【576】 ◎ 桐野 夏生 『グロテスク (2003/06 文藝春秋) ★★★★☆

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均質社会の中に在る小さな差異を絶対化する"グロテスク"な構造。

グロテスク.jpgグロテスク』 文藝春秋 〔'03年〕 グロテスク 上.jpg グロテスク下.jpg 文春文庫 (上・下) 〔'06年〕

 2003(平成15)年度・第31回「泉鏡花文学賞」受賞作。 

 渋谷界隈で殺された30代後半の2人の娼婦ユリコと和恵をめぐり、ユリコの姉であり、和恵と名門Q女子高で同じクラスだった「わたし」によって語られる2人の学校生活―。

 人に負けてはならないという強迫観念のもと〈学力〉でQ女子高に入った和恵と、ハーフならではの超絶した〈美貌〉を以って帰国子女枠で編入したユリコが、右回り左回りの違いがありながら同じような結末に辿り着くのが皮肉で、そこに介在する、妹と同じハーフでありながら美しくない姉である「わたし」の悪意にリアリティがあり、怖かったです。

 天性の娼婦としてのユリコ、昼は一流企業に勤めながら夜は街娼になる和恵(「東電OL殺人事件」がモチーフ)、という2人の女性が「妖怪」化していく様が、彼女たち自身の手記などで明らかになっていきますが、徹底的に2人の淪落を描く著者の筆致を通して、純粋に何かを希求して生きた2人であったのではないかと思わせるところが切なく、作者のうまさでもあると思います。

 むしろ、一貫教育の一流女子高内の家柄、容貌、学力といった複数軸のヒエラルキーの中で、「金持ちである」という差異を絶対化するために、差異を乗り越えようとする者を籠絡し嘲笑するようなイジメ構造が一番〈グロテスク〉なのかも。
 そうした争いから超越するために絶対的な〈学力〉を身につけたミツルという少女も、東大医学部に進んだ後に新興宗教(オウムがモデル)に嵌り、「わたし」自身の意外な結末も含め、主要な登場人物で所謂"世間的に幸せ"になる人は誰もいません。

 ユリコと和恵をともに殺害したと思われるチャンは、中国の農村から都市部へ流れてきた「盲流」と呼ばれる人たちの1人で、彼の話は中国の地域格差を如実に物語って女子高内の経済格差など吹き飛ばすほどのものですが、この話を挿入したことが構成的に良かったのかどうかは意見の割れるところだと思います。

 また、「わたし」だけでなく、ユリコ、チャン、和恵の手記が挿入されていることで、ミステリとしては「藪の中」構造になっていますが、百合雄という盲目の美少年が登場する結末部も含め、必ずしも精緻な構成とは言えない気もします。
 しかし、女子高内の僅かの差異を絶対化する構造を人間心理の側から描いて、均質に見える社会の中に在る「競争社会」および「競争」することを植えつけられた人々というものを描いた点では傑作だと思います。

 【2006年文庫化[文春文庫(上・下)]】

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