【595】 ◎ 武田 百合子 『富士日記 (上・下)』 (1977/10 中央公論社) ★★★★☆

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人や生き物、自然に対する感性が、少女のように無垢でみずみずしい。

富士日記 上巻.jpg 富士日記 中巻.jpg 富士日記下巻.jpg カバー:武田泰淳氏画帖より   武田百合子.jpg
富士日記〈上〉 (中公文庫)』『富士日記〈中〉 (中公文庫)』『富士日記〈下〉 (中公文庫)』『KAWADE夢ムック 文藝別冊 武田百合子 (KAWADE夢ムック)』 ['04年]
富士日記 武田百合子.jpg 1977(昭和52)年・第17回「田村俊子賞」受賞作。

 作家・武田泰淳夫人であった著者が、富士山麓の山荘で夫と過ごした13年間(昭和39年から昭和51年、泰淳の亡くなる少し前まで)の日々を綴った日記ですが、著者は大正14年生まれなので、昭和年数と年齢がほぼ重なり、40歳代を通して書かれたものであることがわかり、それにしては、人や生き物、自然に対する感性が、まるで少女のように無垢でみずみずしい!

 ものを書くのは好きでなかったとのことですが、夫に「その日に買ったものと値段と天気だけでもいいから日記を書け」と言われて書き始めたそうで、実際に、買ったものとその値段(車のガソリン代まで書いてある)や朝・昼・晩何を食べたかなどが細かく書かれていて、それが山荘生活の雑事(この日記は便所の修理工事の話から始まる)の淡々たる記述と相俟って、〈人間が生活している〉ということの実感がよく伝わってきます。

 夏場はよく河口湖や西湖で泳いでいて、そんな湖が近くにある山荘生活も羨ましいけれど、1つの日記帳に夫も娘も書き込んでいて、むしろ、そうした家族関係そのものに憧れを持つ読者の方が多いのではないでしょうか(泰淳の記述が随筆調なのに対し、百合子の記述はまさに"日記"であるのが面白い)。

 大岡昇平などの盟友や村松友視などの編集者がしばしば山荘を訪ねて来るのですが、そうした人たちを見る目も、石工や職人など市井の人を見る目も、この人は分け隔てなく、また文章自体にもまったく衒いがありません。

 泰淳亡き後たまたま世に出たこの文章を、埴谷雄高、水上勤など多くの作家が絶賛しましたが、まず常に読者を意識している作家には書けない文章であるのと、夫・泰淳に対する温かい眼差しもさることながら、作家の夫人であるということを超えて、彼女個人としての可愛らしくて率直な人間性に対する思い入れもあったのかも知れません。

 その後文筆活動に入ってからは、エッセイでむしろ女性ファンを多く獲得し、'93年の没後も、'04年には雑誌「文藝」の別冊ムックで特集が組まれ、そこにも多くの有名作家が寄稿するなど、ほとんど伝説的存在となっています。
 
 【1977年単行本〔中央公論社(『富士日記-不二小大居百花庵日記(上・下)』)〕/1981年文庫化・1997年改版版[中公文庫(上・中・下)]】

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This page contains a single entry by wada published on 2006年12月23日 23:06.

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