「●さ行の現代日本の作家」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2391】 佐木 隆三 『復讐するは我にあり』
何となく癒される不思議さがある「何も起こらない」小説。
『鉄塔家族』(2004/06 日本経済新聞社)装幀:柄澤 齊 『鉄塔家族 上 (朝日文庫)』『鉄塔家族 下 (朝日文庫)』
2004(平成16)年度・第31回「大佛次郎賞」受賞作。
東北のある地方都市に建設中の鉄塔の近くに住む小説家と草木染織家の夫婦と、同じくその鉄塔周辺に暮らす人々の日々を淡々と綴った長編私小説です。
終盤に主人公と前に別れた妻の中学生になる子供のことで一悶着ありますが、全体として筋立で引き込むような波乱はありません。
500ページを超える長編で、普通ならば退屈して読みとばしかねないところですが、この本で描かれている自然と人々の日常の細密な描写には、できるだけその中の世界に長く留まってそれを味わっていたいと思わせる不思議な快さがあります。
ちょっとした近所同士の交流や、四季折々の草花の描写が丁寧で温かみがあり、また主人公と染織家の妻をはじめ、近所に住む市井の人々の「今」の様子を通して、それぞれの「過去」が透かし彫りのように静かに浮かび上がってきます。
読んでいる間も読後も"癒し"のようなものを感じましたが、こうした小説が書ける作家というのは、自身が一度ドーンと落ち込んで暗いトンネルをくぐり抜けてきたのでしょうか。
主人公が「生きる」ことについてリハビリしているような印象も受けましたが、読み進むにつれ、作家の書くことを通しての「生きる」ことへの強い意志を感じました。
この小説は新聞連載されたもので、新聞連載中には作者は、原稿を毎日1回分ずつ書いていったそうですが、そうした丁寧さが感じられ、時の流れに人生の哀歓をじんわり滲み込ませつつ、自然との交感を通して、ささやかではあるが確かで深い世界をつくっているように思えます。
この小説が連載されたのは日本経済新聞(夕刊)ですが、ビジネスパーソンには"癒し"が必要なのだろうか?
【2007年文庫化[朝日文庫(上・下)]】