【537】 ○ 吉行 淳之介 『砂の上の植物群 (1964/03 ポケット文春) ★★★★

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主テーマは性の探求とその先の虚無か。

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砂の上の植物群 (1964年)』『砂の上の植物群 (1965年) (ポケット文春)』『砂の上の植物群 (新潮文庫)』/中平 康 監督「砂の上の植物群」('64年/日活)

 伊木一郎は一つの推理小説を構想している。死病にかかった男が、自分の死後、貞淑な若い妻が別の男のものになることを考えて嫉妬にかられる。男は妻の体に一定の条件反射が起きるよう仕向けておき、自分の死後に妻の相手となる男を殺そうとする、という筋書きだが、肝心のトリックが思いつかないままでいた。伊木の父親は画家で、放蕩のあげく34歳で早世したが、死後も伊木の運命を操っているかのようであった。伊木には妻と小学生の息子がいる。妻の江美子はかつて父の絵のモデルをしていた女である(伊木は父との関係を疑ってもいる)。伊木は以前定時制高校の教師をしていたが、教え子の女生徒が働く酒場へ何度か通ったことが人の噂になり、高校を辞めることになった。そして亡父の友人、山田の紹介で化粧品のセールスマンになっていた。仕事帰りのある夜、港近くの公園にある展望塔で、伊木は真っ赤な口紅を付けた少女・津上明子に声をかける。明子は酒を飲もうと誘ってきた。スタンドバーで飲んだ後、二人は旅館へ行き関係を持つが、明子は処女だった。二度目に会ったとき、明子は伊木に奇妙な依頼をする。姉の京子を誘惑して、ひどい目に遭わせてほしいという。親はすでに亡くなっており、京子は酒場で働いて明子を高校に通わせている。明子には純潔を守るようにやかましく言う京子だが、店の客と旅館へ入っていくのを見てしまったのだという。伊木は津上京子のいる酒場に通いはじめ、3日目にホテルに誘った。関係を重ねるうちに京子の被虐的な性癖がわかってくる。寝巻の紐で腕を強く縛ると、京子は歓びの声を上げた。伊木は性の荒廃への斜面をすべり落ちてゆく。ある日、父が死ぬ前になじみの芸者に産ませた子がいることを山田から聞かされる。名前は「京子」で、今の消息はわからないという。年齢や出身地などの符合から、伊木は近親相姦の可能性を疑う。まさか、津上京子は父が死の直前に遺した凶器なのだろうか―。(「Wikipedia」より)

 吉行淳之介(1924‐1994)のベストセラー小説と言えば、後半期のもので『夕暮まで』('78年/新潮社)がありますが、前半期のものでは、'63年を通して雑誌「文学界」に連載され、'64年3月に単行本刊行された、この作品でしょう。

 既婚中年男性の伊木は、ある姉妹を通して性への(複数相姦)への傾斜を強めていきますが、それはほとんど実験に対する科学者の情熱のようなものさえ感じるほどです。

砂の上の植物群m.jpg 根本的には心理小説というべきものであると思うのですが、表面的には、今で言えば、3P、SM、コスプレ、援助交際などの言葉に置き換えられる状況設定が描かれていて、発表当時としては、かなり際どい風俗を描いたものとして大いにセンセーショナルだったと思われます。単行本刊行の年には中平康監督、中谷昇主演で映画化されていることを見ても(「砂の上の植物群」('64年/日活))、その頃に話題を呼んだことが窺えますが、作者も後に「その辺りの"受け"をある程度予め計算に入れた」と語っています。
中平 康 (原作:吉行淳之介) 「砂の上の植物群」 (1964/08 日活) ★★★★

 この小説について、作家の父・吉行エイスケ(ダダイズムの作家。もの凄く遊び人で、34歳で亡くなった)に対するコンプレックスがひとつの執筆動機になっていて、文庫版に併録の「樹々は緑か」(表題作の習作とされている)にもその気配はあり、また作家自身も、この作品には、「亡父からの卒業論文のような気持ちも含まれている」と述べています。また、この作品を書いて、「私は完全にふっきれた」とエッセイにも書いています。

 しかし、この作品にみえる父親の影は作品の厚みを増す効果は果たしているものの、父を超えるという動機だけでここまで書くだろうかという気もします。作家の池澤夏樹氏(彼の父は福永武彦)も以前どこかで似たような疑問を表していましたが、やはりこの作品は性に対する探求とその先の虚無を(あるいは虚無を見据えたうえでも性を探求する人間の哀しさを)描いたものではないかと思います。

映画「砂の上の植物群」('64年/日活)監督:中平康/出演:仲谷昇・稲野和子・西尾三枝子・島崎雪子
砂の上の植物群 稲野.jpg西尾三枝子 砂の上の植物群9.png「砂の上の植物群」
西尾三枝子/中谷昇


 【1964年単行本[文芸春秋新社]/1966年文庫化[新潮文庫]

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