「●な 夏目 漱石」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【473】 夏目 漱石 『三四郎』
「○近代日本文学 【発表・刊行順】」の インデックッスへ
「文鳥」の描写力、幻想的な「夢十夜」、臨死体験?「思い出す事など」。
『文鳥・夢十夜』新潮文庫〔旧版/改版版(下)〕/『文鳥・夢十夜・永日小品 (角川文庫クラシックス)』 ['91年]/アイ文庫オーディオブック/「文學ト云フ事」(1994年/フジテレビ)出演:真島啓/宝生舞/後藤久美/「文鳥」挿画:市川禎男(下)
新潮文庫版は、「文鳥」「夢十夜」「永日小品」「思い出す事など」「ケーベル先生」「変な音」「手紙」の7編を収録。
1908(明治41)年6月13日から6月21日まで大阪朝日新聞に9回にわたって毎日連載された「文鳥」はエッセイ風の掌編であり、淡々と描かれる文鳥の描写において(文豪が小鳥と向き合っている図も微笑ましいが)、その細やかな筆致に、観察眼の鋭さで定評がある漱石の「女性描写」の上手さと同種のものを感じました。と思ったら、やっぱり途中で文鳥が女性のメタファーのようになったりして...。この作品の結末には、漱石のやるせなさや孤独感が滲み出ていると思いました。
同じ1908年(明治41)年の7月25日から8月5日まで朝日新聞で連載された幻想的な夢記述群「夢十夜」は、「第三夜」の盲目の子を負ぶっていたらと...いう夢が伊藤整の解釈ぐらいでしか知られていなかったのが、近年特に注目の作品となり映像化もされていたりもします。フロイト流に解釈すると、ほぼ全部の夢が「精力減退の不安」に繋がるそうですが、作者が生きていればこれには反論があるのではないでしょうか。
『四篇』明治43年〔1913年〕5月15日発行(文鳥・夢十夜・永日小品・満韓ところどころを収載)
個人的には、「第一夜」の死んだ女の転生を墓の前で百年待つ話が好きで、これが「時間の圧縮」であれば、「第七夜」の船から海に落ちる話は「時間の拡大」で、「第三夜」はタイムパラドックスか(ビアスの短編集を思い出しました)。「第六夜」の運慶の話を教科書で読んだ記憶がありますが、いまだに結末の意味がわからない(フロイト流に解釈すると、これも「精力減退不安」になるらしいけれど)。
同録の「永日小品」は漱石の日常が窺えるエッセイと小説の中間的作品群で、「思い出す事など」は連続した1つのエッセイですが、後者は1910(明治43)年8月24日の修善寺「菊屋旅館」での大喀血(所謂「修善寺の大患」)後のもので、修善寺での体験が描かれていて、雰囲気は「死」を意識してやや重くなっています。
「菊屋旅館」に宿泊したことがありますが、古色蒼然とした、いかにも〈文豪の宿〉という雰囲気で、廊下などは薄暗くて夜は幽霊が出そうな感じでした。しかし、老朽化が進んだためその後全面改装され、「漱石の間」は修善寺の「夏目漱石記念館」に移設されてしまいました(旅館の方は今年['06年]7月、「湯回廊 菊屋」としてリニューアルオープン。廊下なども明るくなったようだ)。
「修善寺の大患」の「菊屋旅館」/'06年7月にリニューアルオープンした「湯回廊 菊屋」
「思い出す事など」では、吐血時の臨死状態?での「記憶脱落」や、その後の「幽体離脱」体験が書かれていて、ドストエフスキーの極限体験を考察したりしつつも自分の体験と峻別し、むしろプラグマティズムの哲学者ウィリアム・ジェームズの書物に共感する様が見て取れ興味深かったです。
【1956年文庫化[角川文庫(『文鳥・夢十夜・永日小品』)]・1991年改版[角川文庫クラシックス]/1976年文庫化・2002年改版[新潮文庫]/1986年再文庫化[岩波文庫(『夢十夜 他二篇』)/1992年再文庫化[集英社文庫(『夢十夜・草枕』)]】
《読書MEMO》
●「文鳥」...1908(明治41)年6月発表★★★★
●「夢十夜」...1908(明治41)年7月発表★★★★
●「永日小品」...1909(明治42)年1月発表★★★
●「思い出す事など」...1910(明治43)年10月発表★★★★
その他「ケーベル先生」「変な音」「手紙」収録
(「文鳥」以下、すべて朝日新聞掲載)