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少女と幽霊たちの交流。「ファンタジー系」時代ミステリーの傑作。
『あかんべえ』 単行本〔'02年〕(単行本カバー画:熊田正男)/『あかんべえ〈上〉 (新潮文庫)』『あかんべえ〈下〉 (新潮文庫)』〔'06年〕
本所の賄い屋の庖丁人・太一郎と妻・多恵は、海辺大工町に料理屋を開くことになり、その準備に追われるある日、一人娘おりんが、高熱を出して生死の境を彷徨うことになった。おりんはなんとか三途の川から引き返してきたが、両親が開いた料理屋「ふね屋」のその宴席に、おどろ髪の幽霊が現れて刀を振り回す。しかしその姿はおりんにしか見えず、他の客には刀が宙を舞っていうようにしか見えない。おりんは、以後家の中で子どもや大人のお化けを目にし、彼らと話もできるようになる―。
この作品は著者の「霊験お初シリーズ」から進化したものかなとも思いましたが、同じ超能力時代モノでも「お初シリーズ」が「ジュブナイル系」とすれば、主人公の年齢がお初17歳からおりん12歳に低年齢化したこちらは、言わば「ファンタジー系」でしょうか。
ラストにミステリーとしての結末は用意されていますが、物語の白眉はおりんと5人の幽霊の秘密の交流です。子供と「異界」、子供と「秘密」といったテーマはファンタジーでよく扱われるテーマですが、この作品では子供の目から見た大人の世界というものが、"お化けさん"たちを通してよく描かれていて、大人が読んで深く味わえるものになっていると思います。
ある意味、"やさしさ"や"思いやり"などといったテーマは、ファンタジーっぽい設定の方が描きやすい時代なのかも。時代ミステリーでそれをやってみせる作者の力量はすばらしいと思いました。
また、賄い屋(弁当屋)の日常を通して、江戸の下町の情緒や料理の蘊蓄が楽しめるのも、大人の読者を満足させるポイント。海辺大工町は深川北部辺りで、江戸地誌に詳しい作者が最も得意とするテリトリーであるということもあります(この辺りは今でも昔風の割烹屋、仕出し屋が多い)。
【2006年文庫化[新潮文庫(上・下)]/2014年再文庫化[PHP文芸文庫]】