【565】 ◎ 円地 文子 『食卓のない家 (上・下)』 (1979/04 新潮社) ★★★★☆

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〈あさま山荘事件〉に材を得、プリンシプルな人間を、生身の男としてリアルに描く。

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食卓のない家』 新潮文庫 〔新版〕  円地 文子 (1905-1986/享年81)

食卓のない家 上・下巻 (1979年)

 鬼童子信之の長男・乙彦は、過激派の〈連合共赤軍〉による〈八ケ岳山荘事件〉に連座して獄中にあるが、父・信之は、成人に達した子の起こした事件に親が責任を持つことはないという法的根拠のもと、世間に対して詫びることも職を辞することもしない。鬼童子家に浴びせられる批判や中傷の中、信之の妻・由美子は次第に精神を病み、長女・珠江は婚約者の家族から婚約解消を言い渡されるが、それでも彼自身は、息子には息子の生き方があり、自分には自分の行き方があるという信念を貫く―。

 信之は、日本的な〈家族の絆〉の上に成り立つ家長ではなく、互いを「個」として尊重する欧米的な家長像に近いかと思いますが、そうした稀有にプリンシプルな人間を、熾烈なビジネスの現場に身を置き、妻を思い遣りながらも他の女性にも惹かれる、50代の生身の男としてリアルに描いていています。

食卓のない家 2.jpg■映画ポスター■食卓のない家 仲代達矢 小川真由美 真野あずさ.jpg その他にも、若者の眼から見た家族観や恋愛観などがその行動を通してヴィヴィッドに描かれていて、そうした若者の一人で信之に想いを寄せる民族学の研究生・香苗や、由美子の姉で、同じく信之に惹かれながらも矜持を保とうとする独身キャリア・ウーマン・貴和などの女性心理の描き方のうまさも抜群で、彼女たちと信之との触れ合いや葛藤を描くことにより、信之の血の通った人物像もより浮き彫りになっているように思いました。
'85年映画化「食卓のない家」映画パンフレット 「食卓のない家」 監督/脚本 小林正樹 出演 仲代達矢/小川真由美/中井貴惠/中井貴一/竹本孝之/平幹二朗/真野あずさ/岩下志麻/大竹しのぶ

 '72年に起きた〈あさま山荘事件〉に材を得、'79年に発表された作品ですが、こうした男女の心の綾を描きながらも、社会批評的視点も多く取り入れられていて、そうした意味では、「家族」とは何かということを問うにとどまらず、多重的なテーマを扱った作品と言えます。

 そして、小説の中でもダッカ日航機ハイジャック事件('77年)同様のハイジャック事件が起き、乙彦は政府の超法規的措置により 国外移送されることになりますが(「連続企業爆破事件」('74年-'75年)関連のモチーフを織り込んだということか)、ここにも、法規に沿って信念を貫いた信之との対比において、軟弱な国家政策に対する作者の鋭い批評眼が窺えます。

 会話が多く、〈ドラマ〉を見ているようにスラスラ読めますが(実際、映画化されている)、再生への希望を抱かせるエンディングはドラマチック!

 【1982年文庫化[新潮文庫]】

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