えられる出来事)、また全体を通して様々な登場人物が数奇な運命の糸に操られながらも風洪・田文という2人の主人公に収斂していく様が、ミステリ的要素も含んだエンタテインメント性の高い物語として結実しています。

 国内の権力抗争や他国との合従連衡などは企業小説的な読み方も出来て、諸国を巡る論客である蘇秦や張儀、孟軻(孟子)などはいわば経営コンサルタント、斉・魏・秦の宰相となった田文はヘッドハンティングされる経営スペシャリストのような観もありますが、そういう読み方をする際にも忘れてはならないのは、田文に受け継がれた白圭の社会奉仕の精神でしょう(これはドラッカーの「企業は社会のものである」という考え方の先駆ともとれる)。
 白圭が臨終において田文に語る「助けてくれた人に礼をいうより、助けてあげた人に礼をいうものだ」という言葉が、単に言葉上のものでなく実を伴ったものとして伝わってきます。

 【1998年文庫化[講談社文庫(全5巻)]】

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