2006年10月 Archives

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「●「直木賞」受賞作」の インデックッスへ

突き抜けた面白さと言うよりは、安定感のある"癒し系"ユーモア小説。

空中ブランコ.jpg空中ブランコ』 単行本〔'04年〕 イン・ザ・プール.jpgイン・ザ・プール』('02年/文藝春秋)

 2004(平成16)年上半期・第131回「直木賞」受賞作。

 直木賞候補になった『イン・ザ・プール』('02年/文藝春秋)に続く"トンデモ精神科医"伊良部一郎のシリーズで、収録作品とそれぞれの「患者さん」は次のとおり。
 ◆「空中ブランコ」 ...空中ブランコが急に出来なくなったサーカス団員、
 ◆「ハリネズミ」 ...尖端恐怖症のやくざ、
 ◆「義父のヅラ」...義父のカツラをとりたい衝動に駆られる医学部講師、
 ◆「ホットコーナー」 ...一塁にうまく送球できなくなったプロ野球選手、
 ◆「女流作家」...本の題材探しに苦しみ心因性嘔吐症となった女流作家。

 面白いけれども、突き抜けた面白さと言うよりは、安定感のある"癒し系"ユーモア小説という感じがしました(実際、"癒し"という言葉が文中に何度か出てくる)。
 でも、患者の独白が主体であった『イン・ザ・プール』に比べ、患者の症状を"現象的"に丹念に描いていて、飽きさせず読ませるなあという感じ(5篇程度なら。10篇続けて読むとどうかなという気もしますが)。
 こういうストレス社会の現代病のようなものをユーモラスに描こうとする作家は結構いるのではないかと思うのですが、落とし処が意外と難しいのかも。
 
 本書に収められた話は何れも、予定調和と言ってしまえばそれまでですが、読後感が爽やかでその辺りも直木賞受賞に繋がったのではないでしょうか。
 「女流作家」の最後の看護婦マユミのセリフが良くてグッときましたが、同時にこのシリーズの1つの区切りのような気もしました(シリーズ自体はこれで終わりではありませんでしたが)。
 
 何れにせよ、権威ある文学賞ってユーモア小説に比較的辛く(筒井康隆や小林信彦も直木賞をとっていない)、そのことが小説だけでなく映画などでもそうしたジャンルの恒常的低調を招いているような気がし(結局、コメディ映画の本の書き手なども、三谷幸喜などの劇作家・脚本家が多い)、こうした作品が賞を取るのはいいことではないかと思った次第です。

 【2008年文庫化[文春文庫]】

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「数式」と「阪神タイガース」。モチーフの組み合わせの新鮮さ。

博士の愛した数式.jpg 博士の愛した数式 帯.jpg        妊娠カレンダー2.jpg    博士の愛した数式 2.jpg  
博士の愛した数式』['03年/新潮社・'05年/新潮文庫]『妊娠カレンダー』['91年/文藝春秋]「博士の愛した数式」['06年] 寺尾聰/深津絵里

 2003(平成15)年度・第55回「読売文学賞」受賞作ですが、第1回「本屋大賞」(1位=大賞)も受賞していて、こちらの方が記念すべき受賞という感じではないでしょうか。また、それにふさわしい本だと思いました(因みに、2003年から始まった、紀伊国屋書店の書店スタッフが選ぶベスト書籍「キノベス」でも第1位に選ばれている)。

 シングルマザーの家政婦である主人公が派遣された家には、事故の後遺症で記憶が80分しか持たないという数学博士がいて、ある日、彼女に10歳の息子がいることを知った博士は、家へ連れてくるように告げる―。

 映画にもなるなど話題になった作品であり、主人公と博士の心の通い合いが主に描かれているのだと思って読み始めましたが、途中から、博士の主人公の息子に対する愛情に焦点が当たっている感じがし、それを見守る主人公の視線の温かさ、主人公自身が癒されている感じがいいです。

 博士は80分しか記憶が持続しないわけだから、息子とは(主人公ともそうだが)毎日"初対面"の関係であるわけで、それだけに、博士の息子に対する愛情に深い普遍性を感じます。

 一方で、「海馬」を損傷したりすればそうした状態になることがあるのは知られていることですが(海馬の損傷で一番重度の症状は「陳述的記憶」が全て飛んでしまうというものであり、学術的には海馬は「宣言的記憶」の固定に関わるとされている)、新しい記憶は全く博士の中では作られていないのか、結局は主人公のことも息子のことも翌日になればすべて博士の頭の中には何も残っていないのか―といったことを、博士と過去の記憶を共有し、またそのことを自負している義姉と主人公との対峙において考えてしまいました。そもそも、記憶とは何か―。

妊娠カレンダー.jpg 以前に芥川賞受賞作の『妊娠カレンダー』('91年/文藝春秋)を読んで、文学少女版「ローズマリーの赤ちゃん」みたいに思え、芥川賞狙いとか言う依然に好みが合わず、あまりいいとは思わなかったのですが、いつの間にか力をつけていたという感じ(当初から力はあったが、自分の見る眼が無かったのか?)。

妊娠カレンダー (文春文庫)』 ['94年]

 『博士の愛した数式』は一種のファンタジーとも言える作品なのかもしれないけれども、「素数」「友愛数」「完全数」「オイラーの公式」といった数学的モチーフと'92年の阪神タイガースのペナントレースを上手く物語に取り込んでいて、この組み合わせの"新鮮さ"とそれぞれぞれの"深さ"には、大いに惹き込まれました。

博士の愛した数式 1シーン.jpg 映画化作品は「雨あがる」('00年/東宝)の小泉堯史監督、寺尾聰、深津絵里主演で、原作の終わりで主人公の"私"が"博士"を見舞った際に息子の"ルート"が「学校の先生になった」と告げていることを受けて、ある高校の教室に新しい数学担任となったルート(吉岡秀隆)がやってくるところから始まり、全体が彼の回想譚になっていますが、結果的に原作では1人に集約されていた"私"が、映画では2人(母と息子)いるような感じになって、個人的にはこの構成はしっくりこなかった気がしました。

「博士の愛した数式」('05年/監督・脚本:小泉堯史、出演:寺尾聰/深津絵里/齋藤隆成/吉岡秀隆)

博士の愛した数式 1シーン0.jpg 「オイラーの公式」などを映画の中できちんと説明している点などは、原作のモチーフを大事にしたいと考えたのか、ある意味で思い切った選択だったと思いますが(「虚数」って高校の「数Ⅱ」で習っているはずだが殆ど忘れているなあ)、一方で、歌舞伎のシーンなど原作にない場面もあって、やや冗長な印象もありました。原作では、博士の記憶保持期間が80分からだんだん短くなっていくことを示して彼の死を示唆していますが、映画では博士と成長した息子がキャ博士の愛した数式 dvd.jpg博士の愛した数式 movie.jpgッチボールをするシーンを入れて、意図的に暗くならないようにした印象も。寺尾聰、深津絵里とも演技達者の役者ですが(寺尾聡が着ていた古着のジャケットは実父・宇野重吉の遺品とのこと)、意外と映像化すると削ぎ落ちてしまう部分が多くて(映画だけ観ればそれはそれで感動するのだろうが)、原作の持ち味を十分に伝えるのが難しい作品だったかもしれないと思いました。
博士の愛した数式 3.jpg
博士の愛した数式 [DVD]

「博士の愛した数式」●制作年:2006年●監督・脚本:小泉堯史●製作:椎名保●撮影:上田正治/北澤弘之●音楽:加古隆●原作:小川洋子「博士の愛した数式」●時間:117分●出演:寺尾聰/ 深津絵里/齋藤隆成/吉岡秀隆/浅丘ルリ子/井川比佐志●公開:2006/01●配給:アスミック・エース(評価:★★★)

 【2005年文庫化[新潮文庫]】

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〈あさま山荘事件〉に材を得、プリンシプルな人間を、生身の男としてリアルに描く。

食卓のない家2.jpg  『食卓のない家』 新潮文庫 〔新版〕 円地文子.jpg 円地 文子 (1905-1986/享年81)

 鬼童子信之の長男・乙彦は、過激派の〈連合共赤軍〉による〈八ケ岳山荘事件〉に連座して獄中にあるが、父・信之は、成人に達した子の起こした事件に親が責任を持つことはないという法的根拠のもと、世間に対して詫びることも職を辞することもしない。鬼童子家に浴びせられる批判や中傷の中、信之の妻・由美子は次第に精神を病み、長女・珠江は婚約者の家族から婚約解消を言い渡されるが、それでも彼自身は、息子には息子の生き方があり、自分には自分の行き方があるという信念を貫く―。

 信之は、日本的な〈家族の絆〉の上に成り立つ家長ではなく、互いを「個」として尊重する欧米的な家長像に近いかと思いますが、そうした稀有にプリンシプルな人間を、熾烈なビジネスの現場に身を置き、妻を思い遣りながらも他の女性にも惹かれる、50代の生身の男としてリアルに描いていています。

■映画ポスター■食卓のない家 仲代達矢 小川真由美 真野あずさ.jpg その他にも、若者の眼から見た家族観や恋愛観などがその行動を通してヴィヴィッドに描かれていて、そうした若者の一人で信之に想いを寄せる民族学の研究生・香苗や、由美子の姉で、同じく信之に惹かれながらも矜持を保とうとする独身キャリア・ウーマン・貴和などの女性心理の描き方のうまさも抜群で、彼女たちと信之との触れ合いや葛藤を描くことにより、信之の血の通った人物像もより浮き彫りになっているように思いました。

'85年映画化「食卓のない家」 (監督:小林正樹/出演: 仲代達矢・小川真由美・真野あずさ・平幹二朗・岩下志麻・大竹しのぶ・中井貴一・中井貴恵)

 '72年に起きた〈あさま山荘事件〉に材を得、'79年に発表された作品ですが、こうした男女の心の綾を描きながらも、社会批評的視点も多く取り入れられていて、そうした意味では、「家族」とは何かということを問うにとどまらず、多重的なテーマを扱った作品と言えます。

 そして、小説の中でもダッカ日航機ハイジャック事件('77年)同様のハイジャック事件が起き、乙彦は政府の超法規的措置により 国外移送されることになりますが(「連続企業爆破事件」('74年-'75年)関連のモチーフを織り込んだということか)、ここにも、法規に沿って信念を貫いた信之との対比において、軟弱な国家政策に対する作者の鋭い批評眼が窺えます。

 会話が多く、〈ドラマ〉を見ているようにスラスラ読めますが(実際、映画化されている)、再生への希望を抱かせるエンディングはドラマチック!

 【1982年文庫化[新潮文庫]】

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秋葉原を舞台にしたオタク少年たちの電脳活劇。コミック調?

アキハバラ@deep.jpg アキハバラ@DEEP.jpg 『アキハバラ@DEEP』['04年] アキハバラ@DEEP 文庫.jpg 文春文庫['07年]

 秋葉原を舞台に、普通の社会には適応できないオタク少年たちが、持ち前の電脳に関する異能を発揮して活躍する話ですが、秋葉原という街の生き物のようなパワーや不思議さがうまく描かれている一方で、"IWGP"シリーズ同様、著者の若者たちに対する暖かい視線が感じられました。

 ただし今回は、ストーリー的にはどうなのでしょうか。読み始めてすぐに、冒頭の語り手が何者なのかもわかってしまうし...。
 主人公たちがその表面的な特異性とは逆にすごく素直で、彼ら同士では協調的、雰囲気としては"IWGP"シリーズと同じジュブナイル系みたいで、それにSFが少し入っているため、さらに活劇コミックっぽい感じがしました。

 秋葉原は、産官学連携プロジェクト「秋葉原クロスフィールド」で注目を集めていて、ITだけでなく、この街の文化・風俗を多くのメディアが特集したために、例えば「メイド喫茶」などは市民権とまでは行かないまでも、完全に認知されてしまっています。

 そうした意味では、'02年1月からこの連載を始めた著者には先見の明があったのかも知れませんが、'04年末に単行本になったときにはもう内容が一部陳腐化しているというか、読者の既知の世界になっている点が多いのが少しツラいかも。
 
 「アキバ」「IT」というものを読者に丁寧に紹介しているような面もあり、AI(人工知能)を扱った話なのに、「ブロガーってなに?」みたいな"時代錯誤"的な会話があり、「ブログ」とは何かという解説が続く...こうしたことが展開のチグハグさを増長しているような気がしました。

 秋葉原という街には、産官学連携プロジェクトと「萌え」に表象される文化がどう融合するのかといったことなど多くの注目点がありますが、この作品では部分的にはそれらのことを、「半沢老人」の言葉や「中込威」の嗜好を通して語っていたかもしれませんが、背景としてしか描かれておらず、小説としてはそれでいいのかもしれませんが、個人的にはやや物足りませんでした。 

 【2006年文庫化[文春文庫]/2011年再文庫化[徳間文庫]】

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「池袋ウエストゲートパーク」)

警察の特命で活躍するカトゥーンアニメの主人公みたい。

池袋ウエストゲートパーク.jpg         池袋ウエストゲートパーク TBS1.jpg 池袋ウエストゲートパーク TBS dvd.jpg 
池袋ウエストゲートパーク』(1998/09 文藝春秋) TBS(2000年)「池袋ウエストゲートパーク DVD-BOX

 1997(平成9)年・第36回「オール讀物推理小説新人賞」受賞作。

 池袋をテリトリーに遊び回っている果物屋の跡取り息子マコトは、賭けボウリングで小銭を稼ぐチンピラみたいな生活を送っているが、成り行きで遊んだ女子高生リカが、ある日死体となって発見される―。
 所謂"IWGP"シリーズの最初に出たもので、「池袋ウエストゲートパーク」「エキサイタブルボーイ」「オアシスの恋人」「サンシャイン通り内戦」の4篇を所収。

 快活で小気味良い文体とアンチヒーロー的個性派キャラクター群、それに、池袋という街を舞台にした(ロサ会館!しばらく行ってないなあ)今日風の事件と風俗描写で読ませます(女子高生売春からギャング団抗争までてんこ盛り)。
 事件はドロドロしているけれど、解決に当るマコトら少年たちは、"ブクロ"の平和を守るためにかなり前向きで、時代捕物帳のお奉行に協力する岡引きのようでもあり(これは失礼か)、警察の特命で活躍するカトゥーンアニメの主人公のようでもあります。

 少年たちの目線で描かれているところが、若い読者に受けた理由でしょうか。彼らの成長物語にもなっているところに、映画「スタンド・バイ・ミー」にも似た作者の若者たちに対する暖かい視線が感じられます。
 ちょっと考えれば、ヤクザがらみの事件に少年たちが落とし前をつけるなどというのは現実にはあり得ないわけで、児童図書館に置いていい本かどうかは別として、ジュブナイル系ファンタジーと見てよいのでは。

 自分の高校の番長タイプの人間を過度にスゴイ存在として捉えているところなどは、醒めた都会派と言うより、どちらかと言うと一昔前の地方の高校生の感覚ですけれど...。
 この子達たちから事件を取ったら何が残るのか、という"心配"もありますが、それは、アニメの主人公から事件を取ったら...というのと同じ問いであり、意味無いかも。

池袋ウエストゲートパーク TBS dvd2.jpg 宮藤官九郎脚本でTBSでテレビドラマ化され、最初の方だけちらっと観ましたが、あまりに原作からの改変が激しくて、宮藤ファンには好評だったようですが、そういうの、個人的には好きにはなれない...。

「池袋ウエストゲートパーク」●演出:堤幸彦/金子文紀/伊佐野英樹●脚本:宮藤官九郎●音楽:羽岡佳●原作:石田衣良「池袋ウエストゲートパーク」シリーズ●出演:長瀬智也/加藤あい/窪塚洋介/佐藤隆太/山下智久/妻夫木聡/小雪/渡辺謙●放映:2000/04~06(全11回)●放送局:TBS

 
 【2001年文庫化[文春文庫]】

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「●「本格ミステリベスト10」(第1位)」の インデックッスへ

作者からの"耳打ち"され度の開きが、名探偵と読者との間で大き過ぎると面白くなくなる。

有栖川 有栖 『乱鴉の島』.jpg乱鴉の島.jpg  『乱鴉の島』['06年/新潮社] 乱鴉の島 (ノベルズ).jpg 『乱鴉の島 (講談社ノベルス)

 2007(平成19)年版「本格ミステリ・ベスト10」第1位作品。

 推理作家・有栖川有栖と犯罪学者・火村英生が休養で訪れたある島は、手違いから目的地と異なる別の島だったことがわかるが、通称・烏島と呼ばれるその孤島には、隠遁している老詩人のもと彼をとりまく様々な人が集まっており、遂には謎のIT長者までヘリコプターで飛来する、そうした中、奇怪な殺人事件が起こり、さらには第2の殺人事件が―。

 『マレー鉄道の謎』('02年/講談社ノベルズ)以来4年ぶりの"火村シリーズ"で、更にはハードカバー版ということで、内容に期待しましたが、所謂クローズド・サークルになっている「孤島ミステリー」で、『マレー鉄道の謎』と舞台背景は異なるものの、第1の殺人事件での疑わしき人物が第2の殺人事件の犠牲者として発見され、どちらの事件が先に起きたのかもよくわからないという進行が『マレー鉄道の謎』と同じではないかと...。同じでも落とし処の違いで大いに楽しめるはずですが、結構スケールダウンと言うか、こじんまりしてしまった感じでした。

 作中に何だか推理小説論みたいなやりとりが多くて(これが帯にあるペダンティックということの1つなのか)、その中で「名探偵は作者にちょっとだけ読者より多く耳打ちされているだけだ」といった内容のクダリがありますが、本作においては読者との"耳打ち"され度の開きが大き過ぎるのではないでしょうか。

 その名探偵こと火村助教授も、犯人の「動機」については作者から"耳打ち"されることなく、「状況証拠」のみで事件を解いていく...というのは、著者が「本格ミステリー」にこだわったためでしょうか。

 老詩人のもとに人々が集まる理由にリアリティが乏しい気がしましたが(アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」を模しているということについて読者との間に了解が成り立っているという前提か)、一方で、ふてぶてしく登場するIT長者"ヤッシー"というのが、何だかやけに(モデルが特定されそうなぐらい)リアリティがあって、これはこれで却って安直な感じがしてしまいました。

 【2008年ノベルズ版[講談社]/2010年文庫化[新潮文庫]】

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「●「日本推理作家協会賞」受賞作」の インデックッスへ

海外取材して力(リキ)はいってるという感じだが、「密室」に疑問あり。

『マレー鉄道の謎』.JPG『マレー鉄道の謎』6.gifマレー鉄道の謎.jpg  マレー鉄道の謎2.jpg 
マレー鉄道の謎 (講談社ノベルス)』〔'02年〕/講談社文庫〔'05年〕

 2003(平成15)年度・第56回「日本推理作家協会賞」受賞作。

マレー鉄道.jpg マレー半島キャメロン・ハイランドを観光で訪れた推理作家・有栖川有栖と臨床犯罪学者・火村英生のコンビは、1ヶ月前に起きたマレー鉄道の追突事故でビジネスパートナーを失ったという百瀬夫妻と知り合うが、2人が百瀬邸に招かれたその日に、離れの密閉されたトレーラーハウスの中で自殺とも他殺とも区別のつかない死体が発見される―。

 それまでの著者の国名シリーズと違い、実際に現地取材して現地を舞台とした作品であり、力(リキ)はいってるという感じで、冒頭は異国情緒に満ちた観光旅行記風で、個人的にはマレーシアに何度か行ったことがあり、但し、国内の移動は白タクか航空機だったため、鉄道を利用する機会はありませんでしたが、それでも懐かしさもあり、読んでいて退屈しませんでした。

 物語の方は、内部から目張りされた密室状態のトレーラーハウスで殺人事件の後、さらに第2の殺人が起き―。

 著者は自他ともに認める「新本格派」と言われる系譜だそうで、この作品も謎解きに的を絞ってあり、気分転換などに丁度良い読み物という感じ。ただし、タイトルや表紙からして、鉄道ファン憧れの(自分は所謂"テッチャン"ではないが)マレー鉄道の中でメインの事件が起きるのかと思いきや、トレーラーハウス内ということでやや拍子抜けした感じも。

 それでも、犯人は誰か、どうやって「密室」を完成させたのか、という興味で、比較的長めの作品を一気に読ませるし、アリス・火村コンビの時に軽妙なやりとりも悪くないです。

 ただし読み終えて振り返ると、犯人の犯行の動機はともかく、犯人がわざわざ現場を「密室」にした動機というのが弱い気がし、トリックそのものについても物理的な疑問を感じました(コレって労力のワリには完遂出来るという確実性に乏しいのでは?)。一応、著者の代表作と言われている作品らしいけれども、正直かなり物足りなかったといったところでしょうか。

 【2005年文庫化[講談社文庫]】

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太宰治の「親友交歓」を思い出した。心理小説か? SFか? 最後はやはり「安部公房」。

安部公房 人間そっくり 新潮文庫.jpg日本SFシリーズ 人間そっくり.jpg人間そっくり人間そっくり.png  人間そっくり.jpg 
人間そっくり (1967年)』早川書房 『人間そっくり』新潮文庫
新潮文庫(新装版)

 「こんにちは火星人」というラジオ番組の脚本を書いていたある作家のもとに、彼のファンだという男が訪れ、自分は火星人であると名乗る。この男は自分が地球に来た経緯を作家に語るが、時として押し売りセールスマンのようにも振舞い、また時として狂人のような素振りも見せて作家を恐怖に陥れる。果たして彼は人間なのか火星人なのか、健常者なのか狂人なのか―。

 前半から中盤にかけての両者の会話はテンポのいい心理小説として楽しめ、主人公が突然の変な来訪者に振り回されるという点で、太宰治の「親友交歓」を思い出しましたが、この作品も、軽妙な中にも作者の小説家としての筆力を感じました。

日本SFシリーズ .jpg しかしながらし、もともとは'67年に早川書房の"日本SFシリーズ"として(新書サイズだった)、小松左京の「復活の日」や星新一の「夢魔の標的」、筒井康隆の「48億の妄想」と並んで刊行されもので、本書も話の流れとしてはSF風の結末です。

 ただし、最後に人間存在の不確かさというものをしっかり浮き彫りにしていて、そこはやはり「安部公房」という感じでしょうか。

映画「マトリックス」 電話.jpg それにしても、電話ボックス(電話器)が"転送ステーション"だなんて、キアヌ・リーブス主演の映画「マトリックス」('99年/米)の先を行っていたような気がしました。

 【1974年文庫化[ハヤカワ文庫]/1976年再文庫化[新潮文庫]】

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「●「読売文学賞」受賞作」の インデックッスへ

読みやすい文章で、ミステリアスな味わいも。前年の豪雪地帯の取材がモチーフになっているのでは。

砂の女 1962.jpg 単行本 ['62年/新潮社] 砂の女.jpg 砂の女 新潮文庫.jpg砂の女』 新潮文庫 〔旧版/新版〕 

 1962(昭和37)年・第14回「読売文学賞」受賞作。

 安部公房(1924‐1993)の作品の多くは、現代社会に生きる人間の孤独とそこからくる焦燥感をテーマにしており、社会への適応原理を見失った(或いはそうした状況に突然置かれた)人間が安定状態を回復しようとしてますます孤独の深みに嵌まっていくというものが多いような気がします。

 そのため安部公房の小説は、不条理の作家カフカの作品に模せられることが多く、代表作と呼ばれる作品には抽象的で難解なものが少なくないし、また「デンドロカカリア」の主人公の名が〈コモン君〉であったように、無国籍性というのも1つの特徴ではないかと思います。

 そうした中で、砂丘地帯の村落共同体に迷い込み、「砂の穴」からの脱出を図る主人公を描いたこの作品は、現代人の孤独と焦燥感という他の安部作品と共通するテーマを扱いながらも、主人公が置かれた「不条理な状況」というのが日本的な「村社会」の性格を強く反映したものであったり、或いは日常生活的なリアリティを排しながらも、その「村社会」に生きる女性の言動や性の描写に風土的なリアリティがあったりし、また他の代表作に比べて読みやすい文章で、更にはミステリアスな味わいもあり、不思議と親和感のようなものを感じます。

 満州の半砂漠的風土で幼年期を過ごした作者にとって、砂漠というのは割合イメージ的にリアルなものだったのではないかと推察できますが、「砂の穴」の上の世界と下の世界の断絶や、主人公が向き合うところとなる「砂の壁」のイメージは、この書き下ろし作品が発表された前年(昭和36年1月)に作者は新潟の豪雪を取材しており、その豪雪状況下での人々の暮らしがモチーフとして織り込まれたのではないかと個人的には思っています。

山口果林  .jpg また、この作品は、あまり言われてはいませんが、結婚の比喩であるとする見方もあるようです(小谷野敦説)。安部公房は、桐朋学園短大で教えていたとき、同大学の学生だった山口果林と知り合い、彼女を女優デビューさせる一方(「山口果林」という芸名の名付け親だった)、愛人としています(山口果林が後に上梓した著書『安部公房とわたし』('13年/講談社)では、安部公房との23年間にわたる愛人関係を明らかにし、1993年に安部公房が亡くなったの時に山口果林のところで亡くなったのではないか当時週刊誌に報道されたのを、「事実」だったと認めている)

山口果林/安部公房

 ラストでの主人公の心境の変化は、彼がこの「砂の穴」を脱出して「都会の砂漠」へ戻ることの必然性を見出せなくなっていることを示しており、これを成長と見ることも妥協と見ることもできる(妥協と言うべきか開き直りと言うべきか)という点でも問題を孕んだ意欲作だったと思います。

砂の女sunanoonna5.jpg砂の女s.jpg砂の女es.jpg映画「砂の女」('64年/東宝)

監督:勅使河原宏
製作:市川喜一・大野 忠
脚本:安部公房
原作:安部公房
撮影:瀬川 浩
音楽:武満 徹
美術:平川透徹・山崎正雄
出演:岡田英次・岸田今日子・伊藤弘子 三井弘次・矢野宣・関口銀三 市原清彦・田村 保・西田裕行

                     
 【1981年文庫化[新潮文庫]】
                
 

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フォークナーか? 中上健次か? と思いきや、エンタテインメントだった。構築力は凄い。

シンセミア 上.jpg シンセミア下.jpg  阿部和重.png   八月の光.jpg   さらば愛しき大地ポスター.jpgさらば愛しき大地.jpg
シンセミア(上)(下)』['03年/朝日新聞社] 阿部和重 氏/フォークナー 『八月の光 (新潮文庫)』/中上健次・柳町光男脚本 「さらば愛しき大地

 2004(平成16)年・第58回「毎日出版文化賞」(文学・芸術部門)及び第15回「伊藤整文学賞」受賞作。

 山形県・神(じん)町のあるパン屋の戦後史から話は始まり、2000年の夏にこの小さな田舎町で、高校教師の自殺、幽霊スポットでの交通事故死、老人の失踪といった事件が立て続けに起きるとともに、それまで町を牛耳ってきた有力者たちのパワーバランスに変化が起き、一方そうした有力者の息子たちをはじめ町のゴロツキ連中たちは盗聴・盗撮活動に精を出し、町は次なる犯罪の温床を育んでいく―。

 町の有力者とのしがらみを断ち切れないパン屋の主人と、ゴロツキ連中たちとのしがらみを断ち切れないその息子の共々の失墜を、地縁・血縁で繋がった多くの登場人物とともにロバート・アルトマンの群像劇の如く(例えば映画「ナッシュビル」('75年)は24人の"主人公"がいた)描いていますが、出てくる人間がどれもこれもろくでもない奴ばかりで、結局、暗い過去を持つこの町こそが主人公なのではないかと思わせます。

 そうした意味では、作中にもその名があるフォークナーの『八月の光』を思い起こさせますが、フォークナーは架空の町を舞台に小説を書いたのに対し、「神町」は作者の故郷で、作者の実家はパン屋だし、中山正とかいう人もロリコン警察官なのかどうか知らないけれど実在するらしく、よくここまで書けるなあという感じです。むしろ、閉塞した田舎町で麻薬に溺れてダメになっていく登場人物などは、中上健次が初めて映画脚本に参画した「さらば愛しき大地」('82年)を想起させました。

「さらば愛しき大地」ポスター&パンフレット
さらば愛しき大地 poster.jpg 「さらば愛しき大地」は、茨城県の鹿島地方という田舎を舞台に、高度成長期における巨大開発により工業化・都市化が進む中、農家の長男でありながら時代の波に乗れず破滅していく男を描いたもので、農家の長男(根津甚八)が農業を嫌って鹿島開発に関わる砂利トラックの運転手をやっているのですが、事故で2人の息子を亡くしてから人生の歯車が狂いだす―。

さらば愛しき大地ges.jpg 女房(山口美也子)ともうまくゆかなくなり、家を出て馴染みの店の女(秋吉久美子)と同棲をし、いつしか覚醒剤にも手を出すようになってしまい、荒む一方の生活の中、遂に同棲の女を包丁で刺し殺してしまうというもので、覚醒剤に溺れて破滅していく男と、献身的に男に尽くしながら最後にその男に刺されてしまう女を、根津甚八・秋吉久美子が凄絶に演じたものでした(田園シーンのカメラは、小川プロの田村正毅。「ニッポン国古屋敷村」('82年)でもそうだったが、田圃を撮らせたら天下一の職人)。

さらば愛しき大地s.jpgさらば愛しき大地es.jpg「さらば愛しき大地」根津甚八・蟹江敬三/秋吉久美子
 「さらば愛しき大地」においては、そうした鬱々とした男女の営みや事件もまるで風景の一部でもあるかのように時間は淡々と流れていきますが、『シンセミア』における様々な出来事に関する記述もまた叙述的であり、文学作品としては大岡昇平『事件』などに近いのかなあとも思いました(中山巡査のロリコンぶりだけがやけに思い入れたっぷりなのはなぜ?)。

 しかし、最後に読者のカタルシス願望を満たすかのようなカタストロフィが用意されていて、ああ、これって「文学」というより「ノワール」で、要するにエンタテインメントだったんだなと納得(「さらば愛しき大地」も「ノワール」であると言えるし、最後はカタストロフィで終わるが、こんなハチャメチャな終わり方ではない。その点では、映画の方が"文学的")。

 ただし、小説全体の構築力は凄いと思いました。凡庸とは言い難いものがあります。 文庫版には人物相関図と年表が付いているそうですが、何かマニアックな気色悪ささえ感じました。

さらば愛しき大地2.jpgさらば愛しき大地 ド.jpg「さらば愛しき大地」●制作年:1982年●監督:柳町光男●製作:柳町光男/池田さらば愛しき大地  0.jpg哲也/池田道彦●脚本:柳町光男/中上健次●撮影:田村正毅●音楽:横田年昭●時間:120分●出演:根津甚八/秋吉久美子/矢吹二朗/山口美也子/蟹江敬三/松山政路/奥村公延/草薙幸二郎/小林稔侍/中島葵/白川和子/佐々木すみ江/岡本麗/志方亜紀子/日高澄子●公開:1982/04●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:シネマスクウエアとうきゅう(82-07-10)●2回目:自由が丘・自由劇場(85-06-08)(評価:★★★★)●併映(2回目):「(ゴッド・スピード・ユー! ブラック・エンペラー」(柳町光男)
シネマスクエアとうきゅうMILANO2L.jpgシネマスクエアとうきゆう.jpgシネマスクウエアとうきゅう 内部.jpgシネマスクエアとうきゅう 1981年12月、歌舞伎町「東急ミラノビル」3Fにオープン。2014年12月31日閉館。

【2006年文庫化[朝日文庫(全4巻)]】

《読書MEMO》
●『観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88
』 (2015/06 鉄人社)
さらば愛しき大地 7892.JPG

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